閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】 作:なまなま
暗い過去への複雑な想いと禁忌への好奇心を胸に秘めた春花へ、小野から知らされたのは指党組の接近。
不穏な様相を示唆する情報の追加にも、引き返すわけにはいかない。仲間のために忍務を遂行するだけだ。
午後七時。闇に染まった夜の空。晴れ渡っていた昼とは違い、暗い雲が多くの星々を人々の目から遮っている。時折、風に流れる雲間から三日月が顔を覗かせ、地上の港を見下ろしていた。
夜の港に停泊している船はないが、コンクリで埋め立てられた陸地には、いくつもの大きな銅色の直方体。命長が管理しているという港の一角には、様々な積み荷を運搬したり保管したりするための大型コンテナが、四つ一組で等間隔に並べられていた。
港の角に位置するコンテナの影で、二人の少女がさざ波の音を聞きながら、来るべき時を待っていた。
「降らんとええけどなぁ」
黄金色の瞳を上空に向けた日影が、冷たい潮風に髪をなびかせながらつぶやく。その姿は忍の戦闘衣装、忍転身したものに変わっていた。
豊乳の上部と白い肩、引き締まった腹筋を剥き出しにするターメリック色の半袖には、黒の線と蛇模様が描かれ、所々に切り裂かれたような穴が開く。今にもズレ落ちそうなヴィンテージブルーのジーンズにも、同じように切れ込みが入り、一匹の赤蛇が描かれている。
両の前腕と下腿部は黒い格子状のバンドで締め付けられ、二~六つほどの備えられたホルダーに小型ナイフが忍ぶ。
スマートかつ荒々しい忍装束に、首に巻かれた螺旋のタトゥーチョーカー、左胸と左腰に彫られた蛇の刺青が、剣呑な雰囲気を足していた。
「そうね。雨はイヤ。薬の効果も薄まっちゃうし」
日影の髪から垣間見える蛇と炎のシンボルイヤリングを眺めつつ、忍転身した隣の春花が言葉を返す。
羽織られたダボダボの大きな白衣の内側には、様々な薬が入った沢山の試験管。
袖に通されていない腕は、手の甲から二の腕半ばまでを白のグローブで覆われており、同色のレッグウェアが肉欲的な太ももの中ほどまでを包んでいる。桃色のハイヒールで足先を飾られたレッグウェアからはサイドガーターが伸び、脇腹辺りで露出度の高いベリーショートコルセットの裾に繋がる。
首の付け根から続く桃色のノースリーブは、蛇と炎のシンボルボタンと留め具でしっかり前が閉じられ、胸の谷間を隠している・・・と思いきや膨らみの頂上付近で大胆に開け放たれ、豊満な胸の上半分で途切れていた。胸下の同色コルセットも、タイトな上に裾が極端に短いため、留め具のすぐ下ではスベスベとした腹部が露わになっている。
目のやり場に困る上半身から視線を下ろすと、腰回りは白いTバックのハイレグビキニのみ。
薬使いは転身前と大きく異なった、怪しすぎる雰囲気を漂わせていた。
二人とも冬に似つかわしくない格好だが、寒がる素振りはまったく見せない。
「炎も雨と相性悪いしの」
日影がイヤリングを指先で触る。火中を緑の蛇が進んでいくシンボルは、焔紅蓮隊の絆の証。メンバー全員が、このマークを忍装束に取り入れている。
春花が空を見上げて答える。
「でも焔ちゃんなら『雨ごときで私の炎は消えない。むしろ熱き紅蓮隊の魂で蒸発させてくれる!』とか言いそうね」
「そんなん言うかな・・・言うかもしれんな」
二人が一つ年下の真面目で熱血なリーダーの顔を思い浮かべる。蛇女にいた頃の、冷酷で馴れ合いを嫌っていた彼女と比べると、ずいぶん変わったものだ。
仲間に想いを馳せながら、春花が優しい笑みを湛える。
「前は憎しみに心奪われていた詠ちゃんも、少しずつ世界を受け入れてくれてる」
「もやしと野草の世界へご招待やで」
「背伸びに一生懸命だった未来だって、自分では気づいていないけれど、今ではとっても頼りになるわ」
「結局背は伸びてないみたいやけどな」
茶々を入れてくる日影を、春花がやんちゃな子を咎めるような笑顔で見つめる。蛇の少女は無表情で受けた。
「何事にも無関心だった日影ちゃんも、かなり積極的になってきたわよね」
「・・・そやろか」
よくわからないといった風に視線を逸らした日影を見て、春花が少しだけ残念そうな顔になる。
人は他人の変化には敏感でも、自身の変化にはなかなか気づけないものだ。
白衣をまとった薬使いは、暗い空を見上げて自らを想う。今の自分もまた、蛇女時代とは違っているのだろう。その変化は紅蓮隊の皆にとってプラスになっているのだろうか。彼女たちのために、自分はやるべきことをやれているのだろうか。
考えを巡らせていると、ふと隣の視線が戻ってきているのに気づく。
「あんな、春花さん・・・」
言いかけた日影が何かに気付き、隠し持っていたナイフを、背後に向かって抜き打ちで振るう。
金属同士がぶつかり合う甲高い音。少女の刃はコンクリに突き立てられた細身の剣によって阻まれていた。
抜忍二人はすぐさま港の端ギリギリまで跳び退り、自分たちの背後を取った人物を観察する。
視線の先で足を揃えて静かに立っていたのは、190cmほどはあろうかという長身の忍であった。
長い脚が灰色のズボンと黒いブーツで包まれ、腰の左右には鞘に収まった剣。同じく灰色の軍服のような上着を着た上半身には、バツ印を描くように四つの黒いベルトが巻かれ、背中に四振りの剣を背負っている。
頭はこれまた灰色のフードとマスクで隠されており、暗闇の目元から表情はうかがえない。
日影のナイフを受けた剣が、黒革の手袋に包まれた右手で握られ、体の前で地面に突き立てられている。細い体格も相まって忍自身が一振りの剣のようであった。
「何者?」
臨戦態勢に入っていた春花が謎の忍に問う。銀の忍は背中の中心に装備された鞘へと剣をしまう。カキッと刃が収まる音が鳴り、腕を組んだ忍は低く静かな手練れの声で返した。
「聞いていなかったか?命長の監視役だ」
「聞いていないわ」
返しつつ春花が心の中で小野を惨殺する。あの男は電話でも監視役のことなど、一言も言わなかった。おそらく知らされていなかったのだろうが。
やり場のない怒りを眼前の相手にぶつける。
「監視役にしては、ずいぶんなご挨拶ね。命長の忍関係者は誰もが無礼者なのかしら」
「個人的に試したまでだ。与えられた忍務をこなせるかどうかをな」
銀の忍の言い草に、薬使いのボルテージが上がる。誰も彼も表面的に誠実な態度を見せることすらできないのか。
喧嘩を吹っかけそうな春花より一歩前に出て、日影が言葉を放る。
「それで?あんたは見てるだけなんか」
「私が飼珠を殺してもいいなら手伝うが、報酬の五割は貰うぞ」
「ふざけないで。これはわたしたちに依頼された仕事。企業の犬は指を咥えて見ていなさい」
監視役がマスクの奥で笑う。
「お前たちも今は雇われの身。私と同じ犬ではないか」
「犬にも躾の行き届いた忠犬と、人の迷惑にしかならない駄犬、二種類いるのよ」
命長にイライラさせられっぱなしの春花の口調が荒くなってきている。あと二言三言交わせば手が出るかもしれない。
面倒を避けるために、ナイフ使いが薬使いの前に移動する。
「邪魔せんとってくれればそれでええわ。名前だけ聞いとこか」
「『刺厳』だ」
『シゴン』と名乗った忍がゆっくりと右に向かって歩き出す。二人は相手に敵意がないと判断し、体から力を抜いた。
刺厳は春花と目を合わせられる位置まで行くと、足を止めて二人へと向きなおる。
「警告しておこう。飼珠は強い。元の組織では抜きんでていたそうだ」
「指党組のホープだったのに辞めてもうたんか」
刺厳は抜忍たちが持っている情報を確認するように頷き、続けて新情報を渡してくる。
「指党組の忍務ほぼ全てに駆り出されるほど酷使されていたらしいが、飼珠自身は指党組で忍として生き続けることに疑問を持っていた」
「しがない善忍組織に使い潰されるよりは、命長で薬品開発をしてる方がマシかもしれないわね」
春花が飼珠に同情を示す。
全ての忍が暗殺や組織間の闘争といった血生臭い仕事に命を懸けているわけではない。個々の特性に応じて、教育や戦術開発、情報管理や救護等々・・・戦場以外にも役目は無数に存在する。生死の瀬戸際で命の取り合いをするよりも、そういった役職に就きたいと思う忍がいても何ら不思議ではない。
飼珠は指党組に殺されたくはなかったのだろう。
「命長に転職した飼珠は薬品開発で多くの成果を上げたが、次第にその実力を屋外で発揮することを求められるようになった」
「・・・エリートも大変やなぁ」
女の求めた平穏な忍の仕事は命長にもなかったのだ。彼女は苦悩しただろう。だが、忠誠心が重要視される忍の世界において、若くして組織を転々とする忍を、多くの人々は快く思わない。結局、飼珠は自らの希望を捨てて命長に留まり、戦場へと舞い戻っていった。
春花が地面に視線を落として、女の事情から考えた推測を口に出す。
「彼女は、自分が描く理想の忍になりたくて、薬品を盗んだのかしら」
大きな影響力や話題性を持つ禁忌薬は、危険視されると同時に多くの人間が欲しがる物でもある。対価として用いれば、大金であれ待遇であれ、望むものは大抵手に入るだろう・・・そう考えると、二千万は安い気がしてくる。
「お前は飼珠が望んだような忍にはなりたくないのか?」
突然の問いに、春花が顔を上げる。銀の忍は見えない眼差しで彼女を射抜いていた。
「わたしは・・・」
今まで全く考えなかったわけではない。しかし、春花には戦場を脱することに思い悩むような余裕は残されていなかった。
母の人形として呆然と生き、鈴音に救われ忍となった後は、蛇女で求められた忍務を黙々とこなした。時が経ち、実力者たちが増えると、落伍しないために一層の努力を強いられた。
そして抜忍となった今、日々を生きることに必死になっている。
今の自分は、かつての自分が望んだ姿なのか・・・少女の心に波が立ち始める。
「飼珠はお前を羨み、蔑み、憎んでいた。若く短期間で一般人から忍として開花した一種の天才でありながら、進んで自他の命を危険にさらす悪忍のお前を」
刺厳が春花の波紋を広げる。
「どういう、こと?」
剣の忍は言葉の刃を春花に向けた。
「飼珠は優れていたが、決して天才ではなかった。非凡なれど、稀有な存在ではなかった」
刃が春花の心に切り込みを入れる。
「母の獣静は、娘がありふれた一流で終わることを恐れ、自身が経験したこともないような過酷な鍛錬と、度重なる薬剤投与により、強引に秀才へ引き上げたのだ。それが飼珠のためだとさえ考えてな」
「そんな・・・」
狂った母に愛された春花にはわかった。
獣静は将来性の無い指党組を存続させるための道具として、薬漬けにしてまで飼珠という秀才を作り上げたのだ。
そこには、忍としての焦りと自己満足、そして過剰で歪んだ愛情があった。
優しき愛も、他の生き方も知らず、忍務をこなすためだけの人形にされてしまった飼珠。
「きっかけはわからぬが、他の生き方を知った飼珠は指党組を抜けて命長に来た。そして今、自ら破滅へ向かっている」
飼珠の絶望は深かっただろう。輝いて見えた世界は、再び戦場への道につながっていたのだから。
標的は春花と重なる過去を持っていた。飼珠にも鈴音のような救済の手が差し伸べられていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。しかし彼女には救うに値する才能がなく、春花が得たような奇跡はもたらされなかった。
忍の剣が押し込まれる。
「蛇女出身も所属している命長で、多くの忍を見聞きした飼珠はたびたびこぼしていた。入学後1年も経たずに名門蛇女子学園のトップ層へ上りつめた薬使いへの憎しみをな」
飼珠は善忍に洗脳されてきた忍だ。彼女には、自分よりずっと優秀な春花が、嬉々として人の世に仇を成す悪の忍に見えていただろう。自分のように才能を人々の役に立てることができるにもかかわらず、その選択肢を切り捨てた憎むべき悪に。
春花がゆっくりと目を閉じる。
才能の欠片を持って生まれてきたがために、人形としての生を歩まされた不幸な飼珠。並外れた才能を持っていたからこそ、人形の生から救われた自分。
他の生き方を知り、魅せられてしまったが故に、絶望と終焉を導いてしまった飼珠。他の生き方に思い悩むことができなかったが故に、仲間と将来を歩んでいける自分。
飼珠を哀れに思う。自分と似ているが、救いのない人生を送ってきた忍。彼女と同じ境遇に生きていたのならば、やはり平穏の世界を求めたかもしれない。生まれた場所と授けられた才能が違っただけ。
・・・だが、自分たちは忍だ。自らに課せられた定めを背負い、生き残ることが全てなのだ。
ならば、憐れみとともに飼珠を倒す以外に道はない。
目を開けると、日影の黄金色の瞳が迎えた。
無表情なはずの顔は、感傷のせいか少し心配そうに映る。大丈夫。心は決まっている。
「飼珠がどんな忍であろうと、わたしは忍務を果たすだけよ」
力強く言い放った春花を見て、日影も刺厳へ向きなおる。
二人の意志に満ちた目から顔を背け、銀の忍が告げる。
「うまくやることだ」
刺厳は言い捨てると、3メートル近い高さのコンテナを軽々と飛び越え、消えていった。監視役は遠くから高みの見物でもするのだろう。
春花が心を落ち着かせるために深呼吸する。冷たい空気が肺を満たし、吐かれた白い息が風に流されていく。
「それはため息やないやんな?」
日影の軽い問いに、白衣の中で思わず笑みがこぼれる。
「ありがと。大丈夫よ」
感情のない友は、気を利かせていつもの調子に戻してくれた。彼女や仲間のためにも、やるべきことをやる。それだけだ。
決意の眼差しを陸の方へ向けた春花の瞳にとんでもないモノが映る。
「ああっ!いたいた!探しましたよ~!こんな端っこにいたんですか~!」
間抜けな声とともに1ブロック先のコンテナの影から出てきたのは、二度と会いたくなかった中年男の姿。
「ちょっ・・・!?」
「あかん、春花さん」
驚きと嫌悪感で一歩退いた春花の前方を、弾丸となった日影が駆けていく。春花もすぐに気付いた。
中年の後方、遠くから黒衣の人影が高速で向かってきている。飼珠か!
遅れて春花も日影を追う。前では風よりも速く走る日影と、向かってくる少女に戸惑う肥満体。
「日影ちゃん、連れてきて!」
春花が言い終わるより早く、日影が男の首根っこを捕まえて反転。走りつつ、追いかけていた春花へと、丸い男を軽々と放り投げる。弧を描いて飛んだ男が、状況を把握しきれずに目を丸くしていた。
春花の白衣が盛り上がり、襟首の隙間から人の頭より一回り大きな球体が飛翔。空中で変形し、両脇から機械の太い腕が伸びる。前面には丸と四角で構成されたロボットのような顔が生まれていた。春花のカスタム傀儡である。
彼女の意のままに動く傀儡が、強力なアームで空中の男を捕える。
男の確保を確認した日影が、向かってくる黒衣へと再び走り出す。一方春花は下僕と一緒にいったん隅まで後退し、右上で傀儡に掴まれている中年に向かって叫ぶ。
「小野さんっ!なぜここにいるんですか!?」
「おおっほ!すごい!超セクシーじゃないですか!」
緊急事態にも関わらず色気にうつつを抜かす小野に対し、ついに春花が沸点に達した。
男を掴んでいる傀儡の手に力が込められ、醜い腹を引き裂かんとする。
「あだだだだだだだだっいっひぃ!?!?」
岩すら砕く傀儡の握力に、小野がたまらず叫びを上げてジタバタともがき苦しむ。しかし、主人に忠実な下僕は全く意に返さず、空中で制止したまま次の命令を待っている。
不意に力が弱められ、小野がぜえぜえと息を切らせて反発する。
「な、なんてことするんですかっ!?」
「なぜここに来たの」
小野の問いを無視して春花が再度尋ねる。
無視された中年男は不服そうに春花を見たが、その表情が死刑執行人のごとき冷徹さをまとっているのに気付き、視線を逸らす。怯えた豚のようになった小野が理由を打ち明ける。
「と、取引相手の役をしろって言われたんです・・・か、カバン忘れちゃったけど、大丈夫ですよね?」
小さくなった声を聴き、傀儡使いが苦虫を噛み潰したような顔になる。
昼間の書類には、飼珠が『命長に関する情報売買の阻止』という偽りの忍務でここを訪れることになっていた。確かに飼珠の警戒を抑えるなら、取引役の存在は効果アリだろう。だが、元々彼女もこちらへの接触が不可欠であるため、忍務の難易度を上げてまで採用する手ではない。
となると、命長がわざわざ小野を派遣した理由は、戦闘に巻き込まれて死んでもらえれば、始末する手間が省けるからか。さらには、忍務難易度を上げることにより抜忍二人を疲弊させ、可能であれば始末するつもりなのかもしれない。雇われた忍が死ねば報酬を支払う必要はないし、禁忌薬の漏洩も防げる。紅蓮隊の反発があるだろうが、表社会の大企業である命長には負ける要素がない。
ふと先ほどの刺厳が、飼珠の戦術については一切触れなかったのに気づく。あの男が監視などではなく、抜忍たちの暗殺を命じられたのだとすると、飼珠の素性だけを暴露して動揺を誘おうとしたのも合点がいく。
自社の不備が原因だというのに、少ない人員と不要な人材で、可能な限り自らの手を汚さぬよう画策している命長には反吐が出る。
「そ、それと・・・仕事が無事終わったら、報酬を渡すようにって金庫のパスカードをもらってるんです」
怒る少女のご機嫌取りをするように、小野がスーツの内ポケットからICカードを取り出して、下品な笑いとともに見せつけてくる。
春花の手が霞み、一瞬のうちにICカードを奪い取る。これさえあれば、もうお荷物の男などいらない。
指で傀儡へ男の殺害を指示しようとした忍に、お荷物が声をかけてくる。
「カ、カードだけあっても無意味ですよ。金庫を開けるには暗証コードも必要で、それは僕の頭の中にしかありませんから」
「言いなさい」
「い、いや・・・ですっ」
殺意の眼差しで脅した春花に対して、蛇に睨まれた蛙のようになった男が必死に抵抗する。
「今っ、すっごく痛めつけようって思ってたでしょ!お金さえあればいいんだ、春花ちゃんは!」
「よくわかっているじゃない。痛くされたくなかったら薄情なさい」
「それ、絶対痛くする奴じゃないですか!」
春花は思い通りにならない展開に苛立つが、妥協しなければならない事態だと理解できないほど、愚かではない。
小野を殺してもコードは当然命長も管理しているだろうから、金庫を開ける方法が失われるわけではない。だが、命長はシラを切り通すだろう。コードは小野のみが知っていて、忍務中に小野を死なせてしまった以上、報酬は支払えなくなったと。下手すれば小野の死の責任を全面的に負わされて、紅蓮隊が窮地に陥りかねない。
春花ならば傀儡術や薬品によって自白させることもできるが、そもそも命長が小野に本当のコードを教えていない可能性もある。
どのみち、命長は自社の営業マンを攻撃されたという言い分を手に入れることになり、春花達にとって大きなデメリットだ。
小野に危害を加えて二千万を失い、紅蓮隊に対する大打撃の可能性と命の危険を生むか。難易度は上がるが、小野を守りつつ忍務を完遂して生き残り、二千万が手に入ることを願うか。
命長の思惑通りに動くのは気に食わないが、春花に選択権はなかった。
「死なないよう、大人しく祈っていなさい」
視線で傀儡に小野の死守を命じた春花はパスカードを首元にしまい、男を抱えた下僕を率いて日影の後を追い始める。戦闘の邪魔になる一人と一体を、その場に待機させておきたいところだったが、刺厳が小野の暗殺をする可能性がある以上、手の届くところに置いておかないと危険だ。
前方からは衝突したであろう日影と黒衣の姿は消えていたが、コンテナの群れの奥で交戦の音がする。二人で協力して飼珠を始末し、全てを終わりにしなければ。
コンテナの間を疾駆していく春花が、背中の振動に気付いてスマートフォンを取り出す。未来からの調査結果メールだ。
送られてきたのは、指党組の残党はまだ見つかっていないということと、刺厳の話に一致する飼珠の過去。そして彼女の恐るべき戦術だった。
春花の顔が険しくなる。標的は予想していたよりもずっと危険な忍だ。
「日影ちゃん、無理はしないで・・・!」
薬使いは白衣の中に手を伸ばしつつ、一刻も早く友を援護するために走る速度を上げる。
第四話へ続く