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「おい!泥の錬金術師がくるぞ!沈みたくなきゃ総員下がれ下がれ!」
「マジか!?俺見んの初めてだ!」
「いや、見ない方がいいと思うぜ。ありゃトラウマもんだ」
前線から一斉に下がる兵士達。
不審に思ったイシュヴァール人が顔を覗かせると、
通りの真ん中に一人、男が立っている。
軍服は着ておらず、まるで観光にでも来たかのような格好だ。
片手をポケットに突っ込み、もう片方の手でで血のように真っ赤な石をコロコロと弄んでいる。
「……なんだ?一般人、じゃないよな?」
同じように顔を覗かせたもう一人のイシュヴァール人が、その顔を驚愕で歪ませる。
「っ……!バカッ!!ありゃ国家錬金術師だ!!撃て!早く!!」
男の正体は、泥の錬金術師、マーシュ・ドワームス。すでにいくつかの地区を壊滅させたと噂が流れている。が、その顔はイシュヴァール側にはほとんど知られていない。
その声に慌てて何人かが銃を構え、マーシュに向かって弾を放った。
だがマーシュは少しも身じろぎすることなく、ただトンと足で地面を叩く。それだけで、マーシュの目の前に地面からまるで水が湧き出るかのように壁がそびえ立った。銃弾は全て壁に飲み込まれて消える。
「う、うおお……」
慄き、後ずさろうとした一人のイシュヴァール人が、気づく。
「お、おい、足が、動かねえ」
「何ビビってやがる!奴をここで……」
「違う!足が、地面に飲み込まれてんだ!!」
銃を放ったイシュヴァール人達の足が、地面に埋まっていた。
ズブズブと、まだ沈んでいく。
「うお!?なんだこりゃ!」
「ぐっ、抜けねぇ……!」
いや、このイシュヴァール人達だけではない。あちこちから声が上がる。
それは、壁の裏に待機していた者、建物の中に隠れ奇襲の機会を窺っていた者、果敢に向かっていこうとしていた者。
皆等しく沈んでいる。
ここで、男たちは気づく。
マーシュの顔が知られていないのは、彼を視認できる距離まで近づいた時点で、逃げられなくなるからだ。
「クッソォォォォォオォォ!!」
一人のイシュヴァール人が狂ったように銃を男に向けて乱射する。
しかし銃弾は同じように壁に飲み込まれていくばかりだ。
不意に乱射の音が止み、代わりにガシャンと銃が落ちる音が響く。皆がそちらを見やると、そこは人間大の泥の塊があった。
塊は、ズブズブと地面に飲まれていき、やがて地面と一体化した。
今、銃を乱射していた者はいつの間にかいなくなっている。
皆理解できないわけがない。
あの者は、泥に飲み込まれたのだ。
「バ、ケモンがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
イシュヴァール人が絶叫しながら手榴弾を投げる。
手榴弾は放物線を描き、泥の壁を越えてマーシュのもとへたどり着く、かと思われた。
しかし壁がまるで蛇のような形に変わり、真上にきた手榴弾をパクリと飲み込む。そしてそのまま這うように手榴弾を投げた男のもとへ向かう。
「お……おい、やめろ、くるな、くるなぁぁぁぁぁ!!」
この後の結果を想像したイシュヴァール人が、バタバタと手を前に出して振る。足は腿まで沈んで、尻餅すらつけない。
そして、蛇がイシュヴァール人を、飲み込む。
一瞬間を空け、次の瞬間蛇が爆ぜた。
辺りに散らばるのは、茶色と、赤色。
「あ……あ……」
「っ、貴様……!許さんぞ!!必ず!必ずや神の鉄槌が下るであろう!同胞たちの怒りを!我が友の無念を!そし」
叫んでいた男の声が止む。その口は、泥によって覆われていた。口だけではない。鼻もだ。当然息が出来ず、男がその泥を引き離そうとするも、その手は泥を掻くだけだ。
男は顔を青くしながら涙を流し、やがてその腕をダラリと下げた。
足がほとんど埋まっているため、腰が曲がり上半身が前へと倒れ、その顔も地面へと埋まった。
周りのイシュヴァール人達は、皆口をパクパクとさせている。
銃は効かない。爆弾も効かない。刃物・素手は、近づくことも出来ず論外。逃げることも不可能。恨みを告げることすら禁じられた。
心は、すでに折られていた。
「次」
マーシュは、沈みゆくイシュヴァール人達を一瞥した後、歩き去る。
兵士たちが戻ってきて、動けないイシュヴァール人を片っ端から、まるで狙撃の訓練の的のように、撃ち抜いていった。
ーー
「なかなかにえげつない錬金術ですね、貴方」
キャンプへと戻り、瓦礫に腰かけたマーシュに、紅蓮の錬金術師ゾルフ・J・キンブリーが話しかけてきた。この二人の会話は、国家錬金術師が招集された時に、一度挨拶した時ぶりだ。
「派手ではありませんが、ジワジワと這い寄る死に怯える様は私好みです」
隣に腰掛けながら、マーシュに軍用食を手渡す。
「貴方は、私のように喜んで殺すわけでもなく、彼らのように悲しげに殺すわけでもない。また別のお考えをお持ちなのでしょうね」
軍用食をもそりと口にして、マーシュがキンブリーから視線を外す。
「……ま、仕方なくだ」
「詳しい理由を伺っても?」
「俺は国家錬金術師でいたい。というよりは、国家錬金術師でいなくちゃならないんだ」
「そのために、何百人殺しても構わないと?」
「構わない」
即答。当然であるかのごとく、一瞬の逡巡もなくマーシュは言い切った。
「くくっ、割り切ってますね。心も然程痛んでいないように見えます。あなたも、『異端者』なのでしょう?」
「……ま、そうだな。俺はどこかおかしいんだろう。でも、謝りながらでも泣きながらでも笑いながらでも、結局殺すことに変わりない。だろ?」
「ええ、その通りです。その通りですとも!貴方とは気が合いそうですね」
「…………俺はあまりそう思わないから、どっか行ってくれ」
マーシュの答えを聞いて嬉しそうなキンブリーに、マーシュは少しげんなりする。ここから、この殲滅戦の間、キンブリーは事あるごとにマーシュに話しかけるようになった。
ーー
一箇所に留まっているとキンブリーが喜々として話しかけてくる。
なのでマーシュは特に当てはなくキャンプの中を彷徨っていた。
そこでキャンプの隅の隅に、蹲っている大男を見つける。
誰かが近づいた気配に、その男は顔を上げた。
「泥の錬金術師……」
「ん?あー、えー、アレだ、アー、アー……アーノルド」
「……アームストロングだ。アレックス・ルイ・アームストロングである」
「そう、アームストロング。どうした?随分参ってるようだな」
「……吾輩は、これ以上ここに居ることが耐えられないのだ。なぜ、なぜこんな戦いを続けるのか……」
「? よくわからんが、嫌なら帰ればいいんじゃないのか?」
「何?」
「耐えられないなら逃げればいい。命令違反なんかどうだ?強制的に帰してくれるぞ」
「いや、軍規に背くことなど……」
「ルールとか知らねぇよ。お前が、どうしたいか、だ」
「…………吾輩が……」
そのまま立ち去ったマーシュは数日後、アレックス・ルイ・アームストロングがイシュヴァール人の子供を庇って強制帰還となったことを耳にする。
詳しい状況を聞いたマーシュは、笑って空を見上げた。
「へぇ、やるじゃん
ーー
別の日、軍用食をもそもそと食べるマーシュのもとに、若い男が二人やってきた。
「ロイ・マスタング。階級は少佐相当官だ」
「マース・ヒューズ。昨日大尉になった」
「マーシュ・ドワームスだ。何か御用かね?」
「いや、噂の泥の錬金術師がどんな奴なのかと思ってな」
明らかにこちらを値踏みするような視線を受け取って、マーシュはにやりと笑う。
「ふーん、いいぜ、少し話そうか」
「それでよコイツ、教官の妻にも手出して、危うく射殺されかけてよ!」
「ぷっくく、見境なしか、発情期の猿でももう少し弁えるんじゃねぇのか?」
「おいヒューズ!やはりあの時噂を広めたのは貴様か!!」
ヒューズとマーシュはどうやらかなり馬が合ったらしく、小一時間ほどしか経っていないのに、すでにマスタング中佐を二人でいじり倒していた。
「ふー、それで、噂の泥の錬金術師はどうだった?」
一区切りついたところで、マーシュが尋ねる。
「あぁ、噂など当てにならんことがわかった。高笑いしながら人を沈めて、挙句に撃ち殺す精神異常者だ、話しかけるだけで沈められるぞ、とか言われてたぜ。だからかなり身構えて話しかけたんだがな」
「おー、そりゃひどい。ん、じゃそもそもなんで話しかけてきたんだ?」
「私が話したかったんだ。自分と同じようにバケモノと呼ばれている奴に、な」
「おいおい、心外だぞ。お前のほうは性欲のバケモノかもしれんが……」
「焼き殺すぞ貴様!!……あぁ、バケモノだ何だと言われていようが、ただの人間なんだ、我々は。少しだけ気が楽になった」
「そりゃ良かった。これからもロイをよろしく頼むよ、マース?」
「任せとけ、最後まで面倒見てやるさ」
「フ、なんだその上から目線は」
三人の語らいと交友は続く。
ーーーー
また別の日。
マーシュが呼び出されて向かった作戦本部には、キンブリーがいた。
キンブリーがひらひらとマーシュに手を振るが、それを無視して席へと座る。
「次はカンダ地区だ」
将校であろう男が、机の上の地図を指差す。
「泥の錬金術師と紅蓮の錬金術師。君たちは共にこの地区の制圧に向かってもらいたい」
「たしかにかなり広い地区ではありますが、わざわざ国家錬金術師を二人も投入するほどの場所ですか?」
キンブリーが顎に手を当て質問する。単純な疑問もあるが、それよりも他の国家錬金術師がいることにより思い切り暴れられなくなるのが不満な様子だ。
「気にしなくていい。だいたいはキンブリー君、君が片付けてくれればいい。ただ、このあたりだけはドワームス君が処理してくれたまえ」
将校が地区の後方を丸で囲む。
「よくわからんが、了解」
その後作戦、というよりはどのタイミングで向かえばいいかなどの話だけ聞き、マーシュは出て行った。
「……あのあたりにはアメストリス人の医者がいる、という話では?」
「ふむ、そうだったか?知らなかったな。何にしろ、彼が埋めてくれるさ。都合の悪いものは全てな」
「フ、そうですか」
ーーーー
「なっ………んだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
紅蓮の錬金術師の爆破によって、意識を失っていた男が目覚めた。
が、錯乱しているらしい。
「鎮静剤は!?」
「はい、ただちに!」
医者と思われる男が刺した鎮静剤によって、錯乱していた男は段々と落ち着いていく。
「ふぅーっ、ふぅーっ…………」
「大丈夫かい?命に別状はないけど失血量が多いからあまり動かないほうがいい」
医者は男の子や女性に指示を出しながら、男の隣へと座った。
男は自分の右腕を見て、縋るようにつぶやく。
「…………俺の近くに、誰か他の者はいなかったか?」
「……いや、君だけだったらしい」
「………………そう、か」
その間の意味はおそらく、「生きていたのは」自分だけということ。
自分の兄は……この腕を自分に残し、死んだのだと。
しずかに、理解していった。
「なぜ、アメストリス人が俺を……イシュヴァール人を助けている」
「怪我人に人種も国も関係ないだろう。目の前の患者は全て救おうとするさ。それが医者の務めだ」
「……貴様のような人間ばかりなら……」
男が目を伏せ、歯を食いしばった。
だが、鎮静剤のせいか、段々と瞼が重くなる。
そこで、イシュヴァール人の男の子が走ってきて叫んだ。
「ヤバイ!ロックベル先生、国家錬金術師がきそうだ!!早く逃げて!」
「くっ、もうきたのか……!怪我人は早く避難を!」
「ロックベル先生も逃げなきゃ!」
「……医者が真っ先に病院から逃げ出すわけにはいかないさ」
「そういうわけだから、貴方もほら、早く逃げて。誰か、この人に肩を貸してあげて!」
うつらうつらとする男は、誰かの肩につかまってどこかへと歩く。
遠くなる意識の中、最後に聞こえたのは、あの医者の必死の叫びだった。
ー
ぼやける視界。男が目覚める。
どれくらいの時間が経ったかわからない。だが、周りの風景から察するにまだ先ほどの場所からそう離れてはいないようだった。
ここは丘のふもとのようで、周りには十何人かのイシュヴァール人がいる。
「あの医者夫婦はどうした?」
男が尋ねるが、皆一様に口を噤む。悔しそうに、唇を噛み締めていた。
「…………」
足を引きずりながら丘を登る。
登りきった先で見えた景色は。
原型すら残らないほどに破壊し尽くされ、クレーターだらけになった村。
何かがあった痕跡すら残っていない、平らで大きな大きな泥沼。
その二つが、綺麗に半分に分かれて広がっていた。
男はガクリと膝をつき、砂を握りしめ、吠えた。
涙を流しながらその光景を目に焼き付ける。
「軍に……国家錬金術師に!!復讐してみせる……!!」
今ここに、
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「どこだマーシュゥ!!見つけ出したらただじゃおかねぇ!縛り上げて尋問じゃぁぁぁ!」
「極悪殺人犯みたいな顔になってるよ兄さん」
「もう、待ちなさいよー!!」
走るエドワードとアルフォンスを、追うウィンリィ。
不意に爆発音が響く。
あまり遠くない位置からだ。
爆発音。爆発音。爆発音。銃声。爆発音。銃声。
明らかにただごとではない。
エドワードとアルフォンスが表情を変える。
「……ウィンリィはここで待ってろ」
「え、見に行く気!?危ないわよ!」
ウィンリィの言葉を無視してエドワードは音がする方へと駆けて行く。
アルフォンスは一瞬逡巡したが、ウィンリィに「ごめんね」と言い残しエドワードについていった。
「あーもう、なんでこう危ないことばっかに首を突っ込みたがるのよ!?」
ウィンリィの脳裏に一瞬自分の両親が浮かぶ。
危険な場所へわざわざ赴いて治療を続けたという父と母。
「……ホントに、なんでよ」
ウィンリィの足は自然とエドワードたちを追っていた。
爆発音はだんだん近くなり、野次馬も増えてきた。
どこかの屋根の上が音源のようだ。時々火花や爆炎が見える。
「おい、こっちのほうにはスカーとマーシュ・ドワームスがいるぞ!」
「あの指名手配犯のか!?」
そんな声が聞こえてきた。
野次馬を押しのけて、エドワードたちはその路地裏へと向かう。
しかし同時にウィンリィがエドワードたちへと息を切らしながら追いつき、声をかけた。
「エド!」
「ウィンリィ!?待ってろって言っただ……」
「そんなことを言っているのではない。貴様を、許してはおけない理由がある。国家錬金術師であること以上に」
スカーの言葉が、耳に入ってきた。この喧騒の中でも、何故かハッキリと。
「貴様は覚えていないのだろうな。イシュヴァールの僻地に残り続け敵味方関係なく治療を続けた、
貴様が殺したアメストリス人の医者夫婦のことなど!」
イシュヴァールに残り続けたアメストリス人。心当たりがあった。そんな奇異でいて誇り高い医者夫婦は、エドワードの知る限り一組しかいない。
あの二人を、殺したのがマーシュ?
『鋼の。君が奴の何を知っている?』
マスタング大佐の言葉が、エドワードの頭の中で唐突に思い出される。
「………………え?」
ウィンリィは自分が聞いた言葉が信じられないといったふうに放心している。
「んー、覚えてないっていうか知らんなぁ」
「貴様は!イシュヴァールの民を殺すだけでは飽き足らず!自分と同じアメストリス人まで沈めたのだ!!目の前の命は全て救ってみせると豪語した、あの誇り高い医者たちを!!」
「いや知らないって」
「医者夫婦だけではない!あそこには、怪我人も子供も老人も……それを、貴様は殺した!!」
「あー、うん、そうだな」
「……貴様は、畜生以下だ。もはや慈悲もない。
一片残さず、必ず破壊する。神のみもとにも行かせはせん」
「お医者さんとやらは知らないし、たくさん殺したのは事実だし、それについてどうこう言うつもりもねぇよ。だけど俺は死にたくはない。だから俺を殺すっていうんなら、
お前を殺す」
そう言って腕に刺さった剣を引き抜くマーシュ。
その顔は、覚悟を決めた表情でもなく、不敵な笑みなどでもなく無表情でもなく。
ただただ面倒そうな表情だった。
そこには罪悪感も悲壮感も、微塵も感じられない。
あぁ、この男は、どこか壊れている。
エドワードは初めて、マーシュ・ドワームスという人物に恐怖を覚えた。
これからあたしは!何にすがって生きていけばいいのよ!!
教えてよ!!ねえ!!(訳:こたつが片付けられた)
というわけでこんな感じです。どんな感じです?
行き当たりばったり過ぎてそろそろ限界ってこれ毎回言ってる気がします。ウィンリィとエドワードをどうするんだよお前これ(自問自答)
こっから友好的関係に戻すのとかむぅーりぃー。
あ、スカーへの鎮静剤が残っていたのは、マーシュのおかげです。
運ばれてくる患者の数が減ったからですね。
次話は全く書かれてないので遅いと思います。
後書きで頻繁にネガティブなこと言ってるのは許してください。
「エタらせる気はないです!」とかで自分にプレッシャーかけるより
「もう無理」「限界」って常に言い訳してるほうが書きやすくなるんです。
そんな性分なんです。