泥の錬金術師   作:ゆまる

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光明

「これが網弾、粘度が高くて文字通りそこら一帯を一網打尽にするぜ」

「これはゴム弾だ。熊でも一発で気絶するぞ」

「これは落とし穴。雪に隠れてるからそうそう見つけられねぇ」

 

マーシュにブリッグズの技術班が次々と兵器を紹介していく。

どれも()()()()()に敵を捕獲するものばかりだ。

マーシュの要望通りである。

 

「短期間でこんなにか……」

 

「どうだ、私の部下は凄かろう?」

 

アームストロング少将がその豊満な胸を張る。

先程から事あるごとに部下を褒め、そのたびに『私の部下』を強調してくる。技術班の面々は少将に褒められるたびに顔を引きつらせ、もどかしそうに体を震わせる。

 

「おいおい、少将が素直に褒めてくるなんて、明日にゃブリッグズの雪が全部溶けるんじゃねぇか?」

 

技術班の男が一人、隣の男にヒソリと小声で話しかける。

アームストロング少将は別段褒めることがないわけではない。良い働きをしたものには適切な褒賞を与える。だがこんなにも一日に何度も、自慢するように褒められるなんてことは滅多に、というか今までにないことだった。先の発言も、半分は照れ臭さからだ。

 

話しかけられた男は声を出さずに必死の形相で首を振っている。

見ると、いつのまにかアームストロング少将は内緒話をした男の前にいた。少将はとんでもない地獄耳で、隣の部屋のヒソヒソ話も聞こえるという噂もある。そんな少将の前で男がヒソヒソ話をしてしまったのは、アームストロング少将にたくさん褒められるという想定外の事態で考えがそこまで行き届かなくなっていたからだろう。

上官の目の前で上官の陰口。処罰は、良くても降級、悪ければその場で斬られるやも……。

男は今までの自分の人生を振り返りながら震えて少将の言葉を待った。

 

「…………これからも励むように」

 

ボソリと呟いて、アームストロング少将は背を向けてまたマーシュの元へと向かっていった。

キャスリン・エル・アームストロングの男性へのアピール講座その14『男性の前であまり恐いところを見せないように!』がなければ男の首は飛んでいただろう。

 

ーーー

 

 

「それで、そいつらは何なんだ?」

 

武器の紹介がひと段落して、部屋に戻ってきたところでアームストロング少将がようやくマーシュ以外の面子に顔を向ける。

 

「あ、完全に忘れられてると思ってましタ……」

 

「こっちはメイ。シンの国の皇女……らしい。んで、こっちがオッサン」

 

「……オッサンです」

 

スカーに隠れるようにしてヨキが頭を下げる。後ろ暗い過去があるため将校が恐ろしいようだ。

 

「んで、こっちが……」

 

マーシュが目で合図をすると、スカーは仮面を外してフードを脱いだ。

 

「! 額に傷のあるイシュヴァール人……。スカーか」

 

目の前に殺人鬼がいることを知ってもアームストロング少将は特に動じる様子はなかった。代わりにマイルズ少佐がサングラスの奥で目を見開く気配がした。

 

「今は一応味方だ。こいつの兄が隠した錬金術の研究書がブリッグズの山中にある。取りに行かせてほしい」

 

「……何故わざわざここに連れてきた?スカーとつるんでいるという事実を知られることはデメリットしかないように思えるが」

 

「ブリッグズに協力してもらうほうがスムーズだ。何より……隠し事はしたくない」

 

マーシュがアームストロング少将の目を見据える。

 

「……私の記憶が正しければ、そいつは連続殺人鬼のはずだが。改心でもしたのか?」

 

「復讐をやめたわけではない。ただ、そこの男の口車に乗せられてな」

 

「フッ、貴様もそのクチか。『ブリッグズの北壁』だけでなくシンの皇女と連続殺人鬼も引き入れるとは、節操なしだな」

 

オリヴィエが感心半分、呆れ半分といった顔でマーシュを見る。それに対しマーシュは肩をすくめた。

 

「そうでもしないと勝てないのさ。なんせ相手は国そのものだ。味方はどれだけいても足りない」

 

「フン、そういうことならうちの兵を何人かつけよう。研究書とやらを見つけたら戻ってくるといい」

 

「助かる」

 

こうしてブリッグズの後ろ盾を得た一行は、装備を整え研究書の隠し場所へと向かうのだった。

 

 

ーーー

 

「寒い!まだつかんのか!」

 

ヨキが震えて鼻水を垂らしながらギャンギャンと喚く。ちなみに垂れた鼻水は一瞬で氷柱になっている。

 

「砦で待っとけばよかったのに」

 

「俺を一人で置いてく気か!?熊と同じ檻の中に入れられるようなもんだぞ!!」

 

先ほどよりもガタガタと震えているのは寒さのせいだけではないだろう。今のヨキの立場はいわば脱走兵よりも危ういものだ。何かのはずみでヨキの過去がバレれば、牢屋にぶち込まれる前に棺桶にぶち込まれるだろう。ここはそういう場所だ。

 

「もうつく。……アレだ」

 

スカーが遠くに見えた小屋を指差した。

 

 

「これか」

 

「ああ」

 

古屋の前の地面を掘り起こして出てきたケース。その中から一冊の紐閉じの紙束が出てきた。

パラパラと紙をめくり確認するマーシュ。

 

「……言葉の意味とかを教えてもらう必要があるな。一旦持ち帰るか」

 

「はイ!」

 

「よし、さぁ帰るぞすぐ帰るぞ!」

 

ーー

 

そして砦へと帰ってきた一行。

扉を開けてもらおうと見張りの兵に合図しようとするより先に、砦からブリッグズ兵が一人駆けてくる。

 

「マーシュ殿!引き返してください!」

 

「なんだ?厄介ごとか?」

 

ブリッグズ兵が声を潜め、マーシュにだけ聞こえるような音量で喋る。

 

「中央からレイヴン中将、さらに紅蓮の錬金術師がやってきています!レイヴン中将はアームストロング少将とお話を、 紅蓮の錬金術師は砦の中を見学されています。今戻ってくるのは非常に危険です!」

 

「ゔぇ、中央の奴とキンブリーか……。たしかに引き返したほうが良さそうだ」

 

「ポイントGの辺りに食糧や設備が整った小屋がありますので、そちらへどうぞ。進展がありましたら呼びに行かせていただきます」

 

「助かる、じゃそこで待機するか」

 

マーシュがヒラヒラと手を振りながら全員に声をかける。

 

「というわけで、全員てったーい」

 

「ええー!!おい、もう寒いのは嫌だぞ!」

 

「んじゃ砦入ってきていいぞー。中央の中将に見つかってどうなるかは知らんが」

 

「チッキショゥ!」

 

ヨキは雪の上でズボズボと地団駄を踏み、足が雪に埋もれて転んだ。

 

ーーー

 

そして今は兵士に指定された小屋で研究書を囲んでいる。

ヨキとブリッグズ兵はちんぷんかんぷんといった様子でぼーっとしていた。

 

「このアウレリアンってのは?」

 

「金という意味だ。完全な物質のことだな」

 

「やけに何回も強調してるな、金やら完全やらを。しかも内容も薄っぺらい。……暗号か」

 

「文字通りに受け取らない、というわけですネ!」

 

スカーとメイとマーシュが頭をひねる。

その様を横目で見ながらヨキがズビズビと鼻を鳴らす。

気を紛らせるためでもあるのか、横にいるブリッグズ兵へと話しかけた。

 

「はぁーあ、外よりはマシだがここも寒いぜ……。おい、上着はもうないのか?」

 

「もう着ているだろ」

 

「足りねぇよぉ!もう二枚くらい上から重ね着しねぇと凍えちまう!」

 

「働かないやつに与えるものはない。むしろ剥ぎ取ってやろうか?」

 

「な、なにおぅっ!」

 

「…………重ねる」

 

ピクリとマーシュが反応し、顔を上げる。

その反応を見て、メイとスカーも気づいたようだ。

メイがぶちぶちと紙束の紐をちぎる。

互いに顔を見合わせて、地面に紙を置いていく。

 

「同じ語句のとこを重ねるんだ、多分」

 

「……あ、『不老不死』はこっちでス」

 

「その『真人』の紙をよこせドワームス」

 

パサリ、パサリと一枚ずつ紙を重ねていく。

全ての紙を置き終わり、少しの逡巡。全体的な形は綺麗にひし形のようになって、おそらくこの解き方が間違ってはいないことがわかる。

そこにメイが「もしかして……」と言いながらえんぴつを取り出して、紙に書かれた図を線で繋いでいく。全ての図を繋いだ時、そこに出来ていたのは

 

「賢者の石の、国土錬成陣……?」

 

随分前に知っていたものだった。

 

「……残念でス」

 

メイが目を伏せ、スカーが物言いたげにその紙の模様を眺める。

そんな中、マーシュが考え込むように指を顎に当てている。

 

「スカー、お前の兄貴は何の研究してたんだっけ?」

 

「……錬丹術と錬金術だ。それがどうした」

 

「そう、錬丹術だ。ここには、錬丹術の要素が欠けてる。多分、もうひとつ『先』がある」

 

「先……?」

 

真実の奥の更なる真実。それがあるとマーシュは言う。

 

「何か、何かもう一捻り……」

 

「マーシュ殿!」

 

そこへ、先ほどのブリッグズ兵が中へと入ってきて敬礼する。

 

「ご報告があります!」

 

「ん」

 

「アームストロング少将とレイヴン中将は中央へと向かわれました!紅蓮の錬金術師は指名手配犯捜索と!しばらくは戻らないとのことなので、一旦は砦へと戻っても大丈夫です!」

 

「はぁ?や、なんでオリヴィエが…………ああ、俺たちのためか」

 

おそらくアームストロング少将は、ブリッグズからレイヴン中将とキンブリーを引き離すため、そして敵陣へと入り込むために中央へと向かったのだ。

 

「それと、もう一つお耳に入れたいことが……。レイヴン中将は他言無用とおっしゃっていましたが、マイルズ少佐がマーシュ殿に教えろと……」

 

兵が少し声のトーンを落とし、少し周りを気にする素振りを見せながら話す。

 

「レイヴン中将がいらっしゃってすぐに、砦に警報が響いたんです。原因は、地下から侵入してきた一人の大男でした。ドラクマの新兵器かと皆思い、銃や大砲で排除しようとしましたが、ビクともしなくて……。その後、レイヴン中将がやってきて、その大男に二言三言、話しかけると大男は自分が出てきた穴へと戻って行きました」

 

「……もしかしてそいつ、体のどっかに入れ墨がなかったか?」

 

「あ、はい、肩に。ドラゴン?みたいな感じでしたね」

 

「………………」

 

「マーシュ殿?」

 

「あぁいや、ありがとう。確かめないといけないことができた。そいつが出てきた穴の辺りに後で案内してくれるか?とりあえずは砦に帰ろう」

 

そしてマーシュたちは砦へとまた戻るのだった。

 

ーーー

 

「ここです」

 

研究書をメイやスカーに任せ、マーシュは大男が出てきたという穴へ案内された。

そこではたくさんのブリッグズ兵が穴を埋める作業をしていた。

コンクリートを流し込んでは均している。

 

「はいちょいとごめんよ」

 

コンクリートを入れた手押し車を押しているブリッグズ兵を押しのけ、その穴の前に立つマーシュ。

 

コンクリートはまだ乾き切っていないようだ。

 

「マーシュ殿?何を……」

 

マーシュがそこへ足を乗せると、モーセの奇跡のごとくコンクリートが二つに分かれた。下には大きな穴が広がっている。

 

自分たちの作業が一瞬で無に帰されるのを見てあんぐりと口を開けているブリッグズ兵たちを横目に、マーシュはランタンを持って、

 

「よし、いってくる」

 

穴へ飛び降りた。

 

 

マーシュは念のために入ってきた穴を塞ぎ、ランタンで周りを照らす。中はまるでトンネルのようになっており、人どころかちょっとした小隊も通れそうなほどの大きさだった。

 

「やっぱこれ、錬成陣か?描くんじゃなくて、掘るとはな……」

 

歩きながら、マーシュはこのトンネルの意味を考える。

国土錬成陣は、点と点を結ぶ線が必要だ。てっきりまだ描いていないだけかと思っていたが、地下で延々と誰かが都市と都市を繋ぐ線を掘っていたわけだ。

 

「んじゃこれ壊せばどうにかなるか?」

 

トントン、とトンネルの壁を足で押して、感触を確かめている。

そんなマーシュの耳にふと、ズズズ、と音が聞こえてきた。

トンネルの奥からだ。目をこらすと、それは。

 

「な、ん!?」

 

影だ。

影が、迫ってきた。ただの影ではない。目のようなものがいくつもついていて、地面を這うように進んでくる。それは、いつか垣間見たグラトニーの腹の中とよく似ていると感じた。

 

()()は明確な殺意を持って、マーシュへと伸びてきた。地面から離れ、いくつものナイフのように形を変えて。影が途中で触れた石がスパスパと切れていく。

 

「うっそ!?やっべぇぇぇぇ!!」

 

背を向けマーシュが駆け出す。しかし影はそれを嘲笑うかのように大きく広がり、猛スピードで迫った。逃げ切れないと悟り、マーシュが足でブレーキをかけて素早くターンする。

 

ここで撃退するしかない。撃退するしかないが、果たしてこれに物理攻撃が効くのだろうか。

 

マーシュが考えるよりも速く、影のナイフはマーシュを刺し貫かんと向かってくる。先ほどよりもその数を増やして、正面から四本、横から六本。

 

「っブラッドレイより、遅ぇよッ!」

 

体を横にして、しゃがんで、前転して、体を反らして、頭を下げて、後ろへ跳んで、かわす。

かわし切ってもマーシュの集中は緩まない。緩めることなど出来るはずがない。

何故なら影は、うねうねと動いて先ほどよりもその刃の数を増やしていたから。

 

このままでは、ジリ貧だ。突破口を見つけねばいずれ押し切られる。

影が、マーシュへとまた迫る。

なんとか回避するが、すでにギリギリだ。

 

ここでマーシュがふと違和感に気づく。影の刃の何本かが、たまに変な軌道を描いて攻撃してくるのだ。まるで何かを避けるように。

まただ、正面からではなくマーシュの左側へと回り込んで攻撃してきた。フェイントでもなさそうだ。

なら、何か。マーシュが自分の体の右側を見る。左側になくて右側にあるもの。それは……。

 

「……明かりか?」

 

ランタン。今この場所では、明かりが消えて視界がなくなった瞬間にマーシュなど容易く殺せるだろう。だというのにランタンを狙わないということは、狙えない理由があるのだ。

 

「うぉう!」

 

長々と考えさせてはくれない。マーシュの体力も無尽蔵ではない。このままこの影の猛攻をかわしながら出口へとたどり着くのは不可能だろう。

 

「賭けるしかないか!!」

 

マーシュの腕に伸びてきた影へ、くるりと一回転してランタンを叩きつける。

影はかなりの硬度らしく、ランタンのガラスが粉々に砕け散った。

中の火が影へと少し当たったが、別段ひるむ様子もない。

 

「くっ……!」

 

火にひるんだ様子はないが、影は何かに焦っていた。その影の先をマーシュへとまた伸ばす。

 

次の瞬間、フッと穴の中は暗闇に満ちた。

地面に転がったランタンから、火が消えたからだ。

 

「…………」

 

回避行動をとって、次の攻撃に備えたマーシュ。だが、何かが動いている様子はもうなかった。

五秒過ぎ、三十秒過ぎ、一分過ぎてようやくマーシュが警戒を解いた。

どうやらあの影は、明かりがないと存在できないらしい。

 

「あれも人造人間か……?はぁ〜、バケモンばっかで命がいくつあっても足りねぇなおい」

 

深いため息を吐いて、暗闇の中で上を見上げるマーシュだった。

 

 

ーー

 

「さっっっみぃ!!」

 

「マーシュさン!なんで外から帰ってくるんですカ!?」

 

「いや……出るとこミスった……」

 

暗闇の中、出口がどこかわかるはずもなく歩き続け、多分このへんかなと思うところで上へと穴を開けて出てきたマーシュ。目測は微妙にずれ、砦から少し離れた場所へと出たのだった。

そしてブリッグズ兵に連れられて毛布を被せられて帰ってきた。

 

「あー、それとすまん、多分居場所バレた。とりあえず移動すべきだな……」

 

あの影のような化け物が人造人間側とすれば、マーシュがブリッグズにいるということは即刻敵陣に伝わるだろう。もしブリッグズ周辺に敵がいれば、もしくはキンブリーに連絡されたりすれば、数時間後には襲撃されるかもしれない。悠長にしている暇はなくなってしまった。

 

「もう少し研究書についてゆっくり考えたかったんだがな」

 

「あ、そのことでしたら心配ありませン!」

 

メイがフンスと鼻を鳴らしながら錬成陣の書かれた紙をマーシュへと差し出す。

 

「逆転の錬成陣、国土錬成陣を錬丹術を用いて発動するカウンターのようなものみたいでス!」

 

「俺様のおかげで見つかったからな!忘れるんじゃないぞ!」

 

「くしゃみをしただけだろう……」

 

しばらく錬成陣を眺めていたマーシュだったが、バッと顔を上げ、にんまりと笑う。

 

「……ぃよし、よくやってくれた!次の目標はこの錬成陣の準備だ!」

 

「ハイ!」「フン」「……え?なに?まだ何かあんの?」

 

反撃の光明が、見えてきた。

 









失踪扱いすんな!もうバリンバリンの本調子全開だぜ!



……とはいかないですけど。

大変お待たせしました。モチベが段々と戻ってまいりました。
まだなんとか書けるかな程度なので、いつもより描写や展開が雑かもしれません。申し訳ありません。

ゆっくりとペース戻していきたいなと思っておりますので、よろしくお願いします。んー完結したい。

次話の投稿は、あまり展開考えられていないので多分遅いです(予定調和)。
三ヶ月は空かない……と思う……思いたい。

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