「そこまでだ!」
「マスタング大佐……!」
「スカー、およびマーシュ・ドワームス!貴様らは指名手配されている!大人しく捕まるならば手荒な真似はしないが?」
マスタング大佐が指を擦り合わせる。
フュリー曹長やファルマン准尉が野次馬の整理をしている。
「セイ!」
「ぐほぉ!?」
しかし突然マスタング大佐が何か小さい影に鳩尾を殴られ蹲った。
「私の恩人さんの下僕さんによってたかって何をするんですカ!」
女児。マスタング大佐の腰のあたりまでしか背がない女の子が片足立ちでポーズを決めていた。
「なんだあのちっこいの」
「ヌ、なんですかこの…………優男!!」
「お、おう」
マーシュに対する悪口が特に思いつかなかったのか、少し逡巡したあとよくわからない罵倒をかましてくる女の子。
マーシュには全く精神ダメージはなかった。
「とにかくここは退却でス!」
「待て、俺は奴を……」
「傷を治すのが先決ですヨ!」
女の子が壁や地面にクナイのようなものを投げると、そこから砂煙が勢い良く噴き出した。煙に紛れてスカーと逃げるつもりなのだろう。
「うおおう、マジか。じゃ、俺も退散退散」
これに乗じてこの場を離れようとしたマーシュ。
しかし、がっしと掴まれる感覚。
エドワードが、マーシュの右腕をしっかり握っていた。
顔を見合わせ、二人ともにこぉと笑う。
「あーもー!!しゃーねー!」
もたもたしてはいられない。
マーシュはエドワードの頭を掴んで、共に地面へと潜った。
砂煙が晴れたとき、そこにはスカーもマーシュもエドワードも姿はなかった。
「兄さん!?兄さん!!マーシュ!……どこいっちゃったんだ」
「……アル」
ウィンリィが地面に座り込んだまま声を出す。
「私ね、どうすればいいかわかんないの。マーシュさんが私の父さんと母さんを殺したって言われても……。色んな言葉をぶつけようと思っても、何も頭に浮かんでこなかった。頭ん中ぐちゃぐちゃで、何も……」
「……とりあえず、ホテルに戻ろう?」
どこかの建物の中、マーシュが浮上する。周りに人がいないことを確認し、マーシュがエドワードを引っ張り上げた。
「げっほ、かはっ!」
「……ったく、毎度無茶ばっかしやがるなお前は」
「すぅー……はぁー……。どうしても、直接聞きたいことがあった」
「ふーん、言ってみ?」
「イシュヴァールで……医者夫婦を殺したっていうの、ホントか?
ウィンリィの、両親かもしれないんだ」
「んー、知らね。けど、イシュヴァールの陣営のどっかにいたなら巻き込んで殺した可能性は充分にあるな。その場合は、ご愁傷様だ」
飄々と答えるマーシュの様子に、エドワードの目が若干吊り上がる。
「っ、仮にも知り合いの親を殺したかもしれないのに少しは心が痛まないのか?」
「戦場で、敵がいる場所を、攻撃しただけだ。敵地のど真ん中にいるほうが悪いな」
「なんでっ……そんなこと言えんだよ!!」
エドワードが詰め寄るが、マーシュの目はどこまでも冷たい。いや、冷たく感じるのはエドワードの主観だからか。
その顔は普段と、何も変わらないのだ。変わってくれないのだ。
「どうしろってんだ?上辺だけの謝罪か?目を伏せて気まずそうにすればいいのか?それとも詫びて死ねってか?」
「っそれは……!」
開き直りでしかない。だがマーシュの言っていることは正論でもあるのだ。マーシュによれば、ロックベル夫妻が居ることも知らなかったという。それで罪悪感を感じろと言うのも難しいだろう。それに戦場に居座り続けたロックベル夫妻をマーシュが巻き込んで殺したのだとしても、一概にマーシュが悪いとは言えないのだ。
「命令だったから俺は悪くないなんて言うつもりはない。殺した俺が悪い。でもそれで何か詫びたり悔やんだりする気はない」
マーシュは、エドワードよりもよっぽどウィンリィの両親の死と向き合っていた。自分が殺したと。それによって何かが変わるわけでもないと。仮にこれでウィンリィやエドワードたちに憎まれようが、彼は何も言わずに受け入れるだろう。
「…………」
段々声も小さくなり、やがてエドワードは地面に向かって項垂れた。
その様子を見てマーシュが嘆息して、踵を返す。
「もう聞くこと無いなら俺はもう行」
「ヒューズ中佐も」
エドワードが、地面を見つめながら声を発した。
マーシュの足がピタリと止まる。
「ヒューズ中佐も、殺したのか?」
エドワードの上げた顔は、泣きそうだった。
「大佐は、ヒューズ中佐一家の行方不明の犯人は、マーシュだって言ってた。マーシュが……殺したのか?」
「………………そうだ」
「……なんでだ?」
「そこまでお前に言う義理はねぇな」
「……そっか」
またエドワードが下を向く。
固く握りしめたその右手は震えていた。
そして、その右手を段々と持ち上げ……
マーシュへと鋭く拳を放った。
「うおおぅ!?」
マーシュはそれを一歩外へ移動しただけで避ける。
「とりあえず一発ぶん殴る!んで、ホントのこと言わせる!」
「物騒だなおい……。俺はホントのことしか言ってねぇぞ?」
「ウィンリィの両親に関してはオレはもう何も言わねえ。誰が悪いとか、オレに言う権利はない……。
だけど、ヒューズ中佐のことに関しては、多分オレたちにも関係あるんだろ?犯人が賢者の石について知りすぎたヒューズ中佐を消して、その罪をマーシュになすりつけた……。このほうがよっぽど説得力あるぜ」
「……俺が殺したっつってんだからそれでいいじゃねぇか」
「いーや、絶対違うね!!確かに出会ってそんな時間経ってないけど、お前はヒューズ中佐を殺したりしない!」
「なんでそう言える?」
「おまえはオレたちのために頭下げてくれたからだ!一緒に戦ったからだ!何回も助けてくれたからだ!!おまえは友達を殺すやつじゃねぇ!!友達を助けるやつだ!!どうせ子供のオレたちを巻き込みたくないとか考えて嘘ついてんだろうが!」
戦場でたくさん人を殺したというマーシュ。
自分たちを何度も救ってくれたマーシュ。
きっとどちらも、マーシュだ。
だからエドワードは自分が見てきたマーシュを、信じることにした。
エドワードがマーシュの胸ぐらを掴み吠える。
「ガキだからって馬鹿にしてんな!甘く見んな!!オレたちが巻き込んだんだろ!?自分のケツくらい自分で拭かせやがれ!!
…………少しぐらいオレたちにも、助けさせてくれよ。
友達、だろうが」
掠れかけの声で呟いて、エドワードがその頭をマーシュの胸へと軽くぶつけた。
呆けたように口を開けていたマーシュだが、やがて吹き出した。
「…………ぷ、ははっ!オッケー、助けさせてやるよ!……ただ、聞いたらもう戻れないぞ?勝つか死ぬまで、ノンストップだ」
「……!あぁ、最後まで付き合う!」
エドワードの瞳には、強い決意の色があった。
「あー、あとな、ガキだから教えようとしなかったわけじゃない。
友達だから巻き込みたくなかったんだ」
マーシュがエドワードの脇を小突きながら笑った。
ー
そうしてマーシュとエドワードは、マーシュたちの隠れ家へとやってきた。
ここが集合場所となっていて、現状確認のためにもとりあえず集まる必要があったからだ。
扉を開けると、ファルマン准尉が椅子に座ってそわそわしていた。
「全員無事か?」
「いえ、あの仮面の女の子が……」
「ランファン?おいおいおい、ヤバイ傷じゃないだろうな!!」
ファルマン准尉が見やった部屋へと走っていって扉を開けたマーシュ。
そこにはサラシ姿で寝かされているランファンと、知らない中年の男。
「治療中にどたどた入ってくんな!!ったく……」
中年男は吐き捨てるように言うと、ランファンへと向き直り、カチャカチャと医療器具と思われるものを弄りだした。
言動から察するに、ランファンを治療してくれているらしい。
「あ、いや、わりぃ…………誰だオッサン?」
「マスタングに無理やり連れてこられた……あー、鑑定医だ」
微妙に言い淀んだ自己紹介に少し疑問を抱きつつも、マーシュはランファンを見やる。
「?なるほど。ランファンは大丈夫か?」
「命に別状はねぇ。傷跡は残っちまうだろうがな」
「……マーシュ・ドワームス。生きて、いたカ……」
ランファンがマーシュに気づき、苦しげながらも少し安堵したような表情を見せた。
「たりめぇだ、ピンピンしてるわ。お前らのおかげだ」
「……若は、まだカ?」
「あぁ。何もないといいん」
『ランファン!!無事か!?』
噂をすれば。リンが扉をバァンと開け入ってきた。その顔は焦燥に染まっている。
「どたどた入ってくんなっつってんだろうが!!!」
「あ、はい、すんませン……」
「若……申し訳ありませン!
二度も無様を晒はうっ」
体を起こしてリンへと頭を下げようとしたランファンだが、鑑定医に額を突かれてベッドへと無理やり寝かされる。
「治療中に起き上がんな!!
てめぇら揃いも揃って良い度胸だなぁ?えぇおい?」
額に青筋を立ててメスを握る鑑定医。
その人相の悪さも相まってかなりの迫力だ。
「一度退散しようかリン君!」
「そうしようマーシュ君!」
「あ、ランファンのほうが終わったら俺の腕も診てくれー」
機嫌を損ねてランファンの治療を放棄されても困る、とマーシュとリンは急いで部屋を出て行った。
「ランファンは命に別状はないそうだ。あの鑑定医サンがどういう人かは知らんが、ロイが呼んだなら間違いはないだろう」
「良かっタ……!んで、そっちの小」
「小さくねぇ!!!エドワード・エルリック!国家錬金術師だ」
「おお、あのマーシュの言ってタ……。リン・ヤオだ、よろしク」
「エドも協力してくれることになった。そっちはどうなった?」
「ああ、
もとより今回の作戦で人造人間を倒し切る気などさらさらなかったのだ。
人造人間を撃退して、奴らが逃げ帰る場所を把握する、というのが今回の計画。そして準備を整えてから、アジトを直接叩く。
「このあたりとが入り口のようダ。今はフーが見張ってくれていル」
「じゃそこから突撃して全員ボコボコにすれば勝ちじゃん」
「それが出来たら苦労しないんだがナァ……」
「おーい、手空いてるなら助けてくれー」
突然机の上から声が聞こえた。
いや、机の上の金属片からだ。
錬成陣が書いてある。
「あ、バリーか?どうしたその姿」
「ラストを切ったが切られちまった!あの切り心地、興奮、俺の嫁を切った時以来だぜ……!!
あ、俺の鎧拾わせといたから直してくんねーか?」
「あー、俺は専門外だ。エドなら直せるかもな」
「うぇ、また魂定着させた鎧か!?流行ってんのか?」
「第五研究所にいたんだってよ」
あらましを雑に説明されながら、エドワードがバリーの鎧を持ってきて、手を合わせた。
バラバラだった鎧は繋がり、元の姿になる。
「ふぃー、助かったぜぇ!」
ガシャガシャと自分の体の操作が出来るか確認しているバリー。
一応バリー側の戦場がどんな状況だったかをマーシュが聞こうとする。
そこで、プルルルル、と電話が鳴り響いた。この部屋の電話番号を知っているのは、マスタング組の者だけだ。
ファルマン准尉が電話に出る。
「はい、もしもし。……ミニスカ。
……はい。……ええっ!?」
「……何故突然ミニスカ」
「あー、多分合言葉だな。ロイの目指す政策は?とか聞かれたんじゃねーか?」
「アホなのかあの大佐ハ」
「マーシュさん、マズイです。マスタング大佐、ホークアイ中尉、ハボック少尉が大総統府に連れて行かれたようです。無許可の市街地での戦闘とかなんとかで」
「はぁっ!?……そりゃマズイな。すぐどうこうされるわけではないと思いたいが……」
「マスタング大佐が連れて行かれる直前にこちらに送ったサインは、『構うな』だったそうです」
少しマーシュは顎に手を当て考える素振りを見せた。
「……あー、オッケー。じゃあ作戦続行だ。代わりにエドとアルを入れる」
まだアルフォンスが協力してくれると決まったわけではないが、エドワードが協力すると言えばアルフォンスも共に来る他ないだろう。
「ていうかいい加減色々説明してほしいんだけど……」
「俺の腕の処置が済んだら一緒にアルんとこに行くぞ。まとめて説明してやる」
こちらにアルフォンスを呼ぶと、彼の目立つ外見のせいで隠れ家がバレる可能性がある。
その後、ランファンの治療を終えた鑑定医に、マーシュは腕の傷の処置をしてもらい、エドワードと共にアルフォンスたちがいるホテルへと向かったのだった。
ー
「よっ」
「兄さん……とマーシュ?」
「よう、アル。あ、ちょっと背伸びた?」
「成長期だからね」
マーシュは現在変装で帽子とサングラスと長めのコートを着ていて、見ただけでは誰かわからないことになっている。だがいつもの軽口でこの人物は間違いなくマーシュだと断定した。
「ウィンリィは?」
「外を散歩してる。……頭の整理したいんだって」
「……そっか」
アルフォンスはマーシュを真っ直ぐに見つめる。
「……ボクも思うところがないわけじゃないけど、マーシュに言っても仕方ないということもわかってる。
それで、どうしたの?」
「アル、勝手に決めて悪いんだがマーシュに協力することになった。何のために何をするのかもまだ知らないけど」
「ええー……?」
「んじゃちゃっちゃと説明するぞ。ちゃんと話についてこいよ?」
「……と、今こんな感じだ。何か質問あるか?」
「いや、ちょっと色々ありすぎて頭がついていかねーけど……。
賢者の石使った人造人間、大総統も人造人間で、国全部使って賢者の石?
アホか!!!」
「なー、アホだと思うよなー?でもホントなんだよなー」
「……ありえない、なんてことはありえない」
「ん?」
「ダブリスで会った、グリードっていう人造人間の言葉だよ。
大総統に捕まっちゃったけど」
「捕まった?人造人間が人造人間に?……なんだ?仲間割れか?」
「多分グリードが裏切ったんだろうな。野心がとんでもなく強かったから」
「人造人間側も一枚岩じゃねーのか……なるほどな」
「……一応、現状は理解した。それで、オレたちはどうすればいい?」
「奴らのアジトへと潜入する。大勢で突入すると気取られるから、少数精鋭で。メンツは、俺、リン、フーじい、ロイ、リザっち……っていう予定だったんだがな。
トラブルがあった。ロイたちが拘束っつーか軟禁されてるっぽい。ブラッドレイと遭遇したのがマズかったな……。
人造人間にも限界っていうのがある。殺し続ければおそらく死ぬ。が、多分回復手段があるんだあいつら。だから、時間はおきたくない。また全快のあいつらと戦うのもごめんだからな。
そんなわけでこの後、俺とリンとフーじいに加わり人造人間のアジトへと一緒に潜入してくれ。最大目標は親玉の捕獲。次に、人造人間の捕獲。もしくは討伐。あとは、出来れば奴らの悪事の証拠なんかも見つけられればベストだ。
人造人間の特徴や能力をまとめた資料を渡すから、目を通してくれ。何か質問は?」
「いや、ない」
「よし。あ、前提条件として……絶対死ぬんじゃねぇぞ」
「……おう!」「……うん!」
そう締めくくってマーシュが鍵を開けて部屋の外へと出たが、そこでバッタリとウィンリィに出くわした。
「ウィンリィ……!」
「マーシュ、さん……」
「お、ウィンリィ。さっきぶりだな」
マーシュが片手を上げて挨拶したが、ウィンリィは少し目を伏せて自分の服の裾を握りしめた。
「…………私の。両親のことなんですけど」
三人がウィンリィの言葉の続きを待つ。エドワードとアルフォンスは固唾を飲み、マーシュはいつもと変わらない顔で。
ウィンリィは少し息を吸った後、マーシュを真っ直ぐに見据えた。
「何も感じないわけじゃないんです。
だって、マーシュさんがいなければ父さんも母さんも生きていたのかもしれない。
……でも、マーシュさんがいなかったらエドたちはもっと怪我してたかもしれないし、もしかしたら死んじゃってたかもしれない。それにマーシュさんに何か言ったところで、二人とも帰ってこない。
何より、マーシュさんといた時間は……楽しかったです。
だから……まだ少し、気持ちの整理はできていませんけど……私は恨んだりしません。
だけど、どうか覚えていてください。イシュヴァールで、戦場でずっと治療を続けて、仕事に誇りを持っていた私の両親のこと」
「……あぁ、わかった」
「それと」
ウィンリィが笑った。
「今度また、ホットドッグ奢ってくださいね」
ーー
アルフォンス、エドワード、マーシュ、リン、フーの五人が、地下へと続く階段の前へと立つ。
フーによれば、この階段へと人造人間たちは消えていったらしい。
階段の先は暗闇しか見えず、異様な雰囲気を醸し出している。
リンとフーが、冷や汗を垂らした。
「……ここ、すごく気持ち悪いヨ」
「おそらくこの先に、この"気"の根源がいよるワ」
「その気?っての便利だな、俺も使えるかな」
「兄さんは鈍感だから無理だと思うなー」
「ンだと!」
「はいそこー、気緩めなーい」
マーシュがエドワードの頭をチョップした。
この先は人造人間の巣窟。一瞬でも気を抜けば命も危うい。
マーシュが拳で手を叩き、前へ踏み出した。
「そんじゃまぁ、いっちょ忍び込みますか!」
オレは悪魔でも、ましてや神でもない。
人間なんだよ!一週間で一話の更新もキツイ、ちっぽけな人間だ……!
戦って戦って戦って次も戦う。この主人公に休息の時はない。
テンポよくしすぎた感はあります。
感情表現とか難しすぎて吐きそうになりました。
とりあえずこれで皆和解ってことにしてください。
いやほんと安直に変に設定弄るべきじゃない。
アッサリと書いたから仕方なくはあるんですけど、
誰もバリーの心配してなくてちょっと(´-`)ってなってました。
バリー復活ッ!!バリー復活ッ!!
あとなんか違和感があるなぁ……と思ってたら、エドワードの一人称「俺」じゃなくて「オレ」でした。アルも「ボク」でした。
一応全部直したつもりですが見逃しあったら報告くだしゃい。
来週少し忙しいので次話は多分遅いです。