「…………んっんー……ふぁ……」
「あ、起きましタ!?」
「……どこだここ……」
マーシュが目を覚ましたのは、どこかの廃屋のようだった。そこら中ボロボロで、床や壁には穴がいくつも開いている。
体には申し訳程度に、ちぎれかけた毛布が体にかけられており、横ではいつぞやの幼女が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「んもぅ、大変だったんですヨ?スカーさんが何回も貴方を殺そうとしテ……」
「スカー……?いや、なんでスカーが出てくるんだ?ていうかお前は何なんだ?スカーを助けてた子だよな?」
「えっと、順番に説明しますネ!」
幼女はまず、メイ・チャンと名乗った。シン国の皇女らしい。
不老不死の方法を求めてこの国まで来たらしい。
どこかで聞いた話だ、と思いながらも話の腰は折らず、マーシュは続きを促す。
行き倒れていたところを助けてくれた中年の男、そしてその下僕のスカーと共に行動していたが、そんな折、姉妹のように想っている白黒の猫、シャオメイが迷子になってしまった。聞き込みで、大きな鎧が地下に連れ去ったとわかり突撃。しかし実は鎧はシャオメイを助けてくれていたらしく、シャオメイの恩人の頼みということで、気を失っていたマーシュをここまで連れてきた、ということらしかった。
途中で美化したエドワード・エルリックの妄想や現物を見たときのショックと恨み言が多分にあったが、そこは聞き流した。
「……それで、ここまで背負ってくれたのがスカーさんなんですが、急に貴方を殺すとか言い出してですネ……。鎧の恩人さんに申し訳ないので止めたんですが、どうしても抑えきれないようデ。今はヨキさんとご飯を確保しに行ってくれてまス」
「……なるほど、だいたい分かった。世話かけたみたいだな、ありがとう、メイ」
床に胡座をかいたまま、マーシュが頭を下げる。
「イエイエ。でも、なんでスカーさんにあそこまで恨まれてるんですカ?」
「あー……話せば長くなるが……」
そこで軋む扉を開けていつぞやのみすぼらしい中年の男が入ってきた。
「ヨ〜キ様のお帰りだ〜ぞ、っと。
ん?……ヒッ、お前はあの時ブラッドレイ大総統と戦ってた……」
「マーシュ・ドワームスだ、よろしくオッサン」
「オォイ!俺様の名前はヨキだ!!今はこんなナリでもいずれのし上がってトップに立つ男だ!媚びへつらえ!!」
「そっか、すげぇなオッサン」
「…………」
そしてヨキの後ろから、やや遅れてスカーも廃屋へと入ってきた。
起き上がったマーシュを見るなり、顔を怒りに染めてその右手を構える。
「あ、スカー!ありがとう、助かった!」
しかしマーシュの第一声に少し呆気に取られる。
その声には嫌味や嫌悪の感情は全く含まれていなかった。
純粋な、感謝。
「メイから聞いた。背負ってくれたんだって?多分俺に触るのも嫌だったろうに」
「……メイに恩があっただけだ。無下にも出来ん」
「それでも俺が助けられたことに変わりはねぇよ」
メイとシャオメイがうんうんと頷きながらスカーの肩……には手が届かないので腰の辺りをポンポンと叩く。
ここで殺し合いを始めればメイが止めるであろうことと、何より毒気を抜かれたことからスカーもその怒りを多少収めた。
それからぶっきらぼうに、持っていた袋を床へと放り投げた。ポロポロと野菜などが溢れる。
芋などはもう蒸してあるようだ。
「お、飯か!」
「ハッ、お前の分はねぇよ!俺の取り分が減るじゃねぇかいだだだだスイマセンちゃんと分けます!!」
サッサッと自分の分を大量に確保しようしたヨキがシャオメイに手を噛まれていた。
スカーはいくつか芋やキュウリを取って齧っている。
マーシュが食事に加わることは黙認するようだ。
マーシュも、メイに手渡された芋を齧る。
「あ、エドたちはどうなったか分かるか?」
「エド……あぁ、あの小さいのですカ」
ケッ、とメイがやさぐれたように顔をしかめる。
ヨキは「エド?小さい?」と何故か戦々恐々としていた。
「私たちが逃げた時には……トカゲみたいな、大きな化け物に捕まっていましタ」
「じゃあ、捕まったまんまか……。怪我させるなとか言ってたし、無事だとは思うが……」
「そういえば……あそこにいた奴らは何なんですカ?見た目は人間なのに、中身はとんでもない数の気が蠢いてタ……。特に、あの金髪の人」
メイが顔を青くしながら、体をぶるっと震わせた。シャオメイが心配そうに見上げている。
「……己れの破壊も効かなかった。アレは、何だ?」
スカーも男の正体は気になったのか、口を開く。
「それは俺が聞きたい。あんな化け物がいるとは思わなかった」
それに対してマーシュは肩をすくめる。
こちらも、錬金術が全く通用せず、更には錬金術を封じてくる敵など初めてなのだ。
「わかってんのは、トカゲやデブは賢者の石から作られた人造人間ってことと、多分あの金髪オヤジが親玉だってことだ」
「賢者の石!!」
突然メイが立ち上がり、その目を輝かせた。
「賢者の石って、あの伝説の賢者の石ですカ!!持ち帰ればチャン家が一気に一位に成り上がることも可能カモ……!」
「…………」
マーシュがなにかを考え込む。
しばらくした後、「丁度いいか」と呟いた。そして、スカーの耳にもしっかり聞こえるように少し大きな声で話し始めた。
「賢者の石っていうのは、人間の魂から作られてる。生きてる人間から、無理やり引っぺがしたものでな。人間数人のエネルギーってんで、その力はとんでもない。
イシュヴァールの殲滅戦でも使われた」
その言葉にスカーがバッと顔を上げた。
「最初の数個は多分囚人から作ったものだろうが、後から製造した物はだいたいイシュヴァール人だ。何十人も捕まえてきては、賢者の石にしていたらしい」
食べかけの芋を落とし、みるみるとスカーの顔が怒りへと染まっていく。今にもマーシュへと掴みかかりそうだった。
「貴様ッ……!!我らに同胞殺しをさせたのか!!?」
「そうだな」
マーシュが悪びれもせずに言った瞬間、スカーが弾けたようにマーシュへと近づき、その右手でマーシュの顔を掴んだ。
マーシュは、避けなかった。
「知っていることを、全て話せ!!その石のことも、あの戦のことも!!この右手が貴様を破壊しないうちに!!」
「あぁ、話すとも。だから離してくれ、喋りづらい」
自分の命を握られた状態でも、マーシュの調子はいつも通りだった。
ポンポンとスカーの右手を叩く。
メイとシャオメイは「ストップでス!ウェイトでス!」と言いながらスカーの足を引っ張っている。
スカーは目一杯腕に力を込めた後(マーシュが呻いた)、渋々その手を離す。
「いつつ……んじゃ続きからだ。賢者の石を作らせていたのは、この国の軍上層部で…………」
マーシュは自分が知る限りのことを全てスカーへと話した。
人造人間。軍上層部。ブラッドレイ大総統。この国の計画。自分たちの計画。
スカーは、それを黙って聞いていた。
メイも真剣にその内容を聞いている。ヨキは置いてきぼりだ。
「……というわけで、地下で会ったアイツらを何とかしないと、世界が終わる。助けてくれ」
マーシュがそう締めくくった。
スカーは、少しの間黙って目を閉じていたが、やがてその口を開いた。
「……貴様は、己れがそう簡単に貴様の言うことを信じると思ったのか?
……イシュヴァール人を殺した貴様を!医者夫婦を殺した貴様を!!何も償おうとしない貴様を!!俺が許すとでも思ったのか!?助けるとでも思ったのか!!?」
「別に俺を許す許さないの話じゃねぇんだよ。今この国にいるお前の同胞とやらが皆死んでもいいのか、って話だ」
スカーの今すぐにでもマーシュを掴み殺そうとしそうな気迫にも、マーシュは全く動じない。まっすぐに、スカーの目を見ていた。
「俺のしたことを忘れろとも、もう復讐するなとも言わない。ただ、お前が生きてきたこの地が滅んで欲しくないのなら。お前の同胞にこれ以上死んで欲しくないのなら。もう一度言うぞ。俺を、じゃない。
頭こそ下げなかったが、その目には、その声音には、真摯さが込められていた。この男はおそらく、本気でこの国を守ろうとしていて、そのために自分を殺そうとしている者にまで力を借りようとしている。
何故だろうか、スカーの脳裏にはかつての自分の師の言葉が蘇った。
『耐えねばならんのだよ』
「師父……己れは……」
何を都合の良いことを言わせている。殺せ。
助けを求める声も無視して何百人も殺してきた奴の言葉だ。
惑わされるな、殺せ。
あぁ、そうだ。
イシュヴァールは、助けてはくれなかったのに。
『目の前の患者は全て救おうとするさ』
そうだ、あの医者も殺したこいつを、早く殺せ。
イシュヴァール人を救ったあの医者が。死ぬときどんな心持ちだったか。きっと、こいつを憎みながら……。
いや、あの夫婦が人を憎みながら死ぬのか……?
関係ない、早く殺せ。
『ここにはあんたを突き出すやつはいないよ』
そうだ、イシュヴァール人を殺したこいつを殺せ。
待て、己れは同胞を救いたい。これ以上死んで欲しくはない。
いいから、殺せ。この男を、殺せ。
早く、殺せ。殺せ、殺せ、殺せ。
『いつか分かり合えると信じている』
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
スカーは突然外へ飛び出したかと思うと、思い切り地面を殴りつけた。錬金術も発動させたのか、地面が地割れのように砕け割れ、廃屋の前には大きなクレーターが出来上がった。
肩で大きく息をして、しばらく自分の右手を見つめていたが、やがてゆっくりと廃屋の中へと戻ってくる。
「……先ほどの話に、虚偽はないな?」
「あぁ、誓って」
「……この国を救うためではない。我が同胞を救うために、そしてこの国を変えるために、貴様に協力してやる。全て終わればお前を破壊する」
「それはご勘弁」
「……事情は、だいたい分かりましタ。私も協力させていただきまス!この国の人たちにはとても良くしてもらいましタ。見捨てることは出来ませン!……そして出来れば、生きている人を使わない、不老不死の方法も見つけたいでス」
「……え?何?どういう流れ?」
ヨキが混乱する中、マーシュはさっそく作戦会議を開こうとする。
「さて、まずこれからどうするかだが……」
「ひとつ、提案がある」
と、そこでスカーがマーシュの言葉を切った。
「己れの兄が残した研究書の一部に己れでは解読できん部分があった。兄は死ぬ前に『この国の錬金術はおかしい』と言っていた。おそらくその研究が書かれている。解読できるか?」
「錬金術がおかしい?……よし、見てみよう。どこだ?」
「研究書を隠したのは
––––––北だ」
ーーー
エドワードたちが今泊まっているホテルの一室がノックされた。
扉を開けると、そこにいるのはマーシュ。
「オイッス」
「「マーシュ!!」」
「生きてたか、良かった」
「それはこっちのセリフだバカヤロー!スカーに殺されてねーかってずっと心配してたんだぞ!!」
「おう、悪い。でもまぁ一応その心配はなくなった」
「どういう意味……?」
「まぁ、それより何があったか聞かせてくれ」
はぐらかされ、微妙な顔をしつつもエドワードは今までのことを話した。
マスタング大佐の部下は散り散りに異動されたこと。ブラッドレイの元へ連れていかれ、ウィンリィが人質同然だと言われたこと。まだ国家錬金術師でいること、自分たちが旅を続けることは容認されたこと。
「それで、今はあのお父様とかいう存在や、リンのこと……どうするか話してる最中だ」
そこでマーシュがふと口を開いた。
「そういやリンは?隠れ家か?」
「え……。覚えてないの?」
「何をだ?」
「リンがグリードになったことだよ!!」
からかわれているのかと思い、エドワードの語気が荒くなる。
冗談にしては悪質だ。マーシュらしくない。
「はぁ?グリード?何言ってんだ……。あ、ダブリスで会ったっていう人造人間か?」
「……覚えて、ないのか」
マーシュは本当にあの出来事を覚えていないらしい。どうやら、エンヴィーに壁に叩きつけられた時点で意識が途切れ、朦朧とした状態でグリードに攻撃をしていたらしい。思えば、あの時の様子はどこかおかしかった。
「どうしよう兄さん」
「どうしようったって……」
教えるしかない。ショックは受けるかもしれないが、ここで言わない意味はないだろう。エドワードが口を開く。
「リンは、賢者の石を入れられて人造人間になった。今はグリードって名乗って、別の人格になっちまった」
「……は?」
瞬間、エドワードたちの背中を冷たいものが吹き抜ける。このマーシュは、地下でリンにグリードが入った時に見せたものと同じ雰囲気だ。どうやらリンが人造人間になったという話はマーシュの逆鱗らしい。慌ててエドワードが情報を付け加える。
「あぁでも!リンの人格はまだ残ってる!ランファンにメッセージも送ったし……」
「……リンは戻るんだな?」
「絶対元に戻す!!」
その目には、アルフォンスの体を元に戻すと言った時と同じだった。
「……なら良いや。それで、ランファンとフーは『不甲斐ない!!』とか言いながらどっか行ったって感じか」
スゥー……と部屋の温度が元に戻った気がした。マーシュの雰囲気も戻っている。
「うん、でも中央に残ってグリードの情報を集めるみたい。賢者の石をリンから取り除けば万事解決ダ!って」
「ん、じゃその辺の情報収集は任せるか。俺ちょっと北に行ってくる」
「え、何しに」
「ある伝手でな、練丹術の研究書を取りに行くのと、あとブリッグズに顔見せにな」
「練丹術!」
エドワードがガタンと立ち上がって目を輝かせる。
「ちょうどさっきその話してたんだ!地下で錬金術が使えなくなった時も、あの女の子とスカーは普通に術が使えてた。もしかして練丹術じゃないかって」
「俺たちもついてっていいか!?」
アルフォンスの言葉を聞いて、マーシュが顎に手を当てる。
「へぇ、使えたのか……。あ、ついてくんのはダメだ」
「何でだー!?」
「指名手配されてるからな、俺。エドはともかくアルとは行動できねぇ。目立ちすぎる」
「あー……」
「好きで目立ってるわけじゃないやい!!」
「何より、奴らは俺を殺したがってる。俺の居場所はなるべくバレたくない。多分お前らマークされてるだろ?」
「あっ、そっか……。そうだな、悪い……」
「謝ることじゃない。お前らには旅を続けてほしい。『どこかでマーシュ・ドワームスと落ち合うのかも』なんて思わせて注意を逸らしてほしいんだ。何せ俺の優先度は最高らしいからな」
「囮……ってことか」
「いけるか?」
「当たり前だ!バンバン引きつけてやんよ!!」
「……あくまで自然にだぞ?」
エドワードがふんすと胸を張るが、変に張り切られて人造人間たちに思惑がバレても困る、とマーシュはそれを宥めた。
その後、軽くマスタング大佐に伝えてほしいことやもしもの時の集合場所などを伝え、マーシュはそのホテルから出て行った。
見つからないように、来た時と同じく地面の中へと潜って。
ーーー
「用とやらは済んだか」
「あぁ、待たせた」
「それで、どうやって北まで行きまス?汽車ですカ?」
「いや、駅だと誰かに見つかる可能性が高い。車で行く」
「車なんて持ってるのかお前!」
「親切な人が快く貸してくれてる。全部終わったら返しにいくさ」
鍵をチャラリと鳴らして、マーシュは悪戯っぽく笑った。
ーーーー
「おぅ、泥のじゃねぇか。それと……なんだそいつ」
車を近くの街へと止め、ブリッグズ砦へと到着した一行をバッカニア大尉が出迎えた。
「気にするな、ただのねこ仮面と愉快な仲間たちだ。オリヴィエいるか?」
マーシュの横には、フード付きのコートを着て白黒の模様の猫、というかシャオメイのような仮面をつけた人物がいる。メイも横におり、要塞というものが初めてなのか、おっかなびっくりだ。ヨキはおそらく別の理由でおっかなびっくりだ。
最初はスカーもブリッグズ砦の中へと行くのは拒否していた。
だが、まともな装備なしで、ブリッグズ兵の目を掻い潜りながら、奥地の小屋へと向かうのは難しい、とマーシュが伝え、「ブリッグズの将軍は味方だから、いっそ全部話して協力してもらおう」という話になったのだった。
バッカニア大尉は深く関わらないようにしようと思ったのか、引き気味に短く「そうか」と言ってマーシュ達についてくるよう促した。
「おい、もっとどうにかならんのか」
スカ……ねこ仮面がマーシュへと近寄ってボソリと呟く。
「仕方ないだろ、指名手配中連続殺人鬼よりは仮面をつけた怪しい奴のほうがマシだろ?」
「そういうことではない!仮面のデザインの話だ!」
「えー?いいじゃん、可愛いと思うぞ?」
「殺されたいか貴様……!」
「いや、別にデザイン変えるのはいいけどさ……傷つくだろうな、メイ。『スイマセン、シャオメイとお揃いは嫌でしたカ……』って」
「ぐぬぬっ」
この男は女子供と小動物に弱いらしいという弱点をすでに見つけていたマーシュは遠慮なくそこを攻める。どんな時でも煽りと弄りは忘れないのだ。
黙ってしまった様子から察するに、仮面はもう諦めたらしい。おそらくこの砦にいる間はずっとねこの仮面をつけたままになることだろう。
「よぅ、最近うちの女王様、機嫌悪いから気ぃつけなよ」
「あ、ドワームスさん!少将殿に対する言葉にはお気をつけください!」
「おう泥の大将!『ブリッグズの北壁は触らぬが吉』だぞ!」
「……随分と馴染んでいるな」
「いや、話したことも全然ないはずなんだが……」
道ゆくブリッグズ兵は皆一様にマーシュを見ると挨拶し、不穏な言葉を残していく。それは、マーシュがアームストロング少将を打ち負かしたことが原因だ。決闘を見ていたブリッグズ兵は皆マーシュを認め、何人かはファンだと公言している者もいる。あの決闘を実際に見ておらず話に聞いただけのブリッグズ兵も、この国家錬金術師がアームストロング少将よりも強いということで、ブリッグズの掟『強い者に従え』により、マーシュを歓迎するムードになっているのだった。あとは、何故か何日か前からかなりイライラしているアームストロング少将の元という死地へ向かう彼への同情だ。
「ここだ。……まぁ、その、なんだ。頑張れよ」
扉の前で、バッカニア大尉が小声でマーシュに耳打ちする。
マーシュがひどい目に遭うというのは共通認識のようだ。
そして、姿勢を正して足を揃えた。
「アームストロング少将!!泥の錬金術師殿をお連れしました!!」
「入れ」
「はっ!!」
バッカニア大尉が扉を開けると、そこにはソファで足を組むアームストロング少将。
トントンと膝を指で叩いていた。が、雰囲気は以前とあまり変わっていないように見える。ブリッグズの者にしかわからない違いがあるのだろうか。
「お入りください、お二方」
「いやいつも通りに接してくれよ、やりづれぇよ」
ピシッと礼をしてマーシュとねこ仮面たちを中へと呼ぶバッカニア大尉。
マーシュは正直今までの態度のせいで気持ち悪さしか覚えなかった。
察せ、と言いたげな表情で頰をピクピクさせながらもバッカニアは笑顔を崩さない。「さぁ」と中へ誘うだけだった。
バッカニア大尉がこんな姿にならざるをえないほど、今のアームストロング少将が恐ろしいということだろう。
「ん、ンンッ!久しぶりだな、ドワームス。まぁ座れ。……そこのよくわからんやつらも」
咳払いをして、アームストロング少将がテーブルを挟んだ向かいのソファに座るよう促す。
「おいっすオリヴィエ。来るの遅くなって悪かった」
「あぁ、まったくだ。いつ来るかわからん奴を待つ身にもなれ。……茶でも飲むか?」
「コーヒーなら遠慮しようかなと」
「フン、心配するな。私が紅茶を淹れてやる」
そう言うとアームストロング少将は立ち上がり、ティーセットを取り出してテキパキとお茶を淹れ始めた。その手つきは慣れきったものであり、一瞬、超一流のメイドのようにその姿を錯覚させた。
マーシュの前に紅茶の入ったカップを置き、ついでだと言いながら皿に並べたクッキーを置く。
マーシュはカップを持ち上げ、数瞬の間その香りを嗅ぐと、一口で一気に飲み切った。
「……美味い」
「当たり前だ。アームストロング家の女性は炊事や作法は一通り叩き込まれている」
当たり前とは言うが、アームストロング少将の顔は少し綻び、得意げに見えた。ついでに剣術や蹴り技もか?と茶化そうとしたマーシュだが、何か猛烈に嫌な予感がして口を噤んだ。
この場は多分、素直に褒めたほうがいい。
そんな予感だ。
「……へぇ、じゃ良い嫁さんになれるな」
「そうか。そう思うか」
アームストロング少将は腕を組んで満足気だ。マーシュの返答は間違えていなかったらしい。
「よし、来い。無血戦争に向けた兵器を見せてやろう」
スックと立ち上がり、スタスタと歩いていくアームストロング少将。
その後ろ姿をバッカニア大尉は信じられないものを見るような目で追っていた。
「……嘘だろ。あんな少将見たことないぞ」
「あれで怒ってるのか?」
「逆だ。上機嫌だ。本当についさっきまで、すぐ怒鳴るわ無茶ぶりはするわ理不尽に蹴るわ散々で……」
「俺が来るまでは不機嫌で、俺が来てからは上機嫌……
……もしかして、俺のこと好きだったりして?」
「「「……………………」」」
「「ぶっ」」
「ぎゃっははは!!ありえん!ありえんぞ!!あの心まで氷の女王様が人に惚れるなど!!もしそんなことがあるならこの髪と髭を金色縦ロールにしてやるわ!!」
「だよなー!さすがに自意識過剰過ぎだわすまん!好きな人のためにお茶淹れてやるみたいなタイプじゃねーもんな!むしろ力でねじ伏せそう!」
「……この人もしかして、物凄い天然の鈍感さんですかネ?」
「そのうち刺されそうだ」
メイとねこ仮面がぼそりと呟いたが、その声は二人の笑い声に掻き消された。
「えー、シャオメイの仮面が嫌だっていうんなら……
じゃあこれ」(模様ついたドクロっぽい仮面)
「破・壊ッ!!」
「じゃあこれ」(グルグルで片目だけ穴空いた仮面)
「やめておけ。その錬金術は俺には効かない」
「じゃあこれ」(黒のドミノマスクとマント)
「貴様、どちらかというと破壊されたいMだな?」
「じゃあこれ」(白の仮面とタキシード)
「己れは国家錬金術師を切り裂く一輪の薔薇……」
そんなわけで、スカー御一行にマルコーOUT.マーシュINです。
スカー君は多分、ロックベル夫妻のおかげで少しだけ優しくなってるんじゃないかな。そういう感じで納得してほしいな。
あ、スカーの一人称が「己れ」でした。なんだその一人称。
書くことに飽きたわけではないんですが、最近描写をサボりがちです。セリフ考えるのは楽しいけど描写考えるのは苦手です。
次は展開は考えてありますが何も書いてないので多分遅いです。