17/12/16 投稿が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
17/12/17 誤字報告、有難う御座いました。
幽霊移民計画
「なんですって?」
私、四季映姫は思わず声を荒げてしまった。
――1980年代 地獄
閻魔という職業は交代制である。
本日も自分の勤務時間を終え、帰り支度をしている所に、同じ勤務時間だった部下の小野塚小町が世間話をしてきた。
小町は私の持っている部下の中で、分け隔てなく接してくれる数少ない部類の死神だ。
そのせいか、冥界の業務報告書受領業務などの雑務を頼んでしまうのだが、特に文句を言わずこなしてくれる、私にとってはありがたい部下だ。
それでも旧地獄を知っている、古参の死神で年齢も私より上だったりする。
最初は取り留めの無い地獄の噂話だったのだが、最近冥界に現れた庭師の孫の話になったとたん、私は耳を疑った。
庭師の孫の話によると、冥界に住んでいる吸血鬼、フランドールに隠された能力があるという事なのだ。
その能力とは『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という、聞いたことも無いような強力な能力だったのだ。
「いやあ、何分子供が言っている事なんで、嘘・大げさ・紛らわしいを多分に含んでいると思いますよ」
小町は顔をポリポリとかきながら回答した。
子供の言っていることだが、もしも、それが本当なら冥界の戦力が凄まじい事になる。
私としては、是非曲直庁の置かれる地獄と白玉楼のある冥界との力のバランスは均衡がとれている状態になるのが望ましいと考えている。
幽々子一人でも、神をも超えてしまうのではないかという能力、『死を操る程度の能力』を有している。
以前、上司の十王様たちに問い合わせた事がある。
幽々子の力は、いち冥界の管理者にしては強すぎるのではないか、と。
返ってきた回答は、現状円滑に幽霊を扱えるものがおらず、是非曲直庁からの命令にも従順で、叛意などの兆候も無いので問題はない、というものだった。
回答は正論で、人手不足という問題の前では、私に反論の余地などなかった。
どうする? このタイミングで冥界へ赴くか?
いや、子供の噂話の真実を確かめに行く程度の理由で、休暇が取れるはずがない。
それならば、フランドールに召喚状を送るか?
これも駄目だろう。幽々子が一枚噛んでいるとなると、理由をつけて断るはずだ。
フランドールが入庁承諾書にサインする際に
感情があるのかないのか、わからない幽々子が泣いていたので、そちらに気を取られて確認を怠っていた。
まさか、あれは演技の涙だったのか。
私としたことが、些細な不注意で真実を隠されてしまうとは。
これは作戦を立てて、真実を白日の下にさらさねばなるまい。
私は小町に話しかけた。
「小町、あなたから見て、幽々子はどう映りますか?」
「西行寺様ですか? 冥界でのほほんと暮らす亡霊にしか見えませんが」
「私には……。西行寺幽々子は毒蛇に見えます」
「毒蛇ですか?」
「ええ、虎視眈々とこちらに噛みつこうとしている毒蛇です。私は彼女の野心を確認し、必要であれば潰さないといけません」
「またまた~。決めつけるのは四季様の悪い癖ですよ」
部下に私の癖を指摘されてしまった。
確かに以前、フランドールを悪魔と決めつけて、教育できるはずがないと断言していたが、結局幽々子は立派に育て上げていた。
悪い癖、か。それでも今回ばかりは、白黒はっきりつけなければいけない気がする。
「小町、これから話す事は命令ではなくお願いです」
「お願いですか? あたいで出来る範囲でなら」
「顔の広いあなたにしかできない事です」
「はあ」
小町は少し表情を曇らせた。
「良いですか。少しずつで結構です。冥界に住んでいる吸血鬼、フランドールの能力が『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』であるという情報を地獄中に流していって欲しいのです」
「はあ、ですが噂も75日といいます。すぐに消えてしまいますよ?」
「それは私がさせません。冥界の業務報告書受領業務を別の閻魔の死神にやってもらうのです」
「あたいではなく、別の死神にやらせるのですか?」
「そうです、仰々しく是非曲直庁の会議室に呼び出し、フランドールの能力をそれとなく探ってこいというのです」
「なるほど、それを毎月やれば噂も消える事なくどんどん広まると。それでも噂止まりだと思いますよ?」
「そこは大丈夫です」
私は目を細め、小町を見た。
「あと半年で冥界は面積が足りず、幽霊で満杯になります。満杯になる前に、幽々子が動くはずです。どう動くかはわかりませんが、私は大手を振って冥界に乗り込む事が出来るでしょう」
「それなら、噂を流す必要がないのでは?」
「万が一、浄玻璃の鏡が使えなかった場合の為に有効です。私の能力、『白黒はっきりつける程度の能力』で噂に白黒はっきりつけます」
但し、その場合はフランドールが同席していないとダメだ。
『フランドール』の能力が『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』であるという『噂』に白黒はっきりつけるのだ。
パズルに例えるなら、『フランドール』というピースと『噂』というピース、2つのピースが必要になる。
同席する様、幽々子に指示を飛ばす必要がある。
今回の件で小町には、色々と手助けしてもらわなければならない。
「わかりました。あたいの出来る範囲内で噂を流してきます」
小町は観念したのか、肩を落とした。
そんなに落ち込まなくてもいいのに。
私は小町の賞与査定を上方修正する事にした。
「ありがとうございます、小町。賞与査定は期待していて下さい」
「賞与ですか? やった! 俄然やる気が出てきましたよ!」
「是非曲直庁は常に公明正大であるべきです。あなたの貢献は賞与という対価で払われます」
そう、是非曲直庁は常に公明正大であるべきだ。
待っていなさい、幽々子。あなたの野心を、私が確かめてやる!
拝啓お母さま。
私に何か隠し事をしていませんか?
白玉楼の地下に建設中の施設は何なのでしょうか?
もう一度言います。
私、フランドールに隠している事とは、一体何なのでしょうか?
――1980年代 白玉楼
「フランおねぇたん?」
「うんしょ、うんしょ」
「いるのー?」
妖夢の声が聞こえる……。
最近、自分が白玉楼に来てから今に至るまでの歴史に興味が湧いたので、是非曲直庁へ提出している業務報告書を不健康にも読み漁っていた。
それもこれも、私の『運動場』だった裏庭が工事中なのがいけないのだ。
せっかくだから、探検して遊ぼうと思ったのだが、お母さまからきつく立ち入り禁止を言いつけられていて、近づくことさえできない。
仕方なく内向きの趣味に走った。
私は今、蔵の中をあさっている真っ最中だった。
「ここにいるよー」
「なにをしているの?」
「探し物」
「なにをさがしているの?」
「写本」
そう、今探しているものは写本である。
実のところ、業務報告書は2通存在する。
是非曲直庁へ提出する『原本』の1通と、白玉楼の蔵の中へ納める『写本』の1通だ。
お母さまは意外と筆まめで、仕事はきっちりしている人だ。
写本の管理もしっかりしていて、通し番号が振られている。
お母さまがこの冥界、白玉楼に着任したのは1000年も前の事だ。
その頃から今に至るまで延々と写本が蔵の中に納められ続けている事はすごい事だと思う。
だが、ごくまれに通し番号が歯抜けになる事がある。
それならば、そんな時もあるのだろうと思えるのだが、今回発見した『抜け』はごっそり1年分程度であった。
今から約500年前。予想するに、是非曲直庁を立ち上げる前後の記録だと思うのだが、まるで事実を隠蔽したかの如く消失していたのである。
お母さまに問い合わせたところ、少し困った顔をして、そんな昔の事は忘れたと仰られていた。
私は写本を納めている蔵とは違う蔵にあるのではないかと思い、現在別の蔵を探している。
「みつかった?」
「見つからない」
どうやらこの蔵も違う様だ。
一体どこに隠してあるのだろうか?
お母さまはどこかに隠して、置いた場所を忘れてしまったのだろうか?
考えても仕方がなく、せっかく妹分の妖夢が来てくれたので、二人で遊ぶことにした。
「探しても見つからないし、ここで宝物探しでもしようか」
「たからもの? するする!」
「どっちが綺麗なものを探し出せるか競争だ!」
「わーい!」
妖夢と宝物さがしをしてから3日後、私はある書類を書き上げていた。
「できた」
私は3週間をかけ、幽霊移民計画の草稿を書きあげていたのである。
床面積などはまだ概算だが、何とか形にする事が出来た。
これだけあれば、移民計画実行後、多分10年は冥界に空きが出来るだろう。
しかし肝心の実行者がお母さまと紫さまなのだ。
紫さまには顕界と冥界をスキマでつなげて頂き、お母さまには幽霊を操ってもらい、円滑な移動をお願いする。
お二方の理解を得られなければ計画は頓挫してしまう。
お母さまの方はきっと大丈夫だろう。
だが、紫さまが首を縦に振るかどうかが問題になる。
「紫さま、何て仰るだろう」
「私がどうかしたのかしら?」
「うひゃあ!」
びっくりして、変な声が出てしまった。
私は自分の独り言に対して、返ってきた声の方向を見た。
するとニコニコ顔の紫さまが、スキマから覗いていた。
「紫さま、冥界に入る際は玄関からお入りください」
「あら、あんまり驚いてくれないのね」
「十分驚きましたよ、妖怪を驚かせても、しょうがないでしょう?」
「フランドールのびっくりした顔、とても可愛かったわよ~」
この通り、話を有耶無耶にしてしまう、紫さまはいまだに苦手だ。
「紫さま、何か御用ですか?」
「あら、用がなければ来ちゃいけないのかしら?」
「そういうわけではないのですが。お母さまなら、顕界に用事があるとの事で、出かけております」
そう、本日はお母さまが留守なのだ。
用事といっても、どうせ顕界にある茶菓子屋の特売日だから自ら出向いたのだろう。
留守じゃなかったら、紫さまをお母さまに引きついで終わりだったのだが、そうもいかない。
「そうなの、幽々子は居ないのね。さっき私に関係ありそうな事を、独り言でいっていたけど、あれは何だったのかしら?」
紫さまはそう言いながら、スキマから出てきて、私の対面に座った。
私は紫さまに幽霊移民計画の相談をする事にした。
「そろそろ冥界の面積が足りなくて、転生待ちの幽霊で一杯になりそうなのです」
「確かに入ってくる幽霊の数が、出ていく幽霊の数よりも多ければ、いずれパンクしてしまいますわ」
「四季映姫様に冥界の拡張をお願いしているのですが、なかなか実行して貰えなくて」
私は肩をすくめ、実情を紫さまに報告した。
「その事でお母さまに相談したのですが、冥界拡張の話ではなく、幽霊移民計画を立てろと仰りまして」
「幽霊移民計画?」
「ええ、なんでも四季映姫様が冥界を拡張しなければならない状況に仕向けるとか。顕界の廃校や、廃病院、廃ビルといった、誰も寄り付けなさそうな場所に、一旦幽霊を送る事になりました」
「ああ、なるほど。幽々子がやりたい事がわかりましたわ」
お母さまと紫さまが、つうかあの仲というのは本当らしい。
私は羨ましく思う。
「紫さまはもうお母さまのやりたい事が理解できたのですか?」
「ええ、理解しましたわ」
それならば、この計画の草稿も読んでもらおう。
私は書き上げた草稿の巻物を紫さまに手渡した。
「紫さま、これが幽霊移民計画の草稿なのですが。読んでみてどう思われます?」
「そんなもの……、私が読んでも大丈夫なのでしょうね?」
紫さまは計画の草稿を読み始めてから数分もたたないうちに、懐から扇子を取り出した。
扇子を振り上げると、そのまま私の頭を叩いた。
「あいた!」
「後で幽々子からも怒ってもらう事にして。フランドール、あなたに警告があります」
頭の痛みで涙目になりながら、尋常でない雰囲気の紫さまを見つめた。
何故、叩かれたのだろう?
「あなたは私に根回しするつもりで、この草稿を見せたのでしょうが、見せる順序が違います」
「順序?」
「そうです、これは先にあなたの上司であり、母親である幽々子に見せるべきです。根回しするにも、まずは幽々子が判断するべきです」
それでも、紫さまはお母さまのお友達だから、大丈夫なのでは?
「これがもし、白玉楼をどうにかしてやろうと考えている者、仮に敵と仮定するとして、そんな者が見てしまったら、計画を潰されるどころか、計画を利用されかねません」
「でも紫さまは私達にとって、敵ではないですよね?」
「いいえ、違います」
紫さまはズイっと顔を私に近づけてきた。
息遣いも聞こえそうな距離だ。
「確かに私と幽々子の間には友情というものがあります。ですが、白玉楼と幻想郷の間で利害が常に一致するとは限りません」
紫さまは姿勢を戻すと、持っていた扇子を広げ、口元を隠す。
表情が読み取れない。
「その計画の草稿に幻想郷にとって、害となるような『情報』が書かれていたら、私は全力で妨害に出るでしょう。それこそ、あなた達の敵になるのです」
紫さまが、敵?
私はハッと息をのんだ。
そんなことは一度も思わなかった。
「今回の様に幽霊移民計画の『情報』を、例え幽々子の友達である私に漏らした事で、白玉楼全体が不利な状況になるのです」
私は今回の幽霊移民計画の草稿作成を、お母さまからの『お使い』程度にしか考えていなかった。
不用意に情報を漏らした事で、こんな大事になるとは思ってもみなかった。
「職務上、知った『情報』の秘密を守る事を、守秘義務と言います。幽々子は教えてなかったのかしら?」
「ええ、知りませんでした。今回の私の場合、どのように挽回すれば宜しいのでしょうか?」
紫さまは口元で開いていた扇子を閉じて、少し考える仕草をした。
「そうね……。時間をさかのぼって、
「そうします」
紫さまでも打つ手なしという事で、私は観念した。
「……私って頼りないのかな」
「なぜ、そう思うの?」
「お母さまは、私に色々と隠し事をしているみたいなんです。裏庭でやっている工事もその一つです。音から推測するに、地下で何かの施設を作っているみたいなんです」
「あなたはどう思うの?」
私は左右を確認してから、紫さまにそっと耳打ちをする姿勢をとった。
紫さまは身を乗り出して、耳を私の口に近づけた。
「
「幽々子が? 核兵器? あははは!」
紫さまは元の姿勢に戻り、びっくりしたのか目を丸くした後、笑い始めた。
何もそこまで笑わなくてもいいのに……。
「フランドール、あなたって結構ロマンチストなのね。あー、可笑しい」
核分裂連鎖反応の前にはロマンも何も無いと思うのだが。
確かに核兵器はロマン兵器ともいうが、何か違う気がする。
「実のところ、私もあの建設には関わっていますが、そんな危ない物ではありません」
「紫さまは何を建設しているのか、知っていらっしゃるのですか?」
「知っているけれど、教えられないわ。幽々子本人から聞きなさい」
むう、結局隠している本人のお母さまにたどり着いてしまう。
「知られたくないものには蓋をする。床下だけじゃ、きっと足りなくなったのよ」
「知られたくないもの?」
「知ってしまったら、それこそいろんな輩から命を狙われる様な、危険な情報よ」
「そんな危ない物、白玉楼にあるのでしょうか?」
「すごく身近にあるじゃない。あなた自身の秘密よ」
「あっ」
最近すっかり頭から抜け落ちていたが、私の真の能力は他言無用だった。
「忘れていたわね、フランドール。さっき守秘義務を教えたばかりじゃない」
「ごめんなさい」
「本当に危なっかしいのだから。多分なのだけどね、幽々子の隠している事は、あなたを守る為に隠している事だと思うの」
紫さまは私に微笑みかけた。
私を守る為、というのはなんとなくわかる。
先ほど紫さまが言っていた、私が危なっかしいからである。
お母さまが隠し事をするのは仕方がないのかもしれない。
もしかすると、もう一つの確認されている隠し事である、業務報告書の写本が欠けているというのも危ない情報なのかもしれない。
「私を守る為、というのは理解できました」
「そう」
「という事は、もう一つ確認されている、隠し事も危ない情報なのでしょうか」
「どんな隠し事なのかしら?」
「業務報告書の写本があって、通し番号で管理しているのですが、いくつか抜けているのがあって」
「へぇ、欠番があるのね。いつ頃の業務報告書かしら?」
「確認されたもので、約500年前ぐらいですね。私が白玉楼に来る数年前ぐらいの業務報告書の写本がごっそり無いのです」
「500年前ねぇ。ちょうど幻想郷に結界を張った頃かしら……」
紫さまは手に持っていた扇子をパチパチと鳴らして思考のリズムを取り始めた。
しばらくして思い当たったのか、ハッとした顔になり、真剣な眼差しで私を見た。
「その話、幽々子にはしたの?」
「ええ、しましたよ。ちょっと困った顔をした後に、もう忘れたと仰っていました」
「私も同じ反応になってしまうわね」
「思い当たる節があるのですか?」
「ええ、『500年前の真実』よ。これ以上は言えないし、あまり幽々子を困らせないでちょうだい」
この秘密は、飲み込んでおくべき秘密という事か。
私は紫さまに対して、相槌を打った。
「真実を明らかにする事は、すべての人が幸福になる訳ではないの」
紫さまは私に物語を言い聞かせるかの如く、語り始めた。
「真実とは常に残酷よ」
「なんだか、辛気臭くなってしまったわね。そうだ、フランドール。少し難題に挑戦してみないかしら?」
「難題ですか?」
「ええ、先ほど
「話術ですか……」
「あなたも吸血鬼の端くれ。カリスマは持っている筈よ」
話術といっても何だろうか。スピーチでもすればいいのだろうか?
スピーチは苦手なんだよな。
とりあえず、外に出る必要があるので、紫様に促した。
「スピーチをするので、表に出て下さい」
「あら、表に出るなら、体術で勝負をしてもいいのよ?」
「勘弁して下さい」
体術でも紫さまを退ける事は不可能だろう。
妖怪の優劣の決定なんて、半殺しにして言う事を聞かせる事なので、どだい無理な話なのである。
挑んだところで私が半殺しにされるだけなので、まだスピーチの方がハードルは低いだろう。
私は障子戸を開け、紫様と一緒に庭に出ると、大きな声でスピーチを開始した。
「この冥界、白玉楼は密閉型とオープン型をつなぎ合わせて建造された、極めて不安定なものである」
「しかも是非曲直庁が転生待ちの幽霊に対して行った施策はここまでで、入れ物さえ造ればよしとして彼らは地獄に引きこもり、さらなる冥界の拡張はしなかったのである!!」
「ここに至って私は冥界が今後、絶対に転生待ちの幽霊で一杯になる事を繰り返さないようにすべきだと確信したのである!!」
「それが、幽霊移民計画の真の目的である!!」
「これによって是非曲直庁の石頭共に現実を突きつける!!」
最初はまばらであった幽霊が、スピーチが終わりに近づいた頃には庭一杯に幽霊が集まっていた。
全員歓喜の声を上げていたのだが、私は幽霊の聴衆が静かになるのを待って、切り札を使う事にした。
「諸君! 自らの道を拓くため、転生待ちの幽霊のための政治を手に入れるために!」
「あと一息!」
「諸君らの力を私に貸していただきたい!!」
「そして私は……母、幽々子の元に召されるであろう!!!」
幽霊の聴衆のテンションは最高潮に達していた。
万雷の拍手と、私の愛称である「フラン」という声が地響きの様な音になっていた。
マントを着けていたのなら様になっただろうが、無い袖は振れないので、サイドテールを翻して紫さまと一緒に書斎へ戻った。
紫さまは始終無言であったのだが、何か不都合でもあったのだろうか?
私は恐る恐る紫さまに尋ねてみた。
「紫さま、いかがでした?」
「すごかったわね。吸血鬼という存在はカリスマが備わっていると聞いてはいたけれど、実感してみるとやっぱり違うわ」
紫さまは少し興奮気味で話された。
「あなたのスピーチに心を動かされたので、根回しの意味で見せてもらった幽霊移民計画ですが、それを手伝ってあげます。本当は幽々子経由の頼みじゃないと聞かない予定だったのだけどね」
「ええ!? それじゃあ!」
「それでも、あなたと
「むう」
「そんなに落ち込まないの。いずれあなたが別の冥界の主になったら、結んであげるから。それまでおあずけね」
「ありがとうございます。その時は宜しくお願いします」
「その時はちゃんと書面を用意してあげるから、楽しみに待っていてね」
少し紫さまと談笑した後、お母さまが顕界より帰ってきた。
案の定、茶菓子屋の袋を何個も持っていた。
「お帰りなさいませ、お母さま。またすごい荷物ですね」
「ただいま、フランドール。美味しそうなお茶菓子がいっぱいあったのよ~」
「お邪魔しているわ、幽々子」
「あら、紫。あなたが先に来ているなんて珍しい」
「フランドールが私の噂をしていたのよ。それがちょっと気になってね」
お母さまは茶菓子の箱を一旦近くに置くと、私の隣に座った。
「へぇ、フランドールが紫の噂を?」
「ええ、なんでも幽霊移民計画で私に手伝って欲しかったらしくてね」
「まだ計画書もできてないでしょ」
「草稿はできたみたいよ」
「お母さま、こちらが草稿になります」
私はお母さまに草稿が書かれた巻物を手渡した。
読み始めたお母さまは、いつになく真剣な表情になった。
「これを読んだのは紫だけよね?」
「はい、紫さまだけです」
「見せた相手が紫だけでよかったわ。紫、この草稿の内容は他言無用でお願いするわ」
「わかっているわ」
やはり、お母さまと紫さまはつうかあの仲だった。
紫さまは既にこうなる事を予想していたのだろう。
「フランドール、これを紫に見せた時、紫が怒らなかったかしら?」
「怒られました。本日、守秘義務という言葉を覚えました」
「流石は紫。しっかり教育してくれてありがとう」
「礼には及ばないわ。でも守秘義務の考え方は難しいから、何度か痛い目に遭わないと覚えないわよ」
「それは仕方ないわ。尻拭いをするのも年長者の務めです」
お母さまは草稿を読み終えると、私の頭に手を伸ばして、なで始めた。
「それにしてもよくできているわ、この草稿。よくやってくれたわね、フランドール」
「ありがとうございます」
「添削すべき場所もありますが、初版としては十分だと思います。このまま計画書とし、計画書通し番号を与えて下さい」
「承知しました」
私はお母さまから草稿の巻物を受け取り、計画書通し番号を付ける作業に移った。
「それじゃあ紫、手伝って欲しいのだけど」
「それはもう承知しているわ」
「あら、フランドールがあなたをどうにかして下したのかしら?」
お母さまは少しびっくりしたのか、目を丸くしていた。
「それに近いかしらね。話術で私の心を動かしたら
紫さまは肩をすくめて事の顛末を語り始めた。
「そうしたら、庭にでてスピーチというか演説を始めてね。最初はこの冥界の作りから説明して、冥界を転生待ちの幽霊で一杯にしないという決意表明が中間にあって、最終的には『是非曲直庁の石頭共に現実を突きつける』ですもの」
「あら、的確な表現。てっきりフランドールは幽霊移民計画の本質はわかってないのかと思っていたわ」
何やら私への評価が過大だったので、慌てて筆を置いて釈明した。
「実のところ、まだ良くわかっていないのですよね。スピーチに関しては是非曲直庁へのヘイト半分、口から出まかせ半分ってところでした」
「それでもよくそこまで考えていたわね。模範解答は計画実行後に出てくると思うから、もう少し考えてみたら?」
「そうします」
私は再び筆をとって、計画書通し番号を付ける作業に戻った。
「演説の最後には『諸君らの力を私に貸していただきたい』ですもの。もう心を動かされちゃって」
「庭で演説をしたのよね? どおりで幽霊たちが騒がしいわけね。心を動かされたって事は
「いえ、結ばなかったわ。将来結ぶという約束はしましたけれど。契約を結ぶ時間まで指定してなかったし、抜け道を使わせて頂きましたわ」
オホホホと、とぼけた様子で話す紫さま。やはり苦手だ。
「それでも力を貸していただきたいって部分に共感が持てましたので、草稿にあった私の力が必要な部分に関しては手伝う事を了承しましたの」
「手間が省けて良かったわ。今回の幽霊移民計画は紫が嫌いな手間がかかる仕事だったから、紫を脅す以外に手が無いかと思っていた所だったの」
「脅すなんて怖い怖い」
紫さまは『怖い』と仰っている割にはニコニコ顔だ。
お二方は扇子を広げて口元にあて、表情が読み取れない様にした。
「転生待ちの幽霊が冥界からあふれて、幽明結界すら破られ、幻想郷に流れ出して大異変になるのは目に見えていましたから」
紫さまは目を細めてお母さまを見た。
対するお母さまは無言で無表情だ。
「是非曲直庁の尻拭いを協力させられるという後ろ向きな理由ではなく、フランドールに説得されて協力したという前向きな理由になりましたわ」
「それは何より」
その後、数分間二人は無言が続き、私は生きた心地がしなかった。
紫さまが言っていた、利害が常に一致するとは限らない、とはこのことを言っていたのかもしれない。
私は一旦作業を中断し、強引に話題を変える事にした。
「そうだ、お母さま。顕界で買ってきたお茶菓子を見せて欲しいのですが」
「そうそう、試食で美味しかった大福があったのよ。紫もいかがかしら?」
「頂こうかしら」
私達はお母さまが買ってきた大福を頬張った。
何とか膠着状態は脱し、和やかな雰囲気になった。
「それで紫さま、草案に書かれていた役割ですが……」
「わかっているわ。記載された床面積分だけの廃校・廃病院・廃ビルを適当に見つけてくれば良いのよね? 大丈夫よ。約束したからにはしっかりやるわ」
「宜しくお願いします。いつ頃までにできそうですか?」
「そうね、2週間は欲しいかしら」
「承知しました」
紫さまが見つけてきた物件の検証作業を……3週間ぐらい見ておくか。
「お母さま、紫さまが見つけてきた物件に、幽霊の移動作業はどの程度かかるでしょうか?」
「そんなの、やってみないとわからないわ」
「そうですか。一応、5週間後には移動作業に入れるはずなので、その際は宜しくお願いします」
「そんなに慌てなくても良いんじゃないかしら?」
「いえ、ダメです。もたもたしていたら、紫さまの冬眠期間に食い込む可能性があります。紫さまが冬眠してしまったら、それこそ冥界がパンクします」
お母さまと紫さまは顔を見合わせた。
なんだろう?
「ねえ、幽々子。フランドールの教育の仕方、間違えたんじゃないかしら」
「私は是非曲直庁の妖怪として恥ずかしくない様にと教えてきたつもりなんだけど……」
「もっと、こう、なんというのかしら。もっと自己中心的でないといけないと思うのよ。妖怪として。それが私の冬眠期間の心配をしているのはどうかと思うのよ」
「私が元人間だったのが災いしたのかしら」
お母さまはうーんと唸っている。
失礼な話だ。私は幻想郷の妖怪として、その要たる紫さまの体調を気にしているのだ。
冬眠不足で幻想郷が崩壊しました、なんて洒落にならない。
「それじゃあ、自己中心的に考えさせて頂きますよ。さあ、概算日程は引けたので、あとはお母さまが頑張るだけです」
「わかりました……」
お母さまはがっくり来ているが、もたもたしていられない。
「さあお母さま、幽霊移民計画の
お母さまは真顔に戻り、姿勢を整え、私と紫さまを正視した。
「各自日程キープが最優先事項です。紫の冬眠期間にぶつからない様、日程守り切りが幻想郷の未来を左右します」
「それでは幽霊移民計画の
これで幽霊移民計画は始動した。
もう誰にも止められない。
そう、例え
ぜったい日程遅延が発生する(確信)
最後までお読み頂きありがとうございます。
17/12/16 来年で『逆襲のシャア』封切から30年になるのですね。早いものです。
--------NGシーン---------
仕方なく内向きの趣味に走った。
さきほど言った読書と、紫さまに設置してもらったTV鑑賞である。
TV鑑賞は専ら世界ラリー選手権、WRCの観戦をしている。
ランチア デルタS4のスーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせた”ツイン”チャージャーから奏でられる、猫の鳴き声の様なエンジン音はもう最高である。
そろそろフランスのツール・ド・コルスなので、実際に観戦したいと紫さまに申し出たところ、あなたは幻想郷の妖怪である事をわきまえなさい、と怒られたのである。
紫さまはF1の『不死鳥』にお熱なのは知っているし、F1を観戦しに行っているのも知っている。
でもWRCはダメらしい。一体なんの差があるというのか。
どちらも管理組織はFIAだというのに。
------幻想郷のイメージを著しく損ねてしまう為NG------
------自分の趣味に走りすぎている為NG------------------