泥の錬金術師   作:ゆまる

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暗号

そして一行はセントラルへと到着した。エドワードが駆け足で列車から降りる。

 

「来たぜセントラル!!!」

 

「はしゃぐなはしゃぐな、お上りさんかお前は」

 

もはや一秒もじっとしていられないという様子のエドワードを、眠そうな様子のマーシュが小突く。先ほどまで列車の中で寝ていたところを、エドワードに「早く!早く!」と起こされたので若干不機嫌である。

 

そこへ二人の軍人がやってきて、ビシッと敬礼を行なった。

 

「アームストロング少佐、お迎えにあがりました」

 

「うむ、ご苦労ロス少尉、ブロッシュ軍曹」

 

「しっかりお三方を護衛させていただきます」

 

「えー……?まだ護衛つけるのかよー……」

 

「当然である、スカーもまだ捕まっておらんのだ。本当なら我輩が引き続き護衛したいところだが、中央司令部に報告に赴かなければならないゆえ」

 

「え、何!?お別れ!?残念だなぁとても寂しいなぁおつかれさん!!」

 

アームストロング少佐と離れられると分かってエドワードが嬉しそうな表情を隠そうともしない。

 

「吾輩も残念である!!お主たちとの旅はまっこと楽しいものであったぞ!!!」

 

しかし号泣しながら抱きついてきた少佐によってその表情は苦悶のものへと即座に変わった。

 

「みぎゃぁぁぁぁぁ!!た、助けて……アル……」

 

「アレックスアレックス」

 

そんなエドワードを見てマーシュが神妙な面持ちでアームストロング少佐に近寄り、声をひそめて話しかける。

 

「ぬ?どうしたマーシュ・ドワームス」

 

「さっきエドワード、隠れて泣いてたんだ。少佐ともっと一緒にいたかったって」

 

「!!!!!!!!!!!!!」

 

もはや言葉にもならぬ雄叫びをあげながらアームストロング少佐はエドワードを抱きしめた。およそ人体から鳴ってはいけない音が鳴り響き、マーシュへ恨み言を言う間も無く、エドワードの意識は失われたのだった。

 

「これも愛だよエドワード」

 

「いや、違うと思うよ」

 

 

ーーーー

 

「てめえいつか絶対ギャフンと言わせてやるからな……」

 

アルフォンスがさんざんなだめてようやく泣く泣く離れて去っていったアームストロング少佐に塩を撒きながらエドワードがマーシュに恨みを込めた視線を送った。

向けられているマーシュは、どこかで買ったサンドイッチを齧って素知らぬ顔だ。

 

「そんなことより早く図書館に行こうぜ、エド、アル」

 

きーきーと怒るエドを無視して、マーシュがロス少尉に図書館に案内するよう促す。

 

「……それが、その国立中央図書館なのですが……」

 

ーーーー

 

「図書館が、全焼……!?」

 

焼けて骨組みだけ辛うじて残っているような状態の図書館の前で、エドワードとアルフォンスが立ち尽くす。

 

「つい先日、不審火によって中の蔵書もおそらく全て……」

 

呆然としているエドたちの横で、マーシュが顎に手を当て、何か考える素振りを見せる。

 

「……エド、アル、お前らは他の分館行って一応資料探してこい」

 

「マーシュはどうするの?」

 

「俺は俺で探してみる」

 

「……?わかった」

 

「え、別れるんですか……。じゃあ私がマーシュ殿につくので、ブロッシュ軍曹はエドワード殿に」

 

「はい!」

 

ーー

 

エドワード、アルフォンス、ブロッシュ軍曹が図書館の分館へ向かい、

マーシュ、ロス少尉が現在街中を歩いている最中だ。

 

「それで、どこへ行くんですか?」

 

「エドが賢者の石の資料の在り処を掴んだ瞬間にその場所が燃えるってのは、おかしいだろ。ボヤならともかく、全焼だ。これは、明らかにどっかの誰かの、あいつらに対する『悪意』だ。多分、賢者の石について知られたくない奴らのな」

 

「確かに、偶然にしては少し……」

 

「だから、犯人を探してみる。こんなデカイ火事だ。目撃者もそれなりにいるはずだしな」

 

「……こちらとしては、軍に任せてもらえたほうがいいのですが……」

 

「まーまー、何か減るもんじゃないし。これで見つけられたら儲けもんだろ?」

 

そう言いながらマーシュは路地裏へと入っていく。

そこはどうやら浮浪者の溜まり場のようで、数人の汚らしい男たちが座っていた。そしてマーシュとロス少尉に一気に男たちの視線が突き刺さり、ロス少尉がたじろぐ。

 

「ま、マーシュ殿。なぜこんなところに……」

 

「こういう人らのほうが情報通なんだぜ?よぉ、この前の図書館の大火事について知りたいんだが、なんか知ってるやつはいないか?」

 

まるで友人のように気さくにマーシュは男たちに向かって問いかける。

おそらくこの中で一番老いているであろう男へ、他の男たちの視線が向かった。

その男は、少し考える素振りを見せる。

 

「わりぃな。なんか知ってる気もするが、思い出せねぇなぁ」

 

そういって男は首をすくめる。

ここはハズレか、とロス少尉が路地裏から出ようとするのを、マーシュが目で諌める。

 

「そうか。それはそれとして、さっきそこでこれを拾ったんだがもしかしてあんたらの落し物じゃないか?」

 

マーシュがポケットから10000センズ札を出し、男に差し出した。

それを見た男が目の色を変える。

 

「……ああ、そうだ。落として困ってたんだよ。助かったぜ」

 

「いやいや礼には及ばんよ。それで、何か()()()()()()かい?」

 

「ハッキリクッキリ思い出したぜ。話してやるよ」

 

「ちょ、それって買しゅ……」

 

「人聞き悪いこと言うなよマリア・ロス少尉。俺は落し物を持ち主に届けただけだぜ?」

 

軍人として納得いかない気持ちもあるが、見逃せばあの火事について何か重要なことがわかるかもしれない。しばらく葛藤した後、ロス少尉は大きくため息をついた。

 

「聞かせてください」

 

ロス少尉が頷くのを見ると、男は意気揚々と喋り出す。

 

「あぁ、つっても怪しいやつを見たってだけだけどな。深夜、図書館のあたりでゴミを漁ってたら、図書館のほうから女が出てきたんだ。図書館の職員にしてはどエロい格好してるな、なんて思ったが特に気にはしなかった。が、少しして図書館が燃え上がり始めたのさ。多分あの女が犯人だな」

 

「なるほど、女の詳しい特徴はわかるか?」

 

「あぁ、ありゃ良い女だったぜ。長い黒髪、黒い服、デカイ乳。一発ヤりてぇなぁ。あ、あとアレだ。胸元に入れ墨があったな。何のマークかは知らん。丸っぽいやつだ」

 

男が手でボインのジェスチャーをするのを見てロス少尉の顔が少し嫌悪感に染まった。

 

「ふむふむ、胸元に入れ墨のボイン女……。そこまで分かればだいぶ絞れそうだ。ありがとうよ」

 

「いいってことよ。また落し物を拾ったらこいよ」

 

男たちに軽く手を振りながら、マーシュはロス少尉を連れ路地裏を出る。ロス少尉がまた大きくため息を吐いて、うな垂れた。

 

「いやー、まさか一発でこんな良い情報が手に入るとはラッキーだな」

 

「ああ、お母さん、私は買収を見逃すような腐った軍人です……」

 

「犯人確保のためさ。さて、あとはこの女を探してみるか……」

 

犯人と決まったわけではないが、少なくとも火が起こった時間に図書館周辺にいたのなら何か情報を知っている可能性も高い。

マーシュたちはこの情報の女を探すために聞き込みを開始するのだった。

……主に路地裏の住人たちに。

 

ーーーーーー

 

「んー、ほぼ収穫なしか」

 

「私、今日一日で一生分の路地裏を見て回りましたよ……」

 

夕方になり、マーシュとロス少尉は広場のベンチに座っていた。

路地裏に入ってはそこにいる男たちに聞き込みをし、時に追い出されたり、時に()()()()()()()()したが、結局目ぼしい情報は得られなかった。

 

「あ、いたいた!マーシュ殿!ロス少尉!」

 

そこへ、軍服姿の青年、ブロッシュ軍曹が駆けてきた。

 

「エルリック殿が、賢者の石の資料を見つけたのでマーシュ殿を呼んできてほしいと」

 

少し乱れた息を整えながら伝えられたブロッシュ軍曹の言葉にマーシュは目を丸くする。正直に言えば、資料を見つけるのはもうほぼほぼ無理だろうな、と感じていたのだ。

 

「石の資料あったのか!?運良く分館に行ってたのか、またもやラッキーだな」

 

「いえ、分館にはなかったのですが……、それは道すがら話しますね」

 

エドワードたちのもとへ行く途中で聞いた話によると、なんでも図書館の本全ての内容を覚えている女がいたんだとか。

まだまだこの世は凄い人がいるもんだなぁ、とマーシュはそんなことを考えるのだった。

 

ーーーーーーー

 

シェスカという女性がティム・マルコーの研究書を複写してくれるというので、しばらく待つことになった。その間、マーシュはまた入れ墨の女についての聞き込みをしていたが、特に収穫はない。

そして五日たった昼ごろ。

複写が終わったと聞き、マーシュはホットドッグをくわえながら図書館へと向かうのだった。

 

「おう、遅えぞマーシュ!」

 

「ふぁひぃ。ひふへひふっへは」

 

「多分お昼ご飯食べてたって言ってるね」

 

「見りゃわかるよ……」

 

げんなりしながら、エドワードが机を指で叩きながらマーシュが口の中のものを飲み込むのを待つ。

 

「ゴクン。ん、んでこれが資料か?」

 

マーシュが山のように積み上げられた紙の束を見た。並の書物の百倍はあろうか、という量だろうが、伝説級の代物の研究資料なのだ。マーシュは別段驚くことはなかった。

 

「ああ、当然の如く暗号化されてる。手伝ってくれないか?」

 

「おう。ふむふむ……。あー、こりゃむずそうだなー」

 

「やっぱり?」

 

「まぁ、三人で総当たりしていくしかねぇだろうよ」

 

「よっし、やるかー!!」

 

エドワードが拳を空に突き上げ、この図書館にて暗号解読班が始動したのだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

が、三日経ち、図書館の一角では異様な雰囲気となっていた。

 

「いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「んー、もうちょっとなんだよなー、もうちょっとでなんかわかる気がするんだよなー、もうちょっとだなーもうちょっと」

 

「…………………………」

 

頭をかきむしって叫び声をあげるエドワード。

2時間ほど前から「もうちょっと」を壊れたラジオのように繰り返しているマーシュ。

目から光が失われているアルフォンス。

 

「よ、よっぽど難しいみたいね……」

 

それを見てロス少尉とブロッシュ軍曹は軽く引いていた。

 

ーーーーー

 

「解き始めて一週間、ね」

 

「今日も進展はないみたいですね……」

 

図書館の一室の扉の前で待機していたロス少尉が、時計を見る。すでに図書館の閉館時間が迫っていた。一週間経っても暗号は解けていないようだった。今日の朝までは聞こえていた唸り声が、昼あたりから

聞こえなくなったが、とうとう諦めたりしてしまったのだろうか。

おそるおそる部屋に入りながらブロッシュ軍曹が中の三人に閉館時間を告げようとする。

 

「そろそろ閉館時…

 

「ふっ……ざけんな!!!」

 

しかしそれはエドワードの怒号と机に拳を叩きつける音でかき消されてしまった。

 

「ど、どうしたんですか?また暗号が解けなくてヤケに……」

 

「解いてしまったんです。暗号」

 

アルフォンスが下を向きながら答える。暗号を解いたといった割には、その声には全く達成感や嬉しさが含まれていなかった。

 

「良かったじゃないですか、これで…

 

「良いわけあるか!!恨むぜマルコーさんよ……!

 

賢者の石の材料は、生きた人間だ!!!」

 

 


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