泥の錬金術師   作:ゆまる

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浮気

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

「それで、カールったら『俺に勉強を教えてくれ』なんて言うんだ。こっちは忙しいっていうのに」

 

「そうか。確かカールはお前がバルキー達に殴られそうになった時助けてくれたんだったよな」

 

「そうだけど?」

 

「じゃあ、助けてやりな。助けて貰ったら助けてやれ。友達はとりあえず助けてやれ」

 

「えー…」

 

「お前の手が空いているなら助けてやれ。後々きっと良いことがある。約束できるか?」

 

「んー……わかった。『友達は、助ける』。でも、友達って、何をしたら友達?」

 

「あー、そうだな……。お前が、こいつとなら仲良くできると思った奴でいいんじゃないか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ヒューズ中佐は今、息を切らしながら夜の街を走っていた。

息が上がっている理由は、走っているからだけではなく、肩を鋭利なもので貫かれたからでもある。

先ほど、マーシュ達が第五研究所で出会ったラストという名前の女に襲撃され、軍の資料室から逃げている最中だった。

傷口を押さえながらやっとの思いで公衆電話までたどり着き、マスタング大佐へと電話をかける。

 

「あー!めんどくせー!アンクルシュガーオリバーエイトゼロゼロ!早くロイを出せ!」

 

そのヒューズ中佐の背後から、ロス少尉が銃を突きつけた。

 

「受話器を置いていただけますか、ヒューズ中佐」

 

「……ロス少尉……じゃねぇな。ロス少尉は左目の下に泣きぼくろがあるんだよ!」

 

「ああそうだっけ、ウッカリしてたよ。これでいいかな?」

 

ロス少尉、否、ロス少尉の姿をした誰かが頰に触ると、左目の下に泣きぼくろができた。

 

「おいおい、勘弁してくれ……。家で女房と子供が待ってんだ。こんなとこで死ぬわけにいかねーんだよ!!」

 

懐から出した投擲用の刃物を振りかぶるヒューズ中佐。

だが、その刃が放たれることはなかった。

 

「その女房を刺そうっての?」

 

ロス少尉の姿はなく、そこにいたのは別の女性。

ヒューズ中佐の妻、グレイシアの姿だった。

 

「いい演出だろ?ヒューズ中佐」

 

「っ………ちくしょう………」

 

グレイシアの口角がいやらしく吊り上がり、

 

 

 

 

 

 

夜の街に、銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

銃弾は、地面へと刺さり穴を開けていた。

 

「ヒューズ、付き合う女は選べよ。あんたも、何がきっかけかは知らんが人殺しはよくねーよ」

 

マーシュが、グレイシアの腕を掴んで地面へと下げさせていたからだ。

当然、銃口も下を向き、ヒューズ中佐には当たっていない。

 

「いやほら、世の中にはこいつよりも良い男がごまんといるって。わざわざその後の人生棒に振ることもないだろ」

 

どうやらマーシュは、ヒューズ中佐と女性の痴話喧嘩が発展したものだと勘違いしているらしい。

呆然とするグレイシアとヒューズ中佐だったが、ほぼ同タイミングで我に返り叫ぶ。

 

「マーシュ!!こいつは「仕方なかったのよ!!!この人が、奥さんと別れるって言ったのに!!嘘だったのよ!許せなかったの!!」

 

マーシュに女性の正体を告げようとしたヒューズだが、それ以上の大音声で女が叫ぶ。

今の一瞬でグレイシア-の姿をした誰か-が考えたのは、ここでマーシュを殺すこと。

しかしここでマーシュに警戒されては面倒になる。

スカー相手でも無傷で逃げ切るような男だ。

だから、ヒューズと喧嘩している女だと見せかけ、近づいて刺す。

この姿のままならヒューズは攻撃してこない上、ヒューズの妻に罪をなすりつけられる。

ここまで刹那の間に考えを巡らせ、ヒステリックな女を演じた。

銃を落とし、体を震わせながらマーシュへと体を寄せる。

ヒューズも叫ぼうとするが、傷のせいか満足に声が出せないようだ。

 

「そいつに近「私は、私はただ愛してほしかっただけなのに!!」

 

そして死角で手をナイフ状に変化させ、マーシュの首へと、

突き立てようとした。

 

 

しかしその前に、グレイシアの体がぐらついた。

 

マーシュが、グレイシアの腹を蹴ったのだと、ヒューズ中佐もグレイシアも一瞬理解が追いつかなかった。

 

「重っ!!?10メートルくらい吹っ飛ばす気で蹴ったのに!」

 

「げ、ほっ……な、なんで……?」

 

「あ、あー、ひとつ、俺はヒューズの奥さんの面は知ってる。写真見せてもらったことあるからな。

ふたつ、ぶっちゃけお前の姿が変わるとこ見てた。錬金術なのか?

みっつ、ヒューズの奥さんへの一途さ舐めんなよ。周り全員ドン引きするレベルだから」

 

一本ずつ指を立てて説明していくマーシュ。

 

「いや、想像以上の熱演ありがとうよ。俺と一緒に舞台でも目指さねーか?」

 

軽口を叩くマーシュを睨みつけながら、グレイシアは舌打ちした。

周りの家の住人が、なんだなんだと灯りをつけてこちらを窺っている。

さすがに銃声とあの大声を聞いて誰も来ないはずがない。

人目につくのはいただけない。ヒューズは殺しておきたかったが、マーシュがいる以上それも難しいだろう。

ここは退くしかない。

 

「……このエンヴィー様をコケにしたこと、後悔させてやるよ」

 

エンヴィーと名乗ったグレイシアの姿をした誰かは、素早い動きで夜の闇へと消えていった。

最後までマーシュを射殺しそうな目つきで睨みつけながら。

 

それを見届け、生き残ったことを実感して、ヒューズ中佐が大きく息を吐く。そして、マーシュに向かって笑った。

 

「ドン引きは余計だ」

 

ーー

 

その後マーシュが、繋がったままだった電話の先のマスタング大佐を呼び出した。

「マースが死にかけだ、急いでマースん家まで来い」とだけ伝えられ、電話が切られたマスタング大佐の心境は穏やかじゃないだろう。

ヒューズ中佐の傷を治療することをマーシュが提案したが、ヒューズ中佐が軍の病院に行くことを拒否。民間の病院がこの深夜に開いているはずもなく、仕方なく今はヒューズ中佐の家である。

ヒューズ中佐の妻、グレイシアがヒューズ中佐を慣れない手つきで治療している。

 

「急に血だらけで帰ってくるなんて、あまり心配させないで……」

 

ヒューズ中佐の傷口に巻いた包帯に触れながら、グレイシアが呟く。

本気で夫のことを心配している顔だ。

それを見てマーシュが、念のためにしていた警戒を解く。

そしてこれから先、知り合いと会うたびに本人かどうか確認しなければならないな、と憂う。

 

「とりあえず話はロイが来てから聴く。俺が見張っとくから、少し休んでろマース」

 

「……わりぃな」

 

かなり無理をしていたのか、ヒューズ中佐はマーシュの言葉に素直に従いソファで横になり目を閉じた。

 

「マーシュさん、夫を助けていただいてありがとうございます」

 

「ん」

 

深く頭を下げるグレイシアに、短く返事をするマーシュ。

 

「何かお礼ができればいいんですけど……」

 

「いや、礼なんか……あー、お腹が空いたな。何か食べさせてくれない?」

 

「え、いや、そんな程度じゃ……」

 

「腹が減って死にそうだ。今すぐ助けてほしい。といっても持ち合わせは、マースへの貸ししかない。あぁどうしよう。どこかにマースへの貸しと飯とを交換してくれる命の恩人はいねぇかなぁ」

 

お腹をさすりながらフラフラと倒れる仕草をするマーシュ。

それを見てグレイシアは少し呆然とした後、くすりと笑う。

 

「わかりました、今用意しますね。もう、この人の周りにはお人好ししかいないのかしら」

 

そう言って、ヒューズ中佐の髪をそっと撫でるのだった。

 

ーーー

 

マーシュがグレイシアの手料理を食べ切り、デザートのアップルパイを三回おかわりしたところでヒューズ家のチャイムが鳴った。

マーシュが扉を開けると、そこにはマスタング大佐が顔色を悪くしながら立っていた。

車の全速力ではるばるやってきたらしい。

 

「おお、早かったな」

 

「……それで、どういうことだ。ドッキリでした、なんぞ言ったら焼き殺すぞ」

 

マーシュの顔に深刻さがないことを把握すると、マスタング大佐は息をついたあと、現状の確認を求めた。

 

「ん、まぁ入れ。マースも起こして話そう」

 

 

 

 

 

グレイシアを娘のいる寝室に送り、リビングに集まった三人。

マーシュはまだアップルパイを頬張っていた。

包帯を巻いたヒューズ中佐を見て、マスタング大佐が顔を強張らせる。

 

「それで、ヒューズが死にかけたのは本当なんだな?何があった、全て話せ」

 

「ああ、軍がヤバイっつー話だ」

 

「軍がヤバイ?軍の存在を脅かすほどの何かに襲われたということか」

 

「ちがう。()()()()()がヤバイんだ。人体実験なんざ可愛いもんだった。この国は、とんでもねえことを考えてやがる」

 

「人体実験……?どういうことだ、一から説明しろ」

 

ヒューズ中佐は、マスタング大佐とマーシュに襲撃までの経緯を説明した。

 

「賢者の石の材料が人間、第五研究所で囚人を材料に実験、それを手助けするウロボロスの入れ墨を持つ者たち、か……」

 

マスタング大佐が顎に手を当て瞑目する。軍の不祥事については多少予想はついていたのか、人体実験程度では驚かないようだ。

 

「んでまぁ、俺はマースの周辺を見回ってた。ウロボロスの連中が、賢者の石について知った俺たちを殺しにきた場合、一番ヤバいのがマースだからな」

 

「……賢者の石について知っただけじゃない、俺が狙われたのは多分、()()の本当の狙いに気づいたからだ」

 

そう言ってヒューズ中佐が地図を持ってきて、机の上に置いた。

 

「イシュヴァール。リヴィエア事変。カメロン内乱。フィスクのソープマン事件。ウェルズリ事件。サウスシティ、フォトセットで二回の南部国境戦。ペンドルトンの西部国境戦。……リオールの暴動」

 

言いながら、ヒューズ中佐が一本ずつ地図に丸をつけていく。

 

「なんだ?」

 

「軍が起こした、流血を伴う事件だ。そしてこれを線で繋ぐ」

 

地図に出来上がった模様を見て、マーシュの目が見開かれた。

 

「賢者の石の、錬成陣……!?」

 

「何!?この国全部使って賢者の石を作ろうとしているということか!?」

 

「イシュヴァールもリオールも、違和感の塊だった。不自然に血を流させている。指示を出していた、中央の上層部はおそらく真っ黒だ。……おそらく建国の時から。このために国を作ったんだ」

 

「……大総統も黒か」

 

「まぁ多分黒だぜ。エドの病室に入ってきて俺を見たとき、ホントに一瞬だけど殺意が込められてた。『殺しておこうかな』って目だ。初対面なのに殺意を向けられる理由はない。あるとしたら、ウロボロスの奴らの仲間だけだ」

 

腕を組んで自信満々に告げるマーシュを、二人が疑惑の目で見る。

 

「……それだけか?」

 

「充分過ぎるだろ。俺もお前らも、殺意の篭った目を判別するのは得意なはずだぜ」

 

「……ああ、そうだな。数えきれないくらい殺意は向けられてきた」

 

「まぁ大総統が敵にしろ味方にしろ、信用は出来ねぇってこったな。良かったじゃねぇか、大総統の席が空きやすくなったぜ。とりあえず直近でするべきなのは、敵の把握と味方の増強……、俺ももう少し資料を漁ってみ」

 

「マース、お前明日には家族連れて外国へ行け」

 

額に指を当て、これからの方針を考えようとするヒューズ中佐に、マーシュが有無を言わさぬ強さで告げる。

 

「何を……!?…………ああ、そうか」

 

「不都合な真実を知られた奴らが、次にどうしてくるか……。軍を操れるなら簡単だ。適当に事件を捏造してヒューズを捕まえ、死刑。もしくは、ヒューズの家族を人質にする。それくらいは普通にするだろうよ」

 

「いや、だが、俺は……」

 

「マース」

 

食い下がるヒューズ中佐へ、マーシュは目を真っ直ぐに向ける。

 

「お前は今夜、殺されてた。俺が来なかったら、確実に。多分すぐに今日襲ってきた以上のやつが殺しに来るぞ。自在に変身できるやつもいるから、もう安心できる場所はどこにもない。お前が自分でよく言ってるだろ。トンデモ人間の戦いに巻き込むなって」

 

「っ……!!俺は、足を引っ張るだけか」

 

「いいや。この国の秘密もお前のおかげでわかった。正直まだまだ助けてほしい。だが、お前には守るべきものがあるだろ。お前の家族は、お前しか守れないんだ」

 

「……ロイ、俺は、お前を支えるって約束したよな?」

 

ヒューズ中佐が、縋るように、マスタング大佐へと目を向けた。

マスタング大佐は、少しの間瞑目し、そしてゆっくりと口を開く。

 

「…………家族と共に行け、ヒューズ」

 

ヒューズ中佐の目が、大きく見開かれた。

 

「この件が終わったら帰ってこい。そしてまた、私が頂点に立つために尽力しろ。私が大総統になるためには、貴様が必要だ」

 

ヒューズ中佐は、しばらく口をぽかんと開けていたが、大きくかぶりを振ると、ニッと笑う。

 

「………………ハッ、情けねえことを自慢げに言ってんじゃねぇよ。

だが、未来の大総統サマの命令とあっちゃ逆らえねえな!」

 

立ち上がり、背を向け上を向くヒューズ中佐。

マーシュ達からその表情は窺えない。

 

「俺は、家族のために尻尾巻いて逃げることにするぜ!

 

ありがとな、ロイ、マーシュ」

 

背を向けたまま手を振り、部屋を出ようとしたヒューズ中佐の背中にマーシュが呼びかける。

 

「あ、それはそれとしてこれからの方針のために今夜は話し合おうぜ」

 

「……締まらねぇなぁ」

 

 

そして夜は、明けていく。




というわけで、ヒューズ生存です。
お察しの通り、ヒューズ中佐が生きているだけで原作が10巻分以上ぶっ飛びます。
こんな最序盤で気づいたヒューズ中佐のスペックがヤバヤバのヤバ。
でも仕方ないのです。
書き始める前から「ヒューズは生かす」と決めていたのです。

原作から完全に離れて、次はどうするか決めかねていますが
ハガレン好きな人でも納得いってもらえるような話にできるよう頑張ります。

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