泥の錬金術師   作:ゆまる

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嫉妬

アームストロング少将と、人造人間・スロウスが対面する。

部屋に残った将校を一人斬り殺し、もう一人の将校に対して、中央兵を引かせるよう脅そうとしたところにスロウスが襲いかかってきたのだ。ちなみに将校はスロウスが誤って叩き潰した。

 

「めんど、くせー。けど、女将軍、ころす」

 

スロウスがのろのろとした口の動きとは裏腹に、その手首に繋いでいる鎖を凄まじいスピードで振り回す。周りにいる中央兵たちがそれによって吹き飛ばされる中、アームストロング少将は身を屈めて避け、拳銃で反撃した。

しかしスロウスの体には傷一つつかず、着弾した箇所をポリポリと掻かせるだけだった。

 

「効かんか。わかっていたがな」

 

拳銃を放り捨て、剣を構え直すアームストロング少将。ダメージを与える手段が現状ほぼないに等しく、どうしたものかと考える。

だが少将が良い案を思いつく前に、スロウスが痺れを切らした。

 

「あ、最初から、本気、だせって、言われてたの、忘れてた」

 

スロウスが、心底面倒そうにその体を揺らす。

 

「あー、めん、ど、くせ––––––」

 

アームストロング少将がスロウスの言葉を最後まで聞き取ることは出来なかった。

一瞬のうちに、遠く離れた後ろの壁へとスロウスが激突していたからだ。

 

「なっ……!!」

 

「はず、れた」

 

アームストロング少将がバッと振り返るとそこでは、スロウスがゆらりと起き上がりタックルの姿勢をとっていた。

頭よりも先に本能のようなものでスロウスのスピードを理解し、少将が形振り構わずに横へ飛ぶ。

直後、少将がいた場所を、目視すらできない速度で巨大な物体が突き抜けた。

 

「なんという、スピード……!」

 

そこでようやく、アームストロング少将の脳内が目の前の事象に追いつく。普通の人間の倍はあろうかという巨体で、銃弾並みかそれ以上の速度。その破壊力は、想像もしたくない。

 

柱にめり込ませた頭を引っこ抜き、スロウスがまたアームストロング少将へと狙いを定める。

 

とんでもない速さではあるが、その動きは直線だ。あとは、加速する瞬間の体の動きを見れば、避けられないことはない。

そう判断し、アームストロング少将がさっきより余裕を持ってスロウスを避ける。

 

やはり、速すぎて自分でも制御出来ていないか。

アームストロング少将がそう考えてスロウスのほうへ向き直る。

 

いや、向き直る前に。少将の目に映ったのは、自分へと突っ込んでくるその巨体だった。

 

「ぐ、あっ……」

 

アームストロング少将の体が、風に飛ばされた葉のごとく吹き飛ぶ。

直撃はしなかった。なんとか体を逸らした。

それでも、衝撃が全身を駆け巡った。一発で意識が消える寸前まで持っていかれた。

柱へと叩きつけられ、ズルズルと体が床へと落下した。

左腕が全く動かない。立ち上がろうとしても、足に力が入らない。

 

スロウスがゆっくりとこちらの方を向く。

もう避けられない。

せめてもの抵抗に、右手で剣をスロウスへと向ける。

 

あのスピードで突っ込んでくれば、刺さってくれるやもしれない。

いや、投げたほうがいいか?

しかしブリッジで避けられるかもしれんな。

そうだ、あの時のあいつの顔といったら……。

 

そこでアームストロング少将は自分が笑っていることに気づいた。

 

「……まったく、アレックスを軟弱と笑えんな。私は今、命が惜しい」

 

無性に、あの小憎らしい笑顔を見たくなった。

それはもう、叶わないが。

 

スロウスが、肩を前に突き出し、迫ってくる。

世界がスローになって見える。

私の命もあと数秒。

最後まで、武人らしく抗ってみせる。

剣をしっかりと握り直し、スロウスを睨みつけた。

 

スロウスがゆっくりとアームストロング少将へと迫り–––––––

 

 

 

 

 

–––––––こけた。

 

「「!?」」

 

世界の速さが元に戻る。

スロウスはゴロゴロとアームストロング少将の横を猛スピードで転がって通過していった。

 

見ると、スロウスとアームストロング少将の間の地面の一部が大きく陥没している。

 

「行け、筋肉ヒゲダルマーズ!!」

 

「後で殴る!!」

 

よく通る声が響き、それと同時に大男が二人、スロウスへと突っ込んだ。

筋肉ヒゲダルマ1号、アレックス・ルイ・アームストロング少佐と、

筋肉ヒゲダルマ2号、バッカニア大尉だ。

ちなみに文句を言ったのは2号で、1号は満更でもなさそうな顔をしていた。

 

 

「御機嫌ようお嬢さん。惚れた?」

 

悪戯っぽく笑いながら、アームストロング少将に手を差し伸べるマーシュ。

 

「……ハ、馬鹿を言え」

 

その手をきつく掴み、一息に立ち上がる。そして、その口元に笑みを浮かべた。

 

「とっくに惚れている」

 

「……え、マジで?」

 

「とにかくあのデカブツを何とかするぞ」

 

呆けるマーシュを置いて、アームストロング少将はスロウスのほうへ向かう。

先ほどまで立つことも出来なかったはずなのに、不思議とその足取りはしっかりとしていた。

 

 

「ぬぅん!」「おりゃあ!!」

 

アレックスが地面を殴りつけると、人の身の丈ほどの大きな棘が地面から生え、スロウスの腹を貫く。バッカニアがそれに続き、右手のチェーンソーを回転させてスロウスの腕を切り裂いた。

 

「いてえ。いたがるのも、めんどくせー」

 

スロウスは腹に穴を開け、腕が半分千切れかけても特に動じていない。ゆらりと、前傾姿勢をとった。

 

「めんどくせー、めんどくせー、ああもう、死ぬほど、めんどくせー……」

 

「気をつけろ!!超スピードで突っ込んでくるぞ!!」

 

「ぬ!」

 

遠くでオリヴィエが叫ぶ。アレックスとバッカニア大尉がそれに応じ、横へと飛んだ。

ボッと音を立てて二人の横をスロウスが通過する。

 

スロウスは、面倒臭がりだ。普段はのろのろと動き、何をするにも面倒がる。

唯一、お父様からの命令は面倒臭がりつつもきちんと遂行する。

そう、まだ面倒臭がっているのだ。先ほどまでの猛スピードでの突進は、()()()()()()()()()()を面倒臭がった故の、単純な突進。

女将軍を殺すだけならそれで良かったのだろうが、ワラワラとそれを邪魔する者が増えてしまった。今となっては、こいつらの相手をずっとするほうが面倒臭い。

つまりは、()()()()()でこいつらを一瞬で殺したほうが、面倒臭くない。

スロウスが、そう判断した結果。

 

 

壁が弾ける。天井が砕ける。柱が壊れる。

スロウスはまるでゴムボールのように建物の中を跳ね回っていた。

 

壁にぶつかった瞬間、天井にぶつかった瞬間、向きを変えてそれを蹴る。一瞬でも留まることなく、四方八方へと猛スピードで飛び回っているのだ。

 

「なっ、んと、がぁっ!!」「ぐほぁぁっ!!」

 

余波に巻き込まれ、近くにいたアレックスとバッカニア大尉の二人が吹き飛ばされる。

今のスロウスには細かい狙いなどつけられないが、それでも十分だった。こうやってあと数秒動き回れば、女将軍もその周りの奴らも全員勝手に死んでいる。

 

 

スロウスが飛び回る。もう数秒しないうちにこちらも吹き飛ばされるだろう。

どちらから言うでもなく、背中合わせになるオリヴィエとマーシュ。

 

「合わせられるな、オリヴィエ?」

 

「誰にものを言っている、マーシュ」

 

二人の声には、絶望や悲嘆の感情はまったく含まれていなかった。

 

マーシュが一歩前に出て、その両手を前に構える。

スゥー……と息を吸い、ピタリと動きが止まった。

その目は、スロウスの一挙手一投足に向けられて。

超高速で動くスロウスの姿を、捉える。

 

スロウスの姿がブレて、次の瞬間には二人の目の前にいた。

アームストロング少将は、身動ぎひとつしない。

スロウスの動きに反応する気など最初からない。

マーシュが、どうにかするとわかっているから。

 

いつのまにか、スロウスの身体が宙へと浮いていた。

スロウスの鈍重な思考回路が、不可解さで更にその回りを遅くする。

 

何故、泥の錬金術師に突っ込んだはずなのに、自分は宙へ飛ばされているのか。

 

答えは明快、マーシュがスロウスの向かう先を上へとズラしたからだ。錬金術ではなく、柔で逸らした。

 

吹き飛ばされながらも、スロウスの視界にマーシュが入る。

 

身体が浮いてようがどうでもいい。面倒だが、地面に身体がついた瞬間にマーシュへと突進する態勢を整えようとして、

 

次の瞬間、視界が赤色に染まった。

何も見えない。泥の錬金術師の姿も見えない。遅れて燃えるような痛みが目にやってくる。

 

「いってえ」

 

「さすがに眼球までは固くないようだな。仕上げは任せた」

 

女将軍の声が聞こえる。多分女将軍に目を斬られた。見えない。

背中から地面に叩きつけられて、一瞬真っ赤な視界が明滅する。

立たなくては。立ち上がるのも面倒でも、お父様の命令ならば仕方ない。立って、その辺を本気で走り回れば、勝手に皆死ぬだろう。そうしたら、ゆっくりと休んで……

 

ガクリと身体が倒れる。

 

「あれ?俺の、足、ない」

 

膝から下の感覚がなくなっていた。そしてやってくる、膝からの痛覚。一瞬声を上げて叫びかけるほどの痛み。だが、面倒くさい。

身体が何かに囚われた感覚。面倒くさい。

段々と再生してきた目で見えたのは、泥の錬金術師と女将軍の姿。

本気で戦ったのに、負けた。

だからもう、働かなくても、いいか。

 

「「沈め」」

 

ああ、もがくのも、めんどくせー。

 

 

 

 

 

 

「––––––––ックス、おーいアレックス、バッカニア、無事か?」

 

「ん、ぐ……ぬ!あの人造人間は!」

 

「沈めた」

 

マーシュがペチペチとアレックスとバッカニアの頰を叩くと、二人とも目がさめる。どうやら致命傷は避けていたようだ。フラフラとしつつも起き上がる。

 

「よし、大丈夫なようならオリヴィエ守ってやってくれ。俺は下に行かなきゃいけない」

 

「おい、こんな軟弱者に守られるほど私は落ちぶれていないぞ」

 

「それが助けに入った者への態度ですか姉上!」

 

「おう、とっとと行ってこいドワームス」

 

マーシュがオリヴィエへと向き直り、ポリポリ頰を掻く。

 

「あー、オリヴィエ、その、なんだ。……全部終わったら、また改めて話そう」

 

「……ああ、待っていてやる」

 

「……義兄上と呼ばなければならぬかな」

 

妙な雰囲気になっている二人を見て、アレックスがボソリと呟く。

その横で、バッカニア大尉がダラダラと冷や汗を流していた。

 

「さぁ早くいけドワームス敵は待ってはくれんぞ今こうしている間にも奴らの計画は進行しているさぁさぁ早く!」

 

「あー、バッカニア、その、なんだ。……全部終わったら、金髪縦ロールな」

 

にこやかに言い残してマーシュは地面へと潜った。

バッカニアは頭を抱えて蹲った。

 

 

「……にしても、大所帯になったなぁ」

 

走りながら、ホーエンハイムがぼやく。

当初は一人でホムンクルスの相手をするつもりだったはずなのだが、いつの間にやら味方がどんどん増えていた。頼もしくもあるが、少し申し訳なさもある。全ては自分と奴の因縁から始まったことだからだ。だがそのことを知っても、息子たちも、マーシュも、その仲間たちも、一緒に戦うと言ってくれた。

 

『良い奴らだなぁ、ホーエンハイム』

『こいつらの国をめちゃくちゃにはさせねぇさ』

『頑張りましょう』

『気張っていこうじゃないか!』

 

体の中から声が聞こえる。その全員に短く返事をして、自分の頬をバチリと叩く。隣でエドワードがその音に目を丸くしている。あぁ、こいつらも守ってみせる。気合を、入れ直した。

 

 

 

 

現在一行は、研究所の地下からお父様のもとを目指して走っている。

エドワード、アルフォンス、ホーエンハイム。

マスタング大佐、ホークアイ中尉、ハボック少尉。

ハインケル、ダリウス、ザンパノ、シェルゾ。

メイ、スカー。

そしてバリー、ラスト。

 

老若男女人外犯罪者問わずの行進は、なかなか圧巻ものだ。

先頭を走るのは、ラスト。隣にハボック。後ろにエドワード、アルフォンス、ホーエンハイムだ。

エドワードがジトっとした目でラストを見る。

 

「……ホントに裏切らないんだろうな、この女」

 

「あら、まだ疑ってるの?傷つくわ」

 

「当たり前だ!お前がアルを真っ二つにしたこと知ってんだからな!!」

 

「安心なさい。私の目にはもうジャンしか見えてないわ」

 

「へへ、照れるぜソラリス」

 

「…………」

 

「兄さん、多分ほっとくのが一番だよ……」

 

アルフォンスがポンポンとエドワードの背中を叩き、ダリウスやハインケルもそれに続く。

 

「おうラストォ!もっかいお前の体切らせてくれねぇか!?」

 

「おいバリー、頭ブチ抜いてやろうか?」

 

肉切り包丁をブンブンと振り回すバリーへ、銃口を向けてメンチを切るハボック少尉。

 

ラストが仲間に加わることは全員了承済みであったが、信用すると決まったわけではない。

特にラストと戦ったことのあるアルフォンスやメイは、合流した直後はずっとラストを警戒していたのだがーーー。

 

「ありがとうジャン、素敵よ」

 

「全てを捨てて俺を選んでくれたんだ、ずっと守ってみせるさ」

 

ハボック少尉にしなだれかかるラストと、キメ顔を作るハボック少尉。

何回もこんな出来立てホヤホヤのカップルのようなやり取りを繰り返されているため、周りの者はうんざりしていた。

 

「……ムッ、大佐さン」

 

 

地下道を走るエドワード達から少し離れた位置、通路の影で、エンヴィーが一行を睨んでいた。傍らにはグラトニーもいる。

 

「なんでだ……?なんで、そんな顔してんだ……?人間は、醜くて、愚かで、クソみたいな、下等生物だろ……。そんなクソみたいなやつらと一緒にいて、なんで……なんで、そんな()()()()()()()()()()!!なぁ、ラストォ!!」

 

「……おでも、ラストに……」

 

「グラトニィー!!もういい!!全部飲んじまえ!!ムカつくあのクソ女ごと、全部!!」

 

「え、でも、人柱もいる……」

 

「じゃあそいつらだけ飲むな!!とにかく、このエンヴィーの視界からあいつらを……

 

「そんな大きな声を出すと、私じゃなくてもバレバレですヨ?」

 

「!!」

 

いつのまにか二人の頭上にいたメイが投げたクナイが、エンヴィーの額へと突き刺さる。

 

「ガッ、クッソが!!グラトニー!早く……」

 

「ふむ、二体来てくれるとは都合がいい」

 

チリッとエンヴィーの目の前に火花が散ったかと思うと次の瞬間、エンヴィーの体が爆炎に包まれる。

マスタング大佐だ。その後ろにはホークアイ中尉が銃の照準をこちらに合わせて構えており、更に後ろにはラストとハボック少尉が控えていた。ラストの表情は明るくはないが、それでもその爪を構えていることから、こちらへ攻撃する意思があることは見て取れた。

 

これはまずい。そう判断したエンヴィーが焼けた喉で叫ぶ。

 

「の"っ、め"ぇぇぇぇぇ!!グラドニ"ー!!」

 

「む、下がれ中尉、メイ!!」

 

グラトニーの飲み込みを一度見ているマスタング大佐が、二人を下がらせようとする。……が、待てどもあの口撃は放たれない。グラトニーは体を震わせながら、その場から動かなかい。

 

「おいウスノロ、何やって–––––––」

 

「おで……おで、ラストと、いっしょがいい」

 

グラトニーが、ハッキリとそう言った。その場にいる全員が、目を丸くする。

 

「て、めっ……」

 

数瞬遅れて激昂しようとしたエンヴィーだったが、その叫びはマスタング大佐の爆炎に呑まれることによって止められる。

 

「さて、貴様はどうする?」

 

マスタング大佐が指を構えて、エンヴィーへと向ける。

焼け焦げた体を再生しながらエンヴィーはギリギリと歯ぎしりし、様々な感情が入り混じった目でラストとグラトニーを見た。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

エンヴィーが吠えると、エンヴィーから尻尾のようなものが飛び出し、天井へと叩きつけられた。天井が破壊されて瓦礫が降ってくる。

崩壊が収まったとき、そこにエンヴィーの姿はなかった。

 

「くっ、逃げられたか……。追うぞ中尉」

 

「はい。……グラトニーは……」

 

「ラスト、おで、おで……」

 

「……もしこちらに来るのなら、あなたは二度と『人を食べない』と約束出来る?」

 

拳を握りしめて俯くグラトニーに、ラストがその頰に手を添え、優しく微笑む。グラトニーはその白い目を潤わせ、少しの間逡巡して。

 

「……うん」

 

そして、コクリと頷いた。

そのやり取りを見ていたマスタング大佐が少し目を吊り上げ、口を開く。

 

「……その約束、違えばわかってるな?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

マスタング大佐の言葉に微笑みを返すラスト。

 

「ジャンも見ててくれるもの。ね?」

 

「え?あ、ああ、おう、もちろん」

 

構わない、構わないが……コブ付きかぁ……。と少し目を遠くするハボックであった。

 

 

 

 

 

 

 

地下道の半ばで、エンヴィーが壁を蹴る。頭をガリガリと搔きむしり、息を切らしながら座り込んだ。

 

「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!!ふざけんな、どいつもこいつも!!群れなしやがって!!なんでだ!あんなクソどもと馴れ合って!!アホ面で笑って!!ンな、人間みてぇに……!!なんで、なんで、なんで………………クソ、クソクソクソッ……」

 

 

グリードだけなら、人造人間の中にも奇特で馬鹿な奴がいるという話で終わった。

ラストも、気が狂ってしまった人造人間ということに無理やりした。

二人は強欲と色欲という曖昧な感情から生まれた奴ら。

血迷って生まれた理由を放棄したとしても、まだ理解は出来た。理解したくはないが。

だがグラトニーは……グラトニーは、食欲というシンプルな感情から生まれたはずだ。

なのに、食欲よりもラストに従うことに決めた。グラトニーが、自分で。

全くもって理解不能だ。不可解だ。不快だ。

自分の欲望に正直なくせにゴミ虫と仲良くなって囲まれてるあいつも。

下等生物に絆されて互いに想い合っているあいつも。

自分を構成する物に抗って、新しい生き方を決めようとしているあいつも。

全部全部全部全部全部全部。

ああ、ちくしょう。

 

いいなぁ

 

声が漏れた。漏れてしまった。

だが半分無意識に出たその声は、誰にも届かずに宙に溶け––––––––

 

 

「なんだ、お前も仲間になりたいのか?」

 

 

–––––––––ることはなかった。

 

「!? 泥の錬金術師ィ!!」

 

「なんだなんだ、そうなら早く言えばよかったのに」

 

うんうんと頷きながらマーシュがエンヴィーへと歩み寄ってくる。

 

「グリードもラストも寝返ってんだ。文句は言えねぇだろうよ」

 

「ふざ、けんな……!上から目線で喋ってんじゃねぇぞ!!このエンヴィーを……見下すなよ、人間が!!」

 

「いや、見下してないけど」

 

マーシュの目は、至って真剣だった。そこには憐憫も慈愛も蔑視も嘲笑もない。

 

「最初はさ、人造人間はただの化け物なのかと思ってた。だけど、違うんだよな。煽られれば怒るし、楽しければ笑うし、悲しければ泣くし、恋愛もする。それって、人間と変わらないよな。お前も、変わらないよ、人間と」

 

「ふっ……ざ、けんなっ!!このエンヴィーが、人間みたいな下等生物と、一緒だと!?バカにするのも、大概にしろ……!!」

 

「バカにしてないっつってんだろ。お前さ、人間だから人造人間だからーって思考停止してるんじゃねぇよ。自分がどうしたいか考えろ。考えた結果、俺をブチ殺したいっていうなら全力で相手してやるよ」

 

だんだんと、エンヴィーの吊り上がった目尻が下がっていく。

 

「……………………自分が……」

 

「んで、考えた結果、お前がグリードやラストみたいに仲間になりたいっていうんなら、少なくとも俺は受け入れる。だから、お前次第だ。自分で考えて、自分で選んで、自分で決めろ」

 

「…………………………」

 

黙りこくってしまったエンヴィーを見て、マーシュは頭を掻く。

あまり時間もない。ここでエンヴィーをずっと待った末に殺し合いなんかが始まったら、合流も遅れてしまう。

 

「んじゃ、先行くわ。願わくば、お前と俺の行く道が同じでありますように。なーんてな」

 

マーシュは聖書を読み上げるかのように目を閉じて祈りのポーズをして、自分の頭をてしっと叩いて少し笑った後、その場を走って去った。

残ったのは、地面を見つめるエンヴィーひとり。

 

 

「……自分が、どうしたいか……」

 

考えてみる。

あいつらをブチ殺したいか?

殺したいはずだ。はずだった。……今では何故か、わからない。

「お父様に言われたから」、ただそれだけの理由でいいはずなのに。今はそれでいいのか、考えてしまっている。

 

あいつらの仲間になりたいのか?

……わからない。ラストやグラトニーのように、一個人に執着してるわけじゃない。グリードのように、あいつらと行動して得られる利があるわけじゃない。じゃあなんで「いいなぁ」なんて言ったんだ?

 

……自分は人間になりたかったのだろうか。

否、そんなはずはない。好き好んで不完全なものになりたいものか。

でも。

人間と同じと言われた。あの醜い姿を見てもなお。受け入れると言った。

 

それを聞いた時、あぁそうだ、その瞬間自分は確かに。

 

 

 

嬉しかったんだ。

 

 

 

 

 

「あなたハ……?」

 

「通りすがりの錬金術師さんに頼まれてね。友達を手助けしてやってくれってさ。ま、アンタの()()と因縁がないわけではないけど今はお仲間でしょ?気にしないでおくわ」

 

ブラッドレイとグリードたちの間に立ち塞がったのは、エドワードとアルフォンスの元師匠で錬金術師で主婦、イズミ・カーティス。

 

「……イズミ・カーティスか。丁度いい、捕獲させてもらう」

 

「あー、人柱とかいうやつなんだっけ?やーね、勝手に変なものの頭数に入れないでほしいわ」

 

パンッ、とイズミが手を合わせると同時にブラッドレイが駆け出す。

地面に手を置く前に腕を切り落とせばいい。それで錬金術も使えない木偶になる。はずだった。

 

イズミはブラッドレイの突きを難なく躱すと、その腕を絡めとる。そのまま淀みなく流れるように足を払い、背負い投げのようにブラッドレイを投げ飛ばした。

 

「……ハ?」

 

見ていたランファンとフーとグリードが一様に目を丸くして口を開ける。

この場に出てきたからにはただの女性ではないと思っていたが、それでもあのブラッドレイを軽々と投げ飛ばすほどとは思っていなかったのだ。

 

イズミは間髪入れずまた手を合わせ、地面に両手を置く。すると宙にいるブラッドレイを覆う檻のように、地面が変形していく。

 

しかしブラッドレイは空中で態勢を整えると、二本の剣でその檻の一部を叩き切り、そのまま着地すると何事もなかったかのように剣を構え直した。

それを見て、イズミが少し眉をひそめる。

 

「……今ので決めるつもりだったんだけどねぇ。思ってたよりとんでもないわ、うちの国のトップ」

 

「それはこちらの台詞だ。もう少ししっかりと視察しておくべきだったかな。ただの主婦ではないようだ」

 

そこでグリードが再生を終えて復活した。しかしその雰囲気は先ほどまでとは変わっているようだ。

 

「あ"ー……、よし、やれル。手を貸してくレ」

 

「あら、リン・ヤオって子の方かしら?」

 

「ああ、俺にもあいつを倒さなくてはいけない理由があル。あいつは、キング・ブラッドレイは、王ではなイ。自分の望みのために民を犠牲にするなど、到底許せることではなイ。お前は、真の王にはなれなイ!!」

 

「抜かすな、小僧。真の王など、この世のどこにもおらぬ!!」

 

再び全身硬化したグリード……いや、リンがブラッドレイへと突っ込みその爪を振るい、ブラッドレイはそれを剣でいなす。

まるで先ほどの戦闘の焼き直しだ。

だが先と違うのは、リンの後ろに錬金術師(イズミ)が控えていること。

 

ブラッドレイの足元から石の棘が出現する。リンを避けるような細かな狙いなどはない。リンは巻き込まれてもダメージがないからだ。

()で察知していたのかブラッドレイが飛び退いて回避するが、リンが即距離を詰める。執拗に張り付き、ブラッドレイが離れることを許さない。

ここでようやく、ブラッドレイの顔に少し苛立ちのようなものが見え始めた。その眼を険しく鋭くし、リンを睨みつける。

 

リンの攻撃を防ぐために少しずつ後ろへと下がるブラッドレイの背後に、突如大きな石壁が現れた。イズミの援護だ。

ブラッドレイの背中が壁にトンと当たる。もう後ろに下がることはできない。

リンの猛攻が激しさを増していく。躊躇いなく眼を、喉を、心臓を貫かんと爪で突く。

それに加えて、イズミが横から石飛礫(いしつぶて)をまるで散弾かのように撃ち出している。またもリンごと巻き込んだ攻撃だ。

ブラッドレイは体をずらしてリンを間に挟むことによって被害を減らしてはいるが、飛来する石を完全には躱しきれず腕や足が傷ついていく。

 

「いけル……!」

 

フーを介抱しながらその戦闘を見ていたランファンが呟く。あの恐ろしく強いキング・ブラッドレイがジリ貧だ。この状況が続けばいずれは力尽きるはずだ。勝利を、確信した。

 

 

「うっぐ……!!」

 

ランファンが勝利を確信した次の瞬間、リンが、呻いた。

数瞬置いて、ボトリとランファンの横に黒いものが落ちる。

 

それは今鋼よりも硬い硬度を誇るはずの、リンの腕だった。

 

その場にいた者は皆、その目を見開いた。ただブラッドレイだけが、剣を振り上げた姿勢でリンを先ほどと変わらぬ目で睨みつけていた。

 

「なっ、んでダァッ!!?」

 

「関節まで硬化していては動くことも出来んはずだろう。自分の身体のことくらい把握しておけ」

 

ブラッドレイは、リンを睨みつけているだけではなかった。

その眼は、どこを切れば剣が通るか、それを見定めていたのだ。

 

リンの腕の再生が始まる。始まってしまう。

再生と硬化は同時に出来ない。リンの頭の中に、走馬灯のように()()のグリードの姿が映った。

 

ブラッドレイが一転攻勢。リンの喉に剣が突き立てられる。首元が裂かれる。肩が貫かれる。胸を切り開かれる。腹に蹴りが入れられる。足が切り落とされる。

 

「がっ、あっ……!!」

 

為すすべなく解体されていくリン。

 

もちろん、イズミもそれを黙って見ているわけがない。

手を地面に置き、ブラッドレイへと石の手を襲いかからせる。

ブラッドレイはそれを軽々躱すと、再生途中のリンの襟元を掴み、イズミのほうへと投げ飛ばした。

 

「なっ!」

 

受け流して後ろへ放り投げるわけにもいかず、リンを受け止めるイズミ。

 

次の瞬間、ブラッドレイの剣がリンの腹を抜け、イズミの肩口までも貫いていた。

 

「かっ、は……!」

 

「つっ、うぅ!!」

 

「力無きものが、理想を語るな。お前には何も守れやしない」

 

ブラッドレイはイズミをリンごと蹴り飛ばし、トドメにイズミの手の甲と、リンの腹へとそれぞれ剣を突き立てた。二人が、苦悶の声をあげる。

 

そこへ、ブラッドレイの首元へとクナイが飛来する。首を軽く捻るだけでそれをかわし、ブラッドレイが視線を横へと向けた。

そこではフーとランファンが、その目に憤怒を滾らせ刀とクナイを構えている。ブラッドレイはそれを見て、面倒そうに鼻を鳴らしただけだ。

 

 

そのブラッドレイの背中に、声がかけられた。

 

「いつまで手こずっているのですかラース」

 

後方に立っていたのは、セリム・ブラッドレイ。その正体は、プライドと呼ばれる人造人間の長兄である。

 

「……プライドか」

 

「そろそろお父様も痺れを切らします。早く終わらせなさい」

 

「ああ、承知した」

 

「グリード、貴方は私が直々にお仕置きしてあげましょう」

 

「ハ、勘弁願うぜ、兄ちゃん……!」

 

タタ、とセリムがまだ四肢が生えていないリンの方を目掛けて走り寄る。

ブラッドレイも剣を構え、ランファンとフーに狙いを定めた。

 

ランファンが歯を噛み締めた後、咆哮をあげながらブラッドレイへと突っ込む。フーが制止しようとしたが、もう遅い。

わかっていた。ランファンも、自分がブラッドレイにとって歯牙にもかけない存在であることはわかっていた。それでも、行くしかなかった。行かなければ、またフーがブラッドレイを足止めしただろうから。そして、今度こそ斬り殺されるだろうから。自分の祖父が目の前で散るのをただ見ていることなど、出来ない。何より、自分の主人を侮辱し、嬲り殺しにしようとしたこの男を、許せない。

 

ブラッドレイは目を細めて、突っ込んでくるランファンを見ている。そして、おもむろにその剣を片手でランファンへと向けた。これは、警告。この剣の届く範囲にきた瞬間、お前の首が飛ぶぞ、と。

 

だが今更、そんなものでは退けない。ランファンがすくみそうになる足を無理やり動かして、前のめりにブラッドレイへと接近した。フーが、叫ぶ。ランファンがブラッドレイの剣の範囲に入るまで、あと2メートル、1メートル–––––––––。

 

 

 

「残念、お仕置きされるのはお前だよ」

 

 

 

場違いな、楽しげな子供の声がブラッドレイの耳に届いた。

 

次の瞬間、ラースの脇腹を、()()が貫いた。

ブラッドレイの目が見開かれる。

 

「良い演出だろう?ラース」

 

ブラッドレイの斜め後ろにいたセリム(プライド)がにんまりと、ブラッドレイも今まで見たことのない笑顔を見せる。

セリムの顔が剥がれ落ち、下からエンヴィーの狡猾そうな笑みがあらわれた。その体から伸びている腕は刃物となって、ブラッドレイの腹を貫いている。

ブラッドレイは咄嗟にエンヴィーの腕を切り落とすが、血を吐いて体をぐらつかせた。そしてその瞬間。ランファンが、ブラッドレイへと到達する。

 

 

–––––––––クナイが、ブラッドレイの左目へと突き刺さった。

 

 

 

 











難産オブ難産。
今までの中で一番難産。
あとがきでふざけたこと書く余裕なかったくらいには難産。
何が難産ってホムンクルス勢。
もう書いててキャラ崩壊してるのかしてないのかわかんなくなってきた。寛大なお心でお許しいただければ幸いです。

グラトニーは原作の最期の言葉が、食べ物や食欲に関する言葉ではなく「ラスト」だったことから、食べることよりもラストを優先する可能性もあるかな、と解釈しました。
エンヴィーもグラトニーももう少し掘り下げたいとは思いましたが、うん、キツかったんです。


グリードの弱点、というか倒し方の候補
⒈スタミナ
実は全身硬化は体力を使う。一定時間を過ぎると硬化出来なくなってしまうのだ!原作で全身硬化をあまり使わなかった理由付けも出来る!ただグリードが勝手に弱るのはちょっとダサいか……?

⒉もっかい口にブッ刺す
挑発しまくって、口を開けさせて、また口に剣を突っ込む!同じような展開だな!ダメだ!

⒊弱点はない
実は最強の盾は最強なのだ!錬金術師以外にグリードを倒す術はない!がっはっは!!……為すすべもなくやられるブラッドレイとか見たくない!却下だ!!

⒋関節が柔らかい
実は肘や膝裏などは色は黒いけど柔らかい!うん、あまり違和感もないしブラッドレイの眼の強さもアピール出来る!これだな!ただひとつ、感想欄で「最強の盾に柔らかいところはないし!」と作者が発言してしまったことが問題だ!見なかったことにしてください!行き当たりばったりマンなんです!


最後まであと、三話か四話くらいでしょうか。本当に飽きっぽい自分がよくここまで来れたものです。ひとえに皆様のおか……こういう挨拶はまだ早いですね、うん。一応完結までの展開は軽く頭の中で考えてありますが、多分修正しまくるので次話はきっと遅いです。完結させたい。応援して(直球)。
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