泥の錬金術師   作:ゆまる

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終戦

「クソが!!目に物見せてやるよ、焔の錬金術師!!」

 

何度も何度も燃やされ、ついに我慢の限界がきたエンヴィーがゆらりと立ち上がり、その背中が膨れ上がった。

マスタング大佐が指を構えて警戒する。

しかしその膨張は、突如響き渡った声により中断される。

 

『やめておきなさい、エンヴィー。相性が悪すぎる』

 

「プライド!?」

 

エンヴィーとグラトニーが空を見上げ声を上げた。

プライドと呼ばれる者の声のようだ。

 

『一度下がりなさい、エンヴィー、グラトニー。マスタング大佐が相手ではあまりにも分が悪い』

 

「チッ、しょうがない……!グラトニー、退くぞ!」

 

「わかった、おで、もう燃えたくない」

 

「逃がすと思っているのか?」

 

「っグラトニー!飲め!!」

 

マスタング大佐が放った爆炎に、グラトニーが真正面から向かい合う。そして、腹に開いた口でその炎を飲み込んだ。マスタング大佐の目が驚愕で見開かれる。

そしてグラトニーはマスタング大佐から少しズレた位置へとその口を向けた。

次の瞬間、バクン、とマスタング大佐の横にあった家が半分消滅した。

 

「おら、飲んじまうぞ、下がれ下がれぇ!」

 

「これが、ドワームスの言っていた……!」

 

マスタング大佐がグラトニーの正面に立たないようにしながら後ろへと下がる。

エンヴィーはそれを確認すると、グラトニーをつれて何処かへと走り去っていった。

 

「……頼んだぞ」

 

マスタング大佐が、空へと声をかけた。

 

 

 

 

 

ハボック少尉が拳銃を撃つ。弾はラストの脚を貫いた。

 

「恋人にひどいことするじゃない、ジャン」

 

が、跪きもせず、脚は撃たれてもすぐに再生する。彼女が人間でないことを再確認して、また歯を食いしばるハボック少尉。

 

そこへラストの後ろからランファンがクナイでラストの首を搔っ捌いた。

ラストは後ろへとぐらりと落ちそうになる頭を掴むと無理やり手で押し込みくっつける。そして爪を伸ばしてくるりと一回転した。ただの一回転も、最強の爪と合わされば凶悪な範囲攻撃だ。

ランファンはそれをなんとかクナイで逸らすが、ぐらりと体勢を崩す。

そこを狙おうとしたラストの腕を、ハボックの放った銃弾が弾いた。

 

「やるわね」

 

ラストはそう呟くと、両手をそれぞれランファンとハボックに向け爪を伸ばした。

一直線に伸びてくる爪をしっかり躱す二人。しかし、これで終わりではない。

ラストはそのまま、十本の爪を別方向にそれぞれ動かした。いつものように狙いさだめた攻撃ではなく、無作為に。

 

「ぐっお!?」「くっ……!」

 

適当に動かされる五本の爪は、地に刺さり空を切り、爪同士にぶつかって軌道を変える。ラスト自身でさえ何を切っているかわからない。それは簡単に避け切れるものではなく、二人は段々と追い詰められていく。

 

ランファンが迫ってくる爪の一本を、クナイで止めようとした。その攻撃は、クナイで真正面から止められるものでは到底ないということを知らずに。

 

その凶刃は易々とクナイを切り裂き、ランファンの肩口へと到達した。

 

「がっ……!」

 

「まず一人」

 

倒れゆくランファンを見て、ラストが両手の爪をハボック少尉へと向ける。ランファンと協力して、やっと対抗できた。片手の攻撃だけでも、避けることすら危うかった。この1対1は、あまりにも絶望的だ。

ラストが、その爪をハボック少尉へと伸ばしたところで

 

ラストの体が、斜めにずれた。

左肩から右の腰にかけて切られて。

 

「ゲヒャハハハハ!!い〜〜〜〜い斬り心地だァ!!想像以上だ!!やっぱお前は最高の女だ!!」

 

「バ、リー……!」

 

本当はリンたちに協力するよう言われていたバリーだが、「もしかするとラストが現れるかもしれない」と持ち前の勘を発揮し、ずっと隠れて機会を窺っていたのだった。

 

しかしラストは、上半身がずり落ちながらも、残った片手をバリーに振るう。

バリーは余韻に浸っていたせいか回避もできず、アッサリとその体を輪切りにされ、目からフッと光を失った。

 

次の瞬間、ハボック少尉が飛び出し、ラストの右腕を踏みつけ、頭に銃身を押しつけた。

一連の動作には全く無駄がなく、ハボックがやはり一流の軍人であるということをラストは再認識し、目を閉じる。しかし、いつまでたっても自分の頭には何も起きない。

 

「……どうしたの?早く撃ちなさい。すぐに体も再生するわよ」

 

「あぁいや、こうして見るとやっぱ美人だなと」

 

「っバカにしているの?いいから早く撃ちなさい!私に、またあんな思いをさせるつもりなの!?」

 

見下していた人間に、見下される。捕らえられ無力化され、ただ死を待つのみの存在になる。そんな経験は、もう二度としたくない、とラストは歯噛みする。

 

「あのデートがさ、全部嘘だったとは思えねぇんだ。思いたくねぇんだ」

 

「全部嘘よ。あなたが一番口が軽そうだったから近づいただけ。マスタングについては何も話してくれなかったけどね。何の役にも立たなかった」

 

「デート中に仕事の話はしないくらいの甲斐性はあるさ。そこも素敵だって言ってくれたろ?」

 

「建前に決まっているじゃない。いい加減にして!」

 

いつのまにか再生した左腕の爪を伸ばし、ハボックの首元へ当てた。

 

「私がこの腕を少し捻れば、貴方の首は飛ぶわ。さぁ、撃ちなさい。殺すわよ」

 

「……ソラリス。お前が普通の人間じゃなかろうが、俺の命を狙おうが、世界の破滅を願う組織だろうが、俺は構わねぇんだ。

どうしようもなく、好きになっちまったんだ」

 

ほら、と笑いながらハボック少尉は続ける。

 

「惚れたほうの負けっていうだろ?」

 

「……つまり死にたい、というわけね?」

 

ラストの手が少し震えている。その爪でハボック少尉の首を裂く気配は、一向になかった。

 

「……理解できないわね。人間っていうのは、本当に。

醜くて、愚かで……理解、できない」

 

「じゃあこれから理解してくれ。俺も、理解してもらうよう頑張るからさ」

 

ハボック少尉が拳銃を地に落とし、その手でラストの髪を撫でた。

ラストは少しの間瞑目して、そして少し微笑んだ。

 

「貴方のその真っ直ぐな目、好きよ。……いいわ、私も少」

 

パァンと音を立ててラストの頭に穴が空いた。

 

ダランと左手が下がる。撃ったのは、ホークアイ中尉だ。

マーシュとブラッドレイが狙撃出来ない影に隠れてしまったため、こちらの援護をしてくれたのだろう。彼女の目には、ラストがハボック少尉の首を切り落とそうとしているうにしか見えなかったのだから。

 

ハボック少尉が目を見開き、ホークアイ中尉のほうへ向けて慌てて「やめろ」のジェスチャーを送る。

 

が、そこにエンヴィーが飛んできた。

 

「ラスト!撤退だ!マスタング大佐はヤバイ!

……あ?なんだお前。ついでに殺しとこうか」

 

ふとハボック少尉に気づいたエンヴィーが、その表情を変えた。

腕の先を刃物へと変化させ、ハボック少尉へと伸ばす。

ハボック少尉の銃は地面。拾っている暇はない。

 

しかしそのエンヴィーの腕をラストの爪が切り落とした。

 

「んなっ……!おい、どこ狙ってんだよオバハン!」

 

「……ごめんなさい、少し狙いが逸れたわ。それよりマスタング大佐が来る前に早く逃げるべきでしょう?」

 

「あーそうだ!とっとと行くぞ!」

 

駆け出すエンヴィー。

ラストは、最後にハボックをちらりと見て、それを追った。

 

「……ソラリス」

 

 

 

 

 

 

マーシュは考える。

威勢良く啖呵を切ったはいいものの、ブラッドレイとスカーを同時に相手にするのはまず間違いなく不可能だ。ならば。

 

「スカー!ブラッドレイは一人じゃ絶対勝てない。どうだ?ここはひとつ一時的に手を……」

 

「断る」

 

「ふられてしまったな?」

 

ブラッドレイがマーシュへと走り寄り剣を振る。

 

「分からず屋ァッ!?」

 

マーシュが悲痛な声をあげながらそれを後ろに跳んでかわした。

スカーはその隙を狙ってブラッドレイに右腕を振るう。が、突然右手を引っ込めバッと飛び下がった。

ブラッドレイはいつの間にかスカーのほうへ剣を向けており、あのまま攻撃していればブラッドレイの剣は間違いなくスカーの右腕を落としていただろう。

スカーの心臓がドッドッドッドッと跳ねる。

この男に攻撃後の隙などは、ない。

一人では絶対に勝てない、というマーシュの言葉がスカーの頭の中で響いた。

 

 

ブラッドレイがまたマーシュへと向かう。

彼の排除対象はあくまでマーシュ・ドワームスであり、スカーはついでだ。

 

ブラッドレイの剣の切っ先がマーシュの頰の横を突き抜ける。二本目の剣が横からマーシュの頭の上を通過する。マーシュのジャケットを二本の剣が切り裂く。

ここまで紙一重でマーシュが避け切っている。

だが、まるで詰将棋のようにブラッドレイの攻撃はマーシュの急所を狙い続け、マーシュが反撃に出ることも許されない。このままでは近いうちに(いのち)が取られるだろう。

 

それでもマーシュの目には諦めの色はなかった。

ただひたすら、何かを待っていた。何を?

 

当然、この場にいるもう一人を。

 

 

 

スカーの右手がブラッドレイの背中へと伸びた。ギリギリで察知したブラッドレイは大きく横へと跳びかわす。

 

先程のような、ただ隙を狙っただけの攻撃ではない。死角から、マーシュの回避とタイミングを合わせての攻撃。

 

「……確かにこの男を殺すのは骨が折れそうだ。この一時だけ、貴様を殺すのを先延ばしにしてやる、マーシュ・ドワームス」

 

「ありがてぇ〜!これでアイツを倒せる可能性も出てきた!」

 

笑みを浮かべるマーシュに、ブラッドレイは剣を向ける。

 

「可能性?思い上がるな、人間。貴様らの勝利は万に一つもありえん」

 

「億に一つならありえるかもよ?」

 

ブラッドレイの剣がマーシュの脇を抜ける。半回転しながら裏拳を叩き込もうとするマーシュだが、ブラッドレイはしゃがんで難なく躱す。

しかしそこにスカーの右手が迫る。片手の剣でそれを切り落とそうとするブラッドレイ。だがスカーの右手はブラッドレイの少し前で地面へと向かった。右手が地面に触れると同時に砂煙が上がり、三人を包み隠す。

 

これで互いの姿は見えない。マーシュがその隙に錬金術を発動し、ブラッドレイがいるあたり全てを沼にしてしまえばそれで終わりだ。

音を立てないように移動し、注意しながら足を踏みしめたマーシュ。

が、不意に風を感じた。猛烈に嫌な予感がして思い切り体を後ろへ傾ける。

ヒュオッ、と自分の鼻先で何かが横に払われた。ブラッドレイの剣だ。

 

「砂煙の動きだけでも、誰がどこにいるかは手に取るようにわかる」

 

そう言いながらまたマーシュへと追撃を仕掛ける。

マーシュが舌打ちをしながら、()()を落として全力で後方へ走る。ブラッドレイにはマーシュの場所がわかっていても、マーシュにはブラッドレイの場所がわからない。砂煙が完全に裏目に出た。とにかく、砂煙がない場所までいかないと避けることすらもままならない。

 

が、それをブラッドレイが許すはずもない。

ブラッドレイが逃げるマーシュへと矢のように距離を詰め。そして。

ブラッドレイの突きが、マーシュの左腕を貫いた。

 

「ぐっ、あ"ぁぁぁぁ!!」

 

「よく粘ったものだ。もう休むといい」

 

ブラッドレイがもう片方の剣を振りかざし、マーシュの首を切り落とそうとした瞬間。

 

ブラッドレイの背後で、爆発が起きた。

爆風は煙を吹き飛ばし、破片がブラッドレイの背中へと刺さる。

 

「ぐぬっ……!?」

 

先程のマーシュの()()()だ。

リンから貰ったものその2。ピンを抜いて転がしておいた手榴弾は少し距離こそあったものの、しっかりとブラッドレイにダメージを与えた。ブラッドレイが盾になり、マーシュにはほとんど影響はない。

 

 

「思い上がんな人造人間(ホムンクルス)。人間の可能性を勝手に決めてんじゃねーぞ」

 

 

腕に剣を刺したままのマーシュがブラッドレイへ後ろ蹴りをかます。しかしブラッドレイはその足を右手で掴み、左手の剣を振り下ろそうとした。マーシュは足を掴まれたまま飛び上がり、掴まれていないほうの足でブラッドレイの剣を持つ手を蹴り上げる。ブラッドレイは怯むことなく、足を掴んだ手を振り回し、マーシュを壁に叩きつけ、新たに剣を抜いた。

 

そこでまた背後からスカーが襲いかかった。身体中から血を流し、怒りに染まった形相で。先程の手榴弾に巻き込まれたのだろう。当然、手榴弾を使うことなどスカーには伝えられていなかったのだから。

 

しかしスカーの奇襲にもブラッドレイは表情を変えることなく、その剣を振るう。スカーはかなりダメージを負っており、かわすのでやっとだ。いや、完全にかわすことすら出来ず脇腹や腕を剣が掠めてまた血が吹き出ている。

 

しかもブラッドレイのその目はスカーを見つつ、マーシュを捉えていた。

隙をついてマーシュが錬金術を発動しようした瞬間、ブラッドレイがマーシュへと剣を投げ飛ばす。マーシュが慌てて体を横にすると、マーシュの心臓があった位置の壁に、剣が半分埋まるほど突き刺さった。

 

スカーを蹴り飛ばし、また新たに剣を抜いてマーシュへと迫ろうとするブラッドレイ。しかし、どこからか声が響いた。

 

『ラース、一旦戻りなさい。マスタング大佐がそちらへ向かっています。ここで相手取るわけにはいかない』

 

「…………わかった。また会おうドワームス君」

 

少しだけ固まったブラッドレイだったが、剣を納めると眼帯をつけながらどこかへ歩き去って行く。

その顔は、どこか不満げだ。

 

あまりにもあっけない終戦。

 

違う、まだ終わってはいなかった。

殺意のある者が、この場にはまだいるのだから。

 

「ふぅー……………。で、アンタも帰ってくれるとすごく助かるんだが?」

 

長いため息を吐いて、立ち上がったマーシュの目線の先には、スカーが立っていた。体をボロボロにしながらも、なおその目の戦意は微塵も減っていない。

 

「貴様を見逃すものか。貴様は絶対に破壊する」

 

「いやー、ほら、何も言わずに爆弾放ったのは悪かったよ。だって口に出したらバレるし……」

 

「そんなことを言っているのではない。貴様を、許してはおけない理由がある。国家錬金術師であること以上に」

 

「……何?」

 

 

 

「貴様は覚えていないのだろうな。イシュヴァールの僻地に残り続け敵味方関係なく治療を続けた、

 

貴様が殺したアメストリス人の医者夫婦のことなど!」

 

 











炬燵は新たな怠惰の芽を育てる。
耐えねばならんのだよ。

あけおめです。クリスマスあたりからずっとこたつで寝てました。すでに社会復帰が難しい状態です。

ずっとダラダラしていたこともそうですが、今回のラストとハボックのシーンでかなり悩んだのも遅れた理由の一つです。ドライな殺し合いをするか、下手なシリアスラブをするか、投稿直前まで考えてました。これでは少し、あるいはかなりのキャラ崩壊をもたらす可能性があり、それはこの作品に求められているものとは少しズレるのではないか、と。皆さんにアンケートでもとろうかと思ったほどですが、結局このような展開にしました。ここがこの作品のひとつの分水嶺、ターニングポイントでございます。

次話は今回ほどは遅くないと思います。多分。

毎回失踪心配させるのもアレなんで、これからは二週間くらいしても更新がないときは、感想欄とかで「どんな感じ?待ってんねんけど」的なことを言っていただければ「現在出来具合何%」みたいなことを報告しよかなと思います。返事がなければ「こいつ失踪か?」と思っていただく感じで!!

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