異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

106 / 182
第七十五話

 

 

俺がいくら荒唐無稽な話をされようと何も無かったかのように世界は動く。

特に学校生活はそれが如実で、気が狂うほどにどっちが日常なのかが曖昧になる。

ただ、確かな事はご期待通りに現れやがった。

そいつらは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事も無く放課後を迎え、文芸部室に向かう俺と朝倉さん。

昼休みの話は割愛させてもらおう。いつも通り、お弁当は感動的な出来だ。

俺だってこんな一件はさっさと終わらせたい。

誰が得するのかはさておき、俺は得しないのは確かなんだ。

進化でも自律進化でも好きにするといいさ。

 

――俺はこれからどこにも行かない。

異世界人だからって世界をとっかえひっかえする必要などない。

ここでいいのさ。

 

 

「お前さんが一番乗りとは、珍しいじゃあないか」

 

古泉が一人だけ、パイプ椅子に座っていた。

机の上には何も置かれていない。

 

 

「特に遅れる要因がなかった上に、誰かがこの部室の鍵を開ける必要がありましたので」

 

「長門さんは今日も来れないわ。私がもっと協力してあげたいところなんだけど、今でもグレーゾーンなのよ。これ以上は私の権限ではどうすることもできない」

 

「そうですか……」

 

そうさ。

この世界だって完璧だとは思っていない。

何故なら全てを知らないからだ。

確かめる必要がある。

ただ、その方法さえわからない。

 

 

「それが、問題だ」

 

「……何が問題だって?」

 

ドアノックと共に入ってきたキョンが俺の言葉に反応した。

気にするな、独り言みたいなもんさ。

そしてキョンは古泉の右に座る。俺はその対面で朝倉さんの右に座っている。

普段ならボードゲームでもしない限りは女子と男子で自然に席が分断される。

団長の涼宮さんは何故かいつも到着が遅い。授業が終わるな否やどこかへ走り去っていった。

そして朝比奈さんも今日は遅かった。これが野郎三人だけなら俺は否定しにかかっていただろう。

朝比奈さんは泣いても笑っても三年生だ、この時代で進学するのか、未来に帰るのか。わからない。

キョンはいかにも彼女のお茶が飲めない事を不満そうに溜息を吐いてから。

 

 

「はぁ……。そういや今日、俺は佐々木に会いに行く」

 

「本当ですか?」

 

「だから早目に切り上がらせてもらう。用事がある事はハルヒにも言った」

 

どうせ部活自体も四時半前には終わるだろうがな、と彼は付け足した。

涼宮さんには何と言い訳したのかね、またシャミセンの病気とでも言ったのだろうか。

それはそうと。

 

 

「長門さんをいつまでも風邪で誤魔化すのは無茶がある。もう入院させた方がいいんじゃあないか?」

 

「確かに、『機関』であればそのように取り計らう事が可能です」

 

「おい、大ごとになるだろ。長門が入院なんかした日にはそれこそハルヒが何をするかわからん」

 

長門さんの熱は37度後半。

社会では許されざる数値だが、確かにきつい。

朝倉さんが負担を軽減しなければもっと熱は高くなるらしい。

これで風邪ではないのだから無茶もいいとこだ。

情報統合思念体は彼女たちを何だと思っているんだ。

誰かの代わりは居ないんだ。

長門さん風に言わせてもらうが、『ユニーク』なんだよ。

しかしながらキョンは長門さんと涼宮さん、どちらを心配しての発言なのだろうか。

 

 

「ふっ。自分の心配が一番必要なんじゃあないか?」

 

「あら……そう言う明智君は昨日――」

 

馬鹿、よせ。

そんな話はこいつらに聞かれたくない。

ヤらしい事を考えられないぐらいに俺は摩耗していたんだ。

定期的に抱き着いてやってもいいんだぜ、俺は。

……嘘だって。

何とか大きく咳払いをして誤魔化した。

 

 

「と、とにかくキョン。そっちはお前に任せる」

 

「佐々木についてか」

 

「それもあるが、橘と藤原だ。あの二人の狙いはお前さ。周防……は何が狙いかよくわからないし」

 

危うく"ちゃん"を付けそうになった。

俺の場合は周防を馬鹿にしているためにそう呼んでいるが、朝倉さんが聞いたら間違いなく誤解する。

デキる男は失敗しない。そして失敗した時の切り替えも早くあるべきだ。

古泉もその辺は俺と同意見らしく。

 

 

「明智さんの方は佐藤さんの担当というわけですね?」

 

「自然な流れさ。オレの推測だが、藤原が周防を利用している。天蓋領域もコネは欲しいんだろうね」

 

「未来人とのコネか? よくわからん連中だな」

 

「利用できるものは多い方がいいもの。情報統合思念体もそこは同じよ」

 

結局あいつらも高次元の存在だとか言って天狗になっているだけだ。

進化どころか繁栄さえ出来ないだろうな。

俺に言わせると二元論に支配された下等種族だ。

モンキー以下なんだよ。

 

 

「今日もしお前が成果を挙げられなかったのなら明日はオレが動こう」

 

「何かあるのか? 言っておくが中河は無理だと思うぞ。奴の携帯番号ぐらいなら教えてやれるが」

 

「夜は勉強しているんだろ。彼の熱意に水を差したくない。今回は別のプランさ」

 

「期待しないでおこう」

 

俺も同感だよ――。

 

 

――コンコン

 

不意に再び部室の扉が叩かれた。

その瞬間、俺たちは話を中断した。

しかし妙である。

涼宮さんならお構いなしに入ってくるだろうし、朝比奈さんがドアノックをする必要は無い。

そもそも女子がやる必要はないのだから。

誰かは不明だがお客さんなのは確かだった。

 

 

「……どうぞ」

 

キョンが一言そう言うと、ドアが開かれた。

だがそのお客さんは間違いなく俺が予想しなかった人物だった。

 

 

「フフ……初めまして、先輩」

 

「……なっ」

 

凍り付く俺とキョン。

確かにそいつは北高のセーラー服を着ていた。

"噂をすれば影が差す"、か?

そろそろ俺は喋らない方がいいかもしれないな。

"口は災いの元"だ。

 

 

「……佐藤」

 

俺の一言に朝倉さんも古泉も反応した。

先輩、の言葉通りに上履きのそれが一年生のものだった。

 

 

「君は何しに来たんだ?」

 

「文芸部……いいえ、SOS団に入団希望。とでも言っておきましょう」

 

「はっ。残念だが、見ての通りハルヒはまだ来ちゃいないぜ」

 

いつも通りにふざけた態度。

だが、どこか彼女は楽しそうに見えた。

今までとは違う。雰囲気が。

佐藤は本当に楽しそうな声で。

 

 

「今日は紹介したい人が居る」

 

ここで中河氏が出て来た日には一気にこの部室が戦場と化すだろう。

女子だろうがお構いなしに、俺は佐藤を拷問するべく動くはずだ。

彼女に続いて入ってきたのは、知らない男子生徒だった。

そいつも一年。身長は170あるかどうか。

髪型は天然パーマ。しかし、その眼は佐藤のそれよりも、鋭い。

すると古泉は突然立ち上がった。

彼の表情からは珍しく、焦りが感じられる。

 

 

「――ま、まさか! あなたは……」

 

何やら知っている人物らしい。

朝倉さんをちらりと見るが、彼女は佐藤に対し不快そうな顔をしているだけ。

その男子生徒に対しては何ら反応していない。

古泉の異変を目の当たりにしたキョンは。

 

 

「どうした古泉。誰なんだあいつは?」

 

「僕の、いえ、……かつて、『機関』のメンバーだったお方です」

 

"だった"?

どういう事だ、裏切ったとでも言うのか?

連中が涼宮ハルヒ信者の集団には違いないはずだ。

橘京子に寝返ったとでも言うのだろうか。

……だとしたら悪趣味だな。

橘はどう見てもアホの子でしかない。

可愛い子ぶっても美人として振る舞えるかは別問題なんだよ。

古泉の言葉に男子生徒は反応した。

 

 

「嬉しいな。僕を覚えてくれていたようじゃあないか。"リーダー"」

 

「……ええ、あなたを忘れる訳がありませんよ」

 

苦しい表情の古泉に対して威圧的な態度の男子生徒。

この場だけを見れば明らかに古泉が下だった。

そして俺の疑問をキョンは代弁してくれた。

 

 

「なあ、あんた誰なんだ? 『機関』メンバーだったとはどういう事なんだ」

 

「リーダーが言った通りだ。僕は四年前のある日に『機関』を抜けた……とある事情で」

 

「我々からしたら文字通りに"消失"ですよ。まるでこの世界からあなただけが消えたようでした。あなたの家族も心配しています、今までどちらへ……?」

 

四年前に消失……。

おいまさか――。

 

 

『――ある日、それなりな規模の閉鎖空間が発生した。しかし急進派のTFEI端末の一つが超能力者を妨害しようとした』

 

平行世界で、ジェイが俺に語った話だ。

それはカイザー・ソゼの仕業だと言った。

だが、ジェイもソゼも結局佐藤の自作自演。

俺の能力とやらのための。

 

 

『結果から言えば、その端末と超能力者の一人が世界から文字通り"消えた"。それで事件は解決した』

 

消えたのは、急進派の宇宙人だけではなかった。

超能力者も――。

 

 

「リーダー、僕の心配は不要だ。こことは違う世界で仕事をしていたからね。神人狩りのウデも鈍っちゃあいない」

 

「……何だって?」

 

「フフ、自己紹介をしたら?」

 

キョンは理解が出来なかったらしい。

そして佐藤が男子生徒にそう促す。

まるで、心底から愉快と言わんばかりに。

 

 

「僕の名前は、サノ・アキ。佐乃秋だ。でもって超能力者兼――」

 

佐乃と名乗った一年坊は、とんでもない奴だった。

少なくとも俺が混乱するぐらいには。

 

 

「――異世界人さ。まっ、気軽にアッキーとでも呼んでくれ」

 

こいつは何を言っているんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ。異世界人のバーゲンセールか」

 

暫くの静寂の後、キョンはそう呟いた。

古泉は言葉を発する事が出来ていない、朝倉さんは無表情。

来訪者二人はやけに挑発的な態度だ。

どうやってこの学校に潜入したかは知らないけどな。

 

 

「同感だね。君が誰だか知らないが、そこの佐藤に騙されているだけじゃあないのか?」

 

急進派の宇宙人だって利用されただけだ。

この女は浅野にしか興味ないんだとよ。

俺に協力的でも何でもないのが事実だ。

と、俺の発言を受けた佐藤は。

 

 

「……フフフ。だ、そうよ?」

 

「まったく。僕としてもここまで愚かだとは思わなかった。明智黎」

 

佐乃君とやら、一年生のくせにやけに偉そうじゃあないか。

どうせさとうに無い事しか吹き込まれていないのだ。

彼の四年前など中学生ですらないはずだ。

ともすれば誘拐犯みたいな手口じゃあないか?

佐乃君もどうせ俺みたいに別の世界へ飛ばされたって口だろうよ。

しかし彼は俺の考えを否定した。

 

 

「僕は涼宮ハルヒより、彼女についていくと決めただけだ」

 

「……佐乃さん。あなたは我々の使命を放棄した上に、今度は我々に敵対するおつもりですか」

 

だったら容赦しません、と言わんばかりの威圧感だった。

間違いなくこの場で一番怒っているのは古泉一樹であり、『機関』に他ならない。

失踪した超能力者は、『機関』の裏切り者だったって訳か。

だが。

 

 

「結局君も利用されているだけだ。そこの佐藤の目的を、君は知っているのか?」

 

荒唐無稽にもほどがある。

よくもその女を信用する気になったな。

言っておくが俺は最初から信用も信頼もしていなかった。

ただ、他にアテが無かっただけで、そうせざるを得ない状況に追い込まれた。

佐乃はどう違うと言いたいのだろうか。

 

 

「勿論だ。彼女の望みは理解している。そしてそれは、僕の望みに他ならない」

 

「……何を言っている。これ以上厄介ごとを増やすな。どうせお前も長門の任務は知らないとか言い出すんだろ」

 

「手段がないわけではない。もっともそれは、そこの明智黎が知っているはずだ」

 

「何……?」

 

無茶ぶりだ。

俺は佐藤と話したいんだがね。

すると朝倉さんは。

 

 

「どうでもいいけどね、佐藤。あなたが私と明智君にとって迷惑以外の何物でもないのは確かなの。浅野と明智君は別人なんでしょう? ただの可能性にすがるしかないのかしら」

 

「ふむ。"可能性"とは?」

 

「自律進化、否定。次元の壁を越えられるはずの異世界人が、なぜ明智君と同じことが出来ないのか……その目的さえ怪しく思えるじゃない」

 

確かにそうだ。

俺だけが特別だと言う根拠がどこにもない。

佐藤だって充分に原作の流れを変えてしまったと言える。

あるいは修正したのか?

とにかく、方法こそ不明だが彼女も平行世界へ移動できる。

喜緑さんの発言も勘違いだ。

情報統合思念体の計算ミスに他ならない。

過大評価ですらなかった、審査員がまるで使えないからだ。

 

 

「その辺の話は今回の一件に関係ない。長門有希を心配するのはわかるけど、私は管轄外なのだから。朝倉涼子、あなたと同じようにね」

 

「あなたは自分の立場をよく理解しているのね」

 

「フフ……私の目的は二つある。そのもう一つは知らなくてもいい事。明智黎には関係がないのだから」

 

「何も知らない相手にオレが協力するって?」

 

信用も信頼も出来ないのに、どうしろと。

そんな俺の発言に過剰な反応を示したのは裏切り者らしい佐乃君だった。

 

 

「『何も知らない』だと……ふざけるな! 明智黎、お前はやはり忘れてしまったようだな……」

 

確かなのは、彼が異世界人かどうかではなく彼も巻き込まれたという事。

いいや、巻き込まれたのは二人だけだったんだ。

 

 

「僕はかつて、前に居た世界でテロを起こした」

 

「……ふっ。死にたがりのする事だね。中二病患者かよ」

 

「復讐するためだった。世界へ」

 

「その話が長くなるのなら、そろそろ俺は帰らせてもらおう」

 

キョンは鞄を持って立ち上がる。

佐々木さんの一味に合いに行くらしい。

すると佐乃は。

 

 

「これだけは聞いていくといいさ。君も知っていた方がいいのだから――」

 

大体からして可笑しかったのだ。

精神分裂? 行動する事さえ出来ない状態?

俺の不完全な前世の記憶だけで、それがそうだと言えるのだろうか。

浅野にも精神の大部分は残されているはずではないか。

ゼロだとは、とても思えなかったのだ。

 

 

「――僕の正体さ。僕の本当の苗字は浅野。かつて、全世界のシステムを、情報社会を、インフラを破壊したサイバーテロリスト組織のリーダー」

 

自分について疑問に思った事はそうない。

出来る事は出来る事なのだから。

俺の技術について俺が疑問を持たないのは当然の事だった。

全ては経験という"過程"があった上の、"結果"なのだから。

 

 

「組織のみんなから僕はこう呼ばれていた。情報世界の皇帝……"カイザー"と」

 

「フフフ、私も世界の崩壊を見たかった……」

 

「残念だが僕一人では無理さ。そこの、明智黎の協力があったら別だけどな」

 

「大好きよ、浅野君……」

 

「今の僕は佐乃。しがない超能力者さ」

 

……で、この一年生の正体が何だって?

キョンも、古泉も、俺も、動けなかった。

朝倉さんは違う、彼女は俺たちにあわせて動かなかった。

文字通りの救難信号はSOSでしかない。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。