西行寺さんちのフランドール   作:cascades

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ファウストはメフィストフェレスに心を売って明日を得た。
マクベスは3人の魔女の予言に乗って地獄に落ちた。
小野塚小町はフランドールに己の運命を占う。
ここ地獄の街で明日を買うのに必要なのは、地獄ドルと少々の危険。


18/01/21 偽名を使ったのに挿絵でもろバレな件について
18/01/21 誤字報告、有難う御座いました。



1_11_取引 #

取引

 

 あたいは面倒ごとが嫌いである。

 この前もフランちゃんの減刑嘆願書を貰う為、地獄中を駆けずり回ったり、上司からは天狗のジャーナリストに情報を流せと言われたり面倒な事が起きすぎている。

 あたい、小野塚小町は面倒な事が起こらず、適当に三途の河の船頭ができれば十分である。

 どうやら今年は厄年らしい。

 

――1980年代 地獄

 

 

 500年前、地獄で十王様たちを追い出すクーデター計画があった。

 あたいはクーデターを画策した、罪人と癒着している鬼神長の下で船頭の仕事をしていた。

 仕事といっても、当時死神の船頭も多かったので、ちょっと仕事をするだけで後は飲めや歌えの楽しい職場だった。

 それが十王様たちの目に留まったのか、ある時お叱りを受けた。

 だが、あたいの上司である鬼神長は反省するどころか、お叱りを受けた事に腹を立て、ついには十王様たちを追い出そうと言い出したのである。

 十王様たちを追い出す事に、あたいは反対だった。

 死者の裁判を十王様たち以外の誰が出来るというのか?

 そんなことをのたまったら、捕縛され、牢屋にぶち込まれてしまった。

 あたいをボコボコにして捕縛してきたのは、かつての飲み仲間たちだった……。

 しかし、あたいはある人のおかげで、クーデター計画を十王様たちに垂れ込む事ができた。

 結果、粛清対象から外れる事はできたものの、大勢の仲間たちが西行寺様に殺された。

 今でも西行寺様にお会いすると、複雑な気分になる。

 

 

 粛清が終わり、是非曲直庁設立後は新しい閻魔様である四季映姫様の下で船頭の仕事を与えられた。

 それとは別に年長者の死神に課せられているシークレットA級の任務がある。

 それは新しい閻魔様を育て、導くこと。

 前回、自由にやらせた結果、罪人と癒着した鬼神長を生み出してしまった。

 だから、今回はそうならない様に新しい閻魔様を道から外れない様にサポートするのが我々の仕事となった。

 しかしキャリア組である、書記官の死神は自分のキャリアに傷がつくのではないかと恐れて閻魔様の行動にあまり口を出さない。

 船頭である自分はキャリアなど気にしないので、ズバズバ発言してしまっている。

 最近は何故か白玉楼の西行寺親子にご執心であった。

 四季映姫様の考えでは地獄と冥界の戦力バランスを均等にする事を目指されている。

 だが残念ながら西行寺様という戦力と釣り合うだけの戦力が現状是非曲直庁には存在しない。

 四季映姫様はフランちゃんを西行寺様から取り上げ、鬼神長の下に付かせたがっていた。

 確かにそれで戦力バランスは均等になるだろう。しかし時期が悪い。

 フランちゃんはまだ子供だし、西行寺様は親としての義務を果たされている最中である。

 反対を表明したが、意見を聞いてくれなかった。

 子供を親から取りあげる事がどれほど恐ろしい事か理解していない様だった。

 しかも相手はあの殺戮マシーンの西行寺様である。

 温厚ではあるが、()る時は()る女である。

 暗殺の危険もあったが、西行寺親子に情報を流した責任をとって、いざとなれば身代わりになるつもりだった。

 あたいの四季映姫様の教育方針としては、最初は自由にやらせ、何度か痛い目に遭ってもらい、学習してもらう形式をとっている。

 暗殺未遂という、肝の冷えた思いをされて少しは懲りたのかと思ったら、また別の計画を立てられた様だった。

 どうやらもう一度ぐらい、痛い目に遭わないと治らない様である。

 相手との距離感というか、相手の立場に立って物事を考える事などが欠落している様に思われる。

 四季映姫様にも困ったものだ。

 それにしてもただの殺戮マシーンだと思っていた西行寺様も随分と丸くなったものだ。

 以前の彼女だったら、禍根を残す様な真似はせず、すぐに暗殺していただろう。

 もしかすると、フランちゃんに『殺す』ところは見られたくないのか、あるいはやらせたくないのか。

 子供の親になって牙が抜けたか……?

 その甘さが命取りにならなければ良いが。

 あたいは西行寺様には複雑な感情を抱いているが、西行寺親子は気に入っている。

 

 

 とりあえず、紆余曲折あったが、今日も一日船頭の仕事だ。

 船頭の仕事は力仕事できついところもあるが、あたいは死者と話す事が好きなので、自分の性分にあっているといえる。

 こんな仕事をしていて、一番の楽しみは何か? 食事か? 昼寝か? いや、給料日だろう。

 今月は四季映姫様を白玉楼まで送る護衛役をやったおかげで、危険手当もついた。

 

「おお、今月の給料は2,500地獄ドルじゃないか~。いきつけのバーに行ってウイスキーでも呑むかな~」

 

 そう、給与で支払われる通貨、『地獄ドル』である。

 是非曲直庁の財務部は地獄で信用ある通貨を発行した。

 理由として、是非曲直庁の財源は、三途の河の渡し賃や、中有の道の屋台の売り上げで賄われているのだが、死者が落としていく通貨がまちまちだったり、貨幣価値が違ったりと、統一する必要が出てきたからである。

 あたいら三途の河の船頭は、三途の河の渡し賃をいったん是非曲直庁の財務部へ納める必要がある。

 船頭の給料は基本給プラス出来高制なので、実際給与として支払われるまで、どれぐらいの額を稼いだのか、よくわからなかったりする。

 それでも徳の高い死者ほど、多くの渡し賃を持っているので、優先的に運べば給与はよくなるのである。

 他の死神の船頭は皆そうしているが、あたいは分け隔てなく運んでいる。

 徳の低い、悪いやつと話すのも面白いからである。

 職務中の行動ぐらい、地獄の民らしく、自由に行動したい。

 自由に行動して、適当に仕事して、たくさん稼げれば悪くないのだが、実際そうはいかない。

 

 

 今日は同僚を誘ってみたのだが、来られないとの事だった。男でもできたのか?

 仕方がないので、1人で目的の店がある、地下への階段に足を踏み入れる。

 ギシギシと鳴る階段は今にも壊れそうで、創業何年なのかが気になるところだ。

 階段を降り切ると、古めかしいが重厚な扉がある。

 この扉こそ、地獄の19丁目18番地にある、バー『1918』の扉だ。

 酒とたばこ、質を問わなきゃなんでもある。

 扉を開けると呑み屋特有のアルコールとヤニの匂いが漂ってくる。

 店内に入ると、あたいは知り合いの白髪で丸眼鏡をかけているマスターに声をかけた。

 

「久しぶりだね、マスター」

「いらっしゃい、小町さん。景気はどうだい?」

「何とか生き延びてるよ」

「そいつは良かった」

「マスター、ウイスキーと水たばこを吸わせておくれよ」

「両方合わせて15ドルだよ」

「はいよ」

 

 あたいは懐から10ドル紙幣と5ドル紙幣を取り出した。

 

「今なら6番テーブルが空いているよ。水たばこは用意するから待ってな」

 

 むむ、混んでいる様でいつもの3番テーブルには先客がいた。

 テーブルの配置はカウンターを囲う様にコの字型に6卓配置されている。

 マスターに話しかけやすい3番テーブルがあたいのお気に入りの席だった。

 仕方がないので、出されたウイスキー片手に端っこの6番テーブルに座った。

 ほどなくして、うっすらと紅く燃える炭が載せられた、水たばこをマスターが持ってきてくれた。

 こぽこぽと水たばこを吸いながら考える。確かに今日は給料日。

 酒とたばこをやりながら、日ごろのうっ憤を晴らそうと考える奴も多いのだろう。

 あたいもそんな一人だ。

 

 

 ウイスキーも3杯目に突入した頃、やっとマスターに近い3番テーブルが空いた。

 移動しようか考えている所に、この辺では見かけない顔の女性が入店してきた。

 髪はあたいと同じ赤色で、服装は黒のきわどい服に白衣を纏い、頭に赤いボール状のものを載せていた。

 一見すると奇妙なファッションの人物だった。

 その女性は店内を通覧してからマスターに声をかけた。

 

「人を探しているのだけれど」

「その前に何か頼みなよ」

「ワインをお願いするわ」

「グラスで7ドルだよ。ボトルだったらピンキリだね」

「100ドル出すわ。残りはチップにして構わないからボトルでお願い」

「こりゃどうも」

 

 コルク栓の抜かれたワインボトルとグラスを出されると、その女性はいったんマスターに一番近い3番テーブルに座り、ワインをあおり出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 上物のワインボトルがすぐに空になった。

 マスターは目を丸くしてその人物に話しかけた。

 

「強いんだね、あんた」

「昔から飲んでいたからね。なかなか美味しかったわ。それはそうと、そろそろ最初の話題に戻りたいんだけど」

 

 女性は席から立ちあがり、マスターのいるカウンターに近づいた。

 

「いいぜ、聞いてくれ」

「この辺で『距離を操る程度の能力』を持っている地獄の民が出入りしているって聞いたんだけど、誰だかわかるかしら?」

 

 あたいの事である。

 吸っていた水たばこで、むせそうになる。

 マスターはチラッとこちらを見てから答えた。

 

「知らねぇな」

 

 女性は100ドル紙幣をマスターに無言で渡す。

 

「……知らねぇ」

 

 さらに100ドル紙幣をマスターに渡す。

 

「……ああ、知っている。6番テーブルの赤髪の女だ」

 

 ……どうやらあたいはマスターに売られた様だ。

 その女性はワイングラス片手にあたいの座っている6番テーブルの向かい側で立ち止まった。

 寒気がするほどのいい笑顔だった。

 緊張が体を駆け巡り、持っていた水たばこのパイプを落としそうになる。

 

「こんばんは、死神さん。相席してもよろしいかしら」

「こ、こんばんは、どうぞ」

「ありがとう」

 

 緊張して口ごもってしまった。

 女性はお礼を返すと、向かいの席に座った。

 

「私はドクター・カーター、精神科医よん」

 

 あからさまに偽名だ。

 男性名を女性が使うわけがない。

 さて、どうする? こちらも偽名を使うべきか。

 

「あたいは小野塚小町」

 

 この女性は格上の相手だってのは気配でわかる。

 ここは素直に答えた。

 機嫌を損ねたら大変そうだ。

 もう起こってしまっているが、これ以上の面倒ごとは御免である。

 

「それで、そのカーター先生は、あたいに何の用だい?」

 

 カーターと名乗る女性は目をつむり、わざとらしく手をかざしてきた。

 

「私にはわかる、あなたはフラストレーションがたまっている。いい傾向ではないわね」

「……」

 

 女性は手をかざし終えると、ニヤッと笑った。

 欲求不満か、と問われれば確かにそうだ。

 あたいは自由に行動して、たくさん給与が欲しい。

 だが、雇われの身であるのなら、その願いは叶わない。

 

「原因は自由に行動したいけれど、給与に直接響くってところかしら」

「どこまで調べているんだい?」

 

 さとり妖怪でない限り、わかる筈がない。

 相当前からあたいの事を観察していた事になる。

 あたいが是非曲直庁所属の死神というところまでは既に調査済みという感じか。

 しかし何故?

 

「私はその悩みを解決できるかもしれない、と言ったら興味が出る?」

「……」

 

 あたいは即答を控えた。

 興味がない、と言ったら嘘になる。

 

「もしも、興味がある、と言ったら?」

「興味があるなら、すぐに私の事務所に行きましょう!」

 

 その女性はあたいの手を握ってきた。

 

「ちょっとちょっと! 待っておくれよ! まだ水たばこを吸い終わって……」

 

 あたいが言い終わる前に、体に浮遊感があった。

 あたかも自分の能力、『距離を操る程度の能力』を使った様な感覚だった。

 

 

 

 

 あたい達が到着した場所は緑豊かな場所で、ぽっかりと穴があけられたかの様にギリシア風建築の宮殿が立っていた。

 入り口には装飾が施された巨大な柱が6本並び、その奥にはガラス窓と木製のドアが並べて配置されていた。

 

「さあ、私の事務所はこっちよ」

 

 案内されるがままに、ドアから宮殿の内部に足を踏み入れたのだが、内装が血の色の様に朱く、趣味が悪い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 次に目に入ったのは宮殿中央にある池で、そこに立っているものは、3つの体を持つ女神、ヘカテの像であった。

 不思議な事にその像の頭上には大きな玉があり、アルファベットで『THE WORLD IS YOURS』と刻まれていた。

 『世界は君のもの』とは大きく出たものである。

 こんな贅沢な宮殿を立てるぐらいだ、ここの住人は相当うぬぼれているのか、それとも本気(マジ)なのか。

 前者であれば、適当にあしらえばいいだろう。

 ただ後者だった場合、厄介ごとが大きくなりそうだ。

 

「ほらほら、こっちよん」

 

 足を止めて、少し考え込んでいた様だ。

 カーター先生は2階中央のテラスから、あたいを呼んでいる。

 先ほどのヘカテの像を囲う様に左右両側から大理石の階段が上へと伸び、2階中央のテラスに繋がっていた。

 テラスには小ぢんまりとしたドアがあり、どうやらそこが事務所の入り口らしい。

 カーター先生は先に入ってしまったので、あたいは階段を上り、ドアの前でノックをすることにした。

 

「どうぞ入って頂戴。歓迎するわ」

「失礼します~」

 

 事務所の内装も豪華の一言で、テーブルは鏡の様に磨かれた、巨大な黒色の御影石が使われていたし、燭台は装飾を施された物が壁伝いに並び、ガラス窓には高級そうなカーテンが巻かれていた。

 御影石のテーブルにはペンスタンドと電話機が置かれていた。

 カーター先生はというと、革張りで背もたれの上部に髑髏を象った装飾が付いた、ひじ掛け付きの椅子でふんぞり返っていた。

 あたいは来客用の椅子に座らず、御影石のテーブルに両手を載せて前かがみになり、目線をこの女性に合わせてから、疑問をぶつけてみる事にした。

 但し、ドえらい人だったら困るので、一応、敬語で。

 

「カーター先生、そろそろ本当の名前を教えて頂いてもよろしいですか?」

「え? ドクター・カーターじゃ不満?」

「不満も何も偽名じゃないですか、どう考えたって」

「あらん、よく気付いたわね」

 

 馬鹿にされているのか、試されているのか。

 

「私の名前はヘカーティア。ヘカーティア・ラピスラズリ」

「……」

 

 あたいは息をのんだ。

 ギリシア神話の冥府神の一柱であり、その地位はハーデス、ペルセポネに次ぐ第3席である。

 格上の相手だとは思っていたが、まさかこれほどとは。

 先ほど宮殿中央にあった、3つの体を持つ神、ヘカテの像その人であった。

 彼女は、地球・月・異界の3つの世界で同時に身体を持っており、それぞれ自由に行き来が出来る、まさに『世界は君のもの』を体現している様な女神様である。

 

「黙るって事は、私の事を知っていたのかしら?」

「ええ、まあ」

「なんで?」

「いやぁ、同僚にギリシア神話が好きなやつがいまして……」

 

 頭をかいて、適当な嘘を付いておく。

 ここで話題を変えて有耶無耶にしてしまおう。

 

「地獄の女神様直々のご指名とは、光栄の極みです。なぜ死神の中でも落ちこぼれのあたいなんですか?」

 

 わざとらしく、深くお辞儀をしてから、前々からの疑問をぶつけてみた。

 なぜあたいなのか、その真意を聞き出したい。

 

「そうねぇ、死神の中で一番自由を求めてるって事と、あなたの能力が便利そうだったから」

「能力はわかりますが、自由を求める事が大事なのですか?」

「この地獄じゃ、一番大切な事は自由を求める事だと思っているわ」

「確かにほかの死神連中は職務に忠実ですね」

「だから探したのよ。自分の足を使ってね」

 

 やはり以前からあたいの事を監視していたのは確かな様だ。

 しかし、女神様直々に調べたのか?

 

「ご自分で調査されたのですか? 部下を使わず」

「部下はいることは、いるんだけどね」

「信用しているのは自分のみって事ですか」

「その通り、自分以外に誰を信用できる? 誰もいない」

 

 今まで微笑みを浮かべていたヘカーティアさんは、ここにきて笑みの無い顔をした。

 強いがゆえに、孤高なのかもしれない。

 だが『友達』が欲しいのなら、あたいを事務所に連れ込んだりはしないだろう。

 わざわざこんな辺境の一室に招かれているのだ、必ず本題があるはずだ。

 ここは同じ志を持っている所を攻めてみるか。

 

「あたいに何をさせたいんですか? 自由を求める『同志』じゃないですか、腹を割って話しませんか?」

「それもそうね。私が気になっているのは、最近噂になっている『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持っているという吸血鬼の事なの」

 

 あたいが四季映姫様に命令されて地獄中に流しまくった噂だ。

 まさかこんな大御所の方の耳にも入るとは思いもしなかった。

 

「私としては、そんな危ない能力を持っている奴はさっさと始末するか、手元に置いておきたいのよ。だから噂が真実かどうか確認したいの」

 

 あたいも真実は知らない。

 だが今までの証拠でほぼ間違いない事実だろう。

 

「あたいの認識では真実かと思いますよ」

「『思います』じゃだめなのよ。私が欲しいのは真実そのもの。確定事項じゃないとダメなの」

「わかりました……」

「それとその吸血鬼が所属している是非曲直庁の動きが知りたいの。私はその吸血鬼が所属する事によって是非曲直庁が脅威となる組織なのか、それとも取るに足らない組織なのかを見極めたいの。それを内部から見る『目』が欲しかったのよ」

「あたいにスパイになれと?」

「なれ、じゃなくてなるのよ。これから」

「えーと、拒否権とかはないんですか?」

「服従か死か、どちらがいい?」

「……」

 

 ヘカーティアさんはいい笑顔だった。

 きっと、本気なのだろう。

 背中に嫌な汗が流れる。

 どうやら覚悟を決めるときが来た様だ。

 彼女はさらに言葉を続ける。

 

「別にタダでやれって言ってるんじゃないわ。仕事を受けてくれるかわりに、月1,000ドルでどうかしら。これであなたは自由に行動できるようになれる筈よ」

「安すぎるねぇ。その3倍の3,000ドルは貰わないと!」

 

 あまりの安さに落胆したのと同時に、声を大にしてあたいは言った。

 敬語もここまでだ。

 

「ちょっとちょっと、信用もないのに高すぎるんじゃないかしら」

「服従か死か。あたいはその覚悟に見合った報酬が欲しいねぇ」

 

 あたいは家の棚に置いてある死神の鎌と自分の手の『距離』を0にして瞬時に鎌を取り出した。

 今度は『距離』を弄って、相手の傍らへ瞬間移動する技を使い、死神の鎌を彼女の首元に突きつけた。

 いつ命を取られてもおかしくない状況でもヘカーティアさんは笑顔のままだった。

 試してみるかしら、と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 

「言っておくわ。あたいは汚い奴以外には汚い手は使わない。あたいの武器はガッツと信用! それを汚す事はしない!」

 

 あたいは自分の決意も含めて力強く言い放った。

 笑顔のヘカーティアさんと少し見つめあってから、死神の鎌を手元から消して、元居た御影石のテーブルの前に『距離』を弄って瞬間移動した。

 その後、わざとらしくお手上げのジェスチャーをする。

 

「あたいを信用しないなら、どうとでもしてくれ」

 

 相手は地獄の女神。

 あたいの殺生与奪権は現状ニコニコ顔のヘカーティアさんが握っている。

 彼女の言葉を待っている数秒を長く感じられた。

 

「あなたはハートでしゃべっている。度胸もあるし、能力も便利そうね。気に入ったわ。要求通り3,000ドル支払いましょう。そのかわりキリキリ働いてもらうんだから」

「それでは、取引成立という事で」

 

 あたいの口調も敬語に戻す。

 ヘカーティアさんはというと、姿勢を正し、笑顔から真顔になっていた。

 目を細めてから、あたいに対して警告をしてきた。

 

「ひとつ言っておくわ。二度と言わないわよん」

 

 つぶやかれた瞬間から、周囲温度が2~3℃低くなった気がした。

 そう思ったのもつかの間、ものすごいプレッシャーを与えてきた。

 その重圧であたいは声も出せない。

 

「裏切るな。裏切りは許さないわよん」

 

 あたいは首を縦に振る事しかできなかったが、重圧が嘘の様に消えていた。

 ヘカーティアさんはまた笑顔になって、気さくに話しかけてきた。

 

「それじゃ、あなたのコールサインから決めないと。アヌビスなんてぴったりじゃないかしら?」

「エジプト神話、冥府の神の名を頂くのは畏れ多いです」

「他は……そうね、エンジェルというのはどうかしら?」

「『死神』に『天使』ですか」

 

 死神に天使。

 実に皮肉が効いている所が気に入った。

 

「不満かしら?」

「いえ、特に不満はありませんよ。ただ、切り刻まれて殺されそうな名前だなーと」

「何よそれ。不満がなければ、エンジェルで決定するわね」

 

 そういえば、ヘカーティアさんのコールサインを聞いてなかった。

 あたいはヘカーティアさんに声をかける事にした。

 

「ヘカーティアさん」

「何かしら?」

「あなたは、どうお呼びしたら宜しいでしょうか?」

「ドクター・カーターでいいわよん」

「折角ですが、『同志』と呼ばせて下さい」

「それで構わないわ」

「では同志ヘカーティア、なんなりとご命令をどうぞ」

 

 またわざとらしく、深くお辞儀をする。

 

「まず欲しいものは是非曲直庁の組織図ね。もちろん名前入りのものよ」

「承知しました。期限は? できれば、正式な手順を踏みたいのでお時間を頂ければ幸いです」

「半年の期間をあげましょう」

「ありがとうございます。半年と期間が空きますが、その間どういたしましょうか」

「ひと月ぶんの給料と経過報告のために、私の部下を例のバーに行かせるようにするわ」

 

 例のバーというと、バー『1918』の事だろうか。

 行きつけの店だし、問題はなさそうだ。

 

「部下の名はクラウンピース。地獄の妖精よ。コールサインは『ランパース』」

 

 バーには見慣れない妖精の羽を辿れ、と。

 

「それにしても、ずいぶん慣れているみたいね、初めてとは思えないわ。あなた、スパイの経験があるんじゃないのかしら」

 

 痛い所をついてきた。うまくごまかそう。

 

「実のところ、是非曲直庁の上司からスパイまがいの仕事を請け負っていまして。自分の担当している幻想郷で要注意人物を監視しろと、無給で」

「無給で!?」

 

 ヘカーティアさんは驚いた表情をとったあと、やれやれという表情をとった。

 

「調査するまでもなく、是非曲直庁は財政難でブラック化が進んでいそうね」

「あたいは監視するフリして幻想郷の各地で居眠りしていますよ」

「私の仕事はきちっとしてもらうんだから。ほら、前金で3,000ドルよ」

 

 ヘカーティアさんはテーブルの引き出しを開けると、封筒に入った札束を渡してきた。

 札束を数えてみると、確かに3,000ドルある。

 

「確かに3,000ドル領収しました。領収書は出ませんよ?」

「構わないわ」

 

 ここで少し不安になったことがある。

 ヘカーティアさんのお金の出どころだ。

 一体どんな事業をやって稼いでいるのだろうか。

 

「所で、ヘカーティアさん。お仕事は何をなさっているのでしょうか?」

「地主みたいな事をしているわ」

「地主ですか……」

「ご想像にお任せするわ、信用が上がればそのうち教えてあげる」

 

 ヘカーティアさんは不敵な笑みを浮かべた。

 

「今度は私から質問をするわ。あなたは噂の吸血鬼の事はどこまで知っているのかしら?」

「フランちゃんの事なら大体知っていますよ」

「へー、噂の吸血鬼はフランちゃんっていうの。正式な名前は?」

「幼名フランドールです」

「フランドールねぇ……。ああ、話が長くなりそうだから座って座って」

「はあ」

 

 あたいは促されるまま、来客用の椅子に腰を掛けた。

 

「飲み物は何が良いかしら? ウイスキー? ワイン?」

「ウイスキーを」

 

 ヘカーティアさんは窓際に置いてあった、グラスと酒のセットを持ってきた。

 二人分のグラスを取り出すと、おもむろに手をかざした後、フィンガースナップを行った。

 不思議な事に球状の氷が瞬時にグラスの中にできていた。

 

「凄い、流石は魔術を司る神……」

「こんなのは序の口よん」

 

 そう言いながら、氷の入ったグラスにウイスキーを注ぎ始めた。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 あたいはウイスキーの入ったグラスを受け取り、お礼を言った。

 

「それじゃあ取引成立を祝って乾杯といかない?」

 

 ヘカーティアさんはあたいのグラスに自分のグラスを近づけてきた。

 あたいもグラスを近づける。

 

「乾杯」「乾杯」

 

 あたいは一口ウイスキーを飲んだ。

 美味しい。どうやら上物の様だ。

 

「どこまで話したっけ。そうそう、噂の吸血鬼はフランドールというのよね。それにしても、あなたは大体知っていると言っていたけど、どうして?」

「フランちゃんは幻想郷という地域の冥界に住んでいるのです。あたいも同じ地域の三途の河の船頭をやっている関係で、業務報告書を取りに行くなどフランちゃんとの関係が深いんです」

「そうなの。いつ頃からの関係なのかしら?」

「フランちゃんは約500年前、赤子の状態で冥界に送り込まれたんです」

「500年前……。是非曲直庁ができた後? できる前?」

「できた後ですね」

「新世代の鬼なのね。赤子の状態だったという事は、保護者がいるって事かしら?」

「ええ、西行寺幽々子様という冥王の母親がいます。血は繋がってないですが」

「その西行寺幽々子はどんな能力を持っているのかしら?」

「『死を操る程度の能力』を持っています」

「……母親の能力も大概ね」

 

 ヘカーティアさんは目を見開き、少し震え声になっていた。

 

「ええ。地獄の大粛清は彼女の仕事ですし」

「恐ろしいわね。その能力、神にも通るのかしら?」

「通ると思いますよ。この間、閻魔様を暗殺しようとしていましたし」

「随分と好戦的ね。まるで抜身の刃物じゃない」

「いえ、普段は温厚な方なんですよ。こちらが娘を取りあげる様な真似をしようとしたので怒ったんだと思います」

「母親から子供を取りあげる? そんな事をしようとしたの? 母親がそんな恐ろしい能力を持っているのに? あなたの上司は自殺志願者か何かかしら?」

 

 ヘカーティアさんはあきれた表情をしていたが、あたいは肩をすくめて釈明した。

 

「何分、閻魔様もまだ幼いので、相手との距離感というか、相手の立場に立って物事を考えるとか、その辺を理解していない様なんです。仕事はご自身の能力で出来るので、変に自信を持っちゃってて」

「あなたも大変ね」

「ゆっくり育てていくつもりです」

「あなたの上司の事はもう良いわ。もしもフランドールを私の手元に持ってくるなら母親も一緒じゃないとダメっぽいわね」

 

 うーん、とヘカーティアさんは少し考える仕草をした。

 あたいはウイスキーをあおり、のどを潤した。

 

「決めた。後々協力関係を築きたいから誘拐するときは二人いっぺんに誘拐することにしましょう」

「誘拐しておいて協力関係なんて築けるんでしょうか?」

「大丈夫大丈夫。長期間軟禁して『ストックホルム症候群』を引き起こさせればいいのよ。でもそれにはまず誘拐する為の弱みを握らないと……」

「妖夢という庭師見習いがいるので、そいつを人質にすれば宜しいかと」

「庭師見習い程度で人質としての価値はあるのかしら?」

「フランちゃんは大層気に入っていて、とても大事にしています。十分価値はあるかと思います」

「大体の誘拐計画はできたわね」

「いつ実行されるのですか?」

「あなたが『真実』を掴んだ後かしら。だからだいぶ後だと思うわよ。それこそ20年とか30年後ぐらいかしら」

「だいぶ先なんですね」

「あなたが『真実』を早く掴めば、もしかすると繰り上げで実行に移すかもね」

「あたいは上司次第ってところですか。西行寺親子の身辺を嗅ぎまわるには、命がいくつあっても足りないので、上司の計画に乗っかります。それまでお待ち頂ければかと」

「わかったわ。あなたの報告を待つことにするわ」

 

 あたいはさらにウイスキーをあおり、飲み干した。

 緊張していてハイペースで呑んでしまったので、少し良くわからない感じになってきた。

 ヘカーティアさんは空になったグラスにウイスキーを入れてくれた。

 

「思い出した事があるんだけど、質問いいかしら? って酔っているわね」

「大丈夫ですよ~」

「閻魔って浄玻璃の鏡を持っているんじゃない? この密会の内容は筒抜けになるのかしら?」

「自分の部下の記憶を浄玻璃の鏡で見る事は、自分自身の信用を貶める行為として忌諱されています」

「それは部下の任命責任みたいなものかしら?」

「ええ。もしも部下に浄玻璃の鏡を使ったら、自分で決めた部下を信用できないのか、という事になってしまいます」

 

 今までバレずに済んでいたんだ。

 今後も大丈夫だろう。

 あたいは、またウイスキーをあおった。

 

「後、閻魔様の仕事である裁判以外で、みだりに浄玻璃の鏡を使う事も忌諱されています。プライベートで使ったら、それこそ本当に嫌われてしまうので。でも背負っている罪の重さがわかる悔悟棒を持っているので、余りにも重い場合は浄玻璃の鏡を使うみたいです」

「そして説教をする、と」

「そうですね、だから説教時は浄玻璃の鏡を常用していると錯覚させてしまい、避けられてしまっているのでしょう。地獄に堕ちない様、閻魔様の親切心からの説教なんですけどね」

「とりあえず、気になっていた事は解決したわ」

 

 話も終わった様なので、グラスに入っているウイスキーを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 ヘカーティアさんは上機嫌で私を玄関まで送ってくれた。

 

「たまにここで今みたいな飲み会を開かない?」

「いいですよ~。こんなに美味しいウイスキーなら大歓迎ですよ~」

「それじゃあ隔月の第3水曜日辺りで」

「謝礼もその時に一括でもいいですよ?」

「ダメダメ。しっかり毎月払わないと。その方がいいでしょう?」

「ええ、こちらとしてはありがたいです」

 

 あたいはヘカーティアさんから解放されたので彼女の屋敷を後にした。

 緊張したので腕を上に上げて伸びをする。

 

「う~~~ん、それにしても随分と辺鄙な場所まで来たな」

 

 どこだここは。帰れるのか?

 

「面倒ごとは御免なんだけど……」

 

 面倒ごとは御免だが、地獄の大物、ヘカーティアさんと取引ができた。

 月3,000ドルという現金とヘカーティアさんの情報。

 きっとあのお方もお喜びになるだろう。

 

「ふふっ」

 

 あたいは今後起きそうな騒動を予感して少し笑った。

 

「『たまには、火薬の臭いを嗅ぐのも悪くない』」

 

 




 ヘカテの商売には死の匂い。

 最後までお読み頂き、ありがとうございます。
 映画『Scarface』(邦題:スカーフェイス)のオマージュを入れさせて頂きました。
 屋敷の挿絵は主人公トニーの屋敷を参考にさせて頂いております。

 小町のコールサインはB'zの『太陽のKomachi Angel』より。

 ヘカーティアの挿絵は月わにさんより頂きました。
 ありがとうございました。
 https://twitter.com/tukiwani

 屋敷の挿絵は線画を私が描き、色付けは月わにさんが行いました。

 18/01/21 ×次回は水鬼鬼神長と第8話で登場した死神の青年が登場します。
      ×挿絵も入る予定です。
      次回は18/01/28を投稿の目標とします。
 18/01/27 次回はフランドール中心のお話になります。
      投稿予定は18/01/28です。
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