幸いエドワードの怪我は酷くなく、多少包帯を巻く程度で済んだ。
だが念のため安静にするように、と医師から注意され、病院から解放された。
現在は事情聴取ということで、東方軍司令部の一室、恐らくマスタング大佐の執務室にマーシュ、エルリック兄弟ともに集められ、今後のスカーへの対応を話している最中だ。
「……というわけで、くれぐれも奴には気をつけるように。なりふりかまわん人間ってのは一番厄介で、怖ぇぞ」
マスタング大佐の同期であり親友の、マース・ヒューズ中佐がそう締めくくってスカーの話は終わった。
「うっし、じゃあオレらは機械鎧を直しにリゼンブール行ってくるよ」
「許可できないな」
エドワードの発言をマスタング大佐がバッサリと斬る。
伸びをしたままエドワードが固まる。
「なんでですか?」
「まだ凶悪殺人犯がこの辺をうろついているのかもしれんのだぞ?少なくとも奴に狙われているドワームスと鋼のは軍の目の届くところにいてもらう」
「…………え、俺も?」
どこかから買ってきたパイを頬張ろうとした体勢のまま、マーシュも固まる。
「でももう右腕上がんないし、とっとと直したいんだけどなー……」
「……軍の目が届けばいいんだろ?じゃ、護衛でもつけたらどうだ。ついでに俺とエドたちが一緒に行動すればそっちの手間も減るだろ?」
マーシュが人差し指を立てながら提案した。
このままでは軍の施設で窮屈にしばらく過ごさなければいけなくなる。
それだけは回避したい、というのがマーシュの本音だった。
「ふむ、なるほどな。だが貴様は閉じ込められたくないだけだろう」
そしてその考えはマスタング大佐にも簡単に読まれていたようだ。
しかしおそらくマーシュもエドワードも大人しくしていろと言われて大人しくしていてくれるほど聞き分けはよくないだろう。
それもよくわかっていたマスタング大佐は、一つ大きなため息をつく。
「……まぁ、いいだろう。こちらから護衛をつける。スカーの居場所がわからないうちはな」
「はい、わかりました!」
「しゃーねーなー……」
「軍がとっととスカーを捕まえてくれたらそれで済むんだけどなー!」
三者三様の返事を返し、明日リゼンブールへと旅立つことになった。
今日のところは三人は軍の施設で過ごす、ということで、三人は一緒に軍の食堂へとやってきた。
「お?おー!もっと質素なのを想像してたが、結構豪華じゃねーか!」
「おばちゃーん、からあげある?からあげ!」
「……なんか兄さんが2人に増えたみたいだなー」
騒がしい2人を静かに見守るアルフォンス。彼の気苦労はこれからまだまだ増えることだろう。
「んじゃ改めて自己紹介でもしとくか。マーシュ・ドワームス。一応国家錬金術師で、泥の錬金術師って呼ばれてる」
ようやっと席につき、マーシュはフライドチキンをかじりながら言う。スカーの件で忙しいのか、食堂にはマーシュたち以外に人はいないようだ。
「泥……悪い、聞いたことないな」
エドワードがステーキを切りながら少し申し訳なさそうに応える。
「ははっ、まぁそうだろうな。活動なんてほぼしてないし。査定の時だけちょっとレポート書けば大金くれる、国家錬金術師てのは良い仕事だよな」
「じゃあマーシュはお金のために国家錬金術師に……?」
アルフォンスは特に何も食べずに席に座っている。何も食べないのか、とマーシュがさっき聞いたが、食欲がないらしい。いまだ鎧の下の姿も見ていないし、謎が多いな、とマーシュは好奇心がこもった目でアルフォンスを見ている。
「まぁ、そうだな。生活費のためだな。一つの場所にじっとしてられない性分だから、定職につくのも面倒なんだ。ある程度の時間が過ぎたらまた旅に出る、その繰り返しだ」
「色んなところを旅してるのか……。じゃあさ、賢者の石って聞いたことないか?」
モグモグと口を動かしながら喋るのを、横のアルフォンスが「ちゃんと飲み込んでから話しなよ兄さん」と注意する。
口の中のものを水で奥に流し込み、ゴクンと飲み込んでからマーシュが首を傾げる。
「賢者の石、ね。なんでそんなもん欲しがるんだ?」
「……俺のこの手足を治したいんだ」
エドワードが目を伏せながら答える。そしてアルフォンスのほうをちらりと見た。
そしてその視線の意味をマーシュは考えた。
「……もしかしてアルのほうも何か抱えてるのか?」
その言葉にエドワードがぐっと言葉に詰まる。
わかりやすい奴だな、とマーシュはフ、と笑みを浮かべる。
「兄さん、マーシュには話してもいいと思う」
「そう、だな。こっちの事情も話さずに情報だけくれってのもズルイ話か」
そしてエドワードはマーシュをまっすぐと見つめた。
「オレたちは、人体錬成しようとした」
ーーー
「お袋さんを蘇らせようとして、エドは右腕と左足、アルは体丸々なくした、か。お前らなかなかロックな生き様してんなー」
「それで、ボクたちは今賢者の石を探しているんです」
アルフォンスがそう締めくくり、エドワードが深く息を吐いた。
マーシュは腕を組み、少しの間瞑目し、そしてゆっくりと目を開いた。
「ん、事情はわかった。そういうことなら俺も協力する。賢者の石な、使ったことがある」
さらりと話された内容に対し、エドワードたちの脳が一瞬思考を止める。
一拍置いて、2人はガタンと立ち上がった。
「「本当(です)か!?」
「イシュヴァール殲滅戦でな。軍からこれを使えって石を渡された。真っ赤な、こんぐらいの大きさの石だ」
マーシュが指でサイズを示す。5cmくらいだろうか。
「軍が……?続けてくれ」
エドワードは慌ててポケットからメモ帳を出し、マーシュが言った内容をしたためていく。
「軍曰く、これは錬金術の増幅装置だ。まだ実験段階なので、実戦でデータが取りたい、ってな。半信半疑で適当に錬成したら、とんでもない威力になった」
いやぁあれはビックリした、とぼやきながらマーシュが水を飲む。
エドワードたちは前のめりになり、早く続きを、と無言で急かしていた。
「軍から言われた仕事をこなした後、石は回収された。離れてく時に、賢者の石がうんぬん言ってたから多分あの石が賢者の石なんだと思う」
エドワードが、ごくりと唾を飲み込む。思わぬところからこんなに賢者の石についての情報が貰えるとは思っていなかった。これは石の居場所も、もしかしたらもしするかもしれない。そんな期待にわずかに胸をふくらませながら、エドワードがさらに前のめりになる。
「ち、ちなみにその石は誰が持って行ったとか……」
「顔も知らん学者風の男たちだ。名前も行方も知らん」
エドワードががっくりと肩を落とす。
「だ、だよなー。いや!石は軍にある、色は赤くて小石ほどの大きさ!ここまでわかっただけでも今までと桁違いの成果だ!!ありがとうマーシュ!」
しかも軍にあるというのはなお好都合。なんたって国家錬金術師は軍属、少佐相当官なのだ。軍の内部を探すのも難しくはないだろう、とエドワードは目を輝かせる。
「アルフォンス!これで元の身体にぐっと近づいたぞ!」
「やったね兄さん!本当にありがとうございます、マーシュ!」
「ああ、あとアル、敬語もやめてくれ、むず痒い」
手放しに喜ぶ2人を見て、マーシュは顔を綻ばせる。
この2人の喜びように水を差したくないな、と賢者の石を使った感想は言わないことにした。
もとより曖昧で主観的な感覚だ。
言う必要はないだろう。
使った時に、何か嫌な感じがしたことなんて。
余談ですが、マーシュの名前は
沼地、湿地という意味のmarshからマーシュ
ドワームスは、沼地、水浸しにする、沈没するという意味のswampから
swampをひっくり返す⇨dwams⇨ドワームス
となりました。
割と適当に決めた名前ですが、語呂も響きもなかなか良いではないか、と満足してます。
それと、一話ごとの文字数がなんか少ないなと思ったので
次話あたりから増やします。