「おまえ、肉硬そう。おまえ、鎧邪魔。おまえからくってやる〜」
太った男がアームストロング少佐とアルフォンスとマーシュに順に目を向けながら言い、そしてマーシュへと口を大きく開けて飛びかかった。
あわやこいつの口も伸びるのかとマーシュは身構えたが、どうやらただの噛み付きのようだ。
その大きく開いた口を顎の下から蹴り上げ、さらに顔面を蹴り飛ばす。
「あう〜いたい〜」
鼻を押さえながらよろめく太っちょ。しかしすぐに回復しまた襲いかかってくる。
「ノーダメ!?」
しかし横の壁から筋骨隆々の腕のようなものが飛び出し、太っちょを押さえつけた。
アームストロング少佐が錬金術で壁を変形させたようだ。
この際造形に関して文句は言うまい。
「出口まで走り抜けろ!」
「私を忘れてもらったら困るわね」
出口へ向かおうとした三人の後ろから、ラストと呼ばれた女が両手の爪を振るう。
マーシュだけならともかく、アルフォンスと少佐の巨体では回避不能な軌道。絶対に三人のうちの誰かに当たる。
「さ、せるかよぉぉぉ!!」
しかしマーシュが床をダァンと踏みつけると、爪が軌道を変え、天井に突き刺さった。見るとラストが体勢を崩している。
「!?これは……」
ラストの顔が驚愕に染まる。その目は自分の足元へ向いていた。
踵が、床に沈んでいる。そのせいで体が上を向いたのだ。
「走れ!!」
その隙に太っちょの横を走り抜けようとするアームストロング少佐とアルフォンス。
だがその瞬間、太っちょが石の腕をぶち壊し、アームストロング少佐の頭を掴んで壁に叩きつけた。
「ぐぬぁ!!な、んて力だ……!」
「少佐!」
「いっただきまーす」
アームストロング少佐の頭を丸かじりにしようと太っちょが口を開いたところに、マーシュの蹴りが炸裂した。
太っちょがころころとまた出口のほうへと転がる。
「癪なことをしてくれるじゃない!」
そこへラストが崩れた姿勢で無理やり爪を伸ばす。その先にいるのは、蹴りの直後のマーシュ。
「や、ばっ……」
かわせない。
滅多に外れないマーシュの直感がそう告げる。
少しでもずらそうと体を捻り、次に来るであろう激痛を覚悟した。
「マーシュ!!!」
だが、マーシュが自分の肉を貫かれる音を聞くことはなく、代わりに金属音が廊下に響き渡る。
アルフォンスが間に入ったのだ。
自分の鎧にラストの爪が刺さった瞬間体を動かし、ラストの手ごと無理やり軌道を変えた。
脇のあたりを爪が貫通しているが、アルフォンスに生身の体はない。痛みはないだろう。
「どきなさい!!」
ラストが苛立ったように爪を振り払う。その斬撃は鉄の鎧を易々と切り進み、アルフォンスの上半身と下半身をぱっくりと二つに分けた。
「アルフォンス・エルリック!!大丈夫か!?」
「うっそ!!?無事かアル!真っ二つはセーフなのか!?生きてるか!?」
「大丈夫だから取り乱さないで……」
真っ二つになった知人を見て取り乱すなというほうが無茶ではある。
「はやくくわせろー!」
しかし敵は待ってはくれず、またもや太っちょがマーシュへと噛みつきにかかる。
「今、おまえに構ってる暇は……」
マーシュは太っちょの下へと潜り込み、背負い投げのようにその体を。
「ねぇんだよ!!」
「ちょっ」
投げ飛ばした。
先にいるのは、身動きがとれないラスト。
べしゃりと、太っちょのボディプレスがラストに炸裂した。
「とりあえず何ともないんだな、アル!」
「歩けないことを除けば大丈夫!」
「よし、じゃアレックス、壁作れ!作ったらアルの下半身持って大きく息を吸って俺に掴まる!!」
マーシュの指示に、ノータイムで従うアームストロング少佐。
地面を殴りつけ、マーシュたちとラストたちの間に壁が立ち塞がった。
「時間稼ぎにもならないわよ!」
ラストが、太っちょをどかしながら、目の前にできた壁を切り崩し、その先にいるであろう三人へとその凶刃を振るおうとして……
ラストの動きが止まった。
振るう相手がいなかったからだ。
さっきまで三人がいた場所には誰もいない。あの重そうな鎧を担いで今の一瞬で出口まで走るのは無理だ。
「……グラトニー、においは?」
出てきた太っちょが、クンクンと鼻を動かす。
「わかんない。どっか行った」
「……泥の錬金術師、ね。やるじゃない」
ラストが、さっきまで三人が立っていた地面を見つめて目を細めた。
「……あとグラトニー、引き抜いてくれないかしら」
ラストが、自分の足が沈んでいる地面を見つめて目を細めた。
ーーー
「「ぶはぁっ!!」」
研究所の敷地外、塀の外でマーシュとアルフォンスとアームストロング少佐が
「ぜぇー、ぜぇー、死ぬかと思った……」
「地面の液体化……。速さも精度も、とんでもない……」
息も絶え絶えなマーシュとアームストロング少佐に対し、アルフォンスは別段疲れている様子はない。当然だ、アルフォンスの鎧の体は呼吸を必要としないのだから。マーシュは研究所の中からここまで、息を止めて、アルフォンスと少佐を引っ張りながら地面の中を進んできたのだ。
言うのは簡単だが、それをこなすのにどれほどの過程が必要なのか。
地面を液体化してアルフォンスと少佐を連れて飛び込み、追われないように廊下の地面をもう一度固体化。そして地面の中で、更に自分の進む方向の地面を液体化。もちろん地面の中なので、何も見えない暗闇だ。一歩間違えれば土の中で窒息死である。
マーシュの技術と精神力に、アルフォンスは戦慄する。
そしてふと疑問が湧く。先ほどまでのマーシュの錬金術は、とても真似はできないが理解は出来るものだった。だが、納得がいかない点がある。マーシュは
「マーシュ、もしかして兄さんと同……」
アルフォンスが疑問をぶつけようとした瞬間、研究所で爆発音が鳴る。そして建物が音を立てて崩壊していく。
「ぬ、なんだ!?」
「……兄さんが!!兄さんがまだ中に!!」
アルフォンスが、瓦礫が降り注ぐ研究所へと向かおうとする。が、今のアルフォンスには腰から下がない。ガシャガシャと腕で地面を掻くだけだ。
マーシュがそれを止めようとして、ふと誰かがこちらへ来ているのを見つけた。
「ちわーす、荷物お届けにあがりましたー」
「兄さん!?」
黒い短パン、黒い服、黒い髪で黒いバンダナの中性的な少年が、気絶したエドワードをかついできたのだ。
「命に別状はないけど、早く病院に入れてやってね。ほんともう、しっかり見張っててよね、貴重な人材なんだから」
黒い少年は、不満げにそう言いながらエドワードをアルフォンスに渡してきた。
入れ替わりでロス少尉とブロッシュ軍曹がやってくる。
「あ、皆さん!!早く、こっちへ!」
「あ、はい!君も早く……あれ?いない……」
アルフォンスが黒少年へ逃げるよう促そうとしたが、その姿はもうなかった。
マーシュが、崩壊する研究所のほうを見ながら呟く。
「あいつも、ウロボロスの入れ墨か……」
「マーシュ殿も急いで!」
そして崩れゆく研究所を背に、一行は脱出に成功したのだった。