泥の錬金術師   作:ゆまる

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白黒

ゆっくりと階段を降りるエドワードが、ふとアルフォンスの肩に白黒模様の猫のような生き物が乗っていることに気づく。

 

「なんだその猫?……猫?」

 

「そこで拾った」

 

「お前なー!!今から行くところわかってんのか!?人造人間のアジトだ、ア・ジ・ト!!」

 

「だ、だって震えてたんだもん!放っておいて野犬に食べられでもしたらどうするんだよ!」

 

「連れてくほうがキケ……ギャー!こいつ噛みやがった!捨ててこい!!」

 

「兄さんの人でなし!!」

 

スパパーンとエルリック兄弟の頭をどついて黙らせるマーシュ。

 

「次はないぞ♡」

 

笑顔で声も優しいが目が全く笑っていなかった。

エドワードもアルフォンスも口を押さえ、コクコクと頷く。

結局白黒猫はアルフォンスの肩に乗ったままついてくることに決定したようだ。

 

 

 

階段の先は下水道のような場所へと繋がっており、かなり広くなっていた。"気持ち悪さ"が先ほどより近くなったからか、リンとフーが身を少し震わせる。

 

全員がそこへ踏み込んだ瞬間に上からボトボトと獣が落ちてきた。

ただの獣ではない。三ッ首の犬、牙が生えた鳥、長いツノを生やした豚。どれも敵意を剥き出しにしながらこちらへと迫ってくる。

 

アルフォンスの真上からも翼が生えた蛇が白黒猫目掛けて降ってきたが、アルフォンスがそれを手刀で叩き落とした。

白黒猫はプルプルと震えながらアルフォンスの顔にしがみついている。

 

「全部合成獣(キメラ)か……!」

 

「これだけの数を相手にするのは骨が折れそうダ」

 

「あー、全員ちょい下がれ」

 

皆が構える中、マーシュがひとり前に進み出て、下水道の水に靴を少し浸す。

 

次の瞬間、濁流が竜巻のように巻き起こり、合成獣たちを飲み込んだ。しばらくの間うねっていた竜巻が消えると、そこにはピクピクと痙攣する合成獣たちだけが残っていた。

 

「……とんでもねーな」

 

改めてマーシュの強さを目の当たりにしたエドワードが、若干引き気味に呟く。

 

「ヌッ!?構えろ、何かいるゾ!」

 

突然フーとリンが武器を構えた。

その視線の先には

 

「あっ……!」

 

「あら。驚いたわ」

 

ラストがいた。いつもの胸元を開けた黒のドレスではなく、首元が白いファーで隠れる黒いコートを着ている。

 

「おめーかボイン。悪いが捕まえさせてもらうぞ」

 

ラストは少し考えるような素振りを見せて、両手を挙げた。

 

「争う気はないわ」

 

「は?」

 

「ジャンに会いに行こうと思っているの。デート前に服を泥で汚したくないわ。あなたたちのことを報告する気もないから安心してちょうだい」

 

「…………そうか。じゃ、行ってらっしぇい」

 

「はぁ!?行かせるのカ!?」

 

「ここで戦って消耗するのも人造人間側にバレるのも避けたい。チクりもしないって言ってるし、構わねぇさ。それに……いや、やっぱいい」

 

「ありがと。あなたやっぱり良い男ね」

 

「うーわ、自分に都合の良い時だけ男を褒める奴だ」

 

「フフ、女なんてそんなものよ」

 

そう言い残してラストは歩き去っていく。

その後ろ姿を目で追いながら、リンが小さく呟く。

 

『フー、奴を追って、怪しい動きをしないか見張ってくれるか』

 

『はっ』

 

音も立てずにフーがラストを追って闇へと溶ける。

マーシュはそれを横目で見て、少し肩をすくめただけだった。

 

 

リンが先導して、その気持ち悪い"気"の元へと歩く。

度々合成獣が上から降ってくるが、全てマーシュが一瞬で制圧した。

そうしてどれほど歩いただろうか。

 

「ここダ」

 

冷や汗を垂らしながら、リンが扉の前で立ち止まった。

全員一様に警戒しながら、そっと扉を開ける。

 

中は、異様な空間だった。

およそ地下とは思えない広さで、周りは人間大の管のようなものが何百本も束ねられて天井まで続いている。

 

そしてその空間の真ん中には、玉座のような椅子が置いてあり、そこには一人の金髪の老齢の男が座っていた。

 

その顔を見てエドワードの顔が青ざめる。

アルフォンスも動揺したようだ。

 

「ホーエンハイム!!?」「父さん!?」

 

「父さん??」

 

つまりはこの男は、エドワードとアルフォンスの父、ということだろうか。

 

「なっ、てめーらなんでここにいやがる!?」

 

「またお前らー」

 

エンヴィーが奥の方から顔を出してギョッと目を剥いた。

グラトニーも同じく、少し嫌そうな顔をしている。

 

「なんだ騒々しい……」

 

ホーエンハイムと呼ばれた老人が立ち上がり、こちらへと近づいてきた。

 

「……違う、ホーエンハイムじゃない……?」

 

近くでハッキリと見た顔は、どうやらエドワードたちの言うホーエンハイムとは別人らしかった。

 

「鋼の手足……鎧……エルリック兄弟か?」

 

触れられるほどに近づいた老人が、エドワードとアルフォンスを見て顎に手を当てる。

 

「待て、ホーエン……ヴァン・ホーエンハイムのことか?どういう関係だ?」

 

「一応父親……」

 

その言葉を聞いた老人がガバッとエドワードへと詰め寄った。

 

「父親!!あいつ、子供なんか作っていやがった!はははっ!お前らの姓はエルリックではなかったか?」

 

「な、なんだよ……!エルリックは母方の姓だ」

 

「そうか……で、奴は今どこに?」

 

「知るか!!」

 

ぶつぶつと呟いて自分の世界に入り込んだ老人に、エドワードとアルフォンスが軽く毒気を抜かれたようだが、リンは違った。

戦慄の表情で、剣を老人へと向けている。

 

「なんだお前ハ……!なんだその中身……!」

 

「……それはこちらのセリフだ。なんだおまえは。関係ない者がこの空間に入ってくるな。

 

……む。お前は、泥の錬金術師、か……?邪魔ばかりしてくれているそうだな」

 

「文句は沈めてから聞いてやるよ」

 

いきなりマーシュが足を踏み鳴らすと、老人の足がズブズブと地面に飲まれていく。

この老人が親玉であろうとなかろうと、この場にいる時点で人造人間側であることに変わりはない。とりあえず肩まで地面に浸かってもらってから他の人造人間の相手をする。

そんなつもりだった。

 

しかし老人がその足を一瞥すると、体が沈むのが止まり逆に上へと浮き上がっていく。

 

「は!?」

 

やがて地面は元の形に戻り、老人はその上に当たり前のように立っている。

マーシュは錬金術を発動し続けているにも関わらず、だ。

 

「どういうこった……っと!」

 

ヒュオっと音を立てて、しゃがんだマーシュの頭上を鞭のようなものが通過する。

 

「わざわざここまで来てくれるとはなぁ!生きて出られると思うなよ、泥野郎!!」

 

「しつけぇなぁ……」

 

エンヴィーだ。右手を刃に、左手を鞭に変えてマーシュへと迫る。

エンヴィーが振るった右足が長剣へと変わりマーシュの足を刈り取ろうとする。跳んで回避したマーシュだが、その左手を鞭に巻き取られる。

 

「取ったァ!」

 

「取ってねぇよ」

 

鞭を手繰り寄せてその右手の刃を振るおうとしたエンヴィーだったが、その刃は空を切った。

マーシュがすでに鞭を掴んで錬金術を発動させていたからだ。

今回は地下へと入る前から手袋をずっとつけている。

 

ドロリと溶けた鞭を引きちぎり、腕を払う。鞭の残骸と液がエンヴィーの目へとビチャリと直撃し、その視界を奪う。

 

「ぐぎっ……!」

 

そして慌てて目を擦るエンヴィーは、どこからどう見ても、隙だらけだ。

マーシュが一度、足を踏み鳴らす。エンヴィーの地面から大きな泥の手が伸び、エンヴィーを包み隠した。このまま死ぬまで窒息と復活を繰り返すことだろう。

 

「お前の相手してる場合じゃねーんだよ」

 

見ると、エンヴィーの攻撃を皮切りに他のメンツも戦闘を始めていたようだ。

リンがグラトニーの顎を剣で突き刺し、蹴飛ばしている。

エドワードとアルフォンスは老人の相手をしているようだ。

 

エドワードの蹴り。しかし老人が微動だにしないまま、地面から壁がせり上がり、それを止める。

そこへアルフォンスが地面から手を生やし、殴りかからせる。

が、触れる前に、何かに阻まれるように弾け飛ぶ。

マーシュも、老人を包み込むように泥の手を錬成したが、何故か形を保つことが出来ずバチャリと泥が地へと落ちる。

 

「なんなんだ!?マーシュと同じで足の裏に錬成陣か!?」

 

「いや、なら地面からしか錬成できないとおかしい……。アルフォンスや俺の攻撃を防いだ説明がつかねえ」

 

「なにか、タネがあるはず……!」

 

なんとか突破口を見つけようと攻撃を続ける三人だが、老人には掠りもしない。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突然咆哮が響き渡り、エンヴィーを閉じ込めた泥の塊を突き抜けて、人を簡単に丸呑み出来そうなほどの大きさのトカゲのような化け物が現れた。体には人の顔や手や足が無数に生えており、見ただけで吐き気を催すほどの気味の悪さだ。

 

「な、んだあの化け物!?」

 

「殺す!!泥の錬金術師、絶対殺してやる!!」

 

「エンヴィーか!?」

 

トカゲの正体は恐らくエンヴィー。というより、エンヴィーの正体がこのトカゲだった、というべきか。

他には目もくれず、エンヴィーがその丸太よりも太い腕をマーシュへと振るう。咄嗟にマーシュが横っ跳びして回避する。しかし振るわれた腕から更に生えていた人の腕が、マーシュの腕を掴んだ。

 

「んなっ……!」

 

「いか な い で?」「ひ とつに な ろ う?」

「 いた い い 」「こっ ち に」

 

腕から生えた顔が口々に言葉を発する。

 

「お断りだ!!」

 

マーシュが掴んだ腕を溶かして引きちぎる。

顔たちが涙を流しながら苦悶の絶叫を上げるが、御構い無しだ。

 

エンヴィーの大振りの攻撃を避けながら隙を窺うマーシュ。

グラトニーをあしらいながら隙を見て攻撃するリン。

老人へと攻撃を続けるエドワードとアルフォンス。

それらを順番に見ていったあと、老人はため息のように少し鼻を鳴らした。

 

「……埒が明かんな」

 

老人が足で地面を軽く叩いた。

その瞬間、そこを中心にして風が吹き抜ける。

 

()()がこの場から消えた感覚がした。

 

マーシュが足を鳴らす。が、錬金術が発動しない。

エドワードとアルフォンスが手を合わせて、地面に置く。が、発動しない。

 

「……マジ?」

 

エドワードとアルフォンスと同じく、動揺を隠せないマーシュへとエンヴィーの腕がまた襲いかかる。

それに即座に反応し、なんとか躱すマーシュ。

 

しかしエンヴィーがその勢いのまま体を回転させ、尻尾でマーシュを打ち抜いた。

マーシュの足は地から簡単に浮き、その体は遠くへと吹き飛んだ。

 

「マーシュ!!……ぐっ!」

 

それに気を取られたリンがグラトニーに剣を食べられ、一瞬で体を押さえつけられる。

 

「ンの野郎!っぐえ!」「うわっ」

 

リンとマーシュを助けに向かおうとしたエドワードとアルフォンスを、エンヴィーが後ろから押さえつける。

 

「あぁ、その兄弟にはあまり怪我をさせるなよ。大事な体だ」

 

「あいよ!大人しくしてろおチビさん!!ひゃっはは!やってやった!泥の錬金術師をやってやった!!」

 

壁に叩きつけられたマーシュはピクリとも動かない。

 

「なんでだ!!なんで使えないんだ!?」

 

リンを老人が見下ろす。リンは体を押さえつけられながらも老人を睨む。まだ抵抗していたのか、グラトニーがその腕を軽く捻った。

 

「ぐぎっ……!!」

 

「威勢の良い奴だ。体力もありそうだ。……使える駒を増やせるかもしれん。

 

今ちょうど強欲(グリード)の席が空いている」

 

「へぇ、お父様、アレをやる気だね」

 

「なんだ、リンに何する気だ!」

 

「血液の中に賢者の石を流し込むんだ。うまくいけば人間ベースの人造人間ができあがる。

 

ま、たいてい石の力に負けて死ぬけどね」

 

エンヴィーの言葉を聞いてエドワードが目を見開く。

そしてエンヴィーの腕をどかそうと強くもがく。

 

「!! はっなっせぇぇぇ!!どうなってんだ!!なんで、なんで術が発動しない!!」

 

何度も何度も手を合わせるが、錬金術が発動する気配はない。

そこにリンが人差し指を立てた。

 

「俺はこれでいイ。手を出すナ……!!」

 

「な、ん……何言って……」

 

「我が強欲を望むか。面白い」

 

老人の額からゴボゴボと赤い液体が漏れ出て、手の上でゼリーのように固まった。それを、グラトニーとの戦闘で出来たであろう頰の傷に向けて垂らす。

何の抵抗もなしにリンの傷口からスルリと赤い液体が入った。

数瞬の後、リンが体を震わせ、絶叫する。

 

「ぎっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「リン!!」

 

「あがぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

喉がちぎれそうなほどの叫び。体は激しく痙攣し、目の焦点は合わず、身体中の血管が浮き出る。体からは絶え間なしに何かが折れるような、ちぎれるような音が出ていた。

 

長いようで短い時間。不意にリンが体を仰け反らせ、音も変化も止まった。そして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「っあ"ー…………」

 

調子を確かめるように首を鳴らし、手で顔を押さえる。

その手には、ウロボロスの模様。

 

「がっはっはっははは!!!なかなかいい身体だ!生んでくれてありがとよ親父殿!!」

 

そこには、リンの姿をした誰か(グリード)がいた。

 

 

 

「ちっ、成功しやがったか。生意気な容姿だけ残りやがった……」

 

「グリードおめでとー。よろしくー。おでグラトニー!あっちがエンヴィー!」

 

「おう、よろしくな。魂を分けた兄弟さんよ

それと……親父殿。生んでくれて感謝する」

 

グリードが、老人へと片膝を立てて礼を言う。

リンの行動としては、ありえないものだった。

 

「うむ。残りの兄弟も追い追い紹介しよう」

 

「グリード……!?あのグリードなのか?」

 

「あ?残念だが俺はお前らの知ってるグリードとは別モンだ」

 

「……リン、は?」

 

「リンってのはダチか?奴は俺をすんなり受け入れやがった。

悪いなァ、この入れモンはグリード様がもらっちまったぁ!!がっははははははは!!」

 

「そんな……。返事しろ、リン!!」「リン!!」

 

 

 

 

「約束が、あるんだ」

 

いつのまにかグリードの後方にマーシュが立っていた。

まるで幽鬼のように、ゆらりと。

 

「あ?なんだお前」

 

「飯奢ってやるって約束、してんだよ。リンと」

 

「あー、この体の持ち主とか。そりゃ残念だったな。もう会うことはね」

 

マーシュの姿が搔き消え、一瞬でその拳がグリードへと肉迫していた。

 

「うおっ……!」

 

後ろへと跳ぶグリードだが、マーシュは距離を離すことを許さない。一歩で間合いを詰め、また拳を振るう。

パキパキとグリードの頰が黒く染まり、その口角が上がった。

 

「気ぃつけろ!そいつの能力は硬化だ!!」

 

エドワードが咄嗟に叫んだ。

マーシュの拳がグリードの顔へと届く前にピタリと止まる。

代わりに右足がグリードの片足を払う。

 

「なんっ……!?」

 

拳へ集中していたグリードはアッサリと体勢がぐらつく。

止めた拳を開いてグリードの側頭部を押さえながら、残った足も刈り取った。

グルンとグリードが宙を舞い、一回転した後地面に叩きつけられる。

 

不意は打たれたが大したダメージではない。

こんなもんじゃ倒せやしねぇぞ、と挑発をかまそうとしたグリードの顔面へと、足が振り下ろされた。

 

「ごがっ!!」

 

「リンを、返しやがれ」

 

マーシュの顔に浮かぶ感情は、紛れもなく『憤怒』だった。

 

「てっめぇ!もう加減しねぇぞ!?」

 

鼻から血を垂らしながらも、黒く染まった腕を大きく振り回して起き上がるグリード。

そして首あたりまでだった黒い部分が、段々と上まで覆われていく。

 

「ぶっ」

 

頰まで黒くなったところで白い何かがグリードの顔に命中する。

錬成陣の書かれた手袋だ。

錬金術が使えない今、手袋はもう必要ない。

 

グリードは集中が途切れ、硬化が頰までで途切れている。更には視界を手袋に奪われている。

 

いつのまにか迫っていたマーシュがグリードの眉間へと肘打ちを決める。

そのまま黒くなっていない部分へと、連撃を叩き込んだ。

鼻っ柱を殴り、こめかみを爪先で蹴り、頭を掴んで顔面を地面へと叩きつける。

 

もはやグリードの意識は途切れかけている。傷も再生していない。

 

「オイ、いきなりやられ過ぎだろ!グラトニー、グリードを手助けしろ!」

 

「わかったー!」

 

グラトニーがエンヴィーの言葉に従い、マーシュへと殴りかかった。

マーシュは一瞥しただけでそれをかわし、グラトニーの膝へとローキックを放つ。そしてぐらついたグラトニーの鼻へとアッパーを決めた。

グラトニーが鼻を押さえながら転がる。

マーシュがそれを追い、グラトニーの足を押さえて、その膝を思い切り踏み抜いた。耳障りな音が鳴り、グラトニーが泣き叫ぶ。

 

「錬金術なしで人造人間とやり合ってる……!」

 

「クソ!使えない能無しばっかだ!!」

 

 

マーシュが突然、自分から大きく跳ねた。

その視線の先は、老人。

先程から静観していて、身じろぎひとつしていない。

 

またマーシュが跳ねる。

エドワードたちの目には、跳ねる直前、一瞬マーシュの片足が地面に沈んだように見えた。

 

そこでエドワードは理解する。あのホーエンハイムもどきが、ノーモーションでマーシュへと攻撃しているのだ。おそらくマーシュと同じような、相手の足元の地面を液体へと変える錬成で。

マーシュは老人から伸びてくるわずかな錬成反応を見てかわしている。

 

だが、それもすぐに限界がくる。

 

老人が目を一瞬閉じ、そしてゆっくりと開いた。

瞬間、マーシュがいるあたりの地面が全て揺らぎ、

そしてマーシュがドボンと地面に腰まで沈む。

腕も地面の中から出せていない。

どうやら固定されたらしい。

 

「マーシュ!」

 

最後の頼みの綱のマーシュも捕らわれた。

それでもマーシュの目は睨み殺さんばかりにグリードを射抜いていた。

 

少し回復したようで、グリードが頭や鼻から血を流したままマーシュへと近寄る。

 

「あ"ー……クソが……!やってくれたな、えぇオイ!?」

 

そして腰から下が埋まっているマーシュの顔を蹴り抜いた。

一発。二発。三発。四発。

そこで意識がなくなったのか、マーシュの頭はガクンと力なく空を仰いだ。

それを見てペッと血を吐き、グリードが振り向く。

 

「おーい親父殿、こいつどうすればいい?」

 

「ふむ……。これ以上掻き回されたくはないのでな。殺」

 

 

老人の言葉は、突然の扉がバァンと開いた音にかき消された。

 

 

「泥の、錬金術師……!?」

 

「スカー!?」

 

そこにはスカーがいた。状況が理解出来ないようだが、それでも地面に埋まったマーシュを見て顔色を変えていた。

 

「シャオメーイ!無事ですかシャオメーーーイ!!」

 

いつぞやのスカーを助けた幼女もいる。

部屋の隅で震えていた白黒猫が幼女のもとへと走り寄った。

 

「シャオメイ!!良かっター!!」

 

幼女と白黒猫が抱き合ってオイオイと泣いている。

 

「……どういうことだよ」

 

「む、鋼の錬金術師!」

 

スカーがエドワードを見つけて声を上げる。

それに幼女が顔を上げて反応した。

 

「エ!?どこでス!?エドワード様は!?」

 

「あの小柄なのだ」

 

「……………………」

 

幼女がピシッと固まる。

鋼の錬金術師にどのような妄想を抱いていたかはわからないが、

実物はお気に召さなかったらしい。

 

「乙女の純情弄んだわねこの飯粒男ーッ!!!」

 

「何がじゃこの飯粒女ーッ!!!」

 

「天誅でス!!」

 

幼女が地面から岩の手を生やす。

エンヴィーの顎に当たり、エドワードとアルフォンスが解放された。

それは紛れもなく錬金術による攻撃だった。

 

「な、んで使える……!?」

 

「うおっと……!チャンス!!」

 

エドワードとアルフォンスが、錬金術を使えるようになったのかと手を合わせたがまた錬金術が使えない。

 

「なんでだーーー!!」

 

グラトニーがスカーへと涎を垂らしながら襲いかかる。

しかしそれをスカーは右手で容易く破壊した。

グラトニーの体が半分弾け飛ぶ。

 

「なんでおまえらここで錬金術が使える!?」

 

どうやら錬金術を使える人間は人造人間側にとっても想定外らしい。

この状況を利用できるか、とエドワードは考える。

そしてふと、マーシュが教えてくれた一つの()()を思い出す。

 

「カマかけてみっか……。

スカー!!」

 

グラトニーの残骸を振り払っているスカーがエドワードへと向き直る。

 

「イシュヴァール内乱のきっかけ、子供の射殺事件は……このエンヴィーって人造人間が軍将校に化けてわざと子供を撃ち殺したんだ!!内乱は全部こいつらの差し金だ!!こいつらはあの内乱の全てを知っている!!」

 

「なっ、どこで知りやがった!?」

 

『子供を射殺したという将校は、最後までイシュヴァールへの軍事介入に反対していた穏健派だったらしい。そんな人間がいきなりイシュヴァール人の子供を撃ち殺すのは不自然だ。なぁ、誰にでも化けられる奴がいる、という前提があったとしたら……話は変わってくるだろう?』

 

エンヴィーの反応から、このマーシュの話は間違っていなかった、と確信するエドワード。

スカーが目を見開き、右腕を握りしめた。

 

「……どういうことだ。返答によっては貴様らを神の身許へ……」

 

グラトニーが再生し、またスカーへとその口を振るう。しかしスカーはその頭を掴み、

 

「否!!貴様らを我がイシュヴァールの同胞がいる神の元へは行かせん!!」

 

そのままグラトニーの頭を爆散させた。

 

そこに、下から岩の槍がスカーへと伸びてくる。

それをスカーは咄嗟に右手の一振りで破壊する。

 

「……あいつか。邪魔をするなら貴様から、排除する!!」

 

スカーが老人を見て、一瞬で間合いを詰め、その頭を掴む。

そしてグラトニーと同じように頭を破壊しようとして……

何も起きなかった。

 

「ふーむ……。本当に発動している」

 

老人は変わらずノーリアクションだ。だが一瞬不穏な気配を感じて、スカーがバッと手を離す。その右手からは血が滴っていた。

 

「!! ぐっぬ……!」

 

老人がまたもノーモーションで何かを発動したらしい。

初見で反応出来たのは、武人の勘ゆえか。

距離を取り、態勢を整える。

 

 

 

「やっぱてめぇらが、あの内乱引き起こしやがったのか……」

 

「余計なことばっかしやがって……!」

 

エンヴィーの攻撃をかわすエドワード。手を合わせるが錬金術はいまだ発動しないままだ。

 

「ちっくしょ、錬金術さえ使えれば……!」

 

「ハッ、錬金術さえ、ねぇ?それがどんな力かも知らないで、我が物顔だ。本当に滑稽だね!」

 

「何だと?」

 

「ほら、足元がお留守だぁ!!」

 

「うわっ」

 

尻尾で足が払われ、エドワードが倒れる。そして体を押さえつけられ、またさっきと同じ体勢になった。

 

「離しやがれぇ!」

 

 

 

 

「錬金術が使えるんだよね!?お願い、そこに埋まってる人を助けて!」

 

「な、なんですカ……」

 

アルフォンスがグラトニーの攻撃を捌きながら、幼女へと声をかける。

白黒猫が幼女の顔を叩き、身振り手振りでなにかを伝える。

 

「どうしたノ、シャオメイ……。この鎧の人が助けてくれたノ?本当?ン、ンー……!シャオメイの恩人サンの頼みなら仕方ありませン!!」

 

幼女がマーシュの周りにクナイを突き刺し、地面に手を置くとマーシュの体が地面から押し出されるように出てきた。

 

「そのまま、外までマーシュを連れて逃げて!!」

 

「ム、それは私の力だけでは無理ですネ……。スカーさん!この人を背負ってあげてくださイ!逃げましょウ!」

 

「な!?いや、俺はこいつを……」

 

「いいから早ク!!」

 

「ぬ、うぅ………………………………………………ぬあああああああぁぁぁ!!!」

 

少しフリーズした後、ヤケになったように雄叫びを上げるスカー。

スカーが地面へと手を置くとそこが弾け飛び、砂煙が上がる。

 

 

 

煙が晴れた時、そこにはスカーも幼女もマーシュもいなかった。

 

 

 

そのことを確認し、隙を突かれグリードに組み伏せられたアルフォンスと、エンヴィーに押さえつけられたエドワードを見やり、老人はゆっくりと玉座へと戻っていった。

 

「……エルリック兄弟をラースの所へ連れて行け」

 

まだまだ邪魔をしてきそうだ、泥の錬金術師。

少し面倒そうに、老人は肘をついて眠りにつくのだった。

 

 






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今話 9435文字

俺たち、前に進んでる!(文字数的な意味で)

お待たせしました。
軌道修正回です。でも多分次回からまた原作逸脱します。
どうなるんだ次回。どうするんだ次回。

見直すと、「あ、またこの表現で書いてる……。うわっ、私のボキャブラ、なさすぎ……?」「もっと上手く書けんのかこの猿ゥ……」となるのであんまり見直してません。
完成したら一回だけ読み返して投稿してます。なので、多少の誤字脱字は許してにゃわん。
あったら優しく教えてほしいわんにゃ。

次の展開何も考えてないので次話も遅いです(テンプレ)。

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