異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第68話

 

 

昨日とは違い、部室には居たのは長門さんだけではなかった。

部室棟の廊下に古泉が突っ立っていたのである。

きっと朝比奈さんがメイド服に着替えているんだろう。

俺と朝倉さんはそんなにゆっくり行進していたのか。

つまりキョンと涼宮さん以外の全員が既に居るわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの様子に気付いたトッポイ超能力者。

そいつは見なくてもわかるような見たくもないニヤニヤ顔だ。

頼むから俺にお前さんのイケメンオーラを分けてほしいね。

そうすればきっと"異次元マンション"も進化……しないな、多分。

俺の胸中など知らずに腹が立つぐらいに爽やかに古泉は。

 

 

「どうも、ご両人」

 

「こんにちは、古泉君」

 

古泉程度にあいさつもしなくていいのに朝倉さんは丁寧に笑顔であいさつする。

俺はそんな柄でもないのに「ウィッス」で済ませているぞ。

認めたくないが眼つきだって悪い。しかも俺が笑顔になる要素はない。

そんな俺が朝倉さんを見ていると『ああ……優等生キャラだったな…』という設定を思い出す。

もちろん現在のクラス内でもそのキャラで、SOS団内でも基本そうだ。

古泉はどうか知らないけど、涼宮さんと朝比奈さんはまだ朝倉さんについて勘違いしてそうだな。

残念だが綺麗な薔薇とは往々にして鋭利なトゲが生えているのである。

そして万年作り笑い野郎の古泉一樹よ。

一日ぐらいでいいからずっと悲しそうな顔の古泉が居てもいいのではなかろうか。

涼宮さんならそれはそれでウケてくれると思うんだよ。

 

 

「機会があれば実践してみる価値はありそうですね」

 

「オレはお前さんの"ポーズ"について話しているんだよ」

 

あるいはペルソナか。

原作では古泉のニヤケ敬語イエスマンはあくまで涼宮さんが面白いと思うキャラ、といった旨の発言があった気がする。

つまりこいつは演じているらしいが、余裕そうな態度はさておいて敬語の方はどうなんだろうか。

やっぱり平民階級の人ではないと思うんだけど。

 

 

「ご想像にお任せしますよ」

 

じゃあ一人で家に帰ると舞い上がってしまうタイプだな。

勉強の何が楽しいのか知らないけどわざわざ古泉は理数クラスに入っている。

きっとテストの点数の100を見るのが生き甲斐なんだろうよ。

そんな下らない想像をしていると部室の扉が開かれた。

 

 

「お待たせしましたあ」

 

メイド服に着替え終わった朝比奈さんが笑顔で俺たちを迎え入れる。

そういや今日もパイプ椅子が必要だよな。

 

 

「そうですね。では、お取り寄せするとしましょう」

 

「あいよ」

 

再び部室棟パイプ椅子借りツアーを決行する羽目になった。

今日は古泉と二人なので作業割合も増えてしまう。

念のために昨日と同じ人数を用意してもよかった、だが一年生が減る事はあっても。

 

 

「増える事はないはずだね」

 

「はい。それをどう受け止めるべきなんでしょうか」

 

今日やって来ると予想した最大人数分の七脚を用意した。

SOS団近くの廊下にそれを立てかけておく。

人数が増える事がないという事態を喜ぼうにも涼宮ハルヒに見つかればそれも不敬罪となってしまう。

北高は間違いなく軍人学校などではないし、SOS団だって帰宅部とそう変わらない。

もっと情報系の依頼が来ればいいのにと思ったところでそんな人は普通コンピ研をアテにする。

俺がそっち方面に強い事なんてごく一部の間でしか知られていないのだ。

一仕事終えてもまだキョンと涼宮さんは部室にやって来ていない。

 

 

「お疲れ様です。もう直ぐお茶が湧きますよ」

 

俺と古泉を労う朝比奈さんに対して、朝倉さんはこっちを気にする様子は見られなかった。

そりゃあ彼女にとっては一年生とか新入りとかはどうでもいいんだろう。

でも荒んだ心に癒しは必要だよ。

 

 

「何言ってるの?」

 

「オレの人生哲学さ」

 

「……」

 

「なら今後の参考にしておくわ」

 

何をどう参考にしたんだ。

癒しに対するアプローチですか?

正直朝倉さんが一言「お疲れ様」と笑顔で言ってくれるだけでいいんだよ。

 

 

「あら、そうなの?」

 

「そうだよ」

 

ここ最近で朝倉さんはすっかりコンビニ500円本を読んでいるのが当然になっていた。

人間社会の勉強にはなるだろうけど、書いている内容が偏っているのはどうなんだろう。

因みに彼女が今読んでいるのは幸運を呼ぶ方法だとかまさに胡散臭い本の代表格であった。

もしかしてこの習慣があの朝倉さん(大)の人格形成へと繋がっているのか?

う、うわぁ……。

 

 

「どうやら早速お出ましのようですね」

 

「……」

 

ドアがノックされると一人また一人と部室内へ一年生が入ってくる。

全員昨日見た生徒だった。その中には佐倉さんも居た。

一年生総勢――。

 

 

「七人かな」

 

これ以上増えたらそれはそれで二重に残念な展開であった。

しかし、どうやらこれで打ち止めらしい。

古泉は一年生の前にも関わらず。

 

 

「どうですか、一勝負」

 

などと言いながら"ナインメンズモリス"を机の上に置く。

古泉に手を抜かずに戦ってもらうにはボードゲームじゃ無理だ。

もう"めんこ投げ"ぐらいしか思いつかないんだけど。

一年生諸君はSOS団を娯楽部か何かと勘違いしているな、きっと。

 

 

「……お前さあ、"ホッピング"ぐらい使えよな」

 

「おや。すみませんね、失念していました」

 

確かにローカルルールとも言われてるけどさ。

長門さんはアダム・ファウアーの【数学的にありえない】を読んでいる。

あれは2007年度のこのミスに入選していたはずだ。

新しい作品も読んでいくスタイルなのだろうか。

彼女が読書をきっかけに感情を掴んでいく日も、そう遠くないんだろうさ。

いい傾向じゃあないか。

 

――それから更に十分以上が経過した。

放課後に入ってから三十分も過ぎた計算になる。

一年生たちも手持無沙汰だろう。お構いなしでボードゲームしてるけど、いいのか。

するとようやく。

 

 

「へぇーっ……意外に多く残ったじゃない。これは選び甲斐があるわね」

 

お待たせしたとも言わずに涼宮さんがどどーんと登場した。

俺は文句を言うつもりはないけど、長く待たされた一年生たちはどう考えているんだろうね。

どうもこうもないか。俺は知らんよ。

そしてその後ろには昨日と同じくキョンも立っている。

 

 

「……よう、遅かったじゃあないか」

 

と今にも撃ち殺されそうな人の台詞を俺はキョンに向けて放つ。

言われた本人は「悪かったかよ」としか言ってくれなかったけど。

そんな事より。

 

 

「賭けはオレの勝ちね」

 

「まさか明智にピタリ賞を持ってかれるとはな」

 

「お見事です」

 

ジュースでいいよ。

ただし150円のペットボトル系統だ。

 

 

「貧乏性だな」

 

「むしれるだけむしるのさ」

 

倍プッシュしたら多分負ける。

明日全員来ないのが一番なんだけどね。

部室内の一年生全員の顔をしっかり見て、満足そうな表情をした涼宮さんは。

 

 

「よろしい。じゃ、これからSOS団入団試験の、二次試験を開始するわ!」

 

一次試験は昨日の説明会という体の拷問らしかった。

ここに来なかった昨日のメンバは賢明な判断をしたと思うよ。

万が一に巨大カマドウマやUMAと戦闘出来る人材がやって来るとは思えないね。

もしそうなったとして俺は後輩に"システマ"について教えてあげるくらいしか出来ない。

俺は師範でも何でもないんだけどさ。

涼宮さんは団長席から"試験官"と書かれた腕章を取り出す。

他にも何か入ってそうだな……。

 

 

「二次試験はペーパーテスト……と言っても適正を見るものだから安心してちょうだい。アンケートみたいなもんよ」

 

まるで自動車教習所か何かではないか。

彼女が言うにはこのテストの内容は直接合否に関係しない――やる意味あるのか――らしい。

その上俺たち団員にも個人情報として解答については公開されないと言う。

本当にアンケートだ。もっとも、彼女の言葉をそのまま信用していいのかは俺にはわからない。

一つ言えるのは涼宮さんにやる気があるという事だ。

 

 

「さ、わかったらちゃっちゃと始めるわよ。入団希望者以外はテスト中立ち入り禁止だから出ていってちょうだい。あ、有希はいてもいいわよ。団長のあたし一人だけってのもプレッシャーになっちゃうから」

 

ここが文芸部室な点で最高責任者は長門さんにある。

しかしながら彼女は居ても居なくても変わらないと思う。

むしろその点を評価されたのか? 

どうであれ涼宮さんの命令は絶対だ、従わないと死刑なのだから。

そもそも今日来ている時点でアホかバカか、もしくは命知らずな連中には違いない。

朝倉さんに日ごろから馬鹿馬鹿言われている俺がそう思えるぐらいに事実さ。

無駄な考えを巡らせつつ入団テスト受験者のための椅子を部室内に運ぶと、廊下に閉め出された。

キョンは早く終われと言わんばかりの表情で。

 

 

「ハルヒは長門を部室の備品の一つだと勘違いしてないか」

 

「監督係なら間違いなく朝倉さんが適任だね」

 

涼宮さんもそうだけど朝倉さんだって完璧人間だ。

どんな雑用だって手早くクリーンに片づけてしまうだろう。

仕事が出来すぎるのも社会では考え物だといういい例か。

ともすれば古泉はわざとらしく。

 

 

「そう言えば、あなたと涼宮さんの到着は遅かったですね。記憶違いでなければ昨日もそうでした。二人とも同じタイミングですよ」

 

「何が言いたい」

 

「気になるのはこっちの方ですよ。放課後が始まって早半時。その間、僕たちは部室で待っていたのですからあなたの動向を気にする権利くらいは僕にもあるでしょう」

 

間違いなく古泉は馬に蹴られて死んでしまう人種だろう。

野郎ではあれど野暮の野しか知らないらしい。

俺は何も言わないでおこう、キョンの言い訳が気になる。

朝比奈さんはヤカンに水を入れに行った。

テスト明けの一年生相手にお茶ぐらいは出さないと可哀想だという彼女なりの配慮か。

奉仕の精神だが、決して上からの立場ではない。人間の鑑だ。

わざとらしい古泉の質問に対し、わざとらしくキョンは咳払いをした。

横をちらっと見ると朝倉さんまで意地の悪い笑顔をしていた。

そうだな、俺ぐらいはキョンの味方でいよう。無表情で。

 

 

「なーんもねえよ。いつもそうだが、あいつは遅れてくるのが団長職にとってのステイタスだと考えてるみたいでよ。わざと一年生を待たせて、その様子を窺おうってハラだ。俺はその思いつきにつき合わされたのさ」

 

「確かにそうだ。ですが、その割に涼宮さんは市内活動の際に遅れる事がありませんね」

 

「俺に奢らせたいだけだろ。ハルヒが負けず嫌いなのは周知の事実だぜ」

 

それとこれとは別問題じゃないのか。

とは言わない。言ってやらない。

キョンだって負けず嫌いだからな、俺は負け慣れている。

失くす物は何も無いのだ。

 

 

「ならば二人きりで待ち合わせてみてはいかがでしょうか。いくら何でも、あなた一人の負担だけで済まそうとはしないはずですよ。今の彼女ならね」

 

「待ち合わせるだと? 誰が何の用で待ち合わせればいいんだ」

 

さっぱりわからないといった表情である。

朝倉さんや。

 

 

「……あれって本気で言ってるのかな」

 

「さっきの明智君も大概だったわよ」

 

それは俺に勉強を教えてほしい云々の話か。

一緒にしないでよ、俺は違う。

主人公でもなけりゃ鈍感キャラでもないって。

イマイチ朝倉さんは信用している様子ではなかった。

やれやれだよ。

古泉選手は直球を投げ続ける。

 

 

「あなたが涼宮さんとですよ。用など実際に待ち合わせてから考えればいいでしょう。適当な頃合いに彼女に電話をかけ、次の日曜にどこかへ行かないかと誘うのです。待ち合わせをするにはいい実験になりますよ」

 

「実践するならオレは気にしなくていいから」

 

「そうね、涼宮さんと二人きりじゃなきゃ確かめられないもの」

 

「……お前ら」

 

どうした、言いたいことがあるならハッキリ言うがいいさ。

物怖じしないのが主人公の特権ではないか。

 

 

「それは俺にデートに誘えって事か?」

 

気は確かか、と言わんばかりの怪訝な表情だ。

そうとは言ってないさ。でも。

 

 

「そうかもしれないね」

 

「僕は"デート"などと言った覚えはありません。あくまで一例として申し上げたまでですが、どう受け取るかはあなたに任せますよ」

 

「あんまり涼宮さんを失望させちゃ駄目よ?」

 

「はっ、俺がそんな事をもし始めたとしたらそいつは悪い傾向だ。あいつにとってもそうだろうよ」

 

それきりキョンは無言になった。

微妙な静けさが続くと思われたが、やがて朝比奈さんが戻ってきた。

彼女は部室の扉に張り付けられたKEEP OUTの張り紙を見て。

 

 

「あっ、本当に入室禁止なんですね」

 

「……どこかで時間でも潰しましょう」

 

キョンの提案により、部室棟を後にすることに。

朝比奈さんが持ってきたやかんはコンピ研に預かってもらう。

新入りが早速入ったのか、コンピ研も見知らぬ生徒がちらほら見受けられた。

やかんを預かってもらう必要性についての事情を掻い摘んで聞いた部長氏は。

 

 

「へえ。君たちの方にも入部希望者が居るんだね」

 

「怖いもの見たさじゃあないですか」

 

その正体は本当に怖いものだから気の毒だ。

こっちとコンピ研の空気の違いを感じてしまうね。

あっちはゆったりどっしりしている。

SOS団は涼宮さんのワンマンアーミーなのさ。

季節も冬はすっかり終了してしまい、自然の青々しさを感じられる。

現在、外のテラスに五人も陣取っているというわけだ。

移動の折にはキョンと古泉にジュースを買ってもらった。

ペットボトル、スポーツドリンクとカフェオレだ。

どうせ今飲まないんだけど。

特別することも無いのに時間の経過が遅いと感じていると。

 

 

「そういえば、入団試験ってどんなのですか?」

 

朝比奈さんが気になるも当然だ。俺も見ていない。

だが、キョンは何故か知っていた。

問題用紙を持っていたのだ。どこから仕入れたのかも知らない。

丸テーブルの上に置かれたそれを、回し読みする事になった。

 

――それはペーパー面接のようだった。

SOS団入団の志望動機。

入団した場合、SOS団に対して何が出来るのか。

宇宙人未来人異世界人超能力者のどれが好きか。

その理由。

今までにあった不思議エピソードについて答えよ。

好きな四字熟語。

何か一つだけ、何でもできるとしたら何をするか。

あなたの意気込みを書いて下さい。

 

 

「……『追記、何かすごく面白そうなものを持って来てくれれば加点します』」

 

面白そうなものと申したか。

夏休み中、いつぞやの朝倉さんの無茶な要求を思い出す。

やはり俺には無限プチプチぐらいしか持っていない。

後はベンズナイフ。こっちは絶対に出せないけど。

涼宮さんは無限プチプチををどう判断するのだろう。

くだらないわね、で終わりそうだな。

一通り全員が問題を確認したのを見たキョンは。

 

 

「意味がわかりませんよ。まったく……これのどこが入団試験なんだ?」

 

「彼女も仰っていたでしょう。アンケート、いえ、心理テストのようなものです」

 

適性試験なんてそんなものだろう。

プログラマー適性に関して言えば、短時間でどれだけ問題に挑戦できるかなんて内容だった。

今回のテストだって、制限時間は三十分。

SOS団入団というある種今後の人生に関わりかねない大きな壁に対しては圧倒的に時間が足りない。

俺なら一日中問題用紙と格闘しそうだ。

……いや、こいつらと同世代でよかった。本当に。

おかげさまですんなり俺は入団できたのだから。

 

 

「僕としましては問三と問四が気になりますね。宇宙人未来人異世界人超能力者。奇しくもこの場にはその全員が揃っていますよ」

 

「俺以外はな」

 

女子二人は知らないけど、俺も気になる。

決して自虐をしたいわけではないが。

 

 

「異世界人を選ぶ人なんているかな?」

 

「ふふっ。私は選ぶわよ」

 

「オレだって宇宙人って書くさ」

 

「わかったからいちゃつくならよそで頼む」

 

そんなつもりは無いんだけどね。

事実なんだから。

 

 

「そんな事言うならキョンはどれを選ぶんだ?」

 

「僕も一番気になっているのはあなたの解答なんですよ」

 

「キョン君は何かありますか?」

 

朝倉さんを除く三人からの集中砲火だ。

彼の頭の中には長門さんが宇宙人代表として存在するだろう。

本人たちの前で答えろ、とは難しいものもあるが。

 

 

「選べないだろ」

 

お前の気持ちもわかるさ。

だけど、いつか選ぶような必要性を求められる。そんな日がやって来る。

 

 

「いつだろうね」

 

「今日じゃねえよ」

 

わかってるさ。

お前が選んだのは、涼宮さんだろ。

きっと。

 

 

 

 


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