異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第70話

 

 

この日、放課後に三度目となるSOS団入団試験が実施された。

では人が人を選ぶにあたって一番大切な事とは何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまりは採用基準である。

どこぞで聞いた話では、それは"信頼"らしい。

頭がいいとか、才能があるなんて事ではないのだ。

"何が出来るか"というのは過去の実績から来る"信用"に他ならない。

SOS団はともかく、会社の採用において受験者の実績など程度が知れている。

いくら勉強しようと仕事で活躍するわけがないのだから。

結局、その人の将来性に賭け、採用担当が信頼する形で人は選ばれるのだ。

俺たちSOS団の団員だって期待しているのさ。

明るい未来ってやつを。

 

 

「――と言うのはどうだろう」

 

「実に合理的な発想ですね。もっとも、涼宮さんの採用基準は誰にも予想できませんが」

 

腐れ超能力者、お前はどうでもいいんだよ。

俺がいつだって気にしているのは朝倉さんだ……。

さて先生、今回のは何点でしょうか。

 

 

「……27点よ」

 

「ありがとう。しかもそれって1000点満点中だよね」

 

「よくわかってるじゃない」

 

いっつも俺はそんな扱いだからだよ。

パーセンテージにして3を下回る完成度らしい。

これでも彼女と好き合う関係らしいから不思議だ。

ひょっとして新種のツンデレなのかもしれない。

この部活について一年生に正確に判断してもらうには、いつも通りの様子を見せるのが一番だろう。

朝比奈さんのメイド服しかり、ボードゲームしかり、宇宙人の読書しかり。

今の状況説明でわかってもらえたと思うけど、今日もキョンと涼宮さんのペアは不在。

またまた勉強会でもしているんだろうさ。

それはそうとね。

 

 

「オレがわからないのは朝倉さんがいつ、そんな奇天烈なコンビニ本を仕入れているかなんだけど」

 

「安心していいわ、夜中に出歩く訳ないから。私一人だなんて危険だもの」

 

そうだね。

暴漢がやってきたとして間違いなくそいつが危険な目にあってしまう。

死ぬのは彼女の能力を見る暴漢の方なのだ。

だからといって、やっぱりそんな事があったら心配だ。

万が一を考えたら俺は後悔してもし足りない。考えたくもないね。

だけど本当にいつ買っているんだろう。

 

 

「じゃ、これからは一緒に買いに行こうかしら?」

 

買わないって選択肢はないんですね。

どうしてそんな我を通す所だけ涼宮さんに似ているんだろうか。

いいや、これも朝倉さんらしさだ。

妥協しないってのは、さ。

とりあえずこれから一緒に買いに行くかどうかについては下校の折にでも話しましょうぞ。

俺氏サイドとしても彼女の趣味らしき行為を否定したくはなかった。

……そんな話より今後の問題は。

 

 

「新入りがSOS団に加入したとしてこの部室のキャパシティは大丈夫なのかな」

 

「あたしも少し心配です。人数分のお茶が一度に淹れられないかも」

 

「まさか涼宮さんが昨日の七人全員を、とは行かないでしょう。僕が保障しますよ」

 

二年下のまだ入ってもいない後輩にまでお茶の心配をするんですか、朝比奈さん。

そして胡散臭い発言ばかりの古泉に保障されても嬉しくない。

一昔前ならその一言も安心出来たかもしれない。

だけど最近のこいつは自分でもカウンセリングの実力に疑問を抱いている体たらくぶり。

信頼は出来そうになかった。

ただ、最低でも五人ぐらい採用しないと次の世代に繋がらないのは確かだと思う。

俺たちが卒業してからも北高にSOS団が残るかはわからないけどね。

 

 

「今日のところは考えないでおくよ」

 

「……」

 

窓から外の明るさを眺めるだけで確認出来る。

ここのところ毎日いい天気だ。

やがて、一人また一人と一年生が部室を訪れた。

彼らは全員体操服を入れる袋を持参していた。

袋には中身がしっかりあるようで、この場に持って来るからには恐らく涼宮さんの指示と推測される。

いったい彼らのどこにSOS団に対する固執があるのか……。

個人的にはやっぱりコンピュータ研究部がオススメだ。

部活としてどうなのかは知らないけど、部員たちは中々の技術力を備えているはずさ。

この日用意した椅子は昨日と同じ七脚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして昨日と同じく、いや、心なしか今日の方が遅いがとにかく二人はやって来た。

このタイミングで部室に来ていた一年生は計六名。

昨日の七人から一人リタイアしているようだけどそれでも充分残っている。

六名の内訳としては佐倉さん含む女子三名と男子三名。

見事なまでにハーフアンドハーフとなっていた。

 

 

「へぇ、なかなかやるじゃない」

 

涼宮さんは一年生の残った多さに期待以上といった様子で言う。

では何でもってリタイアした一年生たちが"やらなかった"人種だと判断できるのだろうか。

危機管理能力や生存本能といった観点からは、来なかった方が正しいに違いない。

せめて俺だけは名前も知らぬ彼らの味方でいようと思った。

ポーズだけの正義さ。

すぅ……と大きく息を吸い込んで涼宮さんは高らかに宣言する。

 

 

「それでは! これよりSOS団入団試験、最終試験を開始します!」

 

えっ。

彼女の言葉に驚いたのは一年生ではない。

言葉にこそ出さなかったが例外なく団員のリアクションはあっただろう。

とは言え、反応らしい反応をしたのは俺とキョンと朝比奈さんだけだったが。

古泉の方が宇宙人らしいよ。

さてはキョンが涼宮さんに終わらせてやれとでも言ったのか?

だが、それは違うらしい。

 

 

「おい、もう終わりか?」

 

誰もが聞きたい台詞を代弁してくれたのはいつも通りにキョンだ。

彼にとっても初耳の様子だと見受けられる。

原作の序盤では――確か憂鬱――自分は涼宮さんのスポークスマンではないとか彼は言っていた。

だけど、今の彼の状況は明らかにそれではないか。

この世界でそれを言ったかどうか知らないけど、仮に言ったとして本人はそんな事を覚えちゃあいないだろうけど。

コンビニ500円本シリーズで"記憶術"とかないのかな。

キョンの終わり発言に対して。

 

 

「そうよ。あんまり時間をかけてもみんなの負担になるだけね」

 

自覚はあったらしい。

涼宮さんの場合は顧みる心が無いだけだ。

"皇帝"らしさが俺より感じられる。

 

 

「データは充分あるから今日でお終い。そして最後に見たいのはやっぱりやる気なのよ。熱意、根性、一人一人のポテンシャルを評価させてもらうわ」

 

何処にでも在るような普通の高校へ進学した何処にでも居るような普通の新一年生。

その代表として来てもらっているような六名に彼女は潜在能力を期待しているみたいだ。

もしかしたら大物が彼らの中に紛れているかもわからないけど、宇宙人には敵わないはずさ。

頼むから俺の悩みの種が増えるような展開だけは勘弁してほしいね。

 

 

「みんなしっかり体操着を持ってきているわね。言われたことをこなすのは当然よ。みんなにはその上を見せてもらいたいんだから」

 

「……」

 

社会の縮図がそこにあった。

言われてない事にまで着手し、評価されてから初めて一人前のスタートラインとなる。

現代社会は少数のサディストと多数のマゾヒストによって構成されるとは限らない。

……限らないのだが、どう見ても入団希望者六名がサディストには見えなかった。

バニーガールのような如何わしい一件もあったが、ここは断じてSMクラブではないのだ。

田舎だからってそんなものを追い求めないでほしいね。

風当たりが強い集まりなのは否定しないさ。

 

 

「さっそくだけど、これからみんなには着替えてもらいます」

 

「……はあ?」

 

「SOS団現団員は全員廊下で待機。女子から先に着替えてもらって、交代で男子よ」

 

体操服に着替えて何をさせるのか。

ツイスターゲームみたい微笑ましい代物だったらいいんだけど。

そこから新しい青春の一ページが刻まれる可能性だってあるのだから。

一年男子は適当な相槌を打つと、体操服袋を持ってさっさと出て行く。

 

 

「涼宮さん、これから何をさせるつもりなのかな」

 

「現団員にはまだ言ってなかったわね。マラソンよ」

 

ほ、ほげぇ……。

マラソンとはマラソンであり、俺と彼女の認識に絶対的な差が無い限りは長距離走に違いない。

この話を一年生は事前に――どうやら昨日のテスト終了時か――聞いていたんだよな。

それでよく今日も六人なんて人数が集まったと思う。

リタイアした人達が正解だった。この人は合格させる気がないようです。

実際に42.195キロも走るわけが……ない、よね?

しかし体育の授業で走るような1500メートル走で済むはずもないのは彼女を知っている人間なら全員予想出来る。

日が暮れるまで全速力で走りなさい、これぐらいは言われる。

長門さん、どう思う。

 

 

「……」

 

「なるほど、確かに彼らのやる気を見るには適切な方法ですね」

 

嘘だろ。じゃあお前さんが走ってみせたらどうなんだ?

いいお手本になると思うけど。

 

 

「一年生が僕に失望してしまいますからね。遠慮しておきますよ」

 

誰も古泉には期待してないさ。

この男が副団長だという設定さえ彼らはきっと知り得ていない。

最近ではルソーくんの一件で貢献した古泉だけど、実際に彼は何もしていない。

涼宮さんにこれまた胡散臭い説明をして誤魔化しただけだ。

ほぼほぼ長門さんと朝倉さんの手柄だった。

既に団員のほぼ全員が一年生によるマラソンの見物を楽しみにしていた。

納得していないのはキョンで。

 

 

「マラソンだと……?」

 

「あんたも走りたいの?」

 

「そうじゃねえ。一昨日から引っ張っといてそりゃ何だ。説明会? ペーパーテスト? 何の意味があったんだ。最終的にマラソンに収束させたいなら、せめて昨日からやってればよかっただろ」

 

「あたしの話をしっかり聞いてたとは思えないわね。データが欲しかったって言ったでしょ」

 

つまり後は実践だけだと言う。

頼むから下手な事をキョンは口にするなよ、制服姿で俺は走りたくない。

普通に走る分には構わないが、何をさせるにも世界レベルの涼宮ハルヒだけは駄目だ。

運動日和な天気なのは認めてやるさ。

 

 

「それにあんたも気付いていると思うけど、脱落しないでここまでついてくることが正解だったの。ペーパーテストなんて人間観察よ。ただ、入団後の待遇には大きく関わるけど」

 

だそうだ。

と、こんないきさつで最終試験がまさかのマラソン。

ハンター試験では一次試験だったはずだ。

あれは総距離にして40キロじゃきかなかったと思うけど。

そうこうしている内に、女子と男子が入れ替わり着替えが完了した。

 

 

「朝比奈さん」

 

「どうしたんですか、明智くん」

 

「オレの眼は、ええと、正常ですよね……?」

 

涼宮さんまで何故か体操服姿なんですよ。

 

 

「そうみたいですね。ううん、何でかなあ?」

 

俺には何となく予想出来てしまいましたよ。 

命令するだけなら制服姿で依然問題なし、だ。

だのに彼女が着替えている、つまり彼女も運動する。

もしかして「あたしに最後までついてくる事が試験だから」って話なのか?

やっぱりハンター試験だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はついぞ運動系の部活に所属した事はないが、高校生活を一年でもすればわかる。

いや、どの高校であろうと運動系の部活動の絶対数に対してグラウンドは基本的に一つしか存在しない。

何が言いたいかと言えばこの日の北高のグラウンドは平素通りに体育会系連中の熾烈な陣取りが繰り広げられていた。

校舎の外周ではなくグラウンドで実施するのだ。

シャトルランをするわけではないので直線距離の折り返しとはいかない。

必然的にトラックが欲しくなるわけだが、北高とて陸上部は存在する。この日も活動していた。

どうするのかと思いきや涼宮ハルヒは有無を言わさず先手必勝だった。

 

 

「何よ。あんたらは毎日好きなだけここで走ってるから一日ぐらい別にいいでしょ。それにあたしたちはただ走るわけじゃないの、やがて世界の繁栄に繋がる、崇高かつ高貴な精神があるのよ」

 

ただの罰ゲームみたいなマラソンに対してここまで言えるのは彼女くらいなもんだろう。

陸上部の方々は最早事後承諾と言える勢いで4000メートルトラックを乗っ取られた。

涼宮さんと一年生がマラソンを開始したからだ。

予想通り、終了するまで涼宮さんについていくのが最終試験らしい。

校舎周りのグラウンドへ下る石階段で全員待機だ。せめて見届けてあげるのさ。

ようやく終わりか、と前置きしてからキョンは。

 

 

「最終試験がハムスター百一匹掴み取りじゃなくて良かった」

 

「ハムスター、ね……」

 

俺は昔飼っていたぞ、ハムスター。

というか猫に限らず動物が好きだからね。

動物好きに悪い奴は居ないらしいが俺はどうなんだろう。

懐かれる分にはやはりいいハンターの素養があるのか?

因みにハムスターの品種は"ジャンガリアンハムスター"でオスメス二匹別ケージで飼っていた。

色はオスがノーマルでメスがスノーホワイト。名前はそれぞれ"ハム男"と"ハム子"だった。

今頃天国であの二匹は仲良く俺を待っているだろう。

久しぶりに触りたくなって来た。

もしそんな試験が行われることになったなら古泉は知り合いが経営するペットショップチェーン全店からハムスターをかき集めてみせると豪語した。

やっぱりお前、何者なんだ?

 

 

「朝倉さんは動物に興味ないのかな?」

 

「別に。愛玩動物はあなたたち人類が良くしてくれると思ってあんな姿に進化したのよ」

 

酷い言いようだ。

ルソーが聞いたなら再びダウンしてしまう。

朝比奈さんはどう見ても動物好きだ。

 

 

「とにかくこれがハンター試験じゃあなくてよかった」

 

「それって何をする試験なのかしら?」

 

朝倉さんは【HUNTER×HUNTER】を25巻しか読んでいない。

だが"ハンター"が半ば"念能力者"の意味合いを含む事は知っている。

こんな感じの作品だ、というのは彼女にも説明した。

興味なさそうだったけど、今日の彼女は"試験"の単語に反応してくれたようだ。

必死に5巻辺りまでの知識を思い出す。

 

 

「ええっと最初に予備試験として会場に到着する事。これをクリア出来る確立は一万分の一」

 

「……火山の中にでも行く必要があるの?」

 

「プロハンターの資格はそれだけでカネにも名誉にもなるのさ。だから危険な本試験にも関わらず毎年受験者は何万何百万人も居る」

 

ようは足切りだ。

あの手この手で会場までの道のりを妨害すれば、最低ラインをクリアする人種だけが残るという理屈。

プロハンターとはその名の通りのプロフェッショナル。

ハンターが何をするのかと言われれば、漠然としている感はあるけど。

合格して貰えるライセンスを売るだけで一生遊んで暮らせるんだ。

俺は金のためだけに命は張れないけど。

 

 

「当然毎年会場は変わる、試験内容もそうさ。オレが知っている本試験の内容だったらマラソン、料理、凶悪犯がいっぱいいる塔からの脱出とか」

 

「意味が解らないわね」

 

「その辺は実際に読むのが一番さ」

 

持ってないけど。

とにかく腕っぷしだけの体力馬鹿が通過できる試験ではない。

その分SOS団は良心的かも。

結局今日まで通って、マラソンすれば合格なんだから。

ただそのペースが異常だ、マラソンとか持久力だとかの世界に喧嘩を売っている。

俺でも走破は厳しい。

長距離走は運動神経がいいとかではなく、遺伝形質の方が影響すると聞いた。

一般家庭の俺が、そんなミュータントなはずがなかった。

俺はきっとウルヴァリンに勝てない。

 

 

「朝倉さんは新入りがSOS団にやって来る、なんて実現すると思う?」

 

「さあ。全部涼宮さんが決める事だもの」

 

「そうとは限らないさ……」

 

そう言う俺自身が一番自分の言葉に疑問を持っていた。

超能力者古泉一樹は何故自分に能力が宿ったのか、原因、使命の全てを即座に理解出来たと言う。

未来人朝比奈みくるは自分の任務について知らない事は多いものの、それでもこの時代に来た原因が涼宮さんにある事を知っている。

宇宙人の二人は、涼宮ハルヒの監視……自律進化の可能性を彼女に見出すために北高に居る。

 

――俺はどうなんだ?

この世界が【涼宮ハルヒの憂鬱】だという事なんか、人づてに偶然知り得ただけだ。

ともすれば永遠に気付かなかったかもしれない。

進学先なんか幾らでもある。北高にだって行かなかった可能性は充分にある。

これも涼宮さんの引力の仕業かもしれない。

でも、そうじゃなかったら?

俺は自分の能力について一から十の内の五を知っているかどうかな状態だ。

古泉たち超能力者のケースとは大きく異なる。

 

 

 

だったら、俺は?

この問いに答えてくれそうな人物はこの"世界"にたった二人だけ居た。

そしてその二人とも……ふっ、新入りの女子だったのさ。

 

 


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