「ちょ、ストップストップ!話せばわかる!」
雨が強くなってきた街中、絶賛逃走中のマーシュ。
褐色男が振り回す右手を、しゃがんで、跳んで、体を逸らして、走って、躱す。先ほど憲兵を殺したときの様子と、この褐色男の挙動を見るに、おそらくこの右手に触れるだけでアウトだ。
さらにこの褐色男、そこらの軍人よりよほど強い。
そんな男の猛攻をかわし続けているマーシュも異常なのだが。
「やめろー!こんなことして何になる!お前も本当は心優しい人間なんだろう!?帰っておっかさんに孝行してやれよぉ!」
そしてかわしながらも相手へ話しかけるのをやめない。話しかけるというか、挑発というか。マーシュが言葉を発する度にただでさえ険しい褐色男の顔が修羅の如く変容していく。怒りが倍増どころか四倍増だ。
しかし頭に血が上ったためか、その攻撃は段々と単調になっている。ただ急所を右手で狙うだけなら、先ほどよりも御しやすい。
そのためにマーシュはわざと相手を煽るようなことを言い続けたのだ。
「ダメか……。言葉による説得は諦めたほうがいいのか」
そのためにわざと相手を煽るようなことを言い続けたのだ。きっと。
「しゃーねー、いい加減こっちも体力切れそうだし、ここで一発決めてやるか……!」
そう言いながら褐色の男をマーシュは睨みつけ、地面に手をつく。
まだ褐色の男にも理性は残っていたようで、不穏な空気を感じて一度距離を離した。
「……来るか」
「へっ、勘がいいな!そんじゃ行くぜ!」
にやりと笑ったマーシュは、そのまま裏路地に飛びこんだ。
彼の秘技、『何かすると見せかけて逃走ダッシュ』である。
「なに!?」
「あーばよぉ!ご縁があったらまた会おうぜ!」
裏路地はすぐ突き当たりになっており、マーシュの眼前には高い壁が立ちふさがる。
だが、この程度の壁、マーシュには関係ない。自他共に認める運動神経の良さで、ひょいひょいと壁のくぼみや傷に手をかけ登っていく。
そう、この程度の壁、マーシュには関係ない。普段ならば。
生憎と、今日は土砂降りの大雨だ。雨に濡れた壁を、普段通りのスピードで登ろうとすれば。
もたらす結果は、想像通りである。
「……………………ご縁、あったなー」
足を滑らせてべしゃりと落ちたマーシュは、こちらを追いかけてきた褐色の男とまたご対面していた。
「……なぜ錬金術を使わない。その気になれば、俺から逃げ切ることも、なんなら殺そうとすることも出来たはずだ」
「なんのことかねぇ。俺は非力な一般市民だぞ。殺すとか物騒だな」
「使わぬというならそれでいい。好都合だ。我らが神の御元へ、お前を送ろう」
そして褐色の男の右手がマーシュへと近づき……
地面から突然生えた岩の手に弾かれた。
「てめえの狙いはオレじゃねぇのかよ、スカー!!」
裏路地の入り口には、先ほどの金髪少年が立っていた。