閃乱カグラ 少女達の記録 【Bondage dolls】   作:なまなま

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 飼珠を守る刺厳もまた、トンボの力で飛行剣を操る卓越した忍であった。一対一の接近戦を強いられた春花は一か八かの賭けに出て、なんとか勝ち目を見出す。
しかし絶体絶命の刺厳を、命を削り取られた飼珠が助け出した。
恐ろしいまでに悲しく燃え上がる仁義を前に、それでも少女たちは戦い、勝利するしかない。


第七話 Duty

 抜忍と命長の忍が動いたのはほぼ同時。接近戦に長ける日影ではなく、春花が単騎で向かってきたことに奇策を予感し、刺厳が放っていた剣を呼び戻して、自身と飼珠の周りで乱舞させる。少女たちの思惑通りだ。剣士は何よりも守るべきもののために動く。

 傀儡使いの後方では、下僕が大きな右手で日影の足を掴んでいた。

 

「思いっきり頼むで」

 

 頷いたカスタム傀儡が振りかぶり、蛇の少女を天空へと投擲する。上空からの攻撃を迎え撃つために剣を空へ放とうとした刺厳を制止して、飼珠が黒球を日影へ向かって出動させる。

読んでいた春花は、ナイフ使いと敵たちの間へありったけの薬品を投げ込む。双方の薬品で暴威の嵐となった上方へ向けて、飼珠が薬球を増やす。破裂した忍法球は分厚い氷壁を生み出し、爆裂や毒の雨を防ぐ傘となる。氷が嵐で破壊される前に、刺厳が薬使いを抱えて前方へ脱出した。

 向かってきた剣士に対して急停止した春花は、空へ放とうとしていた試験管を二人に投げつける。試験管はあっという間に五本の剣で破壊され、色の濃い酸とガスを撒き散らすが、神速の忍は難なく回避。飛行剣と黒球が同時に射出され、毒霧の向こうで笑みを浮かべる春花を抹殺しようとする。

 

「いけないっ!」

 

 飼珠のかすれた叫びに刺厳も気づく。春花の背後から傀儡の姿が消えている!

防御のためにトンボの武器を回収する二人の耳に、空気を割く鋭い音が飛び込んできた。

 

「ちぃっ!」

 

 剣士が瞬時に頭上へ飛行剣を展開。降り注いできたナイフの雨を懸命に斬り捌く。晴れようとしていた嵐の先、空高くに多くのナイフで幾重もの円が描かれていた。中央で足を傀儡に掴まれて宙吊りになった日影が、体を捩じらせ舌を出す。

 

「秘伝忍法、ぶっかけ」

 

 空中から打ち出された大量の毒ナイフは、命長の忍たちの周囲にも怒涛の刺突となって降り注ぎ、飼珠の飛翔球を封じる。

友の作ってくれたチャンスに、春花がとっておきの一本を取り出して敵へと投擲した。完全な連携を基に放たれているナイフの群れは、投げられた試験管にかすりもしない。命長の忍たちがいる中央へと、春花の薬が進入していく。

 

「くっ・・・!」

 

 飼珠は刺厳の腕から離れてコンテナ方面へ黒球を投擲。乱舞する剣の下で球が爆発し、剣士を庇うように立った女を巻き込んでナイフを散らす。飼珠は背を焼かれながらも力を振り絞り、男を球と同じ方向へ放り投げた。爆発で生まれた黒煙の中へと剣士を逃がしたのだ。間を置かず、コンクリに落下した春花の試験管が割れる音。

破裂点から濃緑の波動が様々な色と混じりあいながら拡大し、女を飲み込んでいく。

 

「秘伝忍法、The World is mine !」

 

 薬品により生まれたドーム型の閉鎖空間内では、幻惑や焦熱、麻痺に氷結など、心身を蝕む薬効が獲物を蹂躙する。捕らわれた者は辛苦を味わわされ、何もできずに消耗していくしかない。春花の作りだした世界から逃れる術はないのだ。

一切の抵抗を許さない女王の地獄に苛まれる罪人は、凄まじい執念で耐えきろうとしていた。両腕で痙攣する体を抱きしめ、口から血を流しながら歯を食いしばる。世界を作り出した創造主たる春花が、虜囚である飼珠の姿を見て慄いた。何がこの女を支えているというのか。

しかし必死に抗っていた女も、ついに混濁の世界で膝をついて倒れ伏した。女の敗北を確認した春花が発動を終了させ、特殊空間が力を失って霧散していく。

 ほぼ同時に日影も秘伝忍法を解除し、ナイフの群れが途切れた。

 

「飼珠ッ!!」

 

 障害の消失を確認した刺厳が飛行剣を周囲に集めつつ、薄くなっていた黒煙から飛び出して飼珠のもとへと駆け寄る。握っていた剣を収めて片膝をついた男の両腕が、飼珠の頭を支えて仰向けに抱える。女の姿を見た剣士の顔には絶望。

灰色の肌と制服は焼け爛れ、凍り付き、切り裂かれていた。あれだけ力強い光を灯していた目が虚ろになり、弱々しく開いた口が苦しそうに息をする。

 

「飼珠っ!飼珠ッ!死ぬな、飼珠ッ!!」

 

 悲愴な声を上げて応急処置をしようとした刺厳の右手に、痙攣する飼珠の赤い手が添えられる。弾かれたように女の顔を見た剣士へ、薬使いは力なく微笑んで見せた。

 

「もう・・・助からないわ・・・・・・ごめん、なさい・・・あなた、を・・・守ろうとしたのに、あなたの・・・心に・・・・・・報いるこ、とが、できなかった・・・」

「そんなっ・・・違う、私は・・・!」

 

 震える声で悔やむ刺厳の右手と、五本の飛行剣が閃く。抜かれた刃の向く先、彼の右に下僕を連れた春花と日影が立っていた。暗い海際で剣士が叫ぶ。

 

「飼珠は死なせんッ!死なせてなるものかッッ!」

 

 激しい怒りと悲しみが入り混じった声には、全てを悟っている諦めの影があった。それでも受け入れがたい現実に抗う剣士へと、春花の口が宣告する。

 

「終わったのよ、刺厳。これ以上あなたが傷つくことを、飼珠も望んでいない」

 

 憐れむような哀しむような少女の声に、戦う理由を失った男の手がゆっくりと下ろされていく。死闘の終結を告げるかのように、コンクリへ落ちた六本の剣が金属の音を上げる。

 刺厳は飼珠を救おうとしたがために、救えなかった。

命長の二人が得意とする縦横無尽の飛び道具と近接戦闘は、女を死守しようとする刺厳の防御戦法で発揮しきれなかったのだ。無論それは、抜忍二人が誘導した結果でもある。

命長の忍たちは、すでに春花と日影が捨て身の奇策で接近戦を挑むに足る、覚悟と能力を持っていると身をもって理解していた。だからこそ、飼珠に一撃たりとも受けさせたくなかった刺厳は、春花の単騎突撃を迎え撃たずに防御にまわった。

しかし実際の春花は、日影が作り出すナイフ包囲網を完成させるための囮であり補助。詰めの一手を担っているだけだった。動きを封じた後にどちらか一方だけでも倒せれば、勝利は彼女たちへと大きく傾く。奇策を弄さずとも、非情な戦術で追い詰めることができたのだ。

仮に刺厳が強行突破を図るか、飼珠に少しでも余力が残っていれば、結果は違っていたかもしれない。

 

「・・・春花」

 

 瀕死の飼珠が小さな声を勝者へと投げかける。

 

「お、まえは・・・つよい・・・。実に、惜しい・・・な・・・」

 

 悪を責める言葉に、少女は立ち向かっていく。彼女の心では、まだ決着がついていない。

 

「教えて、飼珠。わたしにはわからない。なぜ獣静のためにここまで・・・」

 

 問いを迎えたのは蔑みの笑み。

 

「ひ、ととして・・・の、仁義よ・・・」

 

 当然のことだ、とでも言いたげだった。女にとっては春花の不可解が、理解できない。

 

「あ、たり前、でしょう・・・?この世で・・・唯一、の、母親・・・なのよ?じ、ぶんを、生み・・・育、ててくれた・・・。どんな、形であれ・・・ね」

 

 飼珠の目が虚空を見つめる。その顔に点々と雫が落ちてきた。暗雲が降らせる雨はすぐに量を増し、シトシトと港の空気を冷やしていく。

 刺厳が服の内側から防寒布を取り出し、瀕死の薬使いを包む。大量の血が黄土色の布を真っ赤に染め上げた。

優しい抱擁に目を細めながら、枯れ果てた唇が言葉を紡ぐ。

 

「私は・・・気づい、た。人、形としての・・・自分から、解放され・・・た・・・日々の、中で」

 

 懐かしむように飼珠の口が零していく。

 

「よ、うやく・・・人にな、れた・・・気が、した・・・。人として・・・仁義、に、報いな・・・ければ、と・・・気づいた、のよ・・・」

 

 思い出から帰ってきた女の目が春花へ向けられる。雨に濡れる少女は、理不尽に見舞われたような面持ちで迎えた。

 

「違う・・・獣静は、あなたが苦心するような、価値ある人間じゃない」

 

 春花の心が震える。

飼珠は自分と同じような境遇を経験しながらも、元凶である母親を捨て去らなかった。すべての不条理を受け入れ、生をもたらしてくれたことへ報いようとしたのだ。たとえそれが、操り人形としての生であっても。

獣静に反発し、真に人として生き始めた飼珠が手に入れた仁義。それが再び獣静へと彼女を導いた。今度は確固とした、慈愛の意志を持って。

 それは少女にとって理解しがたい感情と思考だった。今、自らの愚かな母が死のうとしていると知ったら、永命魂を命懸けで奪い去ろうとするだろうか。自分を人形として可愛がっていただけの、あの女を救おうとするだろうか。

・・・答えは否だとわかりきっていた。

 

「善と・・・悪の、差・・・・・・人と・・・心を、捨てた者の、差ね・・・」

 

 死にゆく飼珠の言葉が、春花を惑わす。蛇女時代に乗り越えたはずの罪悪感が、大きく膨れ上がってくる。生き方を選ぶ余地もなく、ただただ死に物狂いで生きてきた自分の心は、そこまで悪に染まりきっていたというのか。忍としてではなく、人として。心を許した者たちに対しては、良き人間であろうとしていた自分が確かにいたはずなのに。仲間と喜び、笑い、切磋琢磨してきた過去にまで、悪が染み渡っていく・・・そんな感覚に、春花は恐れを抱いた。

 

「わしらは確かに悪やった」

 

 唯一平静な日影が、揺れ動く友の代わりに立ち向かう。

 

「せやけど、今はちゃう。抜忍として、新しい生き方に必死になっとる。やっと自分たちだけの生き方を探し始めたとこなんや」

 

 蛇の少女が言い放ったのを聞いて、飼珠が何かに気付いたように和らいでいく。

 

「・・・ああ、同じ、なのね・・・あなたた、ちは・・・まだ、これから・・・」

 

 春花も日影の言葉で少し救われる。今はまだ、飼珠の想いに辿り着けていないだけなのかもしれない。母や善悪の呪縛から放たれ、ようやく仲間と自分たちだけの生を生き始めたところなのだ。

 柔らかな女の顔が刺厳へと向けられる。

 

「・・・刺、厳・・・さん」

 

 呼ばれた刺厳は、飼珠の声色が微妙に変化しているのに気づき、息を止める。男を見上げる橙の瞳は、全てを察していた。

剣士が恐る恐る答える。

 

「知って、いたのか・・・?」

「途、中から・・・なんと、なく・・・そうなんじゃないか、って・・・罪を犯し・・・た、私を・・・守、ろうと、する・・・人なん、て・・・他に、いない、もの・・・」

 

 飼珠の傷だらけの顔が、嬉しそうに微笑む。枯れた喉から出た声は、愛する者への感謝を含んでいた。

 

「お、父・・・さん・・・」

 

 春花が驚きに目を見開く。隣の日影もピクッと体を揺らせた。

言葉を受けた刺厳が、急いでフードとマスクを取り払う。

現れたのは書類で見た飼珠とよく似た、ツリ気味の目と橙の瞳。どこか影のある短い黒髪の壮年だった。痩せた頬の下では、頑固そうな口が一筋の血を流している。

歴戦の手練れを思わせる険しい面持ちが、今は悲しみと後悔で歪んでいた。

 

「あぁ・・・お父さん・・・最期に、会えてよかった・・・」

「飼珠っ・・・すまない、すまなかったっ!飼珠・・・!」

 

 刺厳が飼珠の手を優しく握る。父は何かに気づいた顔をして手を見つめ、娘は希望に縋るような眼差しを向け、一滴の涙を流す。流れ出た親愛の雫は、血に混じって紅となった。

 飼珠は父親の名と顔を知らなかったらしい。刺厳が一方的に彼女を守ろうとしたわけ、二人の秘伝動物が同じ理由もわかった。そして、獣静は女手一つで、好き勝手に娘を教育したということになる。

 親子の再会を呆然と見つめていた春花の脳裏にある予想が浮かぶ。

 

「・・・刺厳、あなたも命長を裏切ったということ?」

 

 刺厳が飼珠を救うために独断で行動していたとしたら、命長の依頼に変更はなかったことになる。図らずも小野が生き延びているため、少女たちの忍務は女の死で完遂される。

しかし目の前の壮年は、ただでは済まないだろう。それでは飼珠の死が無意味になってしまう。

 問われた剣士が春花へ顔を向ける。

 

「それは・・・」

 

 答えようとした刺厳の目が驚愕に見開かれる。一瞬遅れて、抜忍二人も気づいた。

突如、海から大量の水が恐るべき速度と音を伴って、押し寄せてきたのだ!各々が防御や退避を試みるが、全てが手遅れ。激流に吹き飛び、押し流されていく忍たち。

 春花と日影はコンテナに背を打ち付けられて停止する。体中が訴えるケガの痛みに耐えていると、不意に水流が弱まった。水が周囲に広がっていき、港を隙間なく濡らしていく。コンクリに手足をついて、荒い呼吸を整えながら辺りを確認すると、どうやら自分たちのところへだけ鉄砲水が発生したようだ。ありえない。

 

「ひ、かげ、ゴホッ!ちゃん、大丈夫!?」

「心配、あらへんっ、げほ!」

 

 口に入り込んできた水を吐きながら、お互いの安否を確認。二人とも手当てした傷口が、何か所も開きかけている。カスタム傀儡だけはピンピンしていた。さらに警戒していると、春花のすぐ左から叫び。

 

「飼珠ッ!しっかりしろ!!」

 

 隣の積荷前で、刺厳が飼珠を抱えて呼びかけている。水浸しになった女の服が乱れ、赤い胸元が露わになっている。

激痛に耐えて駆け寄った抜忍たちは、飼珠の容態を確認して絶句する。

 開け放たれた服の中、左胸にあるはずの乳房が消失しており、ぽっかりと赤黒い内部をさらしていた。まるで収められていた拳大の何かが取り払われたようだった。橙の目は閉じられてしまい、口がわずかに呼吸しているだけ。

 血が滝のように流れ出る傷口を、傀儡使いが全力で手当てし始める。

 

「春花っ!?」

「何も言わないで!」

 

 治療しながらも、春花には自分がなぜ処置をしているのかわかっていなかった。飼珠の仁義に触れたから?刺厳を憐れんだから?理由はわからない。飼珠はすでに助からない。それでも少女の中の何かが、あまりに儚い女の生を少しでも伸ばすように突き動かしていた。

 

「あれれ?なんで助けるの?春花ちゃん」

 

 海の方から突然ふざけた声が発せられる。治療をしていた春花、見守っていた刺厳と日影、全員の動きが止まる。低くくぐもったその声に聞き覚えがあった。

三人の顔が振り向くと、波止場の端に丸い影が出現していた。はち切れそうなスーツに身を包み、愚鈍な顔をニヤつかせている、醜悪な容姿。

 

「小、野・・・!?」

「あーそれは偽名なんで、カッコイイ忍命『保流』の方で呼んでね♪」

 

 小野だった男が、雨の中で『ホリュウ』と名乗る。

全員が混乱に飲まれる中、保流の右手にある赤黒い物体の正体を察して、刺厳が怒りを放つ。

 

「貴様、永命魂回収が目的かッ!」

「ご名答~」

 

 顔の横に掲げられた楕円形のソレは血のように赤く、ぶよぶよとした表面が規則的に脈打つ。表面からは細い管のようなものがいくつも伸び、先からは飼珠のものと思われる血が滴っていた。内部では鼓動に合わせて赤い光が明滅する。

飼珠が死を覚悟して盗み出し、命を賭して獣静へおくろうとしていた禁忌薬は、狡猾な中年男に奪われていた。

 

「なんや、命長は裏切りモンばっかやな」

「それは違うよ、日影ちゃん」

 

 日影の感想に、保流が笑顔で解説を述べる。

 

「だって僕は元命長だけど、今はフリーの悪忍だもん」

「なん、ですって・・・!?」

 

 小野は無能な一般人に成りすました忍だった。しかも命長の手先ですらなかったのだ。春花と刺厳の体を、怖気が通り抜けていく。思わず顔を見合わせた二人は、後悔と自責の念を確認し合った。

保流が命長の忍ではなかったということは、飼珠の暗殺依頼自体も偽りだったということになる。当然、報酬の件も大嘘。刺厳が命懸けで娘を守ろうとしたことも、保流が招いた不幸だった。少女たちが戦う必要も、飼珠を殺す理由も、本当はなかったのだ。

 春花の胸中で小野、いや保流への怒りが再燃する。今度は苛立ちなどでは収まらない、利用され愚弄されたことに対しての本気の憤怒だ。

 

「お前は初めから永命魂目当てで、わたしたちに飼珠を殺させたのね」

「そういうことだね。いやしかし、嘘の話だったのに命長の監視役がやってきたのにはびっくりした。ねぇ~?指党組の残党君?」

 

 保流が刺厳へおちょくるように話を向ける。剣士の顔は激怒と悔恨を表していた。

 

「・・・私も元命長だ。貴様を謀るつもりだったが、全て知っていたのか。貴様が命長からの依頼で飼珠の暗殺を目論んでいると聞いて、阻止するためにここへ来たというのに・・・!」

「それって・・・!」

 

 春花の閃きを遮るように、保流が大きく笑う。低く下卑た笑い声は、聞く者を不愉快にさせる。

 

「じゃあ僕を命長側の人間だと思ってたんだ!バカだねぇ~!情報を買うなら信用できる筋から買わなくちゃ」

 

 刺厳は挑発には乗らない。彼も真相を欲していた。

 

「私は三日ほど前に暗殺計画を知り、先手を打とうとした。だが探せど探せど、貴様を見つけることはできなかった。一体何者なのだ」

「ただのフリーの悪忍だって。ま、見つけられなかったのも無理ないけど」

 

 言いつつ、左手の親指で後ろに広がる暗い海を指す。

 

「僕は海に隠れられるからね」

 

 刺厳と春花が苦い顔になる。先ほどの鉄砲水は保流の忍法なのだろう。水を操る忍なら、一定期間を海中で過ごすことができてもおかしくない。さらに言えば、海への逃走が可能ということだ。余裕を見せてベラベラと話しているのも、逃げ切る自信があるからだろう。実際、海中へ潜っていく相手に、抜忍たちと刺厳は打つ手がなかった。保流は戦場まで抜かりなく設定してきていたのだ。

 しかし希望は捨てない。時間を稼いで真相と隙を探る。

 

「紅蓮隊に偽の依頼をしてきたワケは?わたしと日影ちゃんを指名した理由はなに?」

「紅蓮隊が一番若くて小さい組織だったからだよ。春花ちゃんと日影ちゃんを選んだのは情報屋の推薦と、僕との相性を考慮した結果だ。本当は未来ちゃんに会いたかったんだけど、貫通力と速度の高い銃撃はちょっとキツイ。あ、春花ちゃんと日影ちゃんへの好意はリップサービスだからね?」

 

 春花が奥歯を噛み締める。悔しいが、中年の言う通りだ。先の鉄砲水や滝のような壁を作られれば、春花の薬品や日影のナイフは激流を突破できない。傀儡は水の中を進めるが、単体では打ち負かされてしまうだろう。細身の剣を使う刺厳も、激しい水圧には成す術がない。

もし紅蓮隊仲間で灼熱の刀を使う焔や、大剣で貫く詠、そして未来の誰か一人でもいれば、保流に難なく対抗できた。こちらからすれば、相性が悪すぎる相手だ。

 

「どないせいっちゅーねん」

 

 日影も手詰まりの認識。やはり依頼の電話がかかってきた段階で断るべきだった。電話口の女性は変声機か機械音声、もしくは小金で雇った無関係な人間だったのだろう。書類もこの男が作った偽物。無能と無知な演技は、命長への追求と計画の露見を阻むため。唯一本物だったのは、元指党組である刺厳の情報だけだ。それも、自らの目的のために報告したに過ぎない。保流は刺厳が元命長であることも知っていたのに隠していたのだから。

 雨の中で丸い男が右手の禁忌を眺める。

 

「これがあれば、命長なんて潰してやれる。僕を使い捨てにした無能な企業を」

「どうせ逆恨みでしょ。小物ね」

 

 春花の言葉に、保流が真顔になる。

 

「僕が、小物だと?」

「ええ、小物よ。図体が無駄に大きいだけで、器も胆も小さい使えない豚。だから命長に切り捨てられたんでしょうね。当然よ」

「やめろ」

 

 侮辱された男が低い声を出すが、少女の口は止まらない。

 

「いい年して女の子なんかにビビっちゃって。命懸けで奪いに来れない忍なんて無価値よね。忍失格。それどころか男としても最底辺。まず容姿が最悪。それに汗臭いし汚らしい。養豚場の豚さんたちの方が清潔なんじゃないかしら?・・・ということは、豚としても最下層ってわけね。まったくおいしそうには見えないから食肉にも適さないし、捨てるしかないわ。って、もう命長に捨てられてたわね」

「黙れえェッ!!」

 

 耐えかねた保流が左手から高速の水鉄砲を放つ。飛翔した水の弾丸は、頭を左へ傾けた春花の背後、コンテナに当たって飛び散った。

 

「短気も嫌われる一要素なの知ってる?」

「ぼ、僕を怒らせて戦闘に引き込もうたって、そうはいかないぞ」

 

 思惑は見抜かれていた。海際から離せれば勝てる可能性はあるのだが、相手も目的達成を間近にして必死なのだ。

心を落ち着かせるために深呼吸した保流が、醜い笑みを浮かべて宣言する。

 

「じゃあな、クソども。負け犬がいくら吠えようと、勝負に勝ったのは僕なんだ!」

 

                                      第八話へ続く

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