泥の錬金術師   作:ゆまる

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終幕

【スロウス】

 

「いやーしかし司令部は完全に潰れちまったなぁ。片付けも途方もねぇわこりゃ」

 

ガラガラと瓦礫が崩れ、巨大な何かが、ぬぅっと起き上がった。

 

「……あれ?ここ、どこだ」

 

「スロウス!なんだよ生きてたのか!」

 

人造人間の一人、スロウスだ。

 

突如現れた巨漢に兵士たちが悲鳴をあげ、その声に振り向いたエンヴィーとマスタング大佐たちがスロウスのもとへと駆け寄る。

 

スロウスが埋もれたのは、中央司令部の地面。

お父様が吹き飛ばしたのも、中央司令部。

 

地中で窒息と復活を繰り返し、ゆるやかに残りの賢者の石を減らして、ただ死を待つだけだったスロウスは、偶然にもお父様の攻撃に巻き込まれていた。

周りの地面ごと消滅し、また復活したまではよかったが、崩れた瓦礫に飲まれたまま今の今まで眠っていたのだ。

 

スロウスはあたりを見回し、ぽりぽりと頭を掻いている。

マスタング大佐が手袋をはめスロウスの動きを警戒したが、エンヴィーがそれを制しながら前に進み出た。

 

「あー、何、すんだっけ。めん、どくせー……」

 

「スロウス!もう何もする必要はないぞ。お父様もプライドもいなくなった。お前に命令する奴はもういない」

 

「……なにも、しなくて、いい?」

 

エンヴィーが視線を送ると、マスタング大佐がその意図を理解して頷いた。

 

「あぁ、ずっと寝てていい。面倒なことは何一つしなくていい。なんなら誰にも邪魔されない静かな場所もやろう。どうだ?」

 

「……もう、何も、しなくて、いい。そうか。

それは、めんど、くさく、ねー」

 

スロウスはそのギザギザな歯を剥き出しにしてニッカリと笑った。

 

 

【ラスト】

 

戦いに疲弊しながらも、皆が自分に出来ることをして後処理を始める中。

ラストがホーエンハイムへと声をかけた。

 

「ホーエンハイム、ありがとう。お父様を、救ってくれて」

 

人間たちにとって、お父様への同情の余地はなかったはずだ。仮にあのままお父様が消滅させられたとしても、ラストは納得して受け入れる心持ちだった。グラトニーにもそうなるよう説得しただろう。

だが、そうはならなかった。そのことに安堵している自分がいることに気づき、同時に親への情を失っていなかったことを少し嬉しく感じた。

 

「あぁ、気にしなくていいさ。

それに、子供にはなんだかんだで親が必要らしいからな。受け売りだけど」

 

ホーエンハイムは、人造人間たちに人間と共に生きることが出来る可能性を、未来を見た。その未来への道中に、親を殺されたという事実が残っては、(わだかま)りが生まれるかもしれない。エドワードたちが生きていく未来に、そんな憂いを残したくはなかったという、気持ちもあった。

 

柔らかく笑うホーエンハイムの胸のあたりを見て、ラストが複雑な顔をする。

 

「……話は出来るのかしら?」

 

ホーエンハイムのなかにお父様がいると言われても、どのような状態かはわからないのだ。仮にお父様の意思が完全になくなっていると言われたら、どういう反応をすればいいかわからなかった。

 

ホーエンハイムは少しの間目を瞑ると、苦笑いを浮かべた。

 

「『攻撃してきただろ』、って。拗ねてやがる」

 

「あー、それはそのー……ごめんなさい」

 

ばつの悪い顔をして、ラストが目をそらす。どう言い繕ったところで、お父様打倒の手助けをし直接攻撃もした事実は消えない。簡単に許してもらえるような虫のいい話はないだろう。

 

「でも……後悔は、してないわ」

 

「……『そうか』、だってさ」

 

「コイツと話したくなったら、いつでも会いに来るといい」と言って、ホーエンハイムはエドワードたちの方へと歩いて行った。

 

「ソラリス!」

 

「ジャン!」

 

入れ替わるように、ハボック少尉がラストのもとへと駆け寄って来る。そして勢いよくラストを抱きしめ、耳元で言葉を発した。

 

「この戦いが終わったら、言おうとずっと思ってた。

ソラリス、俺と────」

 

 

【バリー】

 

「そういえばバリーはどこへいったの?」

 

「あぁ、途中でいなくなっちまった。とんずらこいたんじゃねぇか?」

 

「……そう」

 

ハインケルの答えを聞いて、ホークアイ中尉は空を見上げる。

 

 

「……………………」

 

 

「……おっと、また意識なくなってた。ったく、話には聞いてたがこんな急にくるもんかよ。やってらんねェなァ」

 

仮初めの肉体の拒絶反応。

人形たちと戦っている最中にそれを感じたバリーは人知れず抜け出し、中央の街並みの屋上であぐらをかいていた。

 

「……ま、十分か。もともと延長戦みたいな命だったしな。ラストの肉も切れたし。人形どもはちっとばかし消化不良だったがなァ」

 

肉切り包丁を空に翳し、その刃を煌めかせる。

 

「なかなか楽しかったぜェ。あーあ!!最後に姐さんの肉切りてェなァ〜!!げひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

下卑た笑いは誰に聞かれることもなく、空に溶けた。

 

 

【ラース】

 

「今回の件は軍上層部による錬金術の大実験。ブラッドレイ大総統は祭り上げられた傀儡であり、一切の決定を部下に任せていた。家族を人質にとられた大総統に為すすべはなかった。そういうことになりました」

 

ブラッドレイが捕えられた牢の前で、ホークアイ中尉が淡々と告げる。

 

「……少々都合が良すぎるのではないか?」

 

「だが、これで夫人たちに危害が及ぶことはないだろう」

 

マスタング大佐も静かな口調で話す。

もしブラッドレイ大総統が一連の事件の主犯格であることがわかった場合、ブラッドレイ夫人にも国民の敵意が向いてしまう。

少なくとも普通の暮らしは出来なくなるだろう。

それがブラッドレイ大総統にもわかったのか、軽く目を伏せ、俯くように頭を下げた。

 

「……感謝する」

 

「礼は夫人に言うといい。毎日面会に来ると言っていた。

とにかく今は、裁かれるのを待つといい」

 

そう言うと、マスタング大佐とホークアイ中尉は牢屋の前から去っていった。

他に誰もいない牢屋で一人、ブラッドレイがくつくつと笑う。

 

「人間に救われ人間に裁かれる、か。まぁ……悪くない気分だ」

 

 

【メイ】【スカー】

 

「スカーさんは、これからどうするんですカ?」

 

「ドワームスが、マスタングにイシュヴァールの閉鎖地区の解放、難民たちの呼び戻しなどの政策をやらせると言ってな。己れの仕事は散らばったイシュヴァール人たちをまたイシュヴァールに集めることだ」

 

「……スカーさんは、そノ……全部終わったらマーシュさんを破壊するとか言ってましたけど、まだそのつもりですカ?」

 

スカーは左腕を見つめ、その拳を握りしめた。

 

「……今の己れには、破壊する以外の選択も出来る。少なくとも、奴がこの国の『正の流れ』であるうちは、それを断ち切ることはしない。……兄者もきっと、それを望んでいる」

 

「……そうですカ」

 

「メイはどうする?」

 

「私は自分の国に帰りまス。結局不老不死に携わるものは手に入れられませんでしたけド……。さっきリン・ヤオがきて言ったんでス。『お前らのことも全部守ってやる』っテ。……なんか、しっくり来ちゃったんでス。この男なら出来る気がするっテ。その言葉を、信じてみまス」

 

「そうか……。そちらの国の情勢が落ち着いたら、また来い。ドワームスじゃないが、飯でも食おう」

 

「はイ!……あれ、そういえばヨキさんはどこニ……?」

 

「合成獣たちと新しい事業を始めるとか言っていたな。まぁ、奴ならどこでもしぶとく生き残っていけるだろう」

 

スカーが薄く笑うと、メイもそれに合わせてあははと笑った。

 

 

 

【グリード】【リン・ヤオ】

 

楊枝でシーハーシーハーと歯をつつきながら、腹をパンパンに膨らませたリンが道を往く。

 

「いやー、ご飯おいしかったネ!マーシュも太っ腹ダ!」

 

『店主泣いてたぞ』

 

依然その体内には賢者の石が秘められており、グリードも体を共有中である。二人で話し合い、特別な用がない限りは日中がリン、夜中はグリードが体の主導権を得ることになっていた。今はリンの番だ。

 

「んで、グリードはまだ諦めてないのカ?」

 

『あ?何をだ』

 

「世界の王になるとか言ってたロ」

 

『あー、当たり前だろ。どうせなら目標はデカくだ。

手始めに、シンの皇帝だ』

 

「ハ、皇帝が()()カ。強欲だな、ホント」

 

『がっはっはっ!!誰にもの言ってやがる』

 

側から見ると一人で楽しげに笑っているだけのリンの横に、仮面をつけた黒装束が二人降り立つ。

 

『若、そろそろ出発を……』

 

『ああ、わかってる。いやぁ、それにしてもこの国には本当に世話になったな。ランファンもちゃんとマーシュとかにお礼言ったか?』

 

『え…………も、勿論デス!』

 

『ランファン』

 

『あ、ぅあ……行ってきます……』

 

しばらくして帰ってきたランファンの手には、可愛らしい白黒の熊猫(パンダ)の仮面が握られていた。ランファンはしばらく抵抗していたが、面白半分のリンの命令によって仮面を着けるときはこちらを装着しなければいけなくなったようだ。

 

 

 

 

【アルフォンス・エルリック】

【エドワード・エルリック】

 

「いただきます!」「まーす」

 

「エド、いただきますはしっかりだな──」

 

「あー、はいはい、いただきます!」

 

ハムエッグの乗ったトースト、ポタージュ、牛乳。

なんてことない普通の朝食。なんてことない、普通の親子の食卓。

そのなんてことない食卓を、ホーエンハイムはどれだけ待ち望んでいたことか。

約束の日が終わってから、もう何度もこんな朝を過ごしてきたはずなのに、まだ『当たり前』の実感が湧かない。

 

「ぐぎぎ……。なぜ今日もこの白いこんちきしょうが……」

 

「兄さん、僕に身長抜かれてもいいの?」

 

「やだ!!!飲む!!」

 

ホーエンハイムの目にうっすらと涙が浮かぶが、それをごしごしとこすり、少し前のめりになってその眼鏡を光らせてエドワードへと喋りかけた。

 

「それでエド、ウィンリィちゃんにはいつ告白するんだ?」

 

「ぶぼぶっ!!」

 

エドワードの口と鼻から白濁液が溢れ、しばらく咳き込んだ。アルフォンスが雑巾を持ってきて机を拭く。

 

「こここくははくとか、何言ってんだクソ親父!!しかもこの朝っぱらから!」

 

「早めに言わないと、誰かに先越されても知らないぞ。俺とトリシャの時はな、俺が猛アタックをかけて──」

 

「だぁー!!!うるせぇうるせぇ!!」

 

朝食の残りを口の中にかっ込み、「ごっそさん!!」と言ってエドワードはデンを連れて外へと飛び出していった。

 

「父さん、突拍子なさすぎ……」

 

「いや、でも気になるじゃないか……」

 

ホーエンハイムが、コーヒーを啜りながらアルフォンスへと向き直り、口を開いた。

 

「で、アル、いつ出発するんだ?」

 

虚をつかれたようにアルフォンスが目を丸くして、口の前のトーストを持つ手が止まった。

 

「……気づいてたの?」

 

「なんとなくな。というか、お前たちがこのままずっとリゼンブールでじっとしてるとは思えないし」

 

「……救えなかった女の子のことが、頭から離れないんだ。だから二人で話し合って、決めた。兄さんが西回り、僕が東回りで国を回る。二人で東西の知識を持ち寄れば、錬金術で苦しんでいる人たちを救えるかもしれない」

 

強い決意を秘めた顔つきでアルフォンスが語るのを、ホーエンハイムは黙って聞いていた。そして目を閉じ、うんと頷く。コーヒーを飲み切ってカップを置き、アルフォンスを真っ直ぐに見据えた。

 

「そうか。よし、俺も行こう」

 

「えっ」

 

「あと行くなら三人で一緒にだ。じゃなきゃお父さん許しません」

 

「えっえっ」

 

困惑するアルフォンスを前に、ホーエンハイムが笑う。

 

「……こんなに苦労して、一緒になれたんだ。もうしばらく一緒に過ごしたって、バチは当たらないだろ?」

 

「……そっか。うん、そうだよね。

 

でも兄さんがなんて言うかなぁ……」

 

「ごちそうさま」

 

ホーエンハイムが立ち上がり、腕まくりをしながら外へと出て行く。

そこではエドワードがデンにボールを取ってこさせて遊んでいた。

 

「エドワードゥ!キャッチボールか!俺も付き合ってやるぞ!!」

 

「ぎゃあクソ親父!なんだいきなりぃ!!」

 

「……ははっ!

 

よし、僕もやる!」

 

アルフォンスも牛乳を飲み切り、走って二人の元へ走り寄る。

 

二階で機械鎧の整理をしていたウィンリィとピナコに、外から賑やかな親子の戯れが聞こえ、二人は顔を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

【ゾルフ・J・キンブリー】

 

「キンブリー殿!いやはや本日も素晴らしい活躍でしたな!」

 

「……そうですねぇ」

 

「これはもうキンブリー殿だけでも制圧できそうですわ!がははは!」

 

「……ふぅむ」

 

「キンブリー殿?どうされました浮かない顔をされて」

 

「前よりもずっと良い音を奏でられるようになった。なったはずなのに、どうにも渇く。求めているものが違う……?いや、彼との戦いで燃え尽きてしまった……?」

 

アメストリス国ではどう足掻いても大罪人のため、外国へと高飛びしたキンブリー。そこで傭兵として他国との戦争に参加し、さらりともう一つ隠し持っていた賢者の石で猛威を振るっていた。

 

しかし、敵兵を屠った数が4ケタを超えたところで違和感を感じた。

崩壊させた敵の拠点の数が、両手の指で数えられなくなったところで無性に虚しくなった。

国家予算レベルの金を積まれようと、兵たちから英雄と称えられようと。

キンブリーはもう見てしまった。世界を終わらせるほどの存在を。諦めることなくそれらに抗う者たちを。信念と信念のぶつかり合いを。

 

「き、キンブリー殿?」

 

「雇われの用心棒をやっている程度じゃ満たされやしない。

もっと、極限の……それこそ一国を相手にするような……」

 

 

「よし。決めました」

 

合点がいったというようにパンと両手を合わせるキンブリー。

そして近くにいた男の顔を機械鎧の右腕で掴む。

 

「んぼっ、きんひゅひーどほ、ひゃひほ……」

 

最後まで言い終わらぬうちに、男の顔が爆ぜた。

 

原型こそ残っているものの、顔面が真っ黒に焼け焦げた男が倒れ臥す。

右手の()()をハンカチで拭き取りながら、キンブリーは笑みを浮かべて歌い上げるように宣言する。

 

「果たしてこの国は、私という外敵を排除することが出来るでしょうか。新しい生存競争の始まりです」

 

国家を揺るがす未曾有の大犯罪者の誕生は、もう少し先の話。

 

 

 

 

 

【マース・ヒューズ】【ロイ・マスタング】

【エンヴィー】【グラトニー】

 

「パパー、セリムくんと遊んできていい?」

 

「………………………………あぁ、もちろん!」

 

「長いな」

 

数年足らずでエリシアと同じほどの背の大きさに成長したセリムをギリギリと睨みつけながら、ヒューズが拳銃の安全装置をカチカチと鳴らす。

 

「エリシアちゃんに手出したらあの眉間のポッチ撃ち抜いてやる……」

 

「新たな火種を生み落とそうとするな。見境なしか」

 

「だってよぉ!!最近エリシアが『パパとハグするの恥ずかしい』とか言い出してよぉ!!」

 

血の涙を流すヒューズの顔に影が差す。見上げるとエンヴィーが骨つきのチキンを齧りながらヒューズの頭に肘を置いていた。

 

「父親ってもんの嫉妬は見苦しいんだなぁ」

 

「……お前がそれを言うか、エンヴィー」

 

「やっほ」「どうもッス」「御機嫌よう」

 

「ハボック。それにラストか。しっかりと仕事はしてるか?」

 

「まぁね」

 

マーシュの進言により、エンヴィーとラスト、グラトニーはイシュヴァールの復興に一役買っていた。

 

彼らが侵した悪事は、けして許されることでない。

しかし今の彼らにはそのことに対する後ろめたさ、居心地の悪さ、つまりは罪悪感があった。

 

ゆえにマーシュはその償いとしての仕事を斡旋したのだ。

 

ブラッドレイと違い、彼らはまずその存在すらあまり知られていなかったのだ。知っている僅かな人間はほとんどが命を落としたか投獄された。

つまり、彼らの罪を知るものは『約束の日』の戦いに参加していた者たちの中の一部のみ。マーシュは、その者たちが皆納得するまではこの国の人間のために働け、と提案した。ノルマや期限は一切定められていない、曖昧な基準だ。ただただ自分たちの反省の意を示し続けろというその指示を彼らは承諾し、今日まで毎日働き続けている。

 

どんな硬さの土でも鉄でも切断できるラスト、怪力のグラトニー、どんな型でも道具でもその腕で作れるエンヴィー。たった三人で、町が出来るほどの建物や道路を作ってきたのだった。

 

「んー、おいしー」

 

「グラトニー、ほどほどにしろよー」

 

並べられた食事を片っ端から口に運んでいくグラトニーに、ハボックが声をかけた。

 

「グラトニーの様子はどうだ?」

 

「あぁ、まだ色々試してる最中っすわ。まだ肉のほうが好きなのは変わらないっす」

 

雑食動物などは、特定の食物を食べ続けることでそれしか摂取しなくなるらしい。ということで現在グラトニーの食料を、大量に食べられても困らない物に特定しようとしている最中だ。

グラトニーが好きだと言う柔らかくておいしい肉は無限に用意出来るはずがない。いざとなれば辺りの木や岩でも食べられないことはないが、明らかにグラトニーの機嫌が悪くなるため、それは最後の手段だ。なので、グラトニーが満足する且つ、大量生産が容易なものを模索中なのだ。

 

「一応軍の経費でグラトニーの食費をいくらか払ってくれるとはいえ、足りない分は俺持ちなんで、早く見つけねぇと……」

 

「ふはは、コブ付きは辛いな」

 

「んで、マーシュ・ドワームスは?」

 

エンヴィーがキョロキョロと見回しながら口を開く。

 

「奴ならもう控え室だ。アームストロング家の使用人たちが無理やり連れていった」

 

「しっかしまぁ、あの氷の女王を落とすとはなぁ。どんな口説き文句を使ったんだか」

 

ハボックたちが酒を片手間にマスタングたちの隣に座る。

 

「いやいや、どうやら少将のほうから猛アタックして、この前ようやく奴が折れたらしい。最後の方はもはや脅迫だったって噂だ」

 

「マ、マジすか……」

 

あのおっかないのに迫られれば色んな意味ですぐに落ちそうだ、とハボックが冷や汗を垂らす。

 

「へぇ、アームストロング少将、仲良くできそうね」

 

「うちの大将も早くゴールインしちまえばいいのになぁ」

 

「遊んでるくせして本命に対しちゃ奥手なんだよコイツ」

 

「よーしそこに並べ貴様ら!二階級特進させてやる!」

 

「はぁ〜あ、アンタら祝いの席くらい騒がずにいられないワケ?」

 

人造人間に常識を説かれ、マスタングが苦笑しながら椅子へと坐り直す。

その後はマスタング組が皆集まり、やいのやいのと近況について語り合うこととなった。

 

 

【マーシュ・ドワームス】

【オリヴィエ・ミラ・アームストロング】

 

「次はアームストロング家のご来賓、ゴルトー様のご挨拶で────」

 

式が始まってからずっと号泣しているアームストロング少佐を尻目に、アームストロング家に取り入るための機会を逃すまいとやってきた上流階級の者たちのどうでもいい世辞を聞き流す。

ふとオリヴィエが横を見ると、マーシュがオリヴィエのほうをじぃっと見ていた。

 

「……何を呆けている、マーシュ」

 

「いやー、俺がこんな美人と夫婦になれるのかと思うと、な」

 

「ほざけ。本当にそう思うならとっとと婚姻を認めてくれればよかったものを。何が『まずはお付き合いからお願いします』だ。お前が認めるまで、私がどれだけ家族にせっつかれたか。毎晩妹から進展を聞かれる、家の者が常にこちらの動向を物陰から覗いている、それに」

 

「わ、悪かったよ。だって結婚とか考えたことなかったし」

 

「それに私も……色々と、焦るだろうが。他人が決めた適齢期などはどうでもいいが……お前がもしかすると、本当は嫌がっているのではないか、と……」

 

オリヴィエがそこまで言うと、何を思ったか突然マーシュがガタンと大きな音を立てながら立ち上がった。スピーチ中の男性が、アームストロング家の者たちが、式の参加者たちが皆、目を丸くしてマーシュをみた。マーシュはそれを見回すと、会場中に響き渡る声で演説のように喋り始めた。

 

「大変申し訳ありませんご来賓の方々!勝手ながらこの後のプログラムを変更させていただきます!

 

俺は、決して適当に結婚を決めたくなかった。他人に強制されたり、流されてなぁなぁでなんてもってのほかだ。だから、よく考えた。これは、俺が考えて俺が出した結論だ。最高に魅力的な女性、オリヴィエに応えると。

 

病める時も健やかなる時も!富める時も貧しい時も!あと、えー、いついかなる時でも!!オリヴィエ・ミラ・アームストロングを愛するとここに誓う」

 

皆と同じく目を丸くして聞いていたオリヴィエだったが、マーシュの最後の言葉を聞いてその頰を緩めた。席を立ち上がり、ツカツカとマーシュの元へと歩み寄って、白く輝くグローブをはめた手でマーシュのネクタイを掴んだ。

 

「────ああ、私もマーシュ・ドワームスを愛すると誓う」

 

それだけ言うと、ネクタイを引っ張りマーシュの顔を無理やり自分へと寄せた。

唐突で野蛮な、あんまりにもあんまりな誓いの口付け。

それでも友人達からは大きな歓声と拍手が起こったのだった。

アームストロング家とのコネだけでやってきていた来賓達は、前代未聞、破天荒な結婚式のせいで目を白黒させていた。

 

格式ばった式は終わりを告げ、そこからは皆が好きなように喋り飲み食い踊り遊ぶ、宴会が始まる。

金髪おさげのバッカニアとシグとアームストロング少佐の筋肉対決、酔ったイズミがそれをちぎって投げ、ホーエンハイムやヨキが巻き込まれて下敷きになり、マルコーやノックスがそれを苦笑しながら手当して。ラストとハボックはマーシュたちに触発されたのか誓いの口付けごっこを始め、更にそれを見て結婚式ごっこを始めようとしたエリシアとセリムにヒューズが銃を構えながら突進しようとしてグレイシアにはたかれて。キャスリンに美辞麗句を並べているマスタングを見てホークアイが溜息をついて。大食い対決を始めたリンとマーシュの前の皿をグラトニーが全てたいらげて。メイが細い棒の上で曲芸をして。エンヴィーがこっそりとその棒を蹴倒して。スカーの頭の上にメイの持っていた皿やら球やらが落っこちて。落っこちるメイを咄嗟に受け止めたアルフォンスに対して、メイの目がハートになって。酔っ払ったウィンリィにエドワードがスパナで殴られて。

 

はちゃめちゃなどたばた騒ぎだ。

でも。

この場の誰一人として、この宴に不満を持つ者はいなかった。

皆が、楽しげだった。

 

マーシュはオリヴィエと共に、酒をエドワードの頭にぶっかけながら笑うのだった。

 

 

 

【ヴァン・ホーエンハイム】【ホムンクルス】

 

「トリシャ。エドワードに子供が産まれた。男の子でな、目つきがエドワードにそっくりで、笑っちゃったよ。……お前と結婚した時。エドワードが産まれた時。アルフォンスが産まれた時。二人とまた暮らせた時。毎回『もうこれ以上の幸せはない』って感じてたが、まだあったみたいだ」

 

『……ずっと前から思っていたが、事あるごとに墓に話しかけるのはなんなんだ?自己満足のためか?』

 

「まぁ、そうだな。あとは自分の気持ちの整理だ。こうやって定期的に吐き出したほうがいいんだ」

 

『ふぅむ、そんなものかね……』

 

そう話すホーエンハイムの姿は、()()()()()

ホムンクルスを体に閉じ込めたままにするのは負担が大きかったらしく、ゆっくりと、だが確実にホーエンハイムの体は衰えていた。

僅かに残った賢者の石(友人)が、ホムンクルスの自由を奪ってはいたが、それもじきに出来なくなることだろう。

 

しかしホムンクルスにはすでに、ホーエンハイムをどうこうする気はなくなっていた。

 

エドワードとアルフォンス、その友人たち、そして人造人間(ホムンクルス)たち。

彼らと過ごした月日は、ホムンクルスにも変化をもたらした。

 

『…………人間が、家族だとか、仲間だとか……そういうコミュニティを築く理由、少しわかった気がする』

 

「へえ?」

 

『少なくとも、ここ数年は悪い気分ではなかったよ。ヴァン・ホーエンハイム。血を分けた家族よ。私は……』

 

黒いもやもやが、迷うように揺れる。見ていて飽きないエドワードやマーシュ。何度もやってきては、最近あったことを楽しそうに報告するラストやグラトニー。たまにやってきては、軽い皮肉などを叩きつつ、こちらの様子を聞いてくるグリードやエンヴィー。ラースやプライド……いや、セリムもしばしばやってきて食卓を囲んだりした。

今の状態でホムンクルスに出来ることは何もなく、不自由極まりない。そのはずなのに、どうしても不幸とは思えないのだ。何かが、満ちていくのを感じて。

 

『私はお前たちと出会えて、よかったと、思う』

 

「……捻くれ者のお前が、素直になったもんだなぁ」

 

『やかましい。ほれ、今日はスロウスの様子を見にいくのだろう。早くしろ』

 

「はいはい」

 

駅の方へと歩き始めるホーエンハイム。

彼が立ち去った後の墓には、花が二本、置かれて風に揺らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

いつかどこかの、誰かの記憶。

 

 

「どーん!」

 

「ぶべっ!」

 

彼は、子供二人に勢いよく押されて坂を転げ、下にあった沼へと音を立てて落ちた。

 

「いえーい成功ー!」「あはははは!!ぶべだって!」

 

「……お前らなぁ……おりゃあ!!」

 

全速力で坂を駆け上り、子供二人を抱きかかえる。彼についた泥が子供たちの服にも染み込んでいく。

 

「きゃー!どろどろー!」「ごめんなさいパパ、あははは!!」

 

「お前らも道連れだ、ママに怒られろ。剣のお稽古が倍になるかもな?」

 

「ぴえっ」「そ、それはかんべんパパー!」

 

彼は口では怒りながらもどこか楽しげで。

 

「ったく、こういうのはアレックスとかエドワードにやれ」

 

「はーい」

 

二人を下ろして、彼らは手を繋いで家への道を歩き始める。

 

「ねえパパー」

 

「んー?」

 

「私たちね、やっぱりパパみたいな錬金術師になりたい」

 

「なんでだ?」

 

「錬金術師について、色々聞いて回ったんだ、僕たち。パパのお友達、そのまたお友達、軍人さん、錬金術師さんとかに。イシュヴァール殲滅戦、のことも聞いた」

 

「『一番えぐかったのは泥の錬金術師』だって。マスタングさんも、アレックス叔父さんも、パパも、錬金術でたくさん人を、ころしたって」

 

「それ聞いても、まだなりたいと思うのか?」

 

「僕たちは、錬金術の良いところも悪いところも知ったから。もう錬金術のダメな使い方しないもん」

 

「パパもそうでしょ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「だから。僕たち、錬金術で人を助けたい」

 

「……それが自分たちで考えた結果か?」

 

「「うん」」

 

「ならよし。全力で応援してやる。まずはママに報告だな。

……そんじゃあいっちょ、家まで競争だ!はいスタート!」

 

「あー!ズルい!」「待て待てー!」

 

走り出した彼を子供たちが楽しそうに追いかける。

 

 

服についた泥は、もう乾いて固まっていた。

 

 

















お前たちのおかげで……やりごたえのある人生であったよ……

というわけで、『泥の錬金術師』完結です。

皆さん予想ついてたでしょうか?敵味方いっぱい生存ルートです。
さすがに雑に生かしすぎました。
心残りは、グリードの仲間たちを救えなかったことです。
『終戦』の時点で「あー人造人間組全員生存させれるかなぁ」みたいなことを思い始めたので、その時にはもうどうしようもなくなってました。
やっぱり最初にテーマとか決めるべきですね。反省。
先生も「着地点決めとけばなんとかなる」とおっしゃってます。
次に生かしたいです。

何度も何度も言ってますが、私は本当に飽きっぽい人間なので、ここまで書き切ることができたのは読んでくださった皆様のおかげです。特に感想は一番力になりました。本編読み返した回数より感想読み返した回数のが圧倒的に多いです。本当にありがとうございます。

さて、一応次回作の案を活動報告のほうに書いてるんですけど、特にアンケートとかは採っていません。というか八割方、次に書くものは決めています。
この最終話が遅くなったのも、そっちをちょろちょろ書いてたからだったり……。

というわけで、いつになるかはわかりませんがまたそのうちお会いできると思います。
なるべく早く会えるよう頑張りますね。

泥の錬金術師を読んでくださった皆様と
鋼の錬金術師に感謝を。
ありがとうございました。

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