泥の錬金術師   作:ゆまる

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合奏

「ふむ。話に聞いていた、他国の者か」

 

ブラッドレイがリンとフーを横目で見つつ、顔色を全く変えることなく呟く。隙は全くなく、マーシュたちを視界に捉えたままだ。

 

「予想の範疇だ」

 

戦闘の開始は、突然だった。

 

ブラッドレイが剣を一本抜き、ボッ と音が出そうなほどの速さで、ポケットに手を突っ込んだままのマーシュとランファンへ斬りかかった。

 

ランファンがマーシュの前へ進み出て、クナイで剣を止めた。

否、ブラッドレイが右から左へと剣を払おうとして、その軌道にクナイがあっただけ。

今の速さの剣を止めたのは、奇跡だ。

今ランファンは、ブラッドレイの剣に全くついていけていなかったのだから。

それだけで、ランファンは理解した。この男の力量は、自分より遥か上。自分の祖父より、自分の後ろにいる男より、もしかすると今まで会ってきたどの強者よりも。

それでも、恐れるわけには、退くわけにはいかぬと踏み込む。

だが、それは叶わなかった。

 

マーシュが、ランファンの黒装束のフードを引っ張って後ろへと無理やり引き下がらせたからだ。

瞬間、ランファンの首があった空間を二本目の剣が薙いでいた。

ランファンもブラッドレイが剣を抜くのがギリギリ見えてはいたものの、自分を奮い立たせようと強く踏み込もうとしていたせいで体がついていかなかった。

 

今、マーシュが引っ張ってくれていなければ自分の命はもう終わっていた。

ランファンがそのことを理解するより速く、戦況は進む。

 

何か喋る暇もない。

ブラッドレイがそのまま二本の剣を構えマーシュを斬りはらおうとする。

マーシュがランファンを引っ張り下げながら、片方のポケットから、ぐしゃぐしゃになったホットドッグの袋を投げた。

ただのゴミだ。当然そんなものは攻撃にも時間稼ぎにもならない。

しかしブラッドレイはそれを大きく避けた。

警戒。ただのゴミからでも、何を飛び出させるかわからない。

どんな些細な攻撃も侮るべきではない。

ブラッドレイはそう考えたのだ。

 

そしてゴミを避けたブラッドレイはマーシュを刺し貫こうとする。

少将との決闘の時と違い、マーシュは何も防ぐものを持っていない。

ランファンを引っ張った体勢のままではこの攻撃を避ける術もない。

 

が、ブラッドレイの足元から何かが飛び出した。

泥だ。

地面から、下水管が破裂したかのごとく勢い良く泥が湧き出たのだ。

それに巻き込まれ、ブラッドレイの体は空に押し出される。

 

「ぬ、これは……!まさか」

 

「ランファン、よく時間を稼いだ」

 

ランファンがブラッドレイの剣を防いだ時間は、1秒の半分にも満たないほどの間だった。ゴミを投げつけたのも、時間稼ぎ。1秒の半分にも満たないほどの時間稼ぎ。合計しても、約1秒。だが、マーシュにはその時間が必要だったのだ。錬金術を、発動するための隙が。

 

マーシュが足を踏み鳴らすと、湧き上がった泥が形を変え、ブラッドレイを捕らえるようにまとわりつき、固まった。

 

「さて、これも予想の範疇だったか?」

 

戦闘時間、五秒以下。

それは、余りにも早すぎる決着。

 

 

キング・ブラッドレイ、捕獲完了。

 

 

 

 

 

「クッソがぁぁ!!邪魔すんな!!」

 

頭を切られて再生した後、リンとフーに応戦するエンヴィー。

手を刃物に変化させれば受け流されて根元を叩き切られ、足を蔦に変化させて捕らえれば相方がやってきて叩き切られる。

 

グラトニーも攻撃はしているものの、リンとフーの軽すぎる身のこなしに翻弄されっぱなしである。

 

「おーい、エンヴィーとやら!」

 

そこに、向こうの方からマーシュがエンヴィーに声をかけた。

何だよ、と見やるとそこには泥に捕らえられたブラッドレイの姿。

 

「もうブラッドレイは捕まえたけど、どうする?」

 

「……は!?いや、いやいや、何やってんだラース!!負けたのか!?この短時間で!?」

 

ギョッとして、思わず声を荒げるエンヴィー。

それを見て、マーシュはランファンに目を向ける。

 

「よしランファン、向こうに加勢に行くぞ。ブラッドレイは見張ってなくていい」

 

「何故ダ?」

 

「ああ、あいつの焦り様、ブラッドレイには自力でここから抜け出せるような能力はないってこった。いやぁ、わかりやすくて助かるよ、エンヴィーくん?」

 

ニヤリと笑ってエンヴィーに手を振るマーシュ。

ビキビキと音が立ちそうなほどに青筋を立てるエンヴィー。

 

「こん……の、クソがぁ!!馬鹿にしてんじゃねぇぞぉ!!!」

 

マーシュに向かって吠えるエンヴィーは、リン達にとっては隙だらけだ。また頭を両断する。

 

リンとフーだけでも今のところは押している。そこにランファンとマーシュが加われば、人造人間の完全捕縛はすぐだろう。

 

 

 

「これは余談だがね」

 

不意にマーシュたちの後ろでブラッドレイが口を開いた。体は拘束され、頭だけが、固まった泥から出ている状態だ。それなのに、彼の表情には全く焦りがない。

 

「マーシュ・ドワームスという障害の排除は、現在我々の最優先事項となっている」

 

「そいつは光栄なことだな。だがこれを機に諦めてくれ」

 

「そんな最優先任務で、戦力を温存するとでも?」

 

「……………あ」

 

マーシュが何かに気づいた瞬間、ブラッドレイを捕らえていた泥が何者かに切り刻まれた。

 

「まったく、何をやっているのかしら。プライドに怒られるわよ」

 

「ああ、感謝する」

 

ラストだ。

器用に、型抜きのようにブラッドレイの周りの泥を切り落とし、助け出した。ブラッドレイは体についた固まった泥をパンパンと払い落とし、完全に復帰した。マーシュが額に手をやって、ため息をつく。

 

「あー……うん、これは完全にオレのミスだ」

 

「先ほど捕らえた時に顔まで覆っていれば、もしかすると気絶ぐらいまでは持っていけたかもしれんな」

 

言外にマーシュの甘さを責めながら、ブラッドレイは自分の眼帯に手をかけた。

 

「油断するなと言っておきながら、最初から全力を出すことを惜しんだ非礼を詫びよう」

 

外された左目の眼帯の下にあったのは、当然、眼。

しかしその瞳は自分の尾を噛む龍の模様。すなわち、ウロボロスの形だった。

 

「まさか、賢者の石を持っているとは思わなんだ」

 

「……やっぱバレる?」

 

マーシュが顔をひきつらせ、ポケットの中の物を手で弄んだ。

 

+++++

 

「んー、なるほどな……」

 

マルコーの資料を読むマーシュ。内容は、マーシュが既に人造人間と戦った時に入手した情報もあったが、新たにわかることも多数あった。

他にプライドやスロウスという人造人間もいるであろうこと。エンヴィーがイシュヴァールの内乱を巻き起こしたかもしれないこと。ブラッドレイも人造人間であるが、他の人造人間とは少し違うかもしれないことなど。

 

そして、ふと最後のページに、慌てて書き足されたような走り書きがあるのを見つける。

 

『君のジャケットの右ポケットを見てくれ。君の言葉に、本当に救われた。その礼というわけではないが、おそらくそれは君が持っている方が有意義だ。幸運を、祈っている』

 

ポケットを探ると、固い感触。取り出したそれは、小瓶に入った真紅の半液体だった。

 

「わーお……。サプライズ?」

 

ーーーーー

 

「ランファン、一人であのボインの相手出来るか?」

 

「あぁ…………死ぬなヨ」

 

ボソリと最後に付け加えて、ランファンはブラッドレイを警戒しつつラストの前へと向かう。

 

「善処する」

 

果たしてこの男と1対1で戦って生き残ることが出来る人間がどれほどいるのだろうか。マーシュは苦笑して、体勢を整えた。

ブラッドレイは先ほどまで固められていた腕の調子を確かめるように肩をコキコキと鳴らしている。

 

「どうした?また錬金術を使わないのかね?」

 

「ハッ、言ってくれるな……」

 

錬金術は、発動するまでに若干のタイムラグがある。

だからいつもは喋ったり他のことに目を向けさせたりして、時間を稼いでいるのだ。

だが今回の場合は、別だ。ブラッドレイはマーシュの錬金術を把握していて、常に警戒している。マーシュが何か不審な動きをした瞬間、それに合わせて全速力で斬りにくるだろう。それは恐らく、錬金術の発動よりも速く。

 

今のマーシュには、賢者の石がある。

だが、賢者の石を使って発動速度を限界まで速くしても、ギリギリ間に合わないかもしれないとマーシュは感じた。

それは、勘だ。しかし、どこか確信があった。

そしてその勘は当たっており、時間稼ぎがなければブラッドレイの剣は錬金術の発動よりも速くマーシュを貫いていただろう。

 

今、ブラッドレイとマーシュとの距離は、最初相対した時とほぼ同じ。つまり、普通に錬金術を発動すれば、抵抗する間も無くマーシュの首は飛ぶことになるだろう。

そのことをマーシュも、ブラッドレイも、わかっている。

 

加えてブラッドレイが今晒した眼。

ブラッドレイの口ぶりと雰囲気から察するに、何かある。

まるで全てを見透かされているかのような錯覚。

マーシュの背中に汗がつつと伝った。

 

「来ないのならこちらから向かうぞ」

 

一歩。

たった一歩で間合いが詰められた。

アームストロング少将以上のスピード。

一瞬でマーシュはブラッドレイの剣の射程に入れられた。

剣がマーシュの首を斬り飛ばさんと振るわれる。

マーシュはそれをなんとか避けようと頭を下げ

 

突然ブラッドレイが飛びすさった。

 

直後、ブラッドレイがいた場所にチュインと音を立てて銃弾が刺さる。

狙撃だ。

 

「今の避けるのかよ……。だがまぁ、助かった」

 

「……ホークアイ中尉か」

 

銃弾を放ったのは、遠方に構えているホークアイ中尉。

マーシュたちからは辛うじてその姿が見える距離。

 

「つまり……マスタング大佐とその部下が、君たちについていると見ていいのかね?」

 

「いやぁ、そんなことはないぜ。さっきの銃も多分、お空の鳥を狙おうとして外しちゃっただけだろうよ。ほら、最近は狩りがブームらしいし」

 

白々しく笑うマーシュ。ペラペラとよく回る舌は、これまた時間稼ぎだ。ホークアイ中尉が定位置につき、次弾を装填するまでの。

 

 

 

ブラッドレイが、付き合ってられぬと前に踏み出した次の瞬間、銃声が響いた。ライフルの音ではない。おそらく拳銃。

それは、ラストとランファンがいる方向から。

 

そこにいたのは目元だけを出した黒の戦闘服に身を包んだ人間。

しかしその人間は拳銃を下ろし、どこか呆然とした様子だ。

 

「……おいおい、どういうこったよ……。なんで、そんなとこにいんだよ、ソラリス」

 

「あら、もしかしてジャン?お仕事放ったらかしてこんなとこに来ちゃって……悪い人ね」

 

「……クソッ、っとに女運がワリィ……」

 

マスタング大佐の部下、ジャン・ハボック少尉。

ハボックは、正体を隠したラストとついこの前から交際していたのだ。

短い付き合いとはいえ、自分が本気で惚れ込みかけていた女性が敵で、人間ですらないとわかり、かなり傷心したようだ。が、すぐに拳銃を構える。

 

「悪ぃが撃つぞ」

 

「出来るのかしらね?貴方はとっても優しい人だもの、ジャン。そんな貴方と過ごした時間はすごく楽しかったわ」

 

「っ……!!」

 

ラストの言葉に、引き金を引こうとしたジャンの指が止まる。

そこにヒュオッと風を切りながら、ジャンの首元に爪が振るわれた。

しかしランファンがジャンを蹴り飛ばし、難を逃れる。

 

「げ、ほっげほっ……!」

 

「戦う気がないならどいてロ。邪魔ダ」

 

「……いや、戦える。助かった、ありがとう」

 

ランファンがクナイを、ハボック少尉が拳銃を構える。

ラストは余裕の表情で、唇をペロリと舐めた。

 

 

 

 

 

「がっあぁぁ!!」

 

「熱い、熱いよエンヴィー!」

 

「ほう、貴様がエンヴィーか。話は聞いてるぞ。……ヒューズを撃ち殺そうとしたらしいな?」

 

こちらでは、エンヴィーとグラトニーが突然の爆炎に晒されていた。

マスタング大佐が、這い蹲るエンヴィーを冷たく見下ろす。

そしてまた、パチンと指を鳴らした。

 

燃える。

 

「ヒューズの妻に化けて、絶望の最中殺そうとしたとか」

 

燃える。

 

「恍惚の表情だったそうだな」

 

燃やされる。

燃やされて再生してはまた燃やされる。

 

「て、めっ……!」

 

「驚くべき再生能力だな。それで、あと何回で死ぬんだ、貴様は」

 

「ぐが、ああっあぁぁあ!!」

 

また爆音が、響いた。

 

 

 

 

銃声が響いても、ブラッドレイは全く意に介していなかった。自分に向けてのものではないことだけを一瞬で確認し、ブラッドレイがまたマーシュへと間合いを詰める。

 

ホークアイ中尉はブラッドレイの速さにはついていけていない。だから、ずっとマーシュの体の前に照準を合わせている。

ブラッドレイがマーシュの隙をつくためには、一直線にマーシュへと向かわなければならないからだ。だから、来るとわかっている箇所で待っている。

ブラッドレイを視界に入れて、奴が体を前に傾けた瞬間、弾を放つ。ブラッドレイがマーシュの目前に迫ったタイミングで、丁度その銃弾が到着し、ブラッドレイの体のどこかに着弾する、かと思われた。

 

ギィン。

 

それをあろうことかブラッドレイは剣で弾いた。一瞬ホークアイ中尉のほうを見て、後は片手の剣でアッサリと。

 

ブラッドレイがもう片方の剣でマーシュに斬撃を放つ。

マーシュは頭を下げ、髪の毛の先を少し切られつつも避けきる。

銃弾を弾いた剣がそのまま振り下ろされる。四肢を全部使って弾かれるように横に跳ぶマーシュ。

体をくるりと一回転させて剣が追撃してくる。止まれば斬られる。受け身も考えず勢いのままに地面を転がる。

ブラッドレイが跳び、転がった先のマーシュに剣を突き立てようとした。転がりつつもマーシュは腕の力で勢い良く倒立し、回避。

地についた腕を叩き切ろうとブラッドレイが剣を横に払ったが、バク転して後ろへ跳んで避ける。

 

マーシュが体をミシミシ言わせながらも、ポケットに手を突っ込んで、足を踏みならそうとした。

だが、そんな暇など与えてはくれない。

まだ追撃。

突きをかわす。切り払いをかわす。袈裟斬りをかわす。

 

と同時に、襲いくる下からの斬撃。

逃げ場がない。斬られるしかない。

違う。逃げ場がないなら、()()()()()()()()

思い切り前に跳び、ブラッドレイの懐へと入り込んでタックルをかます。

いや、かませない。同時にブラッドレイも後ろへと跳んでいる。

ブラッドレイが手首を返し、剣が、マーシュへと迫る。

 

キィンと音を立てて、ブラッドレイの剣が止まった。

マーシュの手に握られているのは、クナイ。もしかしたら使うかも、とリンたちから借りたものだ。さっきポケットから取り出し、ブラッドレイからは見えない位置で握り、今、そのクナイでブラッドレイの剣を後ろ手で止めた。

マーシュがそのまま空いた手で、ブラッドレイを殴り飛ばそうとする。が、首を動かすだけでブラッドレイはそれをかわし、そして剣の柄で逆にマーシュを殴り飛ばした。

 

「っが、あー、いってー……」

 

マーシュは殴り飛ばされ曲がり角の壁にぶつかった。無理な回避でまだ体が悲鳴をあげているが、ダメージは少ない。

まだやれる、と立ち上がったところで曲がり角の先に二人の男がいるのに気づく。

角の先にいたのは小汚い男と……

 

「うぉあぁびっくりしたぁ、なんだお前…………ブ、ブ、ブラッドレイ大総統!!??だ、だだだだ旦那ァ!!助けてくだせぇ〜!!」

 

「あー……こりゃ奇遇ですね」

 

「泥の、錬金術師……!!」

 

スカーだった。小汚い男が、ブラッドレイを見て恐れ慄きながら目を見開いているスカーの陰に隠れる。しかしそれをスカーに振り払われて、這い這いの体でどこかへ隠れにいった。

 

「泥の錬金術師に、キング・ブラッドレイ……。なんという僥倖。これが、神の意志か!!」

 

「あーもークッソめんどくせー!!」

 

「ふむ、スカーか。丁度よかった」

 

 

「「「貴様(おまえ)どちら(どっち)も」」」

 

 

 

 

「破壊する」「沈める」「斬り捨てる」

 

 

 

 

怒れる復讐鬼(バケモノ)が、指を鳴らす。

 

国家錬金術師(バケモノ)が、足を鳴らす。

 

冷酷なる憤怒(バケモノ)が、鍔を鳴らす。

 

バケモノたちの、合奏の始まりだ。

 

 

 








貴方たちは、あらゆる攻撃を見切るのが得意なフレンズと、あらゆるものを分解するのが得意なフレンズと、コンクリート風呂に沈めるのが得意なフレンズなんだね!すごーい!


ええ、思ったより早い投稿です。次はきっと遅いです。
だって、ここからどうすればいいのか全然わかんないんだもん。
プロットとか、次話書き溜めとか、全くないんだもん。
好きなようにつらつらと書いてるだけなのでそろそろ限界がきそうです。
それでも最後まで書けたその時は……たくさん褒めてください。

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