泥の錬金術師   作:ゆまる

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旅路

次の日、エルリック兄弟とマーシュ、アームストロング少佐はリゼンブールへの切符を持って駅へとやってきた。

 

「聞いたぞエドワード・エルリック!!」

 

筋肉髭ダルマ、もといアームストロング少佐が滝のような涙を流しながらエドワードに抱きつき、

抱きしめられたエドワードの腰からメギメギと嫌な音が鳴る。

 

「母親を生き返らせようとした無垢な愛!己の命を捨てる覚悟で弟を救ったすさまじき愛!!吾輩!!!感動!!!!」

 

「ギニャァァァあンのクソ大佐喋りやがったなぁぁ!!助けてマーシュ!!」

 

どんどん強くなるアームストロング少佐の抱擁に生命の危機を感じ、エドワードが近くでサンドイッチを食べていたマーシュに助けを求めた。振り返ったマーシュが、にやりと笑う。

 

「ん?あー、アレックス!」

 

「ぬ?どうしたマーシュ・ドワームス?」

 

「エドワードな、錬金術で世界中の不幸な子供たちを救いたいって言ってたぜ」

 

「感!!!!!動!!!!!!」

 

「テメッ、マァァァァァァァシュゥァァァァァァァ」

 

エドワードの腰はもはや曲がってはいけない方向に曲がっていた。

 

「アームストロング少佐ー、他のお客さんの迷惑になりますから、その辺にしてくださーい」

 

「む、そうだな!」

 

アルフォンスの声でようやくエドワードを離すアームストロング少佐。

ぼとりと落ちたエドワードが呪詛を呟く。

 

「マーシュ……絶対ゆるさねぇ……」

 

「愛だよエドワード」

 

マーシュは2個目のサンドイッチをかじりながらしれっと言い放った。

 

 

 

そんなこんなで一同が列車に乗り込み、発車時間を待っているとホームからヒューズ中佐が声をかけてきた。

 

「ヒューズ中佐!」「お、マースじゃん」

 

気づいたエドワードとマーシュが窓から顔を出す。

 

「よ、司令部の奴ら忙しいからって俺が見送りだ。あ、ロイから伝言だ。『事後処理が面倒だから私の管轄内で死ぬなよ。ただしドワームスは除く』。以上」

 

「絶対てめーより先に死にませんクソ大佐、あと口軽すぎって伝えといて」

 

「俺が死んだら幽霊になってロイの毎晩の情事を観察し続けてやるって伝えといて」

 

「あっはっはっ!憎まれっ子世にはばかるってな!おめーもマーシュもロイも長生きするぜ!」

 

ヒューズの言葉にマーシュは眉をひそめて反論しようとする。

 

「いやいや、俺はみんなから愛され「じゃ道中気をつけてな」

 

しかしその抗議はぶった切られる。ヒューズもマーシュとは付き合いが長いため、扱いはよくわかっているのだ。

 

そして列車が動き出す。目的地はエドワードたちの生まれ故郷、リゼンブールだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「リゼンブールとはどんなところなのだ?」

 

「なーんもない田舎だよ」

 

アームストロング少佐がエドワードたちにした質問を、マーシュが車内食のバケットを食べながら答える。

 

「いや、なんでマーシュが答えんだよ……」

 

「マーシュさん、リゼンブールに行ったことあるんですか?」

 

「けっこう前になー。羊くらいしか見るもんなかったけど、皆良い人であったかくて、良いところだったよ」

 

エドワードが、少し照れ臭そうに鼻の頭をぽりぽりとかいた。

エドワードの評価もおおよそ同じであるが、他の人に故郷を良く言われるのはけっこう嬉しかったりするのだ。

 

「それはまっこと、楽しみであるな!」

 

そうして、4人が談笑しつつも列車が進んで行った。

 

 

ーーー

 

リゼンブールまで半分は行ったか、というところだ。

 

とある駅で、窓の外を見ていたアームストロング少佐が突然ガッと身を乗り出した。

 

「ドクターマルコー殿!?マルコー殿ではありませんか!!」

 

アームストロング少佐のほうを見たマルコーと呼ばれた男は、恐怖したように目を見開き、ダッと逃げ出した。

 

「知り合いが?」

 

「中央の錬金術研究機関の錬金術師だ。錬金術の医療応用の研究をしていたがあの内乱のあとに行方不明になっていた。何か資料を持ち逃げしたという噂もある」

 

「……もしかしたら賢者の石についても知ってるかもしれない!降りよう!アルフォンス!マー……また食ってんのか!降りるぞ!」

 

エドワードは荷物とマーシュを急いで掴んで列車の出口へ向かう。

マーシュは引きずられながら不満そうだ。

 

「どーしたー、まだリゼンブールじゃねーだろー」

 

「軍の錬金術師がいたんだ!話を聞きに行く!」

 

そうして4人とも駅に降り、マルコー探しが始まることになった。

アームストロング少佐のアームストロング家に代々伝わりし似顔絵術による絵を使った聞き込みで、マルコーの家を見つけた一同。

付近の住民の話を聞く限り、マルコーはマウロという偽名で医者をしており、皆から慕われているようだ。

 

マルコーの家のドアをエドワードがコンコンとノックする。

 

「おーい、マルコーさーん?いますかー?」

 

しかし中に人がいる気配はするものの、ドアを開けてもらえる様子はない。

どうしたものかとエドワードが思案していると、マーシュが前に出て、

 

「お邪魔しまーす」

 

の言葉とともにガチャリとドアを開けた。

 

瞬間、銃声。

 

「うぉぅっ!?」

 

顔面に迫り来る銃弾を、驚くほどの反射速度でなんとかかわすマーシュ。だがエドワードはかわすことができなかった。マーシュが身を翻したと思ったら突然銃弾が飛んできたのだ。かわせというほうが無茶である。

 

 

そして、その凶弾が、貫いた。

 

 

エドワードのアンテナを。

 

銃弾が貫通したエドワードの髪の毛の先っちょからチリチリと煙が上がる。

呆然としていたエドワードだが、意識が戻ってきたのかブワっと汗を吹き出し、アルフォンスへと抱きついた。

 

「うわーーーーーーんアルーーーーー!!!」

 

「よしよし、危なかったね兄さん」

 

「も、戻らないぞ!私は絶対にあそこへは戻らん!!」

 

しかしそんな2人を無視して状況は進む。

マルコーは銃を持つ手も震え、ひどく興奮している様子だ。

 

「落ち着いてくださいマルコー殿」

 

「おねがいだ!もうあんな物は作りたくないんだ!!」

 

「落ち着い「は、早く失せろ!私は本気だぞ!!絶対に……」

 

「落ち着け」

 

マーシュがアルフォンスの頭をマルコーにぶつけた。

カーンと良い音が鳴る。

ひと段落ついた音である。

 

「ボクのあたま!」

 

ーーー

 

誤解はとけたようで、今はマルコーの家のテーブルに全員ついている。そして、マルコーはポツリポツリと自分の仕出かしたことを語り出した。

 

「あんな物の研究に手を染めて……それが東部内乱で大量殺戮の道具に使われた……。私のしたことは、この命でも償い切れない」

 

「……つまりそれって、賢者の石のことか?」

 

マーシュの問いにエドワードたちが目を見開く。

そして、マルコーは頷くと棚から小瓶に入った赤い液体を取り出した。

 

「あそこから逃げた時に、私は石と研究資料を持ち出した。その石がこれだ」

 

「石って、このくらいの大きさの塊なんだよな、マーシュ?」

 

マーシュの話とは明らかに形が違う賢者の石を見て、エドワードが確認する。

 

「まぁ、あくまで俺に渡されたのは、だな」

 

「賢者の石を、渡された……?まさか君、内乱に参加した国家錬金術師か!?」

 

「あぁ、泥の錬金術師だ」

 

「!……そうか、君があの……」

 

マルコーは驚いた素振りを見せると、赤い液体の入った小瓶を開け、テーブルの上でひっくり返した。中の液体がテーブルへと落ちていく。

 

「ええ!?」

 

しかし液体はまるでスライムのようにテーブルの上で丸くなったのだった。

 

「賢者の石の形状が石であるとは限らない。これも、そしておそらく君に渡されたものも、不完全品だ。いつ限界がくるかわからん試験的に作られたものだ」

 

「……不完全品で、あの威力か」

 

何かを思い出しているのか、賢者の石を見るマーシュの目がスッと細くなる。

 

「不完全品でも人の手で作れるってことは、研究次第じゃ完全品も夢じゃないってことですよね!」

 

「マルコーさん!その賢者の石の資料見せてくれないか!?」

 

アルフォンスとエドワードが期待を込めて身を乗り出す。求めていたものがあと一歩で手に入るかもしれないのだ。

 

「そんなものどうするつもりかね。目的はなんだ?」

 

マルコーがエドワードたちを値踏みするように眺める。少なくともここでマルコーに信用されないと賢者の石への道は遠ざかると感じたエドワードは、自分の過去を話すことにした。人体錬成のこと、弟の魂の錬成のこと、国家錬金術師になったこと。

それをずっとマルコーは目を丸くしながら聞き、エドワードたちが話し終わるとため息を一つついた。

 

「その歳で人体錬成、特定人物の魂の錬成、そして国家錬金術師……か。驚いた。君なら完全な賢者の石も作れるかもしれん」

 

その言葉にエドワードたちが目を輝かせる。

 

「じゃあ!」

 

「資料を見せることはできん!」

 

しかしマルコーは強い口調でそう言った。

 

「あれは悪魔の研究だ。手を出すべきじゃない。地獄を見ることになる」

 

しかしエドワードもそれに対し強い意志を込めた目で返す。

 

「地獄ならとうに見た!」

 

マーシュはエドワードをちらりと見、そしてマルコーに頭を下げた。

 

「付き合い短い俺が言うのもなんだけど、こいつらかなりの覚悟だ。ここで断っても多分こいつら自力で辿りついちまうぜ。見せてやってくんないかな」

 

続いてアームストロング少佐も頭を下げる。

 

「吾輩からもお願い申し上げます。彼らならば、悪用することは絶対にないと断言できます」

 

自分たちのために頭を下げてくれた大人たちを見てしばらく呆然としていたエドワードとアルフォンスだったが、ハッと我に戻り2人で頭を下げる。

 

「「お願いします」」

 

4人に頭を下げられマルコーがぐぐぐ、と唸る。目をつむり、頭を抱え、歩き回り、頭を振り回して、たっぷり一分以上悩んでから、部屋の奥へと消えていった。

少しして、帰ってきたマルコーの手にはメモが握られていた。

 

「資料の場所だ。真実を知っても後悔しないというのなら、行きなさい。そして、知りなさい。君たちなら、真実の先の更なる真実にも……、いや、これは余計だな」

 

そこまで言うとマルコーは頭を振り、エドワードにメモを握らせる。

 

「君たちが元に戻れるよう祈っておるよ」

 

「「……!!ありがとうございます!!」」

 

 

ーー

 

「国立中央図書館第一分館……!そこに賢者の石の作り方が!」

 

「やったね兄さん!」

 

「あぁ、道は続いてる!マーシュとアームストロング少佐のおかげだ!ありがとう!」

 

列車の席に座ってからもエドワードとアルフォンスは興奮しっぱなしだ。

ずっと追い求めていたものの作り方が、突然転がり込んできたのだから当然だろう。

そんな2人をマーシュとアームストロング少佐は微笑ましそうに見ている。

 

ーーーー

 

そして、兄弟の興奮も冷めやらぬまま、

列車はリゼンブールへと到着したのだった。

 


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