魔法のお城で幸せを 作:劇団員A
エリスは横たわったシリウス・ブラックの体を縛り上げて椅子に座らせる。今、部室には俺とエリス、それと何故か部室にいたシリウス・ブラックの3人のみがいた。
「エリス、シリウス・ブラックが見つかったんだ。校長先生に伝えに行こう」
「その必要はないわよ、別に彼、殺人鬼じゃないもの」
はい?今さらっとすごいこと言われた気がする。
「でも日刊予言者新聞が言ってたよ、『彼はたった一度の呪いで13人も殺した』って」
「新聞に書いていることだけ信じたら痛い目見るわよ」
「……ねぇこれってもしかして原作の流れなの?」
エリスのやけに確信めいた言い方に俺はそう推測した。
「ええ。今年の話は端的に言うと『ハリーの父のジェームズ・ポッターの元親友であるシリウス・ブラックがハリーを狙って脱獄、と見せかけて別の人物が実は裏切り者だった』って感じかしら?」
「は?!」
軽く言われた情報の衝撃にめまいを起こしそう。シリウス・ブラックがハリーの父親の親友?しかも冤罪!?
「え?どういうこと?というかさっきから気になってたけどどうやってシリウス・ブラックはホグワーツに入ったの!?」
「ステフが手引きしたのよ」
「え?ステフが?!うそ!?」
「ステフに自覚はないけどね」
「は!?」
さっきからずっと驚きっぱなしな気がする。慌てふためく俺にエリスはため息をつく。そして視線を気絶してるシリウス・ブラックに呆れたような視線を向けてため息をつく。
「本当はあなたが混乱しないように順番にゆっくり説明するつもりだったのよ」
「いや、いつ言われても混乱してたと思うよ、こんなこと言われたら」
「確かにそうかもね。まぁ詳しい話をする前にもう一人、来るべき人がいるわよ」
そう言って部室のドアに視線を向けるエリス。こんこんとノックの音がしてドアが開かれる。現れたのはリーマス・ルーピン先生だった。
「やぁ、ミス・グリーングラス。僕に見せたいものって一体なん……」
入ってきたルーピン先生の顔がセリフの途中で固まる。いつも温厚そうな笑みを浮かべている顔から表情が抜け落ちた。来るべき人とはルーピン先生のことか……。それにしてもどうしてルーピン先生なんだろうか。疑問に思っているとルーピン先生が表情を引き締めて懐から杖を勢いよく取り出し、気絶したシリウス・ブラックに突きつける。
「二人とも私の後ろに!!」
覇気のこもった口調に俺とエリスは素直に従って彼の背後に回る。チラリとエリスは俺の方を見た。それから震えた声を出してリーマス先生に話しかける。
「す、すみません。ルーピン先生。あの、私たち、えっと、今度の劇に登場させる予定の魔法生物の質問をしようと思って……」
そう不安そうに俺にしがみつきながら言った。……俺たちの劇団で培った演劇の技術を先生に嘘をつくためにつかないで欲しい。ぎゅっと腕には抱きつきながらエリスは「合わせて」と俺に囁く。なるほど、こういう流れなのね。
「そうなんです。俺たち、その、生態とか特徴をまとめてたら、なぜか戸棚から、誰も居ないはずなのに、音がして、それで近づいたら、シリウス・ブラックがいたんです。それで、襲われそうになって、エリスが咄嗟に助けてくれたんですけど、俺たちどうすればいいかわからなくて……」
できるだけ不安そうな声音を作り、エリスに乗っかるように詳細を語る。詳しすぎず、つっかえつっかえで話してそれっぽくする。いや本当にリーマス先生すみません。
「大丈夫だよ。すまないがしばらくここに居てくれないか」
「え?」
「彼には聞きたいことがあるんだ」
部屋を出ようとするエリスを静止して、俺たちにこの場にいるように促す。リーマス先生は相変わらず表情が固いままでいる。
「エネルベート」
リーマス先生が気絶したシリウス・ブラックに魔法をかけて意識を回復させる。
「……う」
「やぁ、シリウス。まさか君とこんな形で再会するとは学生時代には思わなかったよ」
「………!!リーマスか、久しいな」
ぎらりと普段の顔からは想像がつかないような、まるで狼のような目つきで椅子に縛られたシリウス・ブラックを睨みつける。睨まれているシリウス・ブラックは苦しそうにだがどこか懐かしそうな表情を浮かべる。
「君のせいでジェームズとリリーは死んだ。なぜ裏切った!!シリウス」
「私は裏切ってはいない!!ジェームズたちを裏切るくらいなら死んだほうがマシだ!!!」
「ならばどうして二人は死んだ!!」
二人の怒号で空気が震える。かなり重要な話が目の前で繰り広げれているが、完全に俺は置いてきぼりだった。エリスを盗み見ると、納得したような、穴埋めクイズを解いているときと同じ顔をしている。
「……私が二人を殺したのも同然だ。私は秘密の守人のままであったら二人は死ななかったかもしれない」
「……まさか、君は、君たちは私に何も言わずに入れ替わっていたのか?」
ルーピン先生の問いかけに対して無言で下を向く。その態度を肯定ととったのか、部屋に入ってきて初めて緊張を解いた。それからゆっくりと杖を下ろして、シリウス・ブラックを縛っていた縄をほどいた。それから二人は握手をしてからハグをした。
ふむ、完全に置いてきぼりである。何を話していたかも分からないし、何故納得したのかも理解できない。
「雰囲気を壊すようですみませんが、なぜリーマス先生とシリウス・ブラックはそのような態度なのですか?」
俺と同様に疑問に思ったのか、俺に対して気を遣ったのかエリスが質問を投げかける。
それから二人は解説を始める。
忠誠の術。学生時代に悪戯仕掛け人として四人は親友であった。もう一人の親友であったピーター・ペティグリューがシリウス・ブラックに濡れ衣をかけた犯人であること。そしてピーター・ペティグリューが今ホグワーツに潜んでいること。
ふむふむ、展開が衝撃的すぎて感情が追いついていないが、状況は理解した。
「シリウス・ブラック、どうしてアズカバンで平気だったんだ」
「私のことはシリウスでいい。私は動物もどきなんだ。吸魂鬼は人間の感情しか吸えない」
「へぇ、動物もどき。あれ?でも20世紀中に登録されたのは7名しかいないんじゃ」
「いや、非合法だ。そしてピーター・ペティグリューも。私は犬、奴はネズミだ」
「ふむふむ、シリウスは犬、ピーター・ペティグリューはネズミか……。……ん?」
………………あれ?
「なぁシリウス?ノワールってもしかして……」
「あぁ、私だ。ステフには感謝している。アズガバンから逃げてきて疲弊していた私に良くしてくれた」
「……ふむ」
そう感謝を述べるシリウス。俺はローブから杖をそっと抜き出す。
そして。
「死ねぇぇぇえええ!!!」
「うぉ!!」
すぐさま俺が杖から失神呪文を放つと、それをすんでのところでシリウスは避けた。
「お前、ステフと同衾したり、女子にモフられてただろ!!!この野郎ぶっ殺してやる!!淫行でアズガバンに戻してやるこのロリコン犬め!!」
「仕方がなかったのだ!!ステフも劇団の生徒たちも私のことをただ犬と思っていたのだから!!」
「うるせぇ!!態度で断れ!!」
「もっとやりなさい、アイク」
「………シリウス……」
「私に味方はいないのか!?」
煽る声と軽蔑する視線にシリウスが悲鳴をあげるが、呪文をやめない。ぶっ殺してやる!!!
飛び交う呪文がいくつかあたり吹っ飛ばされるシリウスにようやく多少落ち着いて杖をしまった。正直もっとやってやりたかったのだが。
「それで今後は私たちはどうするの?」
「ピーター・ペティグリューを捕まえよう」
「今はロンのネズミなんだっけ?」
「ならば彼から奪えばいい」
「まぁ、とりあえずはロンのネズミを捕まえればいいんだろ」
「エリス、そういえばこの首輪を外すことはできないのか?」
「飼い主しか無理よ。ステフに外してもらうしか外せないわ」
「そういえばなんで気絶してたんだい?」
「首輪でこの部屋から出れないようになってて、もし出ようとすると強制的に気絶させるそうですよ」
「物騒だね……」
「私は所在がわかればいいって思ったんだけど、フレデリカがかなりノワールを溺愛してたから何が何でも危険に合わせたくないみたいで」
「……やっぱシリウスもっかい吹っ飛ばさせて」
それからしばらく俺たちは話し合っていた。
難産でした