異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第65話

 

 

放課後、文芸部室へ向かう俺と朝倉さん。

今日も一日ダラダラ過ごすまともな日常が待っていると思っていた。

そんな俺の予想はあっさりと裏切られてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に到着した段階では長門さんしか部室には居なかった。

どう暇潰しをしたものかね。

ボードゲームでは朝倉さんに絶対に勝てない、カードゲームならどうなんだろうか。

……同じことか。某遊戯くらいルールが面倒だったら勝てそうなんだけどね。

やはり俺のSOS団ヒエラルキーは低いと考えられる。

"異次元マンション"はおおっぴらに使えないし、俺の次元干渉には弱点があるし。

一応重力攻撃への対抗策はないわけではない。

だがそれでも攻撃を無効化出来るなんて事はない、軽減するだけだ。

いや、重力攻撃ならまだいいさ。もし"無限回転エネルギー"を俺に目がけて放たれた日には投了だ。

そんな技術の使い手はこの世界に存在しないと思うけど。

あれを防御する方法はそれこそ当たった部分の身体を直ぐに切断するなりして排除するしかない。

絶対に殺される。異次元マンションに逃げても"入口"すら呻き声と共にこじ開けてくるぞあいつは。

 

 

「さっきからブツブツ何を言っているの?」

 

「馬は怖いって話さ」

 

「……」

 

正確には鉄球とか爪とか飛ばして来る騎手が恐ろしい。

しかしそんな話など全く知らないであろう朝倉さんは見慣れた呆れ顔、長門さんは読書。

ちくしょう。キョン、早く来い。

するとドアノックの後に部室にやって来たのは。

 

 

「どうも」

 

土砂降りの雨の中でも平気で笑ってそうな男、古泉一樹だった。

……まあ、お前でもいいさ。

 

 

「実にいい天気ですね。こういう日は、何かいい事が起こる前触れなのでは……と変に期待してしまいます」

 

古泉が一番変なんじゃあないかな。

 

 

「お前さんの定義でいいからその"いい事"が何なのか教えてくれよ」

 

「起こってみるまでは僕にもわかりませんね」

 

抽象的な事を語らせたらこいつの右に出るものはなかなかいないと思うよ。

超能力者ってのは結局はアホなのだろうか。橘はどう見てもアホっぽかった。

本当にお前さんと橘、何があったんだ?

 

 

「橘京子と我々の組織関係についてはお話ししたと思いますが」

 

「お前さん個人と橘についてだよ」

 

「さあ、何があったのやら。……僕は忘れてしまいました」

 

「……」

 

つくづく古泉は会話をする気がないのではと疑ってしまう。

こいつは人間性の他に社会性もどこか欠けているのかもしれない。

だとか思っていると、再びドアがノックされた。

キョンか……いや、なかなか入ってこないな。

もしかしてお客さんか?

誰も応じる気配が無いので必然的に俺が。

 

 

「どうぞ」

 

と言うとドアが開かれる。

お客さんは知らない男子生徒だった。

当然だ、どうやら一年生と見受けられる。

自分から名乗れよな。

 

 

「……えー、その、グーテンターク! で、君はどういった用件で来たのかな?」

 

「あのー、ここがSOS団なんですよね」

 

公的には間違いなく文芸部なんだけど俺はどう返答したものかね。

とりあえず「そうだよ」と言っておこう。

生徒会? 知らん。

 

 

「何でも面白い事をしてるとか聞きまして――」

 

面白半分で来ない方がいいよ、と脳内でツッコミを入れているとカチャリとドアが開かれた。

制服姿の上級生、朝比奈みくるさんである。

彼女は見慣れない男子生徒を見るや否や。

 

 

「あっ、お客さんですか? 待っててください、直ぐにお茶を――」

 

……さて、ここからの出来事は俺を含めて部室内の全員にとってあっと言う間の出来事であった。

ドアがノックされたと思えば一年生という一年生が大挙して押し寄せて来た。

朝比奈さんがお茶を淹れるような時間も、ましてやメイド服になどとうてい着替えられるはずもない。

一年生は男子も女子もお構いなし。とにかく物珍しさだけでやって来ているらしい。

 

――その数、およそ十名以上。

プラスSOS団五名だ、こんな狭い部室に無茶だ。

長門さんは窓を開けていた。換気しないとやってられない。

そりゃあ俺だって"SOS団"なんて言われたらモールス信号でも研究しているのかと勘違いする。

気が付けば文芸部室は満員とも言える状態に。大声ではないものの騒がしい連中だな。

朝倉さんに限らず女子団員をジロジロ見ている一年坊主、全員屋上に連行してやろうか。

割と俺は本気で威圧しようかと思ったその時、ドアが勢いよく開かれ。

 

 

「……あら」

 

団長の涼宮ハルヒがいつも以上に重役出勤となった。

それに数秒遅れてキョンも顔を覗かせる。

俺が言いたいね、やれやれだって。

勝手に収拾付けようものなら俺がどうなるかわからないし、放置しかなかったのさ。

文字通り涼宮さんはクィーンだ、最強だ。

なので何とかして下さい。

さっきまでざわざわしていたが、彼女の登場ですっかり部室内は鎮まってしまった。

そんな中、涼宮さんはネコのようなニンマリとした笑顔を作り。

 

 

「……ひょっとして、あなたたち、入団希望者かしら?」

 

その疑問には一年生全員が軍人かと思える統制で「はい」と大声で返事した。

彼ら彼女らの希望が心底からの希望なのか……それとも、上っ面だけの好奇心から出たものなのか?

それは多分これからわかる。こいつらは、はたして耐えられるのだろうか?

涼宮ハルヒの暴君ぶりに。

 

 

「さーて、どう料理しようかしらね」

 

どうもこうもない。

などと言おうものなら俺は不敬罪でそのまま死刑にされかねない。

彼女は何かあれば『死刑』と口にしている。

物騒な事しか言わない。

朝倉さんもその辺に憧れているのか、いや、見習わなくていいから。

俺は確かに刺激的なのが好きではあるが、やはり朝比奈さんのような淑女が方向性としては一番だ。

やはり俺の課題としては朝倉さんをあんな朝倉さん(大)にさせない事だろう。

残念系美人ではないか。嫌だ、俺は朝倉さんが好きなんだ。残念だとか思いたくない。

こんな現実逃避をしていると涼宮さんは。

 

 

「みくるちゃん、着替えるのよ。当然正式コスチュームのメイド服!」

 

「ふぇえっ。今から着替えるんですかぁっ!?」

 

「じゃあいつ着替えるのよ」

 

どうやら今らしかった。

 

 

「みくるちゃんはSOS団のマスコットなの、萌え要素なの。最初にそう言ったじゃない」

 

「……はあ…」

 

とぼとぼとハンガーラックへ足を進める朝比奈さん。

一年生たちは彼女を避けていく。

彼女のモチベーションはさておき、本当に着替えるなら退室しなければ。

涼宮さんは最後に。

 

 

「あ、そいつら帰さないでね。みくるちゃんが着替え次第説明会をするわ。逃亡者は銃殺、頼んだわよ」

 

そいつらとは十人以上の一年生に他ならない。

……やっぱり死刑じゃあないか。

日本ではそんなやり方もう二度と出来ない。涼宮さんは何の映画の影響を受けたんだ。

とにかく、ぞろぞろと廊下に出る一年生に続きSOS団男子もそれに続く。

一年連中とかなりの間を空けて、俺キョン古泉の会議が始まる。

 

 

「……ありゃ一体どういうことだ」

 

「どうもこうもないさ、見たまんまだよ」

 

「ええ。そうでしょうね」

 

古泉からはいつになく余裕が感じられる。

つまりあの中に異端者と呼べるような人材は見受けられないのだろう。

かつての俺のようなイレギュラーじゃあない限りは、だが。

 

 

「生徒会的に文芸部よりSOS団だ、とは判断しちゃいない。一度下りた認可も今やグレーゾーンなんだが、それをこいつらはちゃんと理解しているのか?」

 

「彼らを動かしているのは物珍しさに他ありません」

 

「ふっ。"好奇心は猫を殺す"じゃあないか」

 

度々言うが猫はかわいい。

間違いなく生物界の頂点と言えるだろう。

しかし今では俺の中で朝倉さんにその座を猫は奪われている。

服従のポーズだ、猫の腹見せである。

古泉はまさに好奇心の言葉通りと言わんばかりに。

 

 

「僕の知る限りでは、ここにおられる方々にSOS団に関わる腹心など持っていません。いずれも虚心からの行動と言えるでしょう。少なくともエスパー、スペーシアン、タイムリーパーの類は居ないはずです」

 

「だとよ、明智」

 

「キョン。お前が気にしておいて何でオレに会話を振るんだ?」

 

「異世界人に心当たりはあるかって事だ」

 

少なくとも俺が見たことあるような顔の人は居ない。

この中に佐藤でも居れば別だろうが……。

 

 

「あるわけないでしょ」

 

「そういう事です」

 

「言い切るからには根拠があるんだろうな。佐々木に絡んでる連中のお仲間が北高に潜入して、SOS団に食い込もうとしても不思議じゃないぞ」

 

「勿論です。何故なら我々は全新入生の身元調査をしましたから」

 

 

キョンの疑問に対して古泉はあっさりそう答えた。

当り前と言えば当たり前のセキュリティではあるが、やはり資産が謎だ。

少なくともボランティア精神だけで組織は回らないだろうよ。

 

 

「『機関』の眼が黒い内は、橘京子の勢力は北高に潜入できません。天蓋領域の端末であれば情報統合思念体が黙っていないでしょう」

 

「朝倉さんだってそうさ」

 

「まして、未来人であれば好都合。ひっ捕らえてしまえばいいのですから」

 

「物騒だな、おい」

 

「何だかんだでアウトローな世界なのさ」

 

お前もその中に片足を突っ込んでいるんだよ、キョン。

宇宙人未来人異世界人超能力者についての公式な記録なんて一切世界に存在しないんだから。

 

 

「異世界人の方だけは我々で事前にどうする事も出来ませんが、やられたらやり返せばいいだけです」

 

「百倍返しだよ」

 

ただ、今回の問題ってのは別にある。

 

 

「はい。不安材料がもしあるとすれば……」

 

「涼宮さんが団員として誰かを選んでしまうって事さ」

 

逆説的思考である。

俺だって初遭遇の時に追い出されていてもおかしくなかった。

だからこそイレギュラーだとか思われていたわけで。

そんな不穏分子が今年も居ないとは限らない。絶対なんて存在しないのだから。

 

 

「彼女が誰をどのように選ぶのか……無根拠で一年生徒が僕たちの仲間に加えられるはずもありません。恐らく彼らはふるいにかけられるでしょう」

 

それが、問題だ。

誰も選ばれなければ問題ではないんだけどね。

そんな事を語っているとバダンという大きな音と同時に部室の扉が開かれた。

 

 

「へいっ、かもんかもん!」

 

涼宮さんが一年生を手招きで部室へ迎え入れる。

それに従わない奴は一人もいなかった。

説明会ね……残念だがSOS団は一般人が入社するのは厳しい。

キョンぐらいだろう。面接で気に入られたパターンだ、学歴不問。

 

 

「キョン、とてもじゃないけど椅子が足りないからどっかから借りてきなさい」

 

「どっかってどこだよ」

 

「コンピ研でもどこでもいいわよ。断った所があったら報告して、あたしがムチ打ちにしてやるわ」

 

死刑にはならないらしい。

ムチ打ちをむしろ喜ぶ変態人種もいるが、その場合は男子が対応すればいいさ。

むしろ最初から俺たちでやればいいのだから。

結果として往復回数自体は二回で済んだものの、部室棟のドア手当たり次第に叩き続けた。

よって行動完了時間そのものは早くない。

やっと運搬作業が完了したその時には部室内の一年生は横一列に並んでいた。

ますます軍隊じみてきている。

 

 

「ご苦労。全員、着席しなさい」

 

ノリノリじゃあないか、涼宮さんも。

……あれ?

何やら見覚えのある女子生徒が一年生の中に混じっていた。

確か彼女は新入生歓迎会の時に文芸部ブースに立ち寄ってくれたはずだ。

三つ編みの彼女に今まで俺が気づかなかったのは、前は眼鏡だったが今日はかけていないせいだった。

コンタクトにでもしたのだろうか。

彼女は文芸部とSOS団を勘違いしている可能性が高い。

そんな俺胸中などいざ知らず、涼宮さんは説明を開始する。

 

 

「……諸君。あたしはメイドさんが好きよ。いいえ、メイド服に代表されるコスプレが好きなのよ!」

 

説明でも何でもなかった。

戦争が好きだとか言い出すよりはマシだが、それでいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて俺が聴かされたら間違いなく途中退室したくなるような説明会が終了した。

入団にあたっては選考が実施されるらしい。

おいおい、入社試験かよ。SOS団適性検査はどんな程度だろうな?

各部から借り受けたパイプ椅子の返却作業を開始しながら三人で愚痴る。

古泉はその辺の選考をどう考えているんだ?

 

 

「涼宮さんは普遍性に興味があるわけではありません。ですから、値踏みするのでしょう」

 

「はっ。ハルヒが要求するような金額なんざ、とてもじゃないが俺には払えそうにないな」

 

お前はそのせいで毎回奢らされているからな。

……そんな事より。

 

 

「オレはあの三つ編みの彼女が気になるね。文芸部とここを勘違いしてなきゃいいんだけど――」

 

と両脇にかかえたパイプ椅子の重みを感じながら話していると。

後ろから。

 

 

「あ、あのっ」

 

ゆっくり俺たち三人は振り向いた。

噂をすれば影が差す。その、三つ編みの彼女がそこに居た。

俺の話を聞かれたのか、不安そうな表情である。

気まずい。

 

 

「あー、えっと、君、とにかく勘違いしてるんじゃあないか?」

 

「そうだそうだ。残念だが、俺たちが文芸部的活動をする方が稀なのさ。申し訳ないが、ハルヒはそんな活動に興味ない」

 

「違うんです!」

 

何が違うんだろうか。

そんな俺たちの疑問に答えるよりも先に、彼女は自己紹介を始めた。

 

 

「わ、わたしっ、佐倉詩織と申しますっ! 文芸部も入りたいですけど、SOS団にも、興味があるんですっ!」

 

とにかく、これがこの話の始まりって奴らしい。

……アナザーワン。

いいや、アナザーツーだった。

 

 


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