もうすぐバレンタインということで、甘ったるいのをいくつか書きました。
……え?バレンタインはもう終わった?14日?
ハハ、何をおっしゃる。その日は何もなかったじゃないですか。
時間は夜。オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将は中央の実家にいる妹、キャスリン・エル・アームストロングと電話をしていた。キャスリンからはたまにこうして電話がかかってきて、暫し雑談を楽しむのだ。弟には手厳しいオリヴィエも妹には甘いのか、いつもより少しだけ顔が緩んでいる。
「姉様、そちらはいかが?」
「うむ、別段変わりはない。そちらはどうだ、キャスリン」
「いつも通りよ。最近はお父様が結婚しろってうるさくて。兄様みたいな人じゃないとイヤって言ってるのに」
「フン、お前も物好きだな。あんな軟弱者を好きになる気が知れん」
「まぁ。そういう姉様はどうなの?誰か気になる方でもいないの?」
「ありえんな。少なくとも私に勝つくらい強くなければ…………一人いたな」
オリヴィエはつい最近自分を打ち負かした錬金術師を思い出す。見た目はナヨっとしているように見えたが、あれでなかなか骨があった。決闘で負けたのは初めてだったが、不思議とどこか清々しい気分だった。
そのオリヴィエの言葉を聞いてキャスリンの声色が1オクターブ上がる。
「まぁまぁ!気になる方がいるの!?どんな方!?姉様に勝ったということは、物凄い筋肉だったりするのかしら!?」
「いや、体が逞しいわけではなかったな……。だが私は別に奴とどうこうなる気は」
「いけないわ姉様!!姉様より強い男の人なんて今を逃したらこの先いつ会えるか!アピールしましょう!全力で!!」
オリヴィエの言葉も途中でぶち切り、どんどんとヒートアップするキャスリン。恋愛に夢見がちなところはあるが、普段は物静かでおとなしいキャスリンがここまで暴走するとはオリヴィエも知らなかった。
「待て!だから私は結婚する気など……」
「その方のことがお嫌い?」
「……いや、嫌いなわけではないが」
「その方は姉様のことを嫌いそう?」
「いや、名前で呼ばれた上に味方になるよう頼まれた。嫌われてはな」
あの男が自分を嫌いか、と聞かれてオリヴィエは何故か少しだけ苛立ち、言い訳するように即答した。殺しかけはしたが、嫌われてはいないはずだ、と。
みなまで言わせずキャスリンが甲高い叫びを上げる。もう止まりはしない。
「キャーーーー!!もう名前で呼ばれたの姉様!?決まりよ、その方こそ姉様の運命の相手よ!!いい、姉様!今からお母様直伝のアームストロング家に代々伝わるアピールを教えるから、その方に実践してね!!」
「待」
「まずは家事が出来ることを相手に伝える!美味しいお茶と菓子を差し出して、こう言うの!『あなたのことを思って作ってみたの。お口に合うといいのだけれど……』キャー!」
キャスリンの女子力向上講座はその後五時間にわたって続き、もう二度とキャスリンの前で男性に関係するワードは言うまい、と誓ったオリヴィエだった。
ーーーーーー
ラストは鼻歌混じりに街道を歩いていた。後ろからは気配を消したフーが後をつけている。今のところ怪しい動きはしていない。だが、主の命により、何か動きを見せればその瞬間に首を叩き斬る用意は出来ていた。
やがてラストは一つの建物に入っていった。どうやら、軍所有の建物のようだ。さすがに建物の中に侵入するのは少し難しい。別の入り口を探すかと辺りを見回すと、建物の窓の一つからハボック少尉が顔を出してタバコをふかしていた。
たしかあれがハボック。あのラストという女はハボックに会いにいくと言っていた。
そう思い出し、フーは壁をすすすと音を立てずに登っていく。
ハボック少尉の後ろでコンコンとノックが響き、ハボック少尉が「どうぞ」と声をかけた。
窓の上にこっそりと陣取り耳を傾けるフー。ラストがハボックを殺すつもりならばすぐに押し入るつもりだった。
「こんにちは、ジャン」
「ソラリス……!?なんでここに!」
ハボック少尉が慌てたように灰皿にタバコを押しつけ、ラストに近寄る。
「あら、自分の言葉も忘れたのかしら?理解させてくれるっていうから来たのだけれど」
「……あぁ、理解してもらうさ。何が聞きたい?」
「あなたが、どんな人間か」
そこからはとりとめもない話題ばかりだった。ハボック少尉の生まれ育った場所の話、そこでガキ大将になってた話、母に怒られた話、内乱を見た話、兵士になると決めた話、兵士になるまでの話、兵士になってからの話。
ラストはたまに相槌を入れながら、ずっとそれを聞いていた。時折笑みをも見せ、それはまるで人造人間とバレるまでしていたデートの時と同じような雰囲気だった。甘い、恋人たちの雰囲気。
一通り話し終えたのか、ハボック少尉がふぅと息をつく。
それを見て、ラストは妖艶な笑みを浮かべながらハボック少尉へと体を寄せた。
「……だいたいわかってきたわ。ねぇ、本当に、私のこと愛してるのよね?」
「あぁ。愛してる」
「ならジャン。
「…………」
「私を愛しているのよね?私がいれば問題ないわよね?」
その目は、どこか不安げで寂しげにも見えた。まるで縋るようにハボック少尉の顔へ手を伸ばす。
……もしこれを受け入れるようであれば、この場でハボックごと始末しておこうか。
フーがクナイを構えた。
しかしラストのその手を、ハボック少尉は掴んだ。
「俺は
「……何故?私を愛してるんでしょう?一緒にいたいでしょう!?なら協力しなさい!!」
まるで欲しいものが手に入らない子供のように、ラストは頭を振る。
普段の冷静沈着な姿とはかけ離れた様子だ。
それに対してハボック少尉は困ったように笑う。
「俺は、マスタング大佐に協力したい」
「私よりも、マスタングを選ぶの?」
「いいや、どっちも選ぶ。ソラリスとは愛し合っていたいし、マスタング大佐の手助けはしたい」
「な、によそれ……!どちらかを選びなさい!!どっちつかずなんて許さない!」
「マスタング大佐にはデカイ借りがあるんだ。
「何を、何を都合のいいことを……!」
すでにラストから最初の余裕は消え失せていた。その顔は、今にも泣き出しそうだ。自分がそんな顔をしていることにも気づいていなさそうだった。
そんなラストに対して、ハボック少尉は掴んでいた手を引き寄せてその体を抱きしめた。
「何度も言う。愛している。だけど、マスタング大佐を裏切るわけにはいかない。納得がいかないならこのままその爪で俺を殺してくれ」
ハボック少尉の体からふわりと香るタバコの匂いに、無意識にすんと鼻を鳴らすラスト。いつの日か試しに吸ってみたタバコの不味さの記憶がふと蘇った。あの時はただ不快だった香り。でも何故か、この香りが今は心地よく思えてくる。
わからない。愛していると言われるたびに体のどこかが震える理由が。この男に触れている箇所が熱くなる理由が。そして、この男を殺そうと微塵も考えることが出来ない自分の思考が。
「……離して」
ラストがハボック少尉を両腕で押し返しながら俯く。
「帰るわ」
そのままハボック少尉の顔を見ないまま背を向け早歩きでその部屋を出て行った。残されたハボック少尉はしばらく黙って立っていたが、やがてドサリと倒れこむように椅子に座り、タバコにまた火をつけるのだった。
「………………」
フーは何も言わずにその場から去った。
その顔がとても疲れているように見えるのは、気のせいではないだろう。
ーーーー
ブラッドレイの元から解放されたエドワードとアルフォンスはまず一番に公衆電話へと向かいウィンリィがいる店へと電話をかけた。ウィンリィはすでにラッシュバレーの機械鎧の店へと戻っており、仕事を再開しているようだった。
「エド!?何!?壊したの!?」
「ちげェよ!!…………あー……えー……その、大丈夫……か?こう、変な奴に尾けられたりしてないか?」
歯切れ悪くウィンリィの身を心配するエドワードの台詞を聞き、電話口の向こうでは一瞬の間が空いた。
「エド、気色悪い」
「んなーっ!?」
「普段そんな心配したことないじゃない!!電話も滅多にかけてこないあんたが人の事心配してかけてくるなんて!!いやぁぁキショいわぁ!!!」
「お前なっ、人がどんだけ……」
「ありがとね。電話、嬉しい」
不意を打たれてエドワードが少し固まる。そして照れたように鼻の頭を掻いて、咳払いした。
「……おう。あー……その……悪いな、何もしてやれなくて。……俺さ、ホントにお前のこと、すげェと思う」
「な、なによ急に……」
「耐えて、我慢して、抑えて。俺だったら多分、喚き散らして殴りかかることしか出来ない。お前のほうがずっと大人だ」
「……ばか、アンタたちのほうがすごいわよ」
「は?」
「どんな状況でも前を向いて、立ち上がって、歩き出してく。そんなアンタたちを見てきたから、私だって強くなれたの。そんなアンタだから私は……」
そこでウィンリィの言葉が途切れる。続きを待つが、受話器からは「あぅ……」というような声が聞こえるだけだ。
「?」
「なんでもない!!」
突然ガチャンと電話が切られ、困惑するエドワード。
「どうだった兄さん!」
「いきなり切られた……」
アルフォンスが「何かまた怒らせること言ったんじゃないの?」と言い、エドワードが「いやそんなことは」とさっきまでの会話を反芻していると、後ろから突然声をかけられる。
「こういう必死さが付け込まれる隙になるんだよな!」
「「リン!?」」
そこにいたのはリン。
「グリードだっつーの。ほれ、これ」
いや、グリード。グリードは面倒そうにボロボロの布切れをエドワードたちに差し出した。布にはこの国のものではない文字が書かれている。
「……文字?なんて書いてるんだ?」
「知らん。
グリードが自分を指差す。つまり、中にいるリンからの頼みということだろう。
「……渡しに行ったら後をつけてそいつらを殺そうとするんじゃないのか?」
「んなセコいマネするかよ。俺はウソをつかねぇのを信条にしてる。じゃあな、頼んだぞ」
グリードはそのままスタスタとどこかへと歩き去って行った。
エドワードとアルフォンスは布を眺める。その文字は読めこそしないものの、書いた人間の気迫が伝わってくるようだった。おそらくグリードはウソをついていないだろう。
「兄さん、これってつまり……」
「あぁ、やっぱり
エドワードが布を握りしめて、グリードの後ろ姿を睨みつけた。
次の更新はかなり遅いんじゃないですかね(他人事)