異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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Branch point "第六十三話"





アナザーワンこと俺氏の断裂
第64話


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空気が読めない奴ってのはどこの"世界"にも存在するらしい。

俺と朝倉さんがなんだかいい雰囲気の中、携帯電話の音がそれを台無しにしてくれた。

その犯人は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――古泉だ」

 

思えば前にもあった気がする、こんな流れが。

しかもその時の犯人も古泉だったよな?

 

 

「あの時の私なら、きっとあなたにキスされても受け入れてたわよ」

 

「ふっ。そいつはとても惜しい事をしたと思う」

 

とにかくこの男の申し開きとやらを伺おうじゃあないか。

最後の方はさておき、真面目な作戦会議をしてたんだよこっちは。

……むしろ最初に佐々木さんについて話しただけだった気もする。

とにかくいいんだよ、知らない事が多すぎるんだから。

 

 

『今晩は。古泉です』

 

「今晩はお前さんの声を聞かずに済むと思ってたんだけど、その辺どうかな」

 

『彼から聞きましたよ。いかにも挑戦的な方々だったようですね』

 

「挑発的の方が正しい表現だと考えられるよ」

 

俺が持ち得る情報量など程度が知れている。

あちらからしっかり説明する気が無い以上は、古泉でさえ頼れる相手だ。

ただ、タイミングの悪さはどうにかしてくれないだろうかね。

 

 

『さて、あなたは何をどこまでご存じでしょうか?』

 

「佐々木さんがちょっと複雑な立場にあるって事ぐらいかな」

 

『その点を承知して頂ければ充分です。もっとも、我々の方とて知り得ている情報は少ないのですよ。精々が橘京子についてぐらいですね』

 

「何でもいいさ。朝倉さん達宇宙人はそっちの話に興味が無いみたいでね。オレだって無いけど、知り合った以上は情報があって困る事も無い」

 

誰が神か、なんてどうでもいい。

俺に言わせれば神なんて信じてはいない。

会ったことも見たこともないからだ。

心の支えが神なのか、朝倉さんなのか、超能力者と俺にあるのはそれだけの差だ。

 

 

『彼は橘京子に対して快い感情を抱いてません。実の所二月にちょっとしたトラブルがありまして、その件に橘京子が関与していたのです』

 

「そのトラブルとやらで、キョンが彼女を嫌う理由が出来たって訳だ」

 

『ええ。もっとも、それを橘京子が意図して引き起こしたとは必ずしも言えません』

 

橘と『機関』は敵対関係故に古泉も彼女に容赦しないものかと思っていた。

けど彼は橘のバッシングをしたい訳ではないらしい。

朝倉さんはすっかり白けたといった様子で、昨日に解いていたものとは別のナンプレ雑誌を眺めていた。

彼女にとっては朝飯前のパズルだろうに、どこら辺が楽しいのか俺には不明だ。

 

 

『僕としても無用の争いは避けたいんですよ。明智さんは違いますか?』

 

「オレも同感だ。だけど最終決定権は朝倉さんにある」

 

『でしたら安心だ。あなたと彼女の信頼関係は今更語る必要がありませんので』

 

「……今更も何もあるか?」

 

確かに朝倉さんとの付き合い自体はそろそろ一年になる。

しかしながら当初、俺と彼女が心を通わせていたかと言えば、ようやく通じ合ったのが去年の十二月半ば。

そして現在は四月の頭……半年さえ経過していないのだ。

朝倉さんは感情も理解していなければ、まして俺を好く要素が無い――今でもあるのか怪しい――し、俺は彼女を避けていた。

その辺をお前さんはどう理解しているんだよ。

 

 

『充分に理解していますよ。いつまでも幸せでいてほしいものです』

 

「……感謝しとこう」

 

『正直言いますと、橘京子を代表とする勢力も僕の属する"機関"も実態はそう違いません。元来近い思想理念ではありますが、涼宮さんに関する考え方の違いだけですよ』

 

宗教とは往々にしてそうではなかろうか。

神に対する考え方の差を明確にしたいから名前なんて付けちゃったりしている。

本当にそう名乗ったわけじゃあないだろう?

俺はその是非など知らない。

 

 

『自分たちこそが正しい考えだと思いたいんですよ。橘京子の気持ちはわかりますとも、我々もそうですから。ただ、我々の超能力的エネルギーが涼宮さんに由来するものだと言うのは確かです』

 

少なくとも彼女のおかげで俺は北高へ進学しようと思ったわけだ。

そうしていなければSOS団にも居なかっただろうし、朝倉さんにも出会えていない。

本当に本当に、なんて濃い一年間だったのだろう。

一生分とも言える人生経験じゃあないか。

 

 

「ディベートで解決出来ないのか? オレはその辺得意だよ。何ならスライドを十枚単位から作成してくるけど」

 

『それには我々の機密情報を扱う必要性がありますね。それを度外視したとしても実現は難しいでしょう。橘京子の方が受け付けてくれませんので』

 

「話を聞く分にそっちは橘に嫌われてないか?」

 

それともあいつの頭が固いだけなのだろうか。

マヌケそうな顔だったんだけどね。

 

 

『橘京子とも色々ありましたので……これも、仕方のない話ではあります』

 

お前さんの過去は本当に謎だらけだな。

そもそも『機関』が謎だ。

色々とマネーパワーが見え隠れしているが資金源がわからない。

多丸圭一氏は本当に大富豪なのだろうか?

よくもまあ使命感から動けるものだ。誰も褒めちゃくれないと言うのに。

ふっ、俺だってそうか。

 

 

「何のために出て来たんだろう」

 

『さあ。先ほど申し上げた通り、我々の情報では精々が橘京子と佐々木さんくらいなものです。地球人なだけありがたいですね』

 

「……ありがたくないのは佐藤と周防か」

 

『その佐藤さんというお方について、少なくとも我々には全く見当が付きません』

 

俺だってそうさ。

彼女は俺の友人を自称するが、残念なことに俺にその覚えはない。

このタイミングで干渉してくる理由は何だ?

何を考えている? 俺にもわからないさ。

 

 

『周防九曜についても同様です。彼女以外の天蓋領域製個体が確認できていない以上は今の所地球上に彼女単体しか存在しないはずだ』

 

「お前さんはどうやってそれを調べたんだ……?」

 

『ちょっとした協力者たち、いいえ、利害関係の成せる業ですよ』

 

あの生徒会長のような外部協力者だろうか。

確か北高には他にも『機関』のエージェントが潜入していると言っていた。

末端とか言っている時点でその組織の規模が窺える。

アジトはどこにあるのかな。

 

 

『拠点と呼べる拠点はないはずです。少なくともメンバー全員が一堂に会したことはありません』

 

「それで実態が涼宮さんのため、だろ? 無茶苦茶な組織じゃあないか」

 

『我々が最終防衛ラインですので』

 

「お前さんが最前線に立つのもどうかと思うけどね」

 

これも必要と判断されたまでですよ、と古泉は軽く言う。

判断ね、トップの顔が見てみたいもんだ。

 

 

『とにかく、その二人に比べれば未来人などまだ可愛いものだと評せます』

 

「朝比奈さんの話か?」

 

『あなたも彼と同じ反応ですね。この場合は別の人物になりますが』

 

ならば間違いなくあの男だろう。

金髪のくせに『僕』とか自称する謎のキャラ。

あれを地毛だとは思えないんだけど。

 

 

『"餅は餅屋"ですよ。未来人の事は未来人で解決してもらう他ありませんね』

 

「で、お前は橘。こっちは宇宙人と異世界人の担当……ね。骨が五六本くらい折れそうだ」

 

『我々よりもあなたの方が情報統合思念体と近い立場なのは確かです。長門さんも、喜緑江美里もそうでしょう』

 

何時の間に俺はそんな立ち位置になったんだ?

情報統合思念体に近づいた覚えもなければ、その二人が俺をどう判断しているかもわからない。

長門さんは最低限の協力はしてくれそうだけど、喜緑さんは駄目そうだな。

文化祭のあれはただの娯楽だよ。

 

 

『よって、あなたの方が適任なのですよ』

 

俺は朝倉さんは当然として、その二人も利用する気はサラサラない。

人を使うのは簡単だ、人を動かすのは簡単だ。

難しいのは、人に使われないようにする事なのだから。

俺は全部が嫌いなのさ。

 

 

「ついでに念押ししておくけれど、朝倉さんは情報統合思念体から頼りにされちゃあいないんだ。こっちも頼るつもりはないよ」

 

『過程はどうあれ、地球での出来事ならば僕とあなたがたで解決できます。SOS団の一員として、僕は涼宮さんに迫る魔の手を見過ごすわけにはいきません』

 

「オレは橘とお前さんの対立なんかどうでもいいけど、平穏と相反する闘争は嫌いだ。死人が出るのはもっと嫌だね」

 

それが敵であっても、だ。

 

 

『相手がアクションを起こして来るまで待っていればいいんですよ。必要以上の懸念は、それこそ平穏から遠ざかってしまいます。何より僕たちの傍には彼女が居るのですから』

 

古泉が言う彼女とは最強のエース、涼宮ハルヒに決まっている。

 

 

「ふっ。『勝利とは戦う前に全て既に決定している』んだ」

 

『"孫子"ですか。我々としては、相手が"兵は詭道也"を実践しない事を願いますよ』

 

そうして古泉のからの通話は終了した。

確かに正論ではあるんだけど。

既にナンプレは終了してしまったらしい朝倉さんに向かって。

 

 

「古泉が言うには受け身の対応者になれ……だってさ」

 

「こっちから叩きに行けばいいじゃない」

 

「……誰を?」

 

言っておくけど佐々木さんには罪は無いよ。

責任はあるだろうけど。

 

 

「イントルーダーしかいないわ。あんな制服着てるぐらいだから学校に通ってるはずよ」

 

「オレはあいつの家なんか知らない。まさか、光陽女子まで乗り込むって?」

 

「それが確実ね」

 

何がどう確実なのさ。

それに、未だ行動がない以上そんな事をすれば谷口に申し訳ない。

 

 

「あら、まだ付き合ってたの?」

 

「特に話は聞いてないから多分そうじゃあないかな」

 

「谷口君を悪く言うつもりじゃないけど、あの女も趣味が変よね」

 

「それは確かだね」

 

とりあえず今日の所はこんなもんだろう。

明日は何もない。SOS団の集まりもなければ、誰かに呼び出されてもいない。

よくある日曜日さ。

 

 

「明日はデートでいいかな」

 

「邪魔がなければ構わないわよ。……でも」

 

自分の部屋に戻るべく居間を後にしようとした俺に対し、朝倉さんは何か言いたげだ。

はて、彼女は何を言いたいんだ?

 

 

「馬鹿。さっきの続きよ」

 

続きも何も、キスをし損ねただけじゃあないか。

まあ、今日のところはそれが問題だったのさ。

最後の最後で馬鹿と呼ばれたのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌、日曜日について特別何かを語ろうとは思わない。

機会があればそれもいいんだろうけど、残念ながらそれは今日ではない。

平和な日常を噛みしめる権利は俺にだってあるはずだ。

往々にして権利には義務が伴うものだが、俺は随分義務の方に先行投資してきたぞ。

少なくとも朝倉さんと出会ってからの半年以上はそうと言えるね。

俺はついぞキョンと同じく眼鏡属性はないが、朝倉さんが店で眼鏡を試着した時の破壊力は凶悪だった。

か、勝てない……。"相手"を"メガネ好き"に変える能力とは恐らくこんな感じだろう。

誰も見た事のないパワーだった。

 

 

 

とにかく、その更に翌日の月曜日から話は始まる。

土曜日の一件以来どこか俺の精神は荒みつつあった。

ともすれば漆黒の殺意に目覚めてもおかしくない。

だが今日の登校を含めて起床時間の大部分の視界情報に朝倉さんが存在している。

そしてそれはインフレーションを起こさない。

最高は、より上が無いから最高なのだ。

やがて午前の授業が終了し、野郎四人の昼飯が開始されるかと思いきやキョンが。

 

 

「悪い。ちょっと今日は別の所に行く」

 

とだけ言い残して去ってしまった。

残る俺と谷口と国木田。あいつは何処に行ったんだ?

とにかくこの三人だけの昼飯とは珍しい。

いや、基本的に朝倉さんとの二人か野郎四人の二択だから珍しいも何もないが。

やがて国木田は楽しそうに弁当の魚の切り身をほぐしながら。

 

 

「明智のところの集まりだけど、新入生の方はどうなの?」

 

彼はSOS団に入りたがる物好きがいたかどうかが気になっているらしい。

こちらの女子レベルの高さにつられる命知らずは確かにいるかもしれないけど。

どう、と訊かれたらこう返すのが俺の流儀。

 

 

「どうもこうもないさ。先週はボウズだね」

 

「けっ。一年女子なんざ易々と釣れる訳ねえよ、明智にはな」

 

やけに偉そうな切り返しじゃあないか、お前さんは。

日曜は周防と遊べたのか?

異文化コミュニケーションは大事だよ。

周防の正体なんかまるで知らない谷口は。

 

 

「いや、正確に言えばアホの涼宮には、って言ったところか?」

 

「でも間違いなく谷口より頭いいよね、涼宮さん」

 

「オレも国木田に同感だけどその辺の言い訳がお前にあるか? え? 谷口よ」

 

勉強をしろ、とは言わないが普段本当に授業を受けているのかどうかは怪しい。

古泉がわざとゲームに負けるのと同じ原理で、谷口がわざとアホのフリをしているのか?

兵は詭道也どころの騒ぎではない。

いつも通りに心無い言葉をかけられた谷口だが、こいつのメンタルだけは確実に俺より上だ。

 

 

「俺自身がアホじゃないとは言ってないからな。それに、頭の良さだけじゃ世の中渡り歩けねえ」

 

「谷口はどれくらい世の中を歩いてきたの?」

 

「三千里ってとこか。ま、俺に言わせりゃまだまだだが」

 

残念ながら彼の場合は全てにおいてアホらしかった。

お前さんの意味不明さは涼宮毒に対して谷口毒とでも名付けておいてやるよ。

冷めた眼の俺に対して谷口は。

 

 

「男子の新入生なんか興味はないが、女子がおまえらの所に来たら教えてくれよ」

 

「お前さんは、まだ懲りていないのか?」

 

「違えよ。ただ単に気になるだけだ。涼宮のところに集まる変人一年坊がよ」

 

俺からすればこれ以上増えてほしくないね。

後一人が関の山だろ。

コンピ研なんか人数と設備で見るからに手狭な空間と化している。

こっちなんか特別文芸部室が広いわけではないのだ。

本音としては他に異端者が来られるのが一番困るんだけど、こいつらには関係ない。

 

 

「オレは新入部員なんか期待していないからね。……涼宮さんはどうか知らないけど」

 

だから二人とも期待しないでね、とそこに付け足す。

つまらないと思うけどこちらからすれば切実な問題なのさ。

パワーバランスってのは俺には不明だが、俺が下手な行動をしない方がいいのは確かだ。

その辺は佐々木さんにつきまわる変人どもだって理解しているはずさ。

何より宇宙人未来人異世界人超能力者以上に増える要素がどこにある?

しかも宇宙人に関しては二人も居るんだ。新種はご免だよ。

涼宮さんが一般人をどこまで相手するかわからないけど、期待は出来ない。

本当の事だからしかたないのさ。

 

――と、思っていた。

ならばこの日、月曜日の放課後。

文芸部室を訪ねた来訪者について語ろうじゃあないか。

 

 

 


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