ぐるぅぅぅぅぅ〜〜〜
猛獣の唸り声かと聞き間違うほどの音が辺りに響いている。
その音源は、今焼き鳥をもぐもぐと頬張っているマーシュの足元に倒れている一人の男。
この辺りでは見ないような珍しい服をきている。
震えながら顔を上げるその男は、糸目から涙を流しつつ懇願した。
「すみませン、どうカ、すこしだけ食べ物を、わけてもらえませんカ……」
出で立ちと訛りのある言葉からするに、外国人なのだろう。
「……ドンマイ」
そう言い残して、いずれ餓死するであろう男の横をスタスタと歩き去ろうとするマーシュ。
その足をぐわしと、掴まれる。
「ひどいヨ、目の前で死にかけてる人間を見捨てるなんテ!人の心を持ってないのカ!」
「やかましい、知らん外国人が死んだところで全く心は痛まねぇよ」
そう言って、しっしっと足を振って追い払おうとする。が、全く離れない行き倒れ男。
「た〜の〜む〜ヨ〜ちょっとだけ〜ちょっとだケ〜」
「うっとうしい!!」
ーー
結局、どうやっても引き離せないこの行き倒れ糸目男を、食事に連れて行くことにしたマーシュ。
といっても引き離すためだけでなく、どこかシンパシーを感じたのだ。主に食への執着の方面に。
「おっちゃん、チャレンジメニュー二人前」
「おいおい大丈夫か兄ちゃんら!そんな細っこい体で食い切れんのかぁ!?」
ここはこの辺りでは有名な料理店らしい。店長が大の負けず嫌いで、とんでもない量の料理を出して客が食べきれないのを楽しんでいるのだとか。チャレンジャーと店長の勝負を見るために来ている客も多くいるようだ。そんな客の野次を聞き流して、マーシュと糸目男が席に着く。
「糸目、食い切れたらもう一回飯奢ってやるよ。ただし食い切れなかったら不法入国者として突き出す」
「ほウ、そいつは腕が……いや腹が鳴るネ!」
しばらくして、山のように盛られたパスタが到着する。
やけに厳つい、店長と思われる男が運ぶだけでも苦労しそうなその皿を二人の前にドンと置いた。
「名付けて、ブリッグズナポリタン。今まで食い切れた奴ァ、一人もいねェ。食えるもんなら食ってみな」
「いただきます」「いただきまス」
瞬間、糸目男の前の山がゴッソリと削れた。
否、食べたのだ。もはやフォークを使うことすら億劫だったのか、直で齧りついた。
神速の、齧りつき。周りには何故か突然山が凹んだようにしか見えなかっただろう。彼が食べたことを証明するのは、顔にベッタリとついたソースのみ。
一方、マーシュはフォークを使っている。だが、その巻き取る量が尋常ではない。山にフォークを差し込み、くるくる、くるくると回す。それを引き抜くと、アームストロング少佐の拳と同じくらいの大きさの塊ができていた。そして、頬張る。口のサイズと合っていないはずなのに、フォークからパスタが消えた。
みるみるうちに二人の前の山が凹んでいく。周りの客もそれを目を見開きながら見守っていた。
そして、瞬く間に完食。
拍手が巻き起こり、二人も満足げに腹をさすって、食事の終わりを意味する言葉を告げようとした。
「「ごちそ」」
「まだだァ!!」
そこに、店長の声が響いた。
「いやァ、驚いた。まさかアレを食い切るとはなァ。だがなァ、なんでブリッグズって名付けたと思う?ブリッグズ砦じゃァねェ。ブリッグズ山でもねェ。ブリッグズ
その言葉と共に店長が持ってきたのは、更にもう二つのパスタ山。先ほどより少し大きい気がしなくもない。
「さァ、まだ俺の出した料理は終わってねェ!!山脈ってのはァ連なる山!これで俺の料理は完成する!!こいつでおしめェだ!!」
「なんだそりゃぁ!!」
「先に言っとけやー!!」
「何が山脈だー!!」
周りのギャラリーがギャアギャアと喚く。
だが、山を前にした二人は、至って冷静だった。
「ちょうどいい、少し物足りねえと思ってたんだ」
「まだまだ食べさせてくれるなんて、ここの人は親切だネ」
余裕の笑みを浮かべる二人に、店長も戦慄の表情を浮かべる。
そして、二人がフォークをまた構え、食事という名の掘削作業を始めた。
しかし、先ほどのような速さはない。
半分を越えたところで目に見えてペースが落ちてきていた。
やはり二人とも、かなり限界が近いのだ。
「そろそろ、きついんじゃないのか、糸目クン……」
「そっちこソ……あまりフォークが進んでないみたいだヨ……」
「ハ、余裕だっての……なんならお前のも食ってやろうか……」
「自分の食べ切ってから言いなヨ……」
一口ごとに、挑発しあう。
そうしないと、心が折れてしまいそうだからだ。
一人で食べていたなら、とっくにギブアップしていただろう。
一口食べ、水で流し込み、挑発。それを繰り返して今、
ようやく残り1割というところになった。
「ハァ、うぇぷ、顔色悪いぞ、もうやめとげっぶ」
「フゥ、鏡みたほうがいいヨぅぼえ、うぉぶ」
喋るたびに喉へとこみ上げてくるパスタを押さえ込みながら、それでもフォークは置かない。
何が、彼らをそこまで駆り立てるのか。
ギャラリーの中には涙を流すものすらいた。
「あと、ひと、くち……」
どちらもあと一口で完食。
そこで、糸目男の手が完全に止まった。
カランとフォークが手から離れた。
「もう、無理、ダ……。もう、フォークで巻くのも、イヤダ……」
「…………」
マーシュが、くるくる、くるくると最後のパスタを巻く。
何故かフォークを二本持って、糸目男の皿のほうでも。
「なかなか、良い、食いっぷりだったぜ」
そして自分と糸目男の口に、それぞれパスタを突っ込んだ。
瞬間、湧き上がるギャラリー。
店中から歓声と拍手が響いた。
店長は膝をつき、天を見上げている。
マーシュと糸目が、店長に向かって手を合わせる。
「ごちそうさま」「ごちそうさマ」
言い終わるやいなや、二人ともテーブルに突っ伏した。
突っ伏したまま、顔を見合わせる。
「糸目……名前は?」
「リン・ヤオ……君は?」
「マーシュ・ドワームス」
名乗りあった二人は、笑みを浮かべると、腕を組んで互いの健闘を讃えた。
店では、歓声がいつまでも鳴り止まなかった。
ーー
「いやー、しばらくパスタは見たくないネ!」
「全くだ。ま、約束だ。好きな時に好きな飯奢ってやるよ」
「良き友と良き飯に恵まれた、今日は素敵な日ダ!」
すっかり意気投合したらしいマーシュと糸目男改めリンは、あの勝負から15分ほどで回復し、通りを歩いていた。
周りのギャラリーの中にはおひねりを寄越してきた者もいて、リンは飯を腹一杯食べた上でお金まで貰えるなんテ、とほくほく顔だ。
「んで、リンはどっから来たんだ?」
「東のシン国からだヨ。皇帝になるためにある物を探してネ」
「ほえ〜皇帝。じゃお前意外と偉いんだな」
「俺は第12王子。皇帝には遠イ。だかラ、地位を上げる必要があるんだ。一族の、興隆のためニ」
「はぁー、結構重いもの背負ってるんだな……」
「そうダ、マーシュは賢者の石について、何か知ってることはないカ?」
「……あー、んー……知ってるっちゃ知ってる」
「本当カ!?教えてくレ!!」
「教えてやりたいのは山々なんだが、軽々教えるわけにもいかないんだなこれが」
「……頼ム、このとおりダ」
往来の真ん中で膝をつき、頭を下げるリン。
幸い周りに人はいないようだ。
「あぁいや、対価とかを要求しているわけじゃない。ただ、危険なんだ。知るだけで、もしかしたらバケモンたちから命を狙われる。俺も現在進行形だ」
「危険なんカ、とっくに覚悟してきてル!!俺には、一族みんなの生活がかかってるんダ!!」
「……いやぁ、やっぱダメだ。目の前にぶら下げといて悪いが、この話は終わりだ。飯代はやる。これでお前との関係も終わりだ」
「……友達にあまり手荒な真似はしたくなかったんだガ」
リンが腰に差している剣を抜き、マーシュに突きつけようとして、突然バッと上を向いた。
「におう、におうよ、泥の錬金術師のにおい」
「お手柄よ、グラトニー。まったく、手間をかけさせてくれるわね」
建物の上にいたのは、第五研究所の中でマーシュたちに襲いかかった、あの二人だった。
「なんダ、あいつら……。中に、何人いル?」
「おいおいマジか……。嗅覚で追ってきたのか?俺そんなに体臭キツイかな」
細い目を見開くリンと、くんくんと自分の体を嗅ぐマーシュ。
二人を見てペロリとラストが舌なめずりをした。
「さぁ、あの時のデートの続きでもしましょうか?」
「いやぁ、コブ付きは勘弁!」
上から降ってくる太っちょ、いやグラトニー。マーシュはそれを後ろに跳んで避ける。
「リン、こいつらがバケモンだ!とっとと逃げろ!」
「なるほど、確かにバケモノだ……ネ!!」
リンが、マーシュの方を見ていたグラトニーの頭を後ろから剣で突き刺す。
貫通し、額から剣の先と血を吹き出しながら、グラトニーが絶命した。
引き抜き、なおもグラトニーに剣を向けるリン。
「……マジ?」
出会い頭に殺人を犯したリンにマーシュがドン引きしていると、
グラトニーの様子がおかしいことに気づく。
みるみるうちに傷が塞がっていくのだ。傷は完全に塞がり、そして、何事もなかったかのように立ち上がり、リンに向き直った。
「むー、じゃまするなー。ラストー、こいつたべていいー?」
「ええ、そうね、食べていいわよ。泥の錬金術師は……私が相手をしてあげる」
風切り音がして、マーシュが今いた位置を爪が薙いだ。
ラストにも注意していたマーシュはすでに横へ跳んで回避している。
だが、その顔は驚愕に染まっていた。
「……今、死んだ奴が生き返ったように見えたんだが、気のせいか?」
「気のせいじゃないみたいだヨ。こいつらの気、おかしイ。もしかすると……不老不死!!」
リンが目の色を変え、剣を構え直す。
「こっちは心配するナ、マーシュ!こいつを持ち帰ることが出来れば、皇帝になれル!」
「いやいやいや、持ち帰るとかバカなこと考えてないでとりあえず生き残ることを考えやがうわぁお!!」
喋っている途中でも容赦なくラストの爪が襲いかかる。
「くっそ!高いところから狙い撃ちしやがって!降りてこい、ボイン女!!」
「わざわざあなたのフィールドに行ってあげる義理もないでしょう?」
「そうだよな!俺でもそうするわ!」
マーシュは攻撃を避けながら走り続ける。
いつぞやと同じような逃走劇になるかと思われたが、いつの間にか攻撃が止んでいる。
どうやら、ラストは追ってきてはいないようだ。
大声がギリギリ届くかという距離で、マーシュが建物の上から動かないラストへ叫ぶ。
「さすがに無限に伸びるわけじゃないんだろ!ここまで届くか!?」
「ええ、私の『矛』にも限界があるわ。仕方ないから、あなたのほうは諦めることにするわね」
ラストが淡々と言い、リンに目を向ける。グラトニーの攻撃を捌いている彼の体は、ラストの攻撃の射程内。
「待っ、やめろォ!!」
マーシュの制止も聞かず、リンに向けてその爪を振るう。
リンはラストに対して背を向けたままだ。
マーシュが急いでリンの元へ駆けつけようとするが、どうやっても間に合わない。
「リン!!後ろだ!!」
「!」
マーシュの声でリンが振り向き、驚くほどの反射速度でラストの爪をかわす。
だが、それはつまり今戦っている最中のグラトニーに、背中を向けた上で、大きな隙を見せたということ。
グラトニーの拳が、リンを吹き飛ばした。
「リン!!」
「あら、お友達だった?悪いことしたわね。じゃ、あなたも一緒のところに送ってあげる」
間髪入れず、ラストの爪が、走って近づいてきていたマーシュへと向かってくる。
一瞬反応が遅れつつも、横へ跳んでかわすマーシュ。
そこに、巨体に似合わぬ俊敏さでグラトニーが掴みかかった。
「あ、やばっ……」
グラトニーはマーシュの頭を掴むと、そのまま地面に叩きつける。
「やたー。おわり?おわり?」
グラトニーがにぃぃと笑みを浮かべ、涎を垂らす。
そしてマーシュの頭を掴んだまま、持ち上げた。
マーシュは頭から血を流しながら、力なくぶら下げられる。
靴が地面から浮いているため、錬金術を発動することも出来ないだろう。
「あの男を見捨てて逃げていれば、自分は逃げられたというのに。……本当に愚かで、悲しい生き物ね」
「……愚か、な、生き物?お前らは、違、う、のかよ?」
哀れむような眼差しで上から見下ろすラストを、マーシュが睨みつける。
「まだ意識があったの?いいわ、最後に答えてあげる。私たちは
「……おま、えらは、人間じゃ……ないの、か?」
「にんげんは、おいしー」
「人間といえば、人間よ。でも、あなたたちとは違う。私たちは、進化した人間」
「ハ、ただの、バケ、モノじゃねえか?」
「失礼ね。あなた達と体の構造も見た目もほとんど変わらない。五感もあるし、感情もある。生みの親への愛情もある
人間よ」
「………ーーーーーーー?」
マーシュが何かをボソボソと喋る。
建物の上のラストには、何を言ったのか聞き取れなかった。
「? もう食べていいわよ、グラトニー」
「いっただっきまーす」
グラトニーの口が大きく開き、
そして。
マーシュの体が、ボトリと地に落ちた。
すね毛全部と引き換えに描写力をくれ、真理。
展開に悩んでるのと、今月が忙しいのとで
次の話もちょっと遅くなりそうです。
あ、実写版ハガレンそろそろですね。
酷評酷評&酷評ですが、とりあえずは見ようかなと思います。
更新が止まったら、察してください。