「確かに知れば後悔するなマルコーさん……。この資料が正しければ、賢者の石の材料は人間……。しかも一個の精製に複数の犠牲がいるって事だ……!」
口元を覆いながらエドワードがロス少尉とブロッシュ軍曹に暗号の内容を告げる。その手はわずかに震えており、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
「そんな非人道的な事が軍の機関で行われているなんて!」
「許される事じゃないでしょう!」
告げられた内容にロス少尉とブロッシュ軍曹も声を荒げる。まさか自分の所属している、正義と信じている国軍が、人間を生贄に研究しているなんてことを知って平常心でいられるはずがなかった。
黙ってしまったエドワードを見て、エドワードに当たってもしょうがないと気づいた二人が口をつぐむ。
そして場が静寂に包まれて、
「……………あ、誰かセントラルの地図持ってきてくんない?」
ここまでずっと資料を眺めて黙っていたマーシュがふいに口を開いた。
「……地図?」
「なんで今地図がいるんだよ?」
「マルコーが言ってたろーが。真実の奥の更なる真実ってよ。賢者の石の材料が人間なのが、真実。じゃあ、更なる真実は?」
その言葉にエドワードがハッとする。確かにマルコーは自分たちにそう言った。ならば、この賢者の石の材料だけじゃない、何かがある。
「手始めに軍の研究施設を調べる。だから地図を見たい」
マーシュがもう一度催促すると、アルフォンスが動き出し、今いるセントラル周辺の地図を持ってきた。
マーシュがそれを机の上に広げ、皆がそれを覗き込む。
「つっても、国家錬金術師になってすぐにこの辺の研究施設はだいたい見たけど、目ぼしい研究はしてなかったよーな……」
研究施設の場所を順に見やっていくエドワードの目が、ふと一点で止まる。
それと同時にマーシュもその一点を指で指した。
「「ここだ」」
「第五研究所……?」
「ここは現在使われていないはずですが……」
「刑務所が隣にある」
「死刑囚とかなら材料にしても足もつかないからな」
マーシュとエドワードの言葉にロス少尉とブロッシュ軍曹がげんなりとする。
「……材料……」
「んな顔しないでよ、こっちだって嫌なんだからさ」
「さて、どうする?」
「どうするって……行くしかないだろ」
「まさか忍び込む気ですか!?」
「人聞きの悪い。ちょっと無許可で中を見学するだけだ」
「つまり忍び込むんじゃないですか!!ダメですよ、ダメダメ!軍の施設に侵入なんて、さすがに見過ごせな……」
「許可なんざ取ってたらその間に大事なもんは隠されちまうだろうよ。それともアレか?人間を材料にするのはいいが廃墟に入るのはダメなのか?」
マーシュが強めの語気でそう言うと、ロス少尉もブロッシュ軍曹も押し黙ってしまう。
当然、規律を守る軍人としては彼らを止めるべきなのだろうが、自分たちが拠り所とする軍が人体実験をしているのかもしれないのだ。それを見過ごしたくはない、しかし一介の軍人にどうにかできる問題ではない。
「今ここで、決めろ。お前らが、どうしたいか。俺はエドたちを助ける」
マーシュはなおも強い語気でそうぶつけると、椅子にどかりと座った。二人の返答を待っているのだろう。
二人が何というべきか言葉を選んでいると、エドワードが二人の前に進み出た。
「何かあったらオレが責任を取る。だから、行かせてくれないか?」
覚悟を秘めたエドワードの目を見て、ロス少尉が肺の中の空気を全て吐き出すほどのため息をつき、ブロッシュ軍曹はバチンと自分の両頬を叩く。
「……責任を取るっていうのはね、大人が使う言葉よ。あなたたちはまだ子供なんだって事を認識しなさい。わかりました、私たちも協力します。責任も、私たちがとります。ただ、アームストロング少佐に報告だけさせてください」
「ええっ!?いや、そんなの……」
「俺たちはあなたたちを信用して、協力します。だから、決して無理はしないように」
そう言い、ブロッシュ軍曹がニカッと笑う。
「「……ありがとうございます!!」」
マーシュも笑い、二人の肩を叩くのだった。
ーーー
「フゥム、ここでそのような非人道的な実験が……」
時刻は深夜。アームストロング少佐と共に、エルリック兄弟とマーシュは第五研究所の近くへとやってきた。
「……少佐、一応もっかい言っとくけど、
「わかっておる!吾輩に任せるがよぉい!!!」
「絶対わかってねぇよ静かにできねぇよ!!」
先ほど、ロス少尉から賢者の石の事実を聞いたアームストロング少佐は涙しながらエドワードへと抱きつき、「なんという悲劇か!!吾輩も協力は惜しまん!!!」と雄叫び、共に潜入することになったのだった。ちなみにエドワードの腰は今も悲鳴をあげている。
「……あのイシュヴァールの時から、違和感は感じてはいた。もし軍が、今もなお過ちを犯しているのであれば……吾輩は、今度こそ戦う。もう同じような後悔をするわけにはいくまい」
そう言ってアームストロング少佐はマーシュに対して笑いかける。
マーシュも笑みを浮かべ、アームストロング少佐の胸に拳をポンと当てた。
「そんじゃまぁ、いっちょ忍び込みますか!」
ー
「表には見張りがいるみたいですね……」
「ハッ、使ってない研究所を見張るとは、よっぽど暇なのか、それとも見られちゃいけないもんがあるのか……」
マーシュが皮肉げに笑いながら、ここに何かあることが確実になったことを暗に伝える。
「どうする?塀に錬金術で扉を作るか?」
「いや、錬成反応の光でバレちまう可能性がある。乗り越えよう」
アルフォンスがアームストロング少佐に肩車されながら、塀の上の有刺鉄線を外していく。
「兄さん、ボクこの姿になってから初めて肩車されたよ!」
「まぁ、アルを肩車できる人間って限られてるだろうしな……」
「お主らも鍛えるがよい!吾輩のようになれるぞ!」
「「結構です」」
アルフォンスが有刺鉄線を外したところへマーシュとエドワードがアームストロング少佐を踏み台にして侵入する。
そして塀の上からアルフォンスがアームストロング少佐を引っ張り上げ、無事全員研究所の敷地へと入ることが成功した。
「さ、て、と……どっから入るか」
扉がないか、研究所を見渡す一行。
「む、この通気口から入れそうだぞ」
「これは俺らじゃ無理だなぁ、エドならいけるか?」
「そうだなオレなら…………誰が豆粒ドチビじゃぁ!!」
「言ってねえよ」
アルフォンスを足場にしてエドワードが通気口に入る。
通気口はかなり狭く、おそらくマーシュは詰まってしまうだろう。
アルフォンスとアームストロング少佐は論外である。
「なんとかいけそうだ、オレはこっちから入ってみるからアルたちは別の入り口探してみてくれ」
「む、一人で行くのは危険だぞ」
「二手に別れたほうが効率的だ。四人でぞろぞろ歩いても見つかりやすくなるだけだろうし。ただでさえデカイのが二人いるんだ」
「好きでデカくなったんじゃないやい!」
「むぅ……、エドワード・エルリック、けして無理はするでないぞ」
「そうだよ兄さん、無茶しないでよ」
「そーだそーだ、無謀なことするなよー」
「お前らはオレをなんだと思ってるんだ!」
プンスカという擬音をたてながらエドワードは通気口の奥へ進んでいった。
三人が建物に沿って歩いて行くと、裏口だろうか、扉を見つける。
マーシュが開けようとするが、当然というか、鍵がかかっていた。
「鍵がかかってますね」
「フム、任せるがよい」
アームストロング少佐が進み出て、鍵をガチャガチャと弄りだした。
10秒ほどで、ガチャリと扉が開く。
「アームストロング家に代々伝わりし鍵開け術である!」
「…………まぁ、助かった、ありがとう」
果たして代々伝える技術の中に鍵開けというスキルは必要なのか、というツッコミを飲み込んで、礼を言うマーシュ。アルフォンスも微妙な顔をしている。ように見える。
研究所の中は瓦礫が散乱していたが、足元が見える程度の明かりがついていた。
「明かりか。誰か使ってるみたいだな」
「賢者の石を作っているんでしょうか……」
三人がしばらく廊下を歩いていく。分かれ道ではマーシュが「勘だ」と言いながら即決した道を進む。かなり歩いて、アルフォンスが「道合ってるんですか…?」と聞こうとしたそのとき、マーシュがふと立ち止まった。
「マーシュ?」
マーシュの視線の先、廊下の先には一人の女が立っている。
「泥の錬金術師と、鋼の錬金術師の弟。……さらに豪腕の錬金術師ね。なかなか豪華なメンツね。鋼の錬金術師は別ルートかしら」
黒髪、黒服、巨乳、龍が円を描いている入れ墨。
この特徴をマーシュは、知っている。偶然では、ないだろう。
そしてこの場所にいる時点で一般人でないことも確定した。
「美人ですねお姉さん、お食事でも一緒にいかが?」
「残念だけど、開口一番にナンパする男とこの研究所の侵入者とは付き合うな、ってお父様に言われてるの」
「はぁ〜あ、こいつはとんだ箱入り娘だぜ」
わざとらしくため息をついて肩をすくめるマーシュ。しかし今の返答でマーシュは女を黒だと断定した。
「二人とも、多分こいつ図書館放火の犯人だ」
「えっ!?」「なに!?」
「あら、バレてるの?どこで見られたのかしら……。悪い子は後でちゃんと……
消 し て おかないとね?」
ペロリと唇を舐めるその様はあまりにも妖艶で美しく、並の男なら見惚れてしまうだろう。
だがマーシュの中では警鐘が鳴り響いている。この女は、ヤバイと。
「人柱候補ではあるけれど……。色々嗅ぎ回ってるそうね?面倒だし今のうちに……
摘んでおこうかしら」
蹴りや殴りなど絶対に届かない位置から、女が腕を振るう。
普通なら、この距離で腕を振るっても相手には微風すら届かない。
普通じゃないのは、その女の爪だった。
咄嗟にマーシュがアルフォンスを後ろに蹴り飛ばし、自分は床に伏せる。アームストロング少佐も何か感じ取ったのか、後ろに大きく跳んだ。
次の瞬間、女から伸びた爪が、マーシュの頭があった位置を横に薙いだ。
壁まであっさりと貫通し、少なくともあの爪は人体程度なら軽く刻めるほどの切れ味はあると証明された。
リーチは最低10メートル。切れ味は上等な剣以上。構え方から、おそらく右手も左手も伸びる。さらに言えば、かなり殺し慣れてる。
今の一撃でわかった情報をインプットしながら、マーシュがアルフォンスを引っ張りながら下がる。
「っおいおい、爪伸ばしすぎだろ!切った方がいいぜ!」
「あら、レディの身だしなみにケチをつけるなんて、ひどいわね」
女がマーシュたちに悠々と近づきながら爪を振るう。
それをマーシュは曲芸師のようなポーズになりながらギリギリのところでかわす。
「アル、アレックス、出口まで走るぞ!こいつはヤバイ!!」
「は、はい!」「仕方あるまい!」
全員今来た道を全力で引き返す。
背中からはヒュンヒュンと爪が空を切る音が聞こえてくる。
必死で後ろを振り返りつつ攻撃をかわして走りながら、マーシュの表情も焦りが見える。
足への薙ぎ払い。ジャンプして回避。
刺突。体の向きをかえて回避。
振り下ろし。横っ飛び。
左右からの横切り。伏せ。
女の爪が、空振る度に壁や床を容易く切り刻んでいく。このぶんだと、アルフォンスの鎧すらも細切れに出来るかもしれない。アームストロング少佐の錬金術も、あくまで鉱物の形状変化なので、ガードは不可能だろう。
かわして、走って、走って、かわして、ようやく目の前に出口が現れる。
「出口だ!外でロス少尉が車を用意しているはずだ、そこまで走……」
しかしドスゥン!という音がして、天井から誰かがマーシュたちの前に立ちはだかった。
でっぷりとした体格で、獰猛な笑みから溢れる舌には先ほどの女と同じ、自分の尾を噛む龍のタトゥーがある男。
敵であることは明白だった。
「ラスト、こいつら、食べていい?」
「ええ、いいわよ。食べ残さないようにね?」
ラストと呼ばれた女の言葉で、太っちょの笑みが更に広がる。
死の気配が、この場に満ちていた。
そろぼちストック切れです。
のんびりとお待ちください。