異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第七十一話

 

あまり考えたくなかったが、こういう言葉がある。

――『事実は小説より奇也』。

ジョージ・ゴードン・バイロンの【ドン・ジュアン】に書かれている一文だ。

残念ながら、作者が死んでしまったために作品自体は未完成だ。

だけどとても練り込まれたいい作品だ。続きが読めないのが惜しいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大体、何が悲しくて俺は野郎を助けないといけないんだ。

これが女の子だったらテンションというか、血気滾る思いだと言うのに。

いいや今はそんな適当な事を考えている場合ではない。

エレベーターが一階に到着すると同時に外へ駆け出す。

外へ出ると同時に、"ブレイド"を具現化。

身体強化をし、出来る限りの速度でキョンを求めて走り回る。

とにかく、じっとしていることだけは俺の精神が許さなかった。

 

 

「…ふっ……羽根の生えた……靴が欲しいな………はぁ……」

 

いくら俺が情報社会に詳しかろうと、情報の神には勝てない。

羽根の生えた靴を持ち、誰にも捉えられない足の速さを持つ神。

その神、"ヘルメス"こそが情報の神だとか言われている。

俺はついぞ信心深い人間などではなかった。むしろニーチェ先生のように批判的だったさ。

ならヘルメスじゃあなくていい、涼宮ハルヒでもない、幸運の女神さんって奴に縋らせてくれ。

ここで全部おじゃんになるような作品を書くのか? 大先生よ。

俺はとうとうその続きを読めなかったんだぞ。ああ、全国の甘ちゃんたちもそうだろうさ。

これが運命、因果、宿命、そして規定事項なのか? 誰が決めた?

じゃあ俺はどこと戦えばいいんだ?

果たしてそれは、周防や佐藤が知っている"予備"としての性質なのだろうか。

俺が解決してきたのは事件でも何でもない。その仕事も、決断ではなくオマケ。

ただ、キョンと涼宮ハルヒという関係のためだった。俺ではない。

認めるかよ。

 

 

「……なぁ、そう、思うだろ」

 

「―――」

 

「明智……」

 

きっとこの廻り合わせも、あの女は運命だとか言うんだろうな。

駅からそこまで遠くない位置にある踏切。

その踏切の端と端に、周防とキョンは対峙していた。

残念ながら俺が居るのはキョンの方だ。周防との間は線路という空間がある。

――それでいいさ。俺が親友を助けられるならな。

だが。

 

 

「オレは易々と死んでやらないぞ」

 

「――――――」

 

何とか言ったらどうなんだろうな。

キョンは硬直していたが、やがて痺れを切らし。

 

 

「なあ、周防。長門が今わけのわからん任務とやらをさせられるのはまだわかる。そのついでに攻撃を仕掛けるとはどういう事だ?」

 

「―――攻撃――否―――」

 

「野郎二人に睨まれてチビりそうなのはわかるけどさ、いつも通りの口調でいいよ。周防ちゃんよ」

 

「――」

 

やがて口元をつり上げ、顔を歪めた。

あれで笑っているつもりらしい。

何なんだ。

 

 

「――どうしてもあなたたちは騒がしいのね。……特に、明智黎」

 

「最近"異世界屋"呼ばわりが続いたからありがたいね。周防ちゃんに名前で呼んでもらえてさ」

 

「愉快、痛快、……ただし、爽快とはいかない。不快」

 

「手厳しいね」

 

「――それで……わたしに………何か用…?」

 

こんなふざけた態度を取られて俺は平気だったが、キョンの沸点は低かった。

まだ彼女は質問にも答えていないからだ。

 

 

「いい加減にしろ! 今すぐ長門を解放してやれ。いくら朝倉が肩代わりしようと、負担は負担だ。でもな、負わなくていい苦しみを負うのが負担だと俺は考えないぜ」

 

「……だから、勘違いしているわね………」

 

本当にどうでもよさそうに周防はそう言い放つ。

まるで俺たち二人などアウトオブ眼中だった。

キョンさえ居なければ揺さぶりに行ってもいいが、それはそれで戦闘に発展しそうだ。

フェミニストだけど、必要とあらば女の子とも戦わなきゃいけない。

問題なのはそれを見誤らない事だ。去年の、十二月十八日。

最初から最後まで正しかったのはあの時ぐらいだろう。

周防はのんびり説明を続ける。

 

 

「――わたしは任務を遂行したい………。あなたたちの言う長門有希に白羽の矢が立った……、それまで……」

 

「それのどこが勘違いだって言うんだ」

 

ああ、同感だね。

しかし周防の発言の意図はそれではなかった。

 

 

「長門有希がわたしの領域に適応出来ないだけに過ぎない……。いいえ……きっと…どの端末もそう………」

 

「それはつまり、君のパトロンである天蓋領域かな?」

 

「……名称に意味は無い。確かに存在する」

 

知るかよ。

じゃあなんだ、自己責任だと言いたいのか?

 

 

「それでも先に仕掛けたのはお前の方だろ。何とかしろ」

 

「……時が来れば…」

 

「今じゃ駄目なのか!」

 

「わたしの一存ではない。これは、……情報統合思念体との協定」

 

間違いなく切れたのはキョンではない、俺の方だろう。

しかし怒りという感情が俺の全てを支配したのは僅か1マイクロ秒以下だった。

全て理解している。何故なら知っているからだ、ただのそれだけ。

怒りとは、撒き散らすものではなく、何かに向けるもの。

眼の前の人型イントルーダーに対してではない。より高度な存在。

 

 

「情報統合ぉ思念体ぃぃぃ……!」

 

きっと、もしかすると俺の眼の前から再び色が失われつつある。

佐藤も藤原も、運命も規定事項も、高度生命体も関係ない。

涼宮ハルヒを最大限利用して、抹消しにかかってもおかしくなかった。

――否定してやろうか。

だが、それは今日ではなかった。

勢いよく俺を後ろに引き寄せようとする彼が。

 

 

「『落ち着け』!」

 

キョンはとても一言では言い表せない表情をしていた。

怒り焦りだけではない、彼の中にある正と負の感情総てが入り乱れていた。

即ち、葛藤。

 

 

「――ふふ」

 

「………キョン…」

 

今こいつが出せる精一杯の怒声と、俺の左肩を最大限の握力でもって掴む。

痛みよりも先に、怒りが立ち消えた。興が削がれた。

左手に具現化していた"ブレイド"を霧散させる。

もう大丈夫だ。

俺が焦ってどうするよ。

一番冷静にならなきゃいけないのは俺なんだから。

 

 

「……周防」

 

「何か言いたいのかしら、明智黎……」

 

「それはいつ終わるんだ……?」

 

「――――」

 

数秒の間、目をつむり無言になった。

どうやら真剣に答えてくれるらしい。

最初から誠意を見せてくれよ。周防ちゃんよ。

 

 

「――確かにわたしは第一人者。しかし、それは誰にもわからない。……涼宮ハルヒでさえ」

 

「はっ。そうか。因みに俺がハルヒに"お願い"したらどうなるんだ?」

 

「"それ"を、あなたは……知りたいのかしら……」

 

間違いない。

それは現状における最善手ではない、最悪手。

考えなくても分かることだが、敢えて説明しよう。

奴らはそのタイミングを見計らって、長門さんを始末する。

その気になればそれが出来る。

情報統合思念体も、長門さんより天蓋領域を優先する。

そのための協定、そのための交信、そのための任務。

涼宮さんの"願望を実現する能力"。

それは、俺が思うに最強ではあれど、万能ではない。

朝比奈さんが主張する"潜在的に存在する超自然的な何かを発見する力"の側面の方が強い。

涼宮さんは無から有を生み出せる。素粒子、情報、世界の全てを操作できる。

だがきっと、失われた命までは取り戻せない。

幽霊や死人が俺たちの眼の前に出て来ないのがいい証拠ではないか。

死者の蘇生は完全な不可逆。時空ですら、それには抗えない。

最終的には世界を変えるしかなくなってしまう。その不文律を書き換える。

今の涼宮さんならそれをしてしまう。出来てしまう。

その危険性が、脆弱性が、人間性が、ある。

周防は用が済んだと言わんばかりに。

 

 

「――わたしは……あなたたち二人に説明するためだけに現れた…………」

 

「難儀なこったね。それはオレとキョンが"鍵"だからか」

 

「そう、けん制……」

 

「結局何も変わらねえじゃねえか」

 

そうだ。

俺に何かを変える力があるのなら、現状を変化させる。

例えば第三の介入者を――。

 

 

 

「――ふんふん、ふんふんふーんっ♪」

 

 

それは、聞いたことのある奴の声だった。

やけに軽快な声を出している。

そうだ……あれは、"聖者の行進"。

音楽の授業で誰もが一度は聞いたであろう、霊歌――。

 

 

「――さぁて、祭りの場所は、ここかね」

 

「―――」

 

「……な、に」

 

キョンは来訪者に驚愕する。

俺は最早言葉すら発せられなかった。

周防の横に現れたのは、間違いなく佐藤。

わざとらしく、博士口調だった。

 

 

「私も混ぜてくれないかね。周防さん」

 

「―――」

 

「沈黙は、肯定。……フフ、浅野君もよく言っていた」

 

そうか。

わざわざ執念深いと言うか、そこまで好かれてるのか、浅野は。

俺は違う、俺は別人だ。

とにかくこれで二対二となった。

数の暴力による論破など、最初から周防には不可能だが。

ともすれば周防より無表情なその女に向かって。

 

 

「佐藤。君の話はキョンから聞いたよ」

 

「……あ、ああ。確かに明智に伝えたぜ」

 

「そしてもう電話番号は必要ないんじゃあないか? わざわざ君の方から説明するとはね」

 

「ふむ。そうとも限らないな」

 

まだ、何か隠しているのか。

それはやはり俺が考えているものに関係するのだろうか。

 

 

「私の目的の全てを伝えたわけではない」

 

「そうか? ストーキングの他に何があるんだ?」

 

今思い出したが、こいつがジェイとして名乗った時もストーカーだとか言っていた。

自覚はあるのかよ。イカレ女。

 

 

「浅野君は更に知る必要がある」

 

「これ以上、他に何があるんだ?」

 

「真実……その"深淵"を」

 

「深淵。それってあれかな。覗くと覗かれる」

 

「――――」

 

「その解釈は人それぞれ。全ては、"結果"だから」

 

運命の次は結果。

よくわかってるじゃあないか。

そのどちらも昔から俺が嫌いな話だ。

俺をイラつかせる方法を熟知している。

 

 

「一つだけ質問に答えてくれないか。これは、前世のオレが君の友人だと言う事を"信用"しての頼みだ」

 

「ふむ。"信頼"ではないのかね」

 

「君はオレにとっては、過去の人間なんだろう」

 

信頼とは未来に対して行うものだ。

この世界の明日に異世界人は不要だ。

涼宮ハルヒの人柱は俺だけでいい。

 

 

「オレを何故、あの平行世界へ飛ばした。君の仕業なんだろ?」

 

「フフフ……。全部が全部私の仕業ではない。あれは当然の成り行きでしかないのだから」

 

何がおかしいんだ。

いや、まさか、……嘘だろ?

 

 

「オレがキョンの代わりに、"消失"をおっ被ったって言うのか……?」

 

「ええ、だいたいそんな感じだ」

 

「おいお前ら。仲良く会話するのは構わないが俺に分かるように話してくれないか」

 

「―――」

 

涼宮さん。

そこまでして君はキョンを可愛がるのか?

支配者気取りなのは、どっちの方なんだ?

かつて皇帝だとか呼ばれた、俺じゃあないのは確かだった。

寵愛も立派な支配だ。キョンは自由を語れるさ。

しかし涼宮さんは独善者ではない。

何故なら涼宮ハルヒこそが勝者であり、正義なのだから。

 

 

「そして私の介入は私のためでもあるが、浅野君のためにもなる」

 

「……オレが朝倉さんを助けたいからか?」

 

だけどそれは自作自演じゃあないのか。

彼女にそっくりの偽急進派宇宙人を派遣したのは、君なんだから。

 

 

「そのような短いスパンで私は語っていない」

 

「なら、どれくらいの尺の話なのかな」

 

「私にとってはつい昨日の出来事。それを考えたのはね。でも、浅野君にとっては多分、明日の出来事」

 

「それ、"ウリエル"じゃあなくて"ルシフェル"の台詞だろ」

 

俺はあのゲームをやった事はないが、ガッカリゲーだと聞いたよ。

アクションゲームはやはりさっくりではなく、重く濃い方が良いのではないか。

とは言ってもやる予定なんてないんだけども。

 

 

「どちらでも構わない。"あなた"が私の名前を思い出してくれないのなら――」

 

ともすれば佐藤は何かを呟き始めた。

何だ、あいつも情報操作が出来るのか。

とにかく、"脱力"だ。

緊急事態に対応する精神力。"システマ"の根幹だ。

するとキョンが突然後ろから俺の前に出てきた。

 

 

「どうでもいいがな。そこの明智はもう心に決めた人が居るらしい。それはお前もわかってるんだろ」

 

「ええ。それはそれよ。朝倉涼子を幸せにすればいい。それも選択」

 

「ならこいつに関わる理由は何だ? いや、中河を巻き込んだ理由を聞かせろ。そしてお前が可能なら長門を解放してやってくれ」

 

「ふむ。あなたには言ってなかったな。質問は、一つずつ。それが私のルール」

 

そういやそんな事を言っていたな。

俺はとっくに忘れてしまっていたけど。

キョンはキョンで思うところがあるのだ。

身内に甘いんじゃあない、身内に優しい。それが主人公。

 

 

「長門有希に関しては、私とてどうもできない。それはあの藤原に文句を言うといい」

 

「そこで何故あの未来人が出てくる」

 

「それも本人に訊きなさい。私の目的とは別件」

 

「はっ。その目的はどこまで信用出来るんだろうな」

 

「あなたに信用してもらう必要は無い。私には浅野君が全てだから」

 

思わずゾっとしたね。

そんな愛らしい台詞をよくも感情の一切を込めずに吐き出せる。

ヤンデレだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。

もっと恐ろしい深淵の片鱗でしかない。

 

 

「中河君に関して言えば、必要だからそうしたまで」

 

「何だと? ……ちっ。なら、何にどうあいつが必要なんだ」

 

「それはいずれ解るでしょう。時が来れば。だけど、今日ではない」

 

前世から俺はそれを言っていたのだろうか。

そこも覚えていないのだが。

 

 

「最後に浅野君に関して。これは単純」

 

しかし佐藤の発言を聞いた俺にとっては、まるで単純ではなかった。

この場合の『意味がか分からないし笑えない』は普段と毛色が違った。

 

 

「明智黎の協力が必要だから」

 

「それはオレなのか」

 

それとも俺が本当に憑依者で、精神障碍者で、"トリッパー"。

だと言うのなら平行世界の明智と同様に、本来この世界の住人としての明智の事か?

 

 

「ふむ。難しい質問だ。それはあなたが自分をどう判断するかによって解釈も変わる」

 

「何を言っている。オレはオレで、精神分裂しているんだろ」

 

「そうね」

 

「この身体の精神を元の世界に戻せ。……そういう話なんじゃあないのか?」

 

「違う――」

 

重ねて言おう。

本当に意味が解らなかった。

ただ言えるのは、彼女が異世界人らしいという事ぐらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私が旅をしたどの世界の浅野君も、必ず死ぬ。その運命を私は変えたい」

 

そういやそんな話、魔法少女モノであったよな?

 

 

 

 


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