異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第七十七話

 

 

この場合俺が持つ選択肢としては二通りが考えられた。

"驚愕"か、"呆然"とするか。

知らないフリ作戦を決行するからにはそのどちらか……。

俺のキャラ的には後者の方が自然だろうさ。

重要なのは質問する事、問い詰める事。

絶対に受け手に回ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まない、キョン。お前の発言がよくわからなかった。電波が悪いのかも知れない」

 

『そんな訳あるか。こっちは至ってクリアな音声だ』

 

「……誰がどうしたって?」

 

『谷口が付き合っていると話していた光陽園学院の女子だ。それが周防九曜だった』

 

「……冗談だよな?」

 

『俺もそう思いたい』

 

最悪の場合、谷口に突撃する作戦がおじゃんになりかねない。

昨日の今日で呼び出された日には周防も警戒するだろう。

どうしてこうなったのか? それが、問題だ。

 

 

「詳しく頼むよ」

 

『だがまずは佐藤の話だ。藤原は確かに偉そうな事を言っていた。こちらの要求を呑めば長門の特殊任務も即座中断出来ると』

 

「話が見えてこないな。要求だって? 誰が、何をしろと」

 

『佐々木がハルヒの力を移譲される。俺がそれに同意しろ……だとよ』

 

無茶だな。

それにハッタリの可能性も高い。

 

 

「周防ちゃんの反応は?」

 

『時折意味不明な宇宙的単語を呟いた程度だ』

 

「大体お前の同意なんて関係あるのか? 佐々木さんに能力を渡せるならさっさとすればいいだろ」

 

『しかし連中は俺に迫る一方だ。まるで出来たらとっくにやっていると言わんばかりにな』

 

「"鍵"……か?」

 

そしてそこまでの役割はキョンにしか与えられていないのだろう。

俺はただの"予備"でしかないらしい。

言葉通りに考えるなら涼宮さんへの影響力は多分にオミットされている。

単なる厄除けでしかないのだ、俺は。

 

 

「で、お前は何て言ったんだ?」

 

『佐々木だって欲しくもなさそうにしているんだ。俺が同意する理由もない』

 

そうなのかな。

お前は単に、涼宮さんを選択したと言えるのか?

連中は連日連夜とアタックしているんだ。

ただの鍵に出来る事なんか開錠だけなんだよ。

その役目さえない俺が出来るのは自分を振りかざすだけだ。

原始人の火か文明人の炎かなんてのは些末な問題でしかない。

キョン、お前と俺は違うんだ。

下らないラブコメじゃあないんだから。いつまでも保留するなよ。

……やっぱり、俺が言うと説得力ないかな。

 

 

『当たり前だ。その結果のお前達を見ていると、どこか安心もするがな』

 

「朝倉さんは総合的にオレより強いからね」

 

『少なくとも明智の方が立場が下なのは俺でもわかるさ』

 

それでも隙あらば彼女と好き合いたいさ。

でも、今日じゃあないんだ。

決着はまだ先だ。

 

 

「で、他に話はあるか? 無ければ谷口の方を聞きたいんだけど」

 

こっちのよくわからない一年生コンビの話もしたいしね。

そしてどうやらキョンの方の話は無いらしい。

さっさと谷口の事を語ってもらおうじゃあないか。

 

 

『解散後の事だ。橘と藤原はさっさと喫茶店を出て行った。俺と佐々木と周防は少しゆっくりしてから店を出た。すると、国木田と谷口が駅前までやって来たのさ』

 

「その二人の登場が、どうして最初の話に繋がるのかがわからないな」

 

いいや、想像なんて簡単についてしまうさ。

どうせ谷口が周防に話しかけたか何かしたんだろ。

 

 

『――その様子を見た俺は谷口に訊いたのさ。お前達、知り合いかと』

 

「……それで谷口が何て言ったんだ?」

 

『一応付き合っている、と言った』

 

その"一応"の一言の悲惨さがどれほどのものか。

俺はとても凄く簡単に想像できてしまった。

普段おふざけ野郎の谷口が、チョコ一つでああもテンションが上がるのだ。

世の男性諸君とは俺を含めて得てしてそういうものだが、彼は心底から渇望したのだろう。

ともすれば昔の俺と朝倉さんのようなものだ。

交換条件、形式上、仮面交際。

俺は惰性だけで続けていたし、朝倉さんは単なる探究。

捨てる権利があるのは彼女の方なのだ。

何故なら朝倉さんから『私と付き合ってくれないかな』と言ってきたわけで、俺ではない。

間違っても俺の方からそんな事を言った日には『馬鹿ね』と文字通り切り捨てられていただろう。

でもあの時の朝倉さんもやっぱり可愛かったな……だとか現実逃避している場合ではない。

今日は彼女に甘えないさ。

 

 

「オーライ。それ以上はいいさ」

 

『俺もよくわからなかったからな』

 

「お前がそう言うと思ってたからだ。次はこっちの話を聞いてもらうさ」

 

PCのスパイダーソリティアをプレーしながらキョンに部室での話をする。

ちなみに俺は上級4組をクリアした事は一度もない。いや、無理だろ、あれ。

こっちの話を聞いてもらうとは言え、キョンが部室を退室した時以上に増えた情報など特には無い。

佐乃と俺が元々同一人物らしいとか、精神分裂は思い出の分裂も伴っているとか、浅野が佐藤を死に追いやったらしいとか。

……以外に多かったかな?

とにかく、邪悪とも形容できる、歪んだ愛があの二人にはあった。

お互いに眼の前の人間が見えていない……そんな感じだ。

恋は盲目だなんて言うが、言葉通りにそうなったのか?

断言してやる。浅野が悪くても俺は悪くない。

知らないし、気にはなるが知りたくはなかった。

佐藤と名乗る女が本当に浅野と交流があったのなら、それを友人で済ませていたんだからな。

やっぱり、浅野が悪いんじゃあないか。俺は違う。

仮に俺が彼女と知り合いで好意を抱かれていたのなら間違いなく付き合っていたね。

本当さ。

 

 

「だいたいそんな感じだ」

 

『明智は随分難解な説明を受けているらしいな』

 

「やっぱりそこはお互い様だよ」

 

『認めたくはないんだが……心のどこかでは、平穏だけが続けばいいと思っている』

 

「何が言いたいのかな?」

 

『突き詰めればこれも、ハルヒの能力のせいなんだろ。あいつに責任があるかどうかじゃねえ。自覚もどうでもいい。少なくともあいつのおかげでSOS団は結成したんだ』

 

お前のおかげさ。

でも、こいつが言いたいのはそんな話なんかじゃあない。

……揺らいでいるな。

 

 

『だからな、俺にはどっちが正しいのか少し悩んじまう。これから先もっととんでもない事件が起こらないとは言い切れない。お前なんかは世界から消えたんだろ?』

 

「涼宮さんのせいじゃあないよ。佐藤の仕業なんだから」

 

『ハルヒが無関係とは言えないだろ。小数点以下かもしれないが確かに存在する』

 

「キョン」

 

『俺が正しいと思った事を選択して、俺たち以外の誰かに迷惑がかかるのは嫌なんだ』

 

お前は立派だな。

俺なんかとは対極の考え。

偽善ではない。彼は本当にそう考えて、悩んでいる。

俺の悩みとは似て非なるもの。

正当化ではない。彼は正当かどうかを悩んでいるのだ。

独善でそれはできない。

 

 

「オレの正義とお前の正義は違う……みんな違うんだ」

 

あっちの世界で得た教訓『他人と自分を比べるな』だ。

何かを変える力なんてのは俺に存在しない。

運命も、因果も、宿命も存在しないからだ。

人間が持つのは精神であり、可能性という力。

自分にとって最良の未来を選択出来るかもしれない。

ニーチェ先生が言う"超人"なんて本来は必要ないんだ。

そこでストップしたら、可能性が消えてしまうだろう?

俺は考える、諦めない、どんな手段でも使うが、運命だけは使わない。

誰かに頼まれて俺は朝倉さんを好きになったわけじゃあないんだからな。

そんな俺の半ば説教じみた話を聞いたキョンは。

 

 

『だろうな。いつものお前らしくて少し落ち着けそうだ』

 

「オレらしさって何だよ。そろそろ教えてほしいんだけど」

 

『はっ、お前が決めろ。じゃあな』

 

あいよ。いい夢見やがれ。

自分らしさってのはどうありたいかなんだ。

結局のところ理想論でしかないさ。

それでいいさ。

そういうことなら、それでいい。

何故なら俺の理想もキョンと同じ、平穏が続く事なのだから。

この火曜日に見た夢など、いつも通り覚えちゃいないが、昨日と同じだ。

きっと俺もいい夢が見られたはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌朝、水曜日。

 

 

 

おかげですっかり出鼻を挫かれてしまった。

登校中、朝倉さんの横顔に癒されながらキョンから言われたことをそのまま話す。

原作であいつは『俺はあいつのスポークスマンでもなんでもないぞ』とか言っていた気がする。

俺は今まさにそんな役割を果たしているのである。

"スペアキー"の俺はそんな面倒まで見なければいけないのか。

理不尽だね。

 

 

「昨日言っていた"次の一手"だけど、今日は多分無理だ」

 

「あら、どうして?」

 

どうもこうもないんだよ。

下手な行動は出来ないだけさ。

 

 

「相手に警戒されちゃうからね……」

 

「その相手は誰なのかしら」

 

「周防なんだけど……簡単に言えば弱点を突こうってわけだよ。あいつが何故か付き合っている彼をさ」

 

「……ああ、そうだったわね」

 

出来ればこれ以上知れ渡ってほしくは無い話である。

いや、もう手遅れもいい所ではなかろうか。

古泉たち『機関』が谷口をどう判断しているのか――これであいつがエージェントなら有能すぎる――は不明だ。

あいつが何者であれ、少なくとも表舞台には出て来てほしくないね。

多分谷口が居る前で戦おうとしても笑ってしまって戦いにならない。

一流のコメディアンになれるんじゃあないかな。

しかし今回の問題は。

 

 

「ひょんな事からキョンがそれを知ってしまった」

 

「ふーん。で、昨日の今日で谷口君を攻めたらイントルーダーに警戒されるかもしれないと?」

 

「俺が似たような状況にあったとして、朝倉さんでもノコノコ行こうとは思わないだろ。同じだよ。自分がされたくない事は相手もされたくないのさ」

 

「うん。私なら明智君に言い寄って来た時点で串刺しの刑ね」

 

決して針串刺しではなくナイフなのがえげつない。

じゃあ俺はどうすればいいのだろうか。

北高にどれだけ朝倉さんに近づく命知らずが居るのだろうか。

新一年生からすればSOS団はありえない"世界"だ。

間違いなく北高のトップクラスの美人が集まっている。

鶴屋さん、阪中さん、ついでに生徒会の喜緑さんをカウントしてみろ。アイドルユニットになるぞ。

俺も古泉ぐらいイケメンで爽やかだったら良かったさ。

残念ながら俺は眼つきの悪さだけで人生の大部分を損しているのだ。

佐藤は本当に浅野の友人だったのか?

動物は俺に懐いてくれるけども。

やくざ者がイヌネコを拾うのと同じ次元じゃあないか。

こんな自虐発言に対して慈悲深い朝倉さんは。

 

 

「私は明智君も充分カッコいいと思うわよ?」

 

「社交辞令ならありがたく頂戴しますとも」

 

「客観的に見てもよ。他の女子からもあなたは雰囲気が暗いけど顔は悪くない、だなんて言われてるもの」

 

「……どう喜べばいいのかな、それ」

 

「でも、あなたには笑顔が足りないわね。そこは間違いないわ」

 

笑顔と申したか。

これでもいつも笑ってる方だとは思うんだよ。

 

 

「嘲笑ってるだけじゃない」

 

「ふっ。そうかな」

 

「……今もそうだったわね。私や古泉君を見習いなさい」

 

現在はさておき、過去の朝倉さんの笑顔が100%純正かどうかは甚だ怪しい。

古泉に関して言わせてもらえるならあいつのだって笑顔とは言い切れない。

営業スマイルだし、ただニタニタしているだけだ。見習いたくないよ。

 

 

「向上心が無いわね」

 

「オレを『馬鹿だ』って言いたいの?」

 

「ユニークよ」

 

心がある朝倉さんにまさか心無い発言をされるとは。

その上彼女が言ったのは【こころ】についてだ。

宇宙人の知識は本当に謎だ。

俺なんかよりよっぽどそっちのデータベースの方が凄いはずだ。

価値があるはずだ。

しかし、データベースは自律進化しない。

そういうふうに、できている。

 

 

「少なくとも明後日、金曜日までは谷口に頼めないな」

 

「本気でやるつもり?」

 

「他にいい作戦があれば検討するよ。実行するのはオレだから」

 

残念ながらWデートとはいかないだろう。

俺と朝倉さんという現状動けるこちらの戦力だし。

 

 

「長門さんが復帰してくれるのが一番なのよ」

 

「珍しく弱気な発言じゃあないか」

 

「冷静に分析した上で、よ。もっとも手段を選ばなければ別よ? 私があなたにお願いして、それが受け入れられればね」

 

「……ノー、キリングだ」

 

「私にはその覚悟があるのよ。明智君にもあるはず」

 

あるさ。

だけどそれは駄目だ。

人が人を殺していい理由なんかない。

同時に殺されていい理由もないんだ。

俺が朝倉さんの見てくれだけで彼女を助けたわけではない。

長門さんにも殺させたくなかった。

何より彼女に死んでほしくなかった。朝倉さんは俺のヒーローだ。

理由がないのに理由が必要なのか? それを問うのは人間の悪いクセだ。

そしてそれは、弱点とは克服される必要がある。

 

 

「平和的に解決するさ――」

 

いいや、違うね。

俺が再び"皇帝"だなんて偉そうに名乗っていいのならそれでは駄目だ。

平和だけでは繁栄しない。誰も従わない。

 

 

「――ラブアンドピースでいけばいい」

 

いかにも主人公らしくていいと思うんだよね。

坂道の途中で歩みを止めた朝倉さんにはガン見されてしまったけど。

王道って、そんなもんじゃあないかな。

 

 

「明智君の場合は"うつけ者"よ」

 

「……それ、別の明智が裏切った相手じゃあないか」

 

「あなたの別人格を名乗る男は涼宮ハルヒを裏切ったわけだけど、あなたは私を裏切るのかしら?」

 

「ふっ。愚問だよ。仮にオレが血迷った時はオレを殺してくれて構わないさ」

 

「はいはい、そうなったら振り向かせてあげるわ。私の方にね」

 

後、もう少しだ。

俺が行動する時は刻一刻と近づいている。

こちらの勝利など確約されているのだ、涼宮ハルヒが居る限り。

しかし、あいつらはその前提をひっくり返しに来ている。

正義を悪に。まさに大富豪の革命だ。

だが、元々最弱の3である俺とキョンの二人相手にそれは悪手だね。

スートオブスリー。鍵は一本でも二本でもない。

鍵の質は関係ない、三本目の鍵は使い手自身なのだ。

 

――それが誰なのか?

SOS団団長、涼宮ハルヒ。

異世界人との交流を求めた、超越的な能力を持つ彼女なのか。

キョンの友人、佐々木さん。

高校に進学して以来友人関係に恵まれなかった彼女は、どういう理屈か涼宮さんと似たような立場らしい。

彼女も変人奇人を誘発させる才能があるのだろうか。それとも、単なる利害関係なのか。

そして……。

もしかすると、俺の大切な人。朝倉涼子。

彼女なのかもしれない。

 

 

 


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