魔法のお城で幸せを 作:劇団員A
柔らかく差し込む温かい日差しの中、親友の呼ぶ声だけが遠くから聞こえる。
「おーい、アイク、起きなよ。もう朝だよ」
「…………土曜日」
「そうだね、土曜日だよ。だけど劇団の練習があるから起こしてくれって言ったのは君だよ」
「……んー」
「んーじゃなくてさぁ。もう、しょうがないな」
布団が強制的にめくられて体温によって温められた空気が逃げてしまった。ぶるりと体を震わせて四肢を体に寄せて丸まる。うう、寒い。あぁ、目覚まし時計が壊れなければなぁというセドリックの愚痴が聞こえた。
「ほら、アイク顔洗うよ」
「うー」
「赤ん坊じゃないんだから、言葉喋ってよ」
「おー」
「全くもう」
ぐいっと体を引っ張られて広い背中に体を預ける。ため息をつかれながら何処かへと向かう。いまいち覚醒しない頭でぼんやりと考えるがおそらく洗面所だろう。
「おはようー。セドリックー」
「おはよう、キース」
「背中に背負ってるのはーアイクー?」
「うん。そうだよ。劇団の朝練があるらしくて休日なのに起こしてくれって」
「朝弱いからなー。そういえばケビンも早く起きてたなー。でももう10時だよー」
「だから流石に無理にでも起こそうと思って」
「だから杖出してるのかー」
「うん」
セドリックは喋りながら脱力した俺の体を洗面器に預けさせる。周りからクスクスと笑い声が聞こえる気がするがそれも気にならなかった。
「えっと先に言っておくけど、何としてでも起こしてくれっていったのはアイクだからね」
「あー」
「ごめんね。アグアメンティ」
* * * * *
突然の洪水(局地)により俺の目は覚めて、俺は部室に向かった。集合が9時だというのに、部室に着いたのが10時30分を回っているとはかなりの重役出勤である。まぁ実際に劇団の内では団長なので重役なのだが。
劇団は突如として公演が決まり、劇団の部室は今大慌てである。
「主要キャラ用のチョークできたよ!!役者組集まれ!」
「あ、団長、ようやく来た。ここの演出なんですけど」
「誰だー!!ここにあった青使ったの!!背景用だぞ」
「ええ?本当に?やばい、計算が合わない!!」
「……あ」
「フレデリカ、あんた何か知ってるでしょ」
「……黙秘権を行使」
「この背景はこっちのほうがいいよぉ」
「嘘だろ、こっちのほうが断然良いだろ!」
「誰だよ!ここに積んだやつ!」
「ちょっと勝手に動かさないでくれますか!?」
部室に入ると喧嘩一歩手前で準備が急ピッチで進んでいた。白いローブと帽子を身につけたみんなが忙しそうに動いている。着いて早々団長である俺はてんてこ舞いであった。俺が朝苦手なのは周知の事実であり、最早諦められていたのか、誰からも文句はない。
演出の相談、脚本やセリフの手直し等最終チェックは全て俺である。しかもギルデロイ先生は現在出版社に出張中であるため、最近はギルデロイ先生に任せていた部分の責任もかかり忙殺されかけていた。
「その演出のお手本はあとで見せるから、ちょい待って。袋にそれぞれどのチョークが何用か明記しろっていつも言ってるだろ!ちゃんと書いとけ!それでフレデリカはあとでこっち来なさい。そこは通路の妨げになるから置いちゃダメ。ほいほい、テキパキ動く。喧嘩はすんなよ。ほい、こっちついて来て、演出についてってどのシーン?」
「え、あ、はい。ここのルティが初めて変身するシーンなんですけど……」
「ほうほう。えっと、ナタリア。ここのチョーク借りるよ」
「待って、それはダメ。もう一個隣にして」
「おっけー」
積まれていた袋を1つ浮かして比較的空いているスペースに移動する。
「んっとだな、ここはこう急にガラガラ開くんじゃなくてな、こう夜風に煽られて開くように変えるって形にしよう。だからカーテンとかもつけるか」
「なるほど。わかりました。えっと色の変換の魔法はどうするんですか?」
「それはフレデリカか双子が魔法薬や魔法道具作ってるからそこらへんは別で用意してる」
「アイク!こっち来てください!!」
「おーい。んじゃ残り任せた」
「はい。ありがとうございます」
移動する人々の合間を縫って呼ばれた方へと向かっていく。
「おはよう。ステフ」
「おはようございます、アイク」
「もうほとんどこんにちはの時間だけどねぇ」
「最近寝不足続きだから仕方ねぇだろ」
「それでステフ、何すんの?」
「貴方、今回はちゃんと主要キャストですから、みんなで試運転ですよ」
そういって自身の役名、『ジャスパー』と書かれた袋を渡される。普段は複数の色のチョークを混ざらないように複合させて人物を描いているのだか、今回はそこらへんの設定を変えてチョークの像の形の変化によって色付けされるようにしてある。
「おっけー。んじゃ、やろっか」
そうケビン、ナタリア、ステフに声をかける。今回の劇での主要キャストは7人。
明るい悪戯好きな『ジャスパー』
シニカルな美人『ポーラ』
優しく賢い『ルティ』
気弱な女の子『シャルロット』
強く美しい悪い魔女『アテラドール』
動物好きの少女『エマ』
少年『ベンジャミン』
この7人を中心に物語は進んでいく。今回の劇は本来やる予定のなかったものであり、そもそも次の脚本も決まっていたのだが急遽変更。劇団のみんなは驚いたのだが今回の演目のほうが面白いと乗り気だったので、急ピッチで進めることになった。
舞台装置や核、魔法道具の準備、チョークの調達、セリフの暗記や裏方との連携。今回いつもとは気合の入り方が違う。というのも、ギルデロイ先生が演劇と一緒に脚本を原作とした本を出版するため、有名な作家であるギルデロイ先生原作の劇と知り、外部の出版社から俺たちの劇を見学を希望する人たちがやって来たのだ。これを知ってみんなのやる気は充分である。
俺たちが芝居の練習をしていると、部室のドアが開かれてセドリックが入って来た。
「やぁみんな。順調かい?」
「こんにちは、セド。何とか上手くいってますよ。スケジュール的にはギリギリですが」
「そうなんだ。頑張ってね。あ、これ差し入れ」
そういってバスケットの中に山盛りに入ったパンを見せる。どうやら厨房からもらって来てくれたようだった。朝から何も食べてないためお腹がぐうーと訴えてきた。
「ありがとう!!セド!!」
「ぐっ!?」
「ちょっとアイク急に抱きつくのやめなさい。軽く首打ってたわよ」
「あははは」
「うわ、マジか。すまんセド」
「ごほっ、だ、大丈夫。あ、そうだエリス」
「何かしら?」
「ちゃんと校長から許可取って来たよ。これ署名」
「署名?」
「あれ?アイク知らないの?」
「アイクが忙しそうだったから私が手を回したのよ」
「なるほど、道理でアイクにしては気が利くなって思ったわけだ」
「ちょっと置いてきぼりにしないでくれますぅー?」
なんか最近多いぞ、この展開。
「アイク、貴方多分考えてなかっただろうけど、今ホグワーツ周辺には吸魂鬼がいるでしょ。劇なんかやったら奴らを集める餌になるだけよ」
「あ……」
「そうなると困るから先生方にお願いして守護霊の呪文で会場を守ってくれるようにしようと思ったの。ちゃんと追い払えるようにね」
「神!!」
「ダンブルドア校長はそもそも会場に近づかないように指示を出してくれたよ。外部から人が来るってことで他の先生方も喜んで協力してくれるって」
「ありがとう、セド!エリス!」
「まぁダメだった時も考えて会場を覆う巨大ドームの設計も考えてたんだけどね」
「それってフレデリカに頼んでたやつ?『……将来絶対に建築関係には就職しない』って言ってたよぉ」
「……あはは」
「ちょっと団長!セドリックといちゃついてる暇あるならこっち手伝って!!」
「もう練習に戻るよ!!そっちはそっちで頑張れ!!ありがとな、セド」
「うん。頑張ってね」
賑やかに、元気よく、活気にあふれた部室は準備のために時間は過ぎていった。
* * * * *
1日の練習を終えて忘れ物の確認や、ちゃんと整理整頓ができているかどうかの確認を俺とステフが残ってしていた。
「この照明、使うものですよね」
「ん?あ、それこっちの棚入れといて」
「はい。そういえば今回かなり細部までこだわってますよね。光が当たって映る影とか、風によって揺れ動く様子とか。裏方組が悲鳴を上げてましたよ」
「んー、まぁほら、外部の人来るから。より良い物を見せたいじゃん」
「フレッドとジョージが一度ブチ切れてましたよ。『こんな細かく設定できるか!!』って」
「そう言いつつ結局やってくれるから、本当に感謝してるよ」
杖を振って練習で周りに散ってしまったチョークの余りを集める。うぉ、結構出てくるな。勿体無い。
「話は変わるのですが」
「ん?」
「アイク、貴方は卒業したらどうするのですか?」
「何になるかってこと?」
確かにそんな会話もちらほらみんなし始めている。OWLの結果は将来に大きく関わるのだから当然といえば当然だろう。
「それなら魔法省に入るつもりだよ」
「魔法省に?アイクが?」
「何?そんな驚く?」
え、若干傷つくんだが。
「ええ。貴方がお役所仕事を希望するとは思ってなかったですから。理由を聞いてもいいですか?」
「お金稼げるから」
「…………。まぁ人それぞれですから強くは言いませんが、私としてはお金なんてあってもそこまで嬉しくないですよ」
「……そりゃステフはお嬢様だからね」
「そもそもあなたの両親は歯科医ですし、別にお金目当てで働くほど困窮してないですよね」
んー、これ言うの少し恥ずかしいんだけどな。
「まぁね。お金欲しいのはさ、劇団を続けたいんだよね」
「?」
「ほら、仮に劇団を生活にするにはさ、給料とか、まぁそれ以外にもだけど、お金が必要だろ。だからバリバリ魔法省で働いて貯金して、もしみんなが乗り気だったら卒業しても劇団を作って、みんなでやりたいんだ。きっと楽しいと思うんだよね」
自身の夢を語るとは恥ずかしいものである。おそらく俺の顔は真っ赤になっているだろう。ふいとステフから視線を逸らしつつ俺は作業するフリをした。もっと後にみんなには話そうとしていたんだけどな。
「それは、素晴らしいですね!多分みんなも参加してくれますよ。ダメだったとしても、きっと新しい劇団に参加してくれる人もいるはずですよ!!」
「あー!!あー!!それで、卒業したらステフはどうするつもりなの?」
「私ですか?私は癒者になりたいですね。ケガや病気を治す人です」
「へぇーステフらしいね」
「ですが、アイクがもし劇団をするというのなら喜んで参加しますよ」
「できたらいいなくらいの願望だけどね」
クスクスと楽しそうに笑うステフ。恥ずかしかった俺は無言になり、ステフも静かに掃除を続けた。無言のままお互いが部室をウロウロとしていた。
しばらくして、全ての掃除も確認も終わってようやく一息ついた。
「ふう、終わったね」
「アイク」
静寂を破ってステフが俺の名前を呼ぶ。振り向くとさっきまでの楽しそうな表情は消えていた。いつも浮かべている柔らかな笑みは消えて、真剣な表情である。
「えっと、何?どうしたのそんな真面目な顔して」
「いきなりですが、今回の演目について、いくつか疑問があります。嘘をつかずに答えてください」
会話ばっかりになってしまったかも