異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第66話

 

 

俺はどうしたものだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに俺の方から文芸部室へ『今度足を運んでみると良いよ』と誘いはした。

だけどSOS団への熱意を語るのであれば俺よりも涼宮さん相手にすればいいじゃあないか。

思えば俺なんかは前世の採用面接で熱意と呼べるほどのものは語らなかった気がする。

……おい、そこの二人も彼女に何とか言ってやれよ。

 

 

「君も聞いたと思うけど、涼宮さんが言った通りなんだ。入団テストもやるみたいだし、今日みたいに……とてもありがたい話を聞く事になるだろうね」

 

ありがたいどころか意味不明な話だ、とは言えない。

しかし当の彼女は俺の心配をよそに。

 

 

「あっ、その、さっきのはわたしが勘違いしてるわけじゃないって事を言いたかっただけなんです。でも、入団テストは受けるつもりです。話だってしっかり聞きます」

 

「……本気なの?」

 

「はいっ!」

 

本気らしかった。

しかしながら好奇心だけで行ったらそのまま死んでしまう世界だ。

少なくとも好奇心を心の支えとしている奴はSOS団に居ない。

ただ一人の団長、涼宮ハルヒその人を除いて。

 

 

「わたしが本を読むのは普段の生活がありふれたものだとしか思えないからなんです。だから本を読むのは好きです……団長の話では、そんな日常を打開したいとの事でした」

 

確かにそうなんだけど、そのありふれた生活ってのは本当に大切だよ。

本を読むのもいいことさ。昔の俺は世界に対して不満しかなかったけど。

けど、何が起こるか分からない点だけは、どこの世界も一緒さ。

 

 

「だからわたしも、先輩たちと一緒に非日常を探してみたいんですっ」

 

「……だとよ」

 

キョン、何がだとよなんだ。

やっぱり盛大に勘違いしているじゃあないか。

探すも何も今まで一つの成果も得られていないんだ。

あったとしても目に見えないんだよ。

非日常はあるけど、それが彼女に縁あるかと言えば怪しい。

何より下っ端の俺には決定権があるはずもないのである。

そして何故SOS団に興味があるのかも不明だ。

いずれにせよ俺と話しても時間の無駄さ。

 

 

「じゃあ君の入団を楽しみにしておくよ。色々話したいけど、見ての通りオレたちは仕事中でね」

 

「ええ。……単なる椅子運びですが」

 

俺と古泉の言葉で彼女は察してくれたらしい。

言外に帰れという意味があるのだが、その辺は察してもらう必要は無い。

彼女もこの椅子のお世話になっていた事は事実なのだから。

 

 

「すいません、仕事の邪魔をしてしまって……今日はこれで失礼しますねっ」

 

「うん、さようなら」

 

彼女――佐倉と言うらしい――は足早に部室棟の廊下を駆けて行った。

ともすればキョンが俺の方をじろじろ見ている。

 

 

「何だ? 二人とも何かオレに言いたそうじゃあないか」

 

「……別に。ただ、あの女子が明智の事をキラキラした眼差しで見ていたからな」

 

「女性にも関わらず熱いお方だ。我々『機関』も、あのような人材が増えるべきでしょう」

 

意味不明な発言をするキョンと古泉。突っ込まないからな。

俺が前回大物アピールをしすぎたせいだろうよ。

間違いなく副団長の古泉の方が偉いのにな。

キョンはそんな勘違い系一年生女子に対して。

 

 

「慌ただしい様子だったが、彼女がハルヒに耐えられるのかどうかが心配だ」

 

「お前の中で涼宮さんはどんな扱いなんだ?」

 

もっと大切にしてやろうという思いやりが無いよな、お前。

あるにはあるんだろうけど表に出すのが皆無だ。

 

 

「古泉、お前さんのチェックで彼女は引っかからなかったんだろう?」

 

「佐倉詩織。何処にでも居る、普通の女子生徒ですね。彼女について詳しい話は避けますが」

 

「オレは知りたくもないけど『機関』がプライバシーを語るのは如何なものかな」

 

「必要な事でしたので」

 

そりゃあそうだろうさ。

伊達に最終防衛ラインを自称しているわけではないのだから。

勿論俺にだって佐倉さんについて心当たりは無い……が。

 

 

「……なんか、懐かしい感じがするんだよね」

 

「お前……」

 

キョンが谷口でも見るかのような目で俺を見ていた。

馬鹿野郎、勘違いするんじゃあない。

 

 

「オレが見ているのは朝倉さんだけだ」

 

「睨むな。ただでさえ悪い眼つきを更に悪くしているぞ」

 

「うるせぇ」

 

やがて椅子を借りた漫画研究会の部室の前にやって来た。

すると古泉はぴたりと足を止め。

 

 

「涼宮さんがどう判断するにせよ、我々にとってそれがいい傾向である事を願うばかりです」

 

「はっ。どうせろくでもない新入部員がやって来る時点でいい傾向なのか?」

 

違うな、キョン。

去る者は追わず、来る者は拒まずのスタンスだ。

涼宮さんは一年生どもに明日も来るようにと言っていたが……。

 

 

「あの中で何人来ることやら」

 

全員とはいかないだろうさ。

椅子の返却作業を完了し、文芸部室へと戻る。

ここでようやく朝比奈さんのお茶が飲めたのだが、暫くとせずに解散の時間となったわけだ。

古泉とキョンは"連珠"という今や知っている若者の方が少ない古典ボードゲームに興じていた。

朝倉さんとの下校時間はまさに楽しい時間であり、直ぐに終わってしまう。

 

そんなわけで――。

この月曜日で特筆すべき事は、もうない。

そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝倉さんの送迎を完了し、後は帰宅だけであった。

しかしそれは今すぐにとは叶わなかった。

またまたお客さんじゃあないか。

 

 

「――何か、オレに話があるみたいですね?」

 

「はい」

 

どういう用件かは知らないが、そのお方――喜緑江美里さん――は笑顔で俺の質問に頷いた。

いち生徒会役員としての話とは思えないし、文化祭についても半年以上後の話だ。

順当に考えれば宇宙人関係だろう。

何故、彼女が俺に話すのか。それはこれから確かめればいい。

どうしたものかね。

 

 

「オレの親には見られてませんよね。変に勘違いされたくないんで」

 

喜緑さんだってとても美人だ。

そんな女性が家の前に立っているのを見ようものなら、母さんなら絶対勘違いしてしまう。

私服ならさておき、放課後のいい時間に北高の制服だぜ?

俺だってどう説明すればいいのかわからない。

 

 

「大丈夫ですよ」

 

こっちの精神が大丈夫かどうかは気にしないんですね。

いいですとも、語り合いましょうぞ。

 

 

「いい部屋に案内しますよ」

 

「よろしくお願いしますね」

 

彼女が何を話そうが、最終的に俺が朝倉さんに報告する事など織り込み済みなはずだ。

社会人がそうであるように、俺と彼女の関係性においてもホウ・レン・ソウで成り立っている。

俺はついぞ前世でほぼほぼ実行しなかったけど。 

とにかく、自宅の外壁に"異次元マンション"の来客用301号室への"入口"を設置。

さっさと部屋に入った。

相変わらずの箱部屋であり、未来の俺がやったと言う大リフォームなんて出来そうにない。

水とか電機は別の次元から持ってきているんだよな?

……泥棒だな。

 

 

「何か飲み物を出しましょうか? 冷蔵庫にあるもの限定、ですが」

 

「どうぞお構いなく」

 

「さいですか」

 

テーブル越しに喜緑さんと対面する。

とてもじゃないが長椅子に背中を預けようとは思えなかった。

彼女が俺に喧嘩を売りに来るとは考えられないが、油断はしたくない。

他ならない自分のためだ。

 

 

「もしかしなくても宇宙人絡みですよね?」

 

「はい。今回お話ししたいのは、今から四年前の話になります」

 

……四年前?

それは所謂、涼宮ハルヒ覚醒編についての時期だろう。

俺も全部を全部知っている訳ではないのだが、原作にある範囲では知っている。

そして喜緑さんが積極的に俺の方へ動いてまでして話したい内容とは。

 

 

「どういう話なんですか」

 

「情報統合思念体が涼宮ハルヒに注目したのが四年前に発生した情報爆発。それはご存じですよね?」

 

「ええ。長門さんから聞いてますよ」

 

これもまた全部しっかりとは覚えていない。

キョンだってそうだろう。

俺は長門さんの説明を真面目に聞いていたが、あれを暗記するのは無茶だ。

古泉なら出来るのだろうか?

 

 

「わたしたちヒューマノイド・インターフェースもその時期に造られ、即座に地球へと派遣されました」

 

その辺も知っているさ。7月7日よりは前みたいだけど。

まあ、俺にしてみれば某天空の城のような話だ。

宇宙から女の子が、天使が、朝倉さんがやって来た……なんて。

すると喜緑さんの雰囲気が急に変わった。

落ち着いた感じから一転、冷ややかなまでの無感情。

こちらも自然と身構えてしまう。

あくまで、"平常心"だが。

 

 

「これから話すことはわたしたちの中でもごく一部の端末しかアクセスが許可されていない情報です」

 

「……朝倉さんと長門さんも?」

 

「はい」

 

なら、何故俺にそんな情報とやらを話すのだろうか。

情報統合思念体の意図がわからなかった。

やがて、喜緑さんはゆっくりと口を開けて。

 

 

「"アナザーワン"」

 

「はい?」

 

「アナザーワン、と呼ばれる個体についてです」

 

何だそれは。

個体と言うからには宇宙人の仲間の一人なのだろうか。

単にアナザーワンとだけ言われても俺には某殺人鬼の爆弾の一つしか思い浮かばない。

とにかく、その個体とやらがどうかしたんですか?

 

 

「正確にはそれが個体とは言えません。何故ならアナザーワンは個体として存在出来なかったのですから」

 

「すいません。……オレには話が見えて来ないんですが」

 

「順を追って説明します。わたしたちは明智さんのような有機生命体とのコミュニケーションをするために造られました」

 

これで彼女たちがスワヒリ語にしか対応していなかったら俺は今頃死んでいる。

放課後の教室で朝倉さんに軽口を叩く前にナイフでさっくりやられているであろうからだ。

涼宮さんが日本人で本当に良かった。

いくら日本人的風習を嫌おうと、何だかんだで俺は日本人なのだから。

 

 

「アナザーワンは男性型インターフェースとしてロールアウトされる予定でした」

 

「……"予定"ですか」

 

「結論から言いますと、アナザーワンは誕生しませんでした。することが不可能になったのです」

 

つまりそれは個体としてこの地球にやって来なかった、という事に他ならない。

色々と気になるけど、まずはそのアナザーワンについて訊こうじゃあないか。

 

 

「男性型であることに不都合が生じた……と?」

 

「不都合も何も、アナザーワンをアナザーワンとして造ることが不可能になったのです。わかりやすく言いますとOSが消えてしまいました」

 

OSね……。

彼女が言うのは自分たちの人格とかその辺についてだろう。

朝倉さん(大)は強制シャットダウンみたいな技を使っていたし、表現としては正しいのかな。

俺は宇宙人をロボットだとか思っていないのに。

 

 

「突然として、アナザーワンの構成要素が奪われてしまったのです」

 

「奪われた……とは」

 

「文字通りに消失でした。しかし、その直前に小規模ながら情報爆発が観測されました。それが消え去ると同時に、アナザーワンの中身も消えてしまったというわけです」

 

「……はあ」

 

ならその情報爆発、あるいは発生元が犯人なんじゃあないですかね。

要するに涼宮さんによってアナザーワンとやらの存在はなかった事にされてしまったのですね。

 

 

「犯人は涼宮ハルヒではありません」

 

「じゃあ、誰がそれをやったんですか?」

 

「わかりません」

 

これ以上話が進展しないのなら、本当に俺が聞く必要あったのかな。

アクセス権限とかお構いなしに俺は朝倉さんに言うつもりなんだけど。

 

 

「構いませんよ。明智さんに知ってほしかっただけですから」

 

「どうしてオレにそれを知ってほしかったんです? オレが宇宙人文化に明るい男だからですか」

 

言うほど宇宙人文化について俺は知らない。

美的センスに代表される妙な拘りがある点と、朝倉さんに関してだけだ。

古泉からは俺も宇宙人担当の人員だと判断されていた。

間違いなく周防のせいだ。……覚えていろよ。

そんな俺の疑問に対して喜緑さんは。

 

 

「アナザーワンは空間の情報操作に関する処理能力が他のそれと一線を画すように造られていました」

 

「それって、性能の良し悪しと同じなんじゃあないですか」

 

「プロトタイプとも言えます。わたしたちのような端末とは異なる、独自の能力を持つ予定でした」

 

「何やらユニークな発想ですね。開発業務では確かにそれが重要ですよ」

 

思えば朝倉さん(大)も空間掌握が戦闘の基本だとか、そんな事を言っていた。

それだけに特化した宇宙人が造られても不思議ではない。

 

 

「男らしい戦闘向きの宇宙人なんですね」

 

「違います。理論値だけで言っても、アナザーワンは戦闘行為などとても行えるような性能ではありません」

 

「……本当に空間の情報操作だけに特化していると?」

 

「地球人相手なら別ですよ。しかし、わたしたちインターフェースとアナザーワンが交戦したのなら、99%に近い確率でこちらが勝利します。朝倉良子も難なく彼を倒せますよ」

 

朝倉さんは俺より強いからね。

何だか空間云々といい、俺に近いものがある。

 

 

「そこなんです。アナザーワンが持つ予定だった能力、それは時空への干渉」

 

「時間遡行の理論や技術は情報統合思念体にもあると聞きましたよ」

 

それは原作で、ですけどね。

喜緑さんは一言「はい」と言ってから。

 

 

「ですが、情報統合思念体がアナザーワンに要求したのは単純な四次元世界への干渉。成功すれば三次元上に別の空間を生み出すことが出来ます。無から有を生み出す、わたしたちの空間を情報制御する行為とは原理からして異なるんですよ」

 

「……それって」

 

もしかして。

 

 

「はい。明智さんのハイド&シークに近い能力となるでしょう」

 

この時、喜緑さんは無表情から笑顔に戻ってくれた。

……それで俺が安心できたかどうかは別の問題なのだが。

じゃあ何だ、今日彼女が俺に言いたいのは内容よりも行為として俺に当てつけをしたいのか。

美人の裏に何かがあるってキャラはSOS団だけで充分なんですが。

 

 

「オレが観測したわけじゃあないですけど、四次元世界が時空を司るとは限らないんですよ」

 

これは今更だが、本当の話だ。

四次元とは本来三次元+何かであり、時間軸である必要はない。

つまり俺たち三次元の住人が四次元世界を観測できない限り、そうとは断言できない。

十二次元に着いた頃には時間軸も存在するだろうけど。

すると喜緑さんは口元に右手を当て、お淑やかに。

 

 

「ふふ、四次元と言ったのは言葉のあやです」

 

「何次元でもいいですけど、オレとそのアナザーワンってのは間違いなく技術体系が異なりますよ。詳しくは話せませんがオレが使うエネルギーは宇宙人でも解析出来ないんですから」

 

そして俺本人でさえ全てを理解していない。

ただ、間違いなくこの世にあってはならないエネルギーなんだ。

重力よりも、俺のエネルギーは"無限回転"のそれに近い。

あと少しで俺も正解が解りそうなんだけど……。

 

 

「わかってますよ。わたしは明智さんの助けになると思ってこの話をしました。迷惑でしたか?」

 

「情報統合思念体がそう判断しただけでしょう」

 

「はい。ですが、わたし個人としても明智さんとは敵対関係になりたくありません」

 

あなたがそう言ってくれるのは嬉しいですよ。

 

――そんなこんなで喜緑さんの話は終了した。

301号室を退室し、入口をすぐに撤去。間違っても放置出来ない。

彼女はその場を後にしようとした。が、最後に。

 

 

「明智さんの能力もアナザーワンが持つ予定だった能力も、過程ではなく得られる結果は近いものがあります。わたしたちは結果のために涼宮ハルヒの近くに居るのですから」

 

と言い残して去ってしまった。

ふっ。どうもこうもありませんね。

 

 

「結果だけが全て……結果だけを求めようにも、オレたち人間の寿命はとてもじゃあないが少なすぎる」

 

俺は朝倉さんと同じ時間を生きたい。

過程を楽しむ権利を、否定するつもりですか?

そう喜緑さんに訊こうにも彼女はとっくに居ない。

やっぱり"ホーム"が一番だった。

 

 

 

 


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