異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第七十六話

 

 

 

……で、どこからどう突っこめばいいんだ俺は?

俺の脳内耐タンパー性――内部構造の機密性――はここ数日で飛躍的に進化していた。

ありがた迷惑なことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつらは俺の回線をパンクさせるつもりらしいが、そうは行かないからな。

未だ鞄を持ちながら硬直している彼に対し。

 

 

「キョン」

 

「……な、何だ」

 

「お前はもう行っていいと思うよ。そこの一年の話はこっちで聞いておくさ」

 

佐藤と佐乃は俺の発言には反応しなかった。

言いたいことは既に言っているのだ、追究は残りの三人でも出来る。

佐々木さんを待たせるのは友人としてどころか男としてナンセンスさ。

今度こそ部室を後にしようと一年生二人――まさか本当に入学したのだろうか?――の横を通り過ぎる。

二人ともキョンの離脱を特別気にしていないようで。

 

 

「フフ、また今度会いましょう。先輩」

 

「佐藤よ。佐々木はそこの野郎の事も知っているのか?」

 

「機関でも僕の足取りを掴めなかったんだ。彼女が知っているはずもない」

 

「……そうか。とにかく、妙な事は考えるなよ」

 

と言い残して退室した。

成果があるといいんだけど。俺は期待しておくよ。

古泉は何とか落ち着きを取り戻し。

 

 

「お二方、椅子にでも座ったらどうですか?」

 

「いいや結構。僕はここの団員じゃあないからね」

 

「なら立ったままで結構だ。我々『機関』が納得する説明をしていただきたい」

 

「あっちの世界でのリーダーはこうもおっかなかったかな……」

 

待て。

まずは俺が質問するべきじゃあないか?

お前達『機関』のゴタゴタは後でゆっくり話し合ってくれ。

差し当たっての問題は。

 

 

「君の本当の苗字が、何だって……?」

 

「フン、理解できなかったようだな。だが無理もない。僕が同じ立場ならきっと混乱するだろう」

 

一度に与えられた情報量に対して説明が皆無だ。

いつもそうだ。

ジェイとして佐藤があの世界で名乗り出た時から。

 

 

「――僕は浅野。……明智黎、元はお前と同じ人間だ」

 

……何?

誰と誰が同じだって?

もしかするとそれは平行世界の話か。

 

 

「違うね。精神分裂。つまり、僕とお前の二人で一人の浅野だったという訳だ。足りない要素は宿主から引き継いだ……それだけだ。他に何かわからない事があるか?」

 

つまりも何もどういう事だ。

三年いや四年前のあの日、君と俺がこの世界に飛ばされたって事なのか?

その事実は辛うじて理解した。けれど納得はしていない。

俺が精神分裂を経て飛ばされたという経緯は? 背景は何なんだ。

涼宮さんで間違ってないんだよな?

 

 

「その辺は僕には不明だ。彼女は知っているだろうが」

 

「取るに足らない話よ。誰も聞く必要はない」

 

「だ、そうさ」

 

「……なるほど。理屈は不明ですが、佐乃さんの精神年齢は本来の年齢とは異なっている、道理で老成していらっしゃる訳だ」

 

「僕の場合は偶然に偶然が重なっただけさ。リーダーの方こそ座ったらどうだ?」

 

佐乃の言葉に従い、古泉は再び座る。

まだまだ謎は残っている。

サイバーテロがどうだの、古泉をやけに"リーダー"呼ばわりするだの、どうやって橘でさえ断念した北高に潜入できたのか。

しかし、こいつらが帰る前にこれだけは聞く必要がある。

 

 

「君が、佐藤が求める浅野なのか……?」

 

ならばお前達二人で宜しくやればいいじゃあないか。

もう解決だろ。

何だか大好きだとかどうとか言ってたし、俺も佐々木さんの方に集中したい。

イカれたカップルどもが。あの二人の方が共依存だな、古泉よ。

天然パーマと目つきの悪さを除けば佐乃君とやらもモテそうだぞ?

偉そうなキャラクターは谷口のそれよりウケるだろうな。

あいつは何もしてなくても下品なオーラが出ている。

とにかく俺に用は無いはずだろ。

だが佐乃は、再び怒りを滲ませながら。

 

 

「精神分裂と言う事は、即ち"思い出"の分裂……お前は自分の犯した罪から逃げた。嫌な記憶だけが、僕に残されたんだ」

 

「……何を言っている?」

 

「フフフフフッ。でも、私の事を覚えているのは浅野君なのよ。明智黎は忘れてしまっている」

 

「あら、明智君は何を忘れていると言いたいのかしら? はっきりしなさい」

 

ともすれば朝倉さんはこの中で一番男らしい発言をした。

多分に全員の歯切れの悪さに苛立っているようでもある。

飲食店でなかなかオーダーが届かない時の感覚さながらだった。

そして佐藤は、この日最後の爆撃を開始した。

 

 

「私を死に追いやった記憶。それを明智黎は忘れている……」

 

「オレが……君、を……?」

 

「フン。何度思い出しても心苦しい。後悔なら死ぬほどしたさ。だが、僕は死ぬわけにはいかない。彼女と出会えたんだ」

 

「だけど再会じゃないのよ。そして再開する必要がある」

 

もう何が言いたいのかは意味不明だ。

客観的、冷静的に分析したとしても意味が解らない。

俺が忘れている友人に関する記憶を全て、佐乃が持っていると?

こいつが俺だって?

助けたいのは、元の世界の俺なんじゃあないのか――。

 

 

「――あら? あんたたち誰?」

 

「すいません遅れちゃいまし……はぇ?」

 

さっきまでのこの部室は"レバノン"ぐらいの危険度だった。

しかしこの瞬間に、危険度はゲージをゆうに振り切ってしまった。

さながら世界大戦直前の"バルカン半島"。

火薬庫どころでは済まない、核爆発一歩手前の臨界体勢。

 

 

「何だ、新入生ね。でも残念だけど入団テストはまだ先なの。今はそれどころじゃないから」

 

「そうだ、せっかくなのでお茶をお出ししますね」

 

……まずい。

涼宮さんも朝比奈さんも、状況を全く理解できていない。

古泉は見た事もないような表情をしていた。

俺も多分、似たような感じだ。

どうする? 何か打つ手はあるか?

このまま時が止まってくれるのが一番だ。

次点は二人が勘違いしたまま終わればいいだろうな。

 

――違う。

動くべきは、俺だ。

 

 

「――涼宮さん」

 

「何、どうしたの明智君」

 

「実はこの二人、SOS団じゃあなくて文芸部希望らしい。ちょうどその説明をしていた所なんだ」

 

……だろ?

と言わんばかりに他四人を睨み付ける。

朝倉さんと古泉、異世界人を名乗る馬鹿二人もだ。

これで駄目なら威圧しかなくなる。

 

 

「はい。どうやら彼らの"勘違い"だったようです」

 

「……何よ、つまんないわね。それもこれも全部あの会長のせいでSOS団として宣伝できなかったのよ」

 

「文芸部としての活動もあるけど今は部長の長門さんがいない。彼女は風邪気味でね。とにかく、今日のところは残念だけど帰ってもらえないかな?」

 

「ふーん。あんたたち、SOS団に入りたいのなら後日入団テストを行うわ。やる気があるなら来て頂戴」

 

無理矢理話を展開させていく。

ここで涼宮さんに反抗してみろ。

それが面白がられるかどうかは俺にもわからないぜ。

佐藤は今まで浮かべた事のない平凡な笑顔で。

 

 

「ちょっとびっくりしちゃいましたけど、その部活も面白そうですね」

 

「……僕にどうしてほしいんだ?」

 

「入団テストを受けてみるのも、面白そうじゃない」

 

正気かよ。

どうでもいいからさっさと失せてくれ。

対応はこれから考えてやるさ。

佐藤の発言に対して涼宮さんは。

 

 

「テストは今週中……に、出来るかはわからないわ。SOS団全員が集まらないと選考出来ないから。ま、決まったら大々的に宣伝するつもりよ」

 

この二人はさておき、涼宮さんはどういう方法で宣伝するつもりなのだろうか。

いや、まず入団テストなるものが本当に用意されているとは思わなかった。

春先に何度か彼女はそのような事を言っていたが、本当に増やすつもりなのか?

増えるのか? 団員。

 

 

「フフ、わかりました。行きましょ、佐乃君」

 

「……失礼したよ」

 

こちらの空気などお構いなしに二人は退出する。

朝比奈さんは残念そうに。

 

 

「あっ。お茶、もうすぐだったのに……」

 

「みくるちゃん、あたしたちで飲むから気にしなくていいわ」

 

……命拾いしたのはどっちの方なんだろうな。

宇宙人と超能力者の表情は無表情だ。

俺はどうなんだろうか。

自分の顔だけは永遠にわからないものさ。

次に俺はどんな事を言われるんだ?

夢を見ない俺にとって、まさに夢物語であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は朝比奈さんから出されたお茶を飲み干すと直ぐに解散となった。

ちなみに彼女は珍しいことにメイド服ではなく一日中部室内で制服姿だった。

涼宮さんは朝比奈さんと一緒に新入生の逸材を探しに校内をうろついていたらしい。

探索先が他の部活の新入部員候補なのだからいつもながらに破天荒だ。

SOS団に興味も何もない一年坊を青田買いどころか青田刈りというわけである。

程なくして帰宅コースなわけだが、古泉に一言。

 

 

「佐乃が言っていたリーダーってのはどういう事なんだ?」

 

「……この件が落ち着いたら『機関』について多少お話ししますよ」

 

とだけ言った。

古泉の家がどこかは知らないが、俺の家とも宇宙人の分譲マンションとも違うのは確かだ。

彼について気になるかどうかで言えばそりゃあ確かに気になるさ。

でも、優先順位がある。古泉だってそれをわかっている。俺もだ。

今回に関しては間違いなくキョンであり、佐々木さんを取り巻く関係であった。

俺ではない。

後でゆっくり話を聞かせてくれればそれでいいさ。

新登場の裏切り者さんも宇宙人には疎いらしいからね。

あいつらも優先順位は下だった。

 

――やがて、長門さんの住む708号室に到着した時には17時が近かった。

彼女一人で生活出来ていたのだろうか?

宇宙人相手にその心配は無用なのかもしれないが。

 

 

「……」

 

ベッドの長門さんは穏やかな表情で眠り続けている。

本当に任務も負担を感じさせない。

言うまでもなくそれは朝倉さんのお蔭だ。

 

 

「情報統合思念体は何も言ってこないのか?」

 

「うん。長門さんの任務に干渉するなって警告だけよ」

 

せめて終了のメドぐらいは立たせてくれ。

何を交信しているのか、その一切すらこちらには不透明なのだ。

まるで見えない何かが徐々に俺を取り囲んできているようであった。

残念だが放課後気分にはとてもなれないな。

居間のこたつに朝倉さんと向かいで座る。

 

 

「次の一手か……」

 

「何か考えがあるのかしら」

 

それは間違いなく周防を頼るプランだ。

ただし、つつくのは藤原ではない、谷口。

と言ってもあいつに事情を説明するわけにはいかない。

彼には彼の平穏がある。

周防にフられた時の事を考えると知らない方が幸せなのだ。

こっちはこっちでどうにかするさ。ただ、少し力が借りたいだけ。

 

 

「それは悪手かもしれない」

 

「私に説明する気は無いの?」

 

「朝倉さんはまだ上がうるさいんだろ。ならおちおち説明も出来ないさ」

 

それは間違いなく情報統合思念体にとって邪魔でしかないのだから。

俺はとにかく周防に賭けたかった。

ギャンブルは嫌いだ。俺に幸運など無いのだから。

しかし、根拠のない自信とやらに頼りたくなる時がある。

周防は何も知らないのだ。

朝倉さんが三歳なら周防はきっとそれ以下だ。

ともすれば乳児かもしれない。

命令に従うしかないのだ。それしか生きる術がわからないのだ。

かつての朝倉さんのような行動が出来る奴など、本当に稀有な存在だ。

だから俺は彼女を好きになったんだろうな。

 

 

「何が起ころうとしているのか、あいつらの狙いをどこまで信用していいのか。オレにはわからない」

 

「あなたは今まで、"わかっていた"から行動してきたのかしら?」

 

「ふっ。オレが何かした事なんて数えるほどしかないよ。オレである必要性さえ怪しい」

 

「……後ろ向きね」

 

後ろを向かないのが前向きじゃあないのさ。

最終的に振り返るから前向きなんだ。

俺が棄てた世界、そしてその罪はとても大きいものらしい。

……知るか。

勝手に俺を"臆病者"と思おうが、俺はもう思っちゃいないんだ。

少しずつ成長すればいいじゃあないか。

後ろとか前とかは、それから考えればいいんだ。

 

――佐乃よ。

例え俺がお前の立場でも、俺はきっと好きな人のためなら諦めないだろう。

正直に何も隠さず話してくれれば、俺だって協力するかもしれないさ。

だけど、逃げる事だけはするんじゃあない。

 

 

「現実は受け入れる他ないさ。ここは確かに現実世界で、オレが知ってたお話に似ているだけ。ほぼほぼ同じとは限らない」

 

朝倉さんがここまで美しいとは思ってもいなかったわけですよ。

違うな、谷口の採点基準は不明だが女子は美人揃いだ。

だから何だってわけではないが挙句には男子も顔だけはまともな野郎ばかり。

俺が勝てるのはもはや減らず口だけだ。

間違いなく捨てられるとしたら俺の方だ、朝倉さんに。

 

 

「私は信じない事に決めたわ」

 

「何を?」

 

「明智君に何かを変える力があるって話」

 

「オレが一番信じてないからね」

 

あったとしても使いこなせる方法がわからない。

某ノートみたいに使い方を書いておいてくれないか?

あの程度の英語なら誰でも読めるから。

すると朝倉さんは満足そうな表情で。

 

 

「私にもあるはずよ。きっと」

 

「いいや、みんなにあるはずさ」

 

人間の精神に進化の余地があるのかは不明だ。

ニーチェ先生が言う超人論も、アテに出来るかは不明だ。

だけど、あった方が面白いだろ? 楽しいだろ?

否定していいのはつまらない事だけだ。

それが俺のルール。

 

 

「いつか……」

 

本当に平和になったら、プロポーズでもしようかなと思った。

割と本気さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうこうして帰宅になったわけだ。

今日は喜緑さんも居なかったし、あの二人組も家までは来なかったらしい。

うん、問題なく今日はこれで終わりだ。と思い俺はパソコンを起ち上げていた。

晩御飯の時間まではまだ暫くあった。19時前後が基本なのである。

適当なネットサーフィンに興じるのも悪くはないが、ニュースを見るのが一番楽しい。

だなんて思っていると携帯電話が鳴り響いた。

相手はキョンらしかった。

 

 

「……もしもし?」

 

『おい』

 

キョンの声からは焦燥感があった。

何かあったのだろうか?

 

 

「緊急事態か! どこだ、直ぐに向かおう――」

 

『確かに緊急事態ではあるんだがな、とりあえず落ち着いてくれ』

 

「何を言っているんだ?」

 

『お前に一つ報告があってな――』

 

果てしなく俺は失念していた。

こうなってしまう可能性を。

 

 

『――どうやら谷口の彼女は、あの周防らしい』

 

……プランB、知らないフリだ。

 

 


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