「「マスタング大佐!?」」
「焔の、錬金術師か……!!」
エルリック兄弟、マーシュとも知り合いである彼は、ロイ・マスタング大佐。爆炎を操る錬金術を使うことから焔の錬金術師と呼ばれている、国家錬金術師である。
横に立っている女性は、彼の右腕を務めるリザ・ホークアイ中尉だ。
そして、マスタング大佐とホークアイ中尉を中心に、袋小路の入り口は東方軍がぐるりと囲まれていた。
「おぉ、ロイか!久しぶりだな!ちょっと見ない間にまーた凛々しくなっちゃって!あ、この後暇だったら飯食うか?」
「……貴様はまったく変わっていないようだな、それも何よりだ。悪いが予定はギッシリ詰まっていてね。なぁ、スカー」
のん気に笑っているマーシュをじとりと睨み、拳銃をホークアイ中尉に投げ渡しながら、マスタング大佐が続ける。
「一連の国家錬金術師殺人事件の容疑者……だったが、これで確定したな。それと、タッカー邸の殺害事件も貴様だな?」
マスタング大佐の言葉にエドワードの表情が変わる。アルフォンスもその目に揺らぎが見てとれた。そしてマスタング大佐が錬成陣の描かれた手袋をはめる。
「大人しく投降したまえ。抵抗するなら焼き払う」
「焼き払うってロイ、雨の日は火花出せないじゃんか!出来ないことは言うもんじゃないぞー!」
「ホントに貴様は変わってないなドワームス!!黙ってろ!!」
素なのか煽りなのかわからないマーシュの茶々にマスタング大佐も青筋を立てて怒鳴る。そう、普段は恐るべき威力のマスタング大佐の爆炎は、火花を起こせなければ出すことが出来ないのだ。
「焔の出せない焔の錬金術師がわざわざ出向いてくるとは好都合この上ない!泥、鋼、焔、国家錬金術師は全員滅ぼす!!」
周囲を敵に囲まれているにも関わらず、スカーのその目には微塵も恐怖はなく、闘志、そして憎しみをさらに燃えたぎらせていた。
「やってみるがよい」
しかしそこに横から拳が振るわれる。とっさにかわすスカー。
そこには筋骨隆々、拳に錬成陣を描いた手甲をつけた、大男が鼻を鳴らして立っていた。
「ふぅむ、吾輩の拳をかわすとはなかなかやりおる……。吾輩こそ!『豪腕の錬金術師』アレックス・ルイ・アームストロングである!!国家錬金術師を全員滅ぼすと言ったな。ならばまず!!この吾輩を倒してみせよ!!」
「次から次へと……」
アームストロング少佐が地面を殴りつけると、スカーに向かって地面から棘が襲いかかる。それを難なくかわすスカーに、ホークアイ中尉が銃で追撃を行う。スカーはそれすらも素早くかわし、アームストロング少佐に攻撃を与えようとして、
その横面にどこかから飛んで来た靴が直撃した。勢いよくスカーのサングラスが吹き飛ぶ。
「ヒィィィット!!見たかよ俺の強肩!」
見ると片足立ちでガッツポーズを決めているマーシュの姿。どうやら先ほどのゴミ袋の中から適当に投げてきたようだ。
「貴様は、どこまでも……!!」
それを睨みつけるスカーの目の色は、燃えるような赤だった。
その目を見たその場の全員の顔色が変わる。
「褐色の肌に、赤目……。イシュヴァールの民か」
マスタング大佐が嫌なものを思い出したような顔をしながら呟く。
ホークアイ中尉や、アームストロング少佐も同様の面持ちだ。
「流石にこの数相手は分が悪いか……」
そう呟いたスカーはマスタング大佐を睨み、アームストロング少佐を睨み、振り返ってエドワードを睨み、最後にマーシュを憎々しげに睨むと、右手を振り上げた。
警戒した軍兵たちが銃を構える。だが、スカーの後ろにはマーシュやエドワードたちがいるため、撃てない。
そしてスカーが右手を地面に叩きつけると、周辺の地面が勢いよく陥没した。
「うひゃあ!落ちるぅー!!」
巻き込まれて地面に飲み込まれかけたマーシュだが、エドワードが壁から土の手を伸ばして拾い上げる。
土煙が晴れたとき、そこにスカーの姿はなく、あったのは下水道へと繋がるであろう、地面に空いた大きな穴だけだった。
「くっ!逃すな!追え!」
マスタング大佐が指示すると、兵士の半分ほどがどこかへと走っていった。
「災難だったわね、エドワード君達」
いつの間にか近くにきていたホークアイ中尉がエルリック兄弟に声をかける。
「マーシュさんは……日頃の行いのせいかしら」
「そりゃないぜリザっち。俺は人助けが趣味の根っからの善人だからな」
「その呼び方はやめてちょうだい。笑えない冗談もね」
肩をすくめながら舌を出すマーシュを無視して、ホークアイ中尉はエドワードにコートをかける。
そこでようやく緊張が解けたのか、エドワードがぶはぁーーーと息を吐いた。
「アル、俺たち、生き延びたな」
「うん、2人で元の体に戻るって約束したしね。その過程に誰かを犠牲にしたくない、とも」
「ああ、マーシュ……さん、本当にすまなかった。それと、ありがとう」
「さんはいらん、それと謝罪もいらん。礼だけ受け取っておく。俺ももっかい言っとくわ。ありがとう、助かった」
そう言って、マーシュはエドワードとアルフォンスに両手を差し出した。エドワードとアルフォンスは顔を見合わせ、くすりと笑ってから、マーシュと固い握手を交わしたのだった。