泥の錬金術師   作:ゆまる

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晩餐

「ようピナコばっちゃん!またたのむよ」

 

リゼンブール駅からそれなりに歩いた頃、目的地のロックベル家へと一同は到着した。

前片足が機械鎧の犬と、煙管をくわえた小さなお婆さんが出迎えてくれる。

 

「こっちがアームストロング少佐、こっちがマーシュ」

 

「ピナコ・ロックベルだよ」

 

マーシュとアームストロング少佐がピナコと軽い自己紹介を交わしていると、エドワードの頭にどこからかレンチが飛んできて、カーンと良い音を立てた。

 

「コラー!メンテナンスに来るときは電話の一本でもしろっていつも言ってるでしょ!!」

 

見ると二階の窓から金髪で頭にタオルを巻いた職人のような格好の女の子がプンスカと怒っている。

 

「てめぇコラウィンリィ!!死んだらどーすんだ!!」

 

エドワードも目をいつもより吊り上げてプンスカと怒っている。

それを見てウィンリィと呼ばれた女の子が笑う。

 

「あはは!おかえり!」

 

「おう!」

 

ーーー

 

全員軽い自己紹介を終え、アームストロング少佐とマーシュがピナコの入れてくれたお茶を飲んでいると、部屋に突然ウィンリィの絶叫が響いた。

 

「んなーーーーーー!?」

 

「わりぃ、壊れた」

 

エドワードが左手でお茶を飲みながらしれっと答える。

 

「壊れたってあんたねぇ!こんなボコボコに凹むって何してきたのよ!」

 

「いや、空から瓦礫が降ってきたから……」

 

「はぁ!?」

 

「困ったことにホントなんだなこれが。事故みたいなもんだから、許してやってくれ」

 

マーシュが機械鎧の犬、デンと戯れながら笑う。

外野からの援護に、レンチを振り上げたままウィンリィが「うー…」と唸りながら固まった。

 

「つ、ぎ、か、ら、気をつけること!!」

 

「お、おう、善処する」

 

さすがに初対面の人の言うことを突っぱねてまでエドワードを殴るわけにもいかず、渋々怒りを飲み込んだウィンリィ。

マーシュとしては正直エドワードとウィンリィの痴話喧嘩にしか見えなかったので放置しようかと思っていたのだが、エドワードの機械鎧の故障に関しては、自分を助けようとした故の事故、というかスカーの仕業だ。なので一応助け舟を出したのだった。

 

「……助かったマーシュ」

 

「いや、まぁ、出会い頭に工具を投げてくる彼女を持つのは大変だろうなと」

 

「ああ、そうなんだわかってくれるか………………彼女じゃねぇよ!!!」

 

仰け反りながら全力で否定するエドワード。勢い余って机の角に頭をぶつけて悶絶するのだった。

ーーー

 

エドワードたちがピナコとウィンリィに機械鎧のチェックをしてもらっている間、アームストロング少佐とマーシュは家の外で汗をかいていた。

「暇なら外で薪割りしてきておくれ!働かざるもの食うべからずだよ」とピナコに追い出されたからだ。

マーシュが置いた薪を、アームストロング少佐が素手で叩き割っていく。

 

「いやはや、ふんっ、なかなかパワフルなご老人と、はっ、娘さんであったな」

 

「あぁ、それでいて、ほい、優しい人らだ。エドたちが、ほい、お人好しに育ったのもわかるな、ほい」

 

喋っている間も手は休まず、薪は量産されていく。

しかしふと、アームストロング少佐の腕が止まった。

腕でも痛めたのかとマーシュがそちらを見ると、アームストロング少佐がマーシュのほうをじっと見つめていた。

 

「……マーシュ・ドワームス。お主は、イシュヴァールを……悔いているか?」

 

「なんだいきなり。しみったれた話は勘弁してほしいんだが」

 

「いやなに、お主にまた会えたら聞いてみたいと思っておったのだ。吾輩は……あれからずっと、悔いているからな」

 

アームストロング少佐が目を伏せ、拳を静かに握りしめる。

 

「…………そうさなぁ。何百人も生きたまま沈めたからな。今でもあいつらの最後の叫びは、鮮明に思い出せる」

 

マーシュは空を見上げた。その表情は、アームストロング少佐からは見えない。

 

「後悔はしてねぇよ。俺は、殺さなきゃいけない理由があった。だから、殺した。それだけだ」

 

「……………」

 

「お前が後悔してんなら、次に活かせよ。何しようが死人は帰ってこないんだ。自分で考えて、自分で決めて、自分で行動しろ。また後悔したくないならな」

 

「……うむ、そうだな。この後悔があれば、吾輩はこれからの困難に立ち向かえる気がする。助かった、マーシュ・ドワームス」

 

ーーーーーーーーー

 

 

そして、ロックベル家で二日が過ぎた。

エドワードの機械鎧は新しいものに付け替えられ、現在エドワードはアルフォンスと機械鎧の動作確認を兼ねた組手をやっているようだ。

 

「ほー、なかなか良い動きするなぁ2人とも」

 

「何年も前からずっと続けてますからね。僕も兄さんも相手の動きはだいたい読めるんです」

 

言いながら、アルフォンスがエドワードの掌底をいなす。

 

「エドワードはちょっと動きが直線的すぎるな。だから身体能力はだいたい同じなのにアルフォンスにかわされる。もっと相手の目線を意識しろ」

 

マーシュが木の幹に座ってピナコ手製のサンドイッチを食べながらエドワードに指摘する。それを聞いてエドワードが少しムッとした。

 

「随分上からだな!マーシュはさぞ強いんだろうな?」

 

エドワードとアルフォンスはスカーと戦っているところは見てはいるが、『上手い』とは思っても『強い』という印象はあまり持てなかった。

 

「む、俺の実力が見たいようだな。よし、二人いっぺんにかかってこい」

 

エドワードの挑発に一瞬で乗ったマーシュは、膝をパンパンと叩きながら立ち上がり、チョイチョイと指で誘った。

それを見たエドワードがまたもムッとしてマーシュに対して構える。

 

「アル」

 

「はいはい、自分だけでやりたいって言うんでしょ?」

 

「はっは、意地っ張りだなぁ。一人じゃ敵わないぜって言ったつもりだったん」

 

マーシュが言い終わる前にエドワードが一気に踏み込み、下からえぐるような、文字通り鋼のアッパーを放つ。常人なら当たれば悶絶どころではすまないだろう。

それをマーシュは表情を変えることなく後ろに体をそらしてかわす。

間髪入れずエドワードの左手のブロー。マーシュが左手で受け止める。エドワードがその勢いのまま体をひねり、左足で蹴り。しかしマーシュが、伸びたエドワードの足を掴んで引っ張りつつ、地についている軸足を刈り取る。左足が掴まれ、右足が払われたエドワードの体が宙に浮く。そしてマーシュがエドワードの後頭部と足を弾くと、エドワードが宙に浮いたままぐるりと一回転し、そのまま顔面から地面に叩きつけられた。

 

「ぷぎゅっ」

 

「アルフォンス」

 

マーシュがアルフォンスの名前だけ呼び、あとは笑顔でチョイチョイと指で誘っている。

アルフォンスは一瞬たじろぎながらも、マーシュへと突っ込みハイキックをかます。それをマーシュがしゃがんでかわしてまた軸足を払おうとして、しかし飛び下がった。直後、マーシュの頭があった場所にアルフォンスの踵がビュオッと音を立てながら振り下ろされた。

そこを見計らって、マーシュがアルフォンスへ拳で突きを放つ。腕で防ぐアルフォンス。だがマーシュがその拳でアルフォンスの腕を掴んでひねるとアルフォンスの体がくるりと回り、地面に叩きつけられた。

 

「ぐえっ」

 

「てて……ってアルもやられてるー!?うそだろ!」

 

アルフォンスとの応酬の間ずっと悶絶していたエドワードがギョッと目を剥く。

マーシュはパンパンと手を叩き、いわゆるドヤ顔である。

 

「ま、ざっとこんなもんよ」

 

「む、何をしているのだ?」

 

そこにピナコに頼まれて買い出しに出ていたアームストロング少佐が戻ってきた。

 

「組手だってさ。ついでだしアレックスもどうだ?」

 

「ふむ、それはいい!我輩も手伝おうではないか!!」

 

「なぜ脱ぐ」

 

「ちょ、マーシュ!もっかい!」

 

「兄さん多分一人じゃ勝てないよ!」

 

「うっさい!お前にも勝つからな俺は!!」

 

そこからは四人で日が暮れるまでバトルロワイヤルとなったのだった。

 

ーーーー

 

「マーシュつえぇ……」

 

「最後のほうは少佐も投げられてたもんね。どうしてあんなに強いんですか?」

 

風呂にも入り、今は全員で夕食の席についている。

 

「んー、頑張ったから?」

 

「答えになってねぇよ……」

 

「もしかして師匠と同じくらい強いかも!」

 

「ぬ?お主らには師がいるのか?」

 

「ああ、錬金術の師匠なんだけど、曰く『精神を鍛えるには肉体から』ってことで、格闘も鍛えられたんだ」

 

「うむ、健全な精神は健全な肉体に宿るもの!見よ吾輩のこの筋

「マーシュ、ソースとってくれ」「あいよー」

 

「明日朝イチの汽車でセントラルに行くよ」

 

「そうかいまたここも静かになるねぇ」

 

「元の身体に戻ったらばっちゃんもウィンリィも用無しだな!」

 

「なーによあたし達整備士がいないと何もできないちんくしゃのくせに」

 

「ちんくしゃってなんだよ!!」

 

「鼻が低くてくしゃっとした顔のことだな」

 

「えっ、そうなんだ……」

 

こうしてロックベル家の賑やかな晩餐の時間も過ぎて行く。

そこには、確かな暖かさがあった。

 

ーーーー

 

そして翌朝。

 

「んじゃばっちゃん、行ってくるよ」

 

「たまにはご飯食べに帰っておいでよ」

 

「ピナコばっちゃんの飯は絶品だったしな!俺一人でもくる!」

 

マーシュが興奮したように手を振る。実際ピナコの作った料理は、どれも店で売れるレベルだった。それでいてどこか暖かい旨味を含んでいて、ピナコの優しさが伝わってくる味だった。

 

「飯だけのためにこんなとこまでくるのかよ……」

 

「フ、マーシュ、ボウズどもをよろしく頼むよ」

 

「ま、食わせてもらった分は働くよ」

 

四人が駅へ向かおうとすると、家の二階の窓からぼさぼさ頭のウィンリィが顔を出し、ひらひらと手を振った。

 

「エド!アル!いってらっさい」

 

「おう!」

 

 




ら、ららら、ランキング入りしてるーーー!!!
いやぁ、めちゃくちゃ嬉しいものですね。
顔がにやけて一時間くらい戻りませんでした。
感想もとてもありがたいです。返せるうちは出来るだけ返事したいなと思います。

このビッグウェーブに乗りたいところなのですが、もうそろそろストックが切れてしまいそうでして、もう1話か2話投稿したらペースがガクンと落ちると思います。期待してくれている方には申し訳ありません。なるべく早く書き溜められるよう頑張ります。

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