異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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『もし善が原因を持っていたとしたら、それはもう善ではない。
もしそれが結果を持てば、やはり善とはいえない。
だから、善は、因果の連鎖の枠外にあるのだ』



――レフ・トルストイ 【アンナ・カレーニナ】









異世界人こと僕氏の驚天動地(行)
第72話


 

 

まさかのSOS団に一年生が電撃入団。

しかも女子二人。

なんて事件性がありそうな事態の発生から一日が経過。

翌、木曜日の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば昨日朝倉さんと下校中にコンビニ500円ラインナップの本について話し合った。

ついぞ彼女はいつ仕入れていたのかを明らかにしなかったが、無難に土日のどちらかに買う方針で落ち着いた。

コンビニエンスストア程度に俺がついていく必要性はない――店員に『チッ、アベックか』と殺意を抱かれる――んだけどさ。

俺の方も嫌ってわけじゃないさ。俺は買わないけど。

後、"アベック"という表現よりも元かライトノベルの世界的には"リア充"の方がいいのか?

……2007年なら普通に"カップル"だな。どれでもいいよ。

思い起こせば珍しい出来事とは何かと連鎖的に発生しているような気がする。

特にここ最近に関して言うなら、月曜のSOS団大入りから火曜にはキョンと古泉を朝の時間に発見した。

水曜日の昨日なんて説明不要だろ。

今日に関して言えば。

 

 

「お前さんもとうとう早起きをする人種になったみたいだね。この調子で勉強の方も捗れば言う事ナシじゃあないか」

 

ナメクジのような登山速度で坂道を上っていく谷口との遭遇であった。

そんな様子ではこの時間帯に動く意味もなくなる気がするけど。

すると彼はどこか浮かない表情をしていた。「よう」の返事もどこか気が抜けている。

まさか。

 

 

「……とうとうフられたのか?」

 

「そうと決まっちゃいないんだがよ」

 

ではどんな状況なのだ。

経緯なんて覚えてないけど原作ではそういう形で決着つけられたんだよな?

残念ながら"遅かれ早かれ"だったみたいだ。

 

 

「だから違えっつってんだろ」

 

「ふっ。ジェイルオルタナティブ、そしてバックノズルさ」

 

「何言ってんだ?」

 

深い意味はないさ。

敢えて説明するなら俺一人が欠けても世界は何も変わらないという考えだ。

俺は嫌いな考え方だけど。

ありがたいことにこの世界にはあの先生も居るんだぞ?

谷口は小説の類なんて一切読まないだろうけどさ。

確か、文庫本になったのが来年の今頃だっけ。

勿論俺はシリーズ全巻ノベルス版で揃えていたけど。

まあ聞いてくれ、と谷口は前置きしてから。

 

 

「連絡がつかなくなった」

 

「……あっ」

 

ご愁傷様です、谷口君。

もし街とかで偶然出会ったら一番気まずいパティーンだろ、それ。

それでいて女氏サイドにニュー彼氏が居るともう最悪だ。

やられた方は泣く泣く敵前逃亡する以外の選択肢が存在しない。

それとも谷口のメンタルなら反撃出来るのだろうか。

 

 

「俺に愛想を尽かせたんなら……残念だな。別の出会いを求めるだけでいいだろ。だが、仮にあいつが何かの事件に巻き込まれてたら心配だ」

 

意外にも彼はどっしり構えていた。

お前さんならやっぱり大丈夫だ、反撃出来るわ。

 

 

「どうにかこうにかあいつの安否を確認しようとしている最中だ」

 

「世知辛い世の中になったもんだよね。学校側に訊こうにも個人情報に関わるし」

 

焼却炉の一件と言い、涼宮さんの行動はグレーゾーンから最早飛び出している。

言うまでもなく良い子の諸君は彼女の奇行その一切を真似してはならない。

流石に校門前でバニーガールを着る男が居たらこの俺が直々にぶちのめしに行ってもいい。

そういうのは自宅内だけでやるんだ。

 

 

「現状は知り合い……女子の連絡網頼みだな」

 

「お前さんにそんな知り合いなんて居たのか?」

 

所謂"女友達"とやらか。

そっちと付き合う選択肢はなかったのだろうか。

……どうせ撃沈済みなんだろうな。

作戦が上手く行ってない彼の様子を見るに、恐らくそうだ。

このタイミングで谷口と縁を切る人型イントルーダー、周防九曜。

何かの前触れな気がしてならないな。

つまりはあいつなりの配慮なのだろうか。

それにしても残念だな。

 

 

「何考えてるかよくわからない奴だったがよ。最近は可愛いな、とか思えてきたんだぜ」

 

う、うわぁ。

俺はそんな話なんて聞きたくないぞ。

惨めすぎるじゃあないか。

いつかそうなるとは思っていたけどこいつも可愛そうに。

俺が言ってやれることなんて「元気出せよ」なんて薄情な台詞ではない。

谷口の肩をぽんと叩き。

 

 

「ジュース一本で良ければオレが奢ってあげるよ」

 

「……けっ。ありがたく頂戴してやる」

 

「素直にありがとうって言えよな」

 

「明智はいいよな。もう一年近いじゃねえか、朝倉とよ」

 

彼なりの感謝の気持ちらしい。

それも二重の意味合いがあった。

嬉し恥ずかし余計なお世話。

 

 

「何故かはオレにもわからない」

 

「朝倉の趣味が悪い……とまでは言わんが、やっぱりどこか変わってるな。じゃなきゃ涼宮の近くにまで辿り着けない。当然お前もな」

 

「まるでオレが悪いみたいな言い方じゃあないか」

 

「お前が良いとは思ってねえからそう言ったんだぜ」

 

お? お?

やるか?

本気出すぞ?

お前さんの心をへし折りに行ってもいいんですよ?

今の谷口をコカすのなんて超簡単だろう。

 

 

「オレの行動の全てが正義さ」

 

「正義の味方ってのはな、てめえから正義だとは言わないもんだ」

 

こういう部分の考えだけはしっかりしているのな。

やっぱり頭の使い方を理解してないだけではないのか。

小学校からやり直せばきっと秀才、いや天才児として嵐を巻き起こすだろう。

谷口ストームでも発生したら彼女も強風にあおられ、引き寄せられていくに違いない。

最後には一言、ロマンチックに「君を俺の台風の目に置いておきたい」とでも言えば良い。

めでたくゴールインだ。

 

 

「すまんが、最初からもう一度頼む。お前が意味不明な事を言っている事だけはわかった」

 

「自分の事だ。直接自分で行って、自分の目と耳で彼女さんについて確かめるんだ」

 

「……明日にでも光陽女子に突撃するか?」

 

「勝手にしなよ。オレは止めないから」

 

骨ぐらいは拾ってやるよ。

ルソーが苦しめられた宇宙生物が潜んでいたであろう、川付近でいいよな?

来世は情報生命体ってわけだ。

これなら周防とも再会できるかも。

 

――なんてな。

そうさ、気付きかけていたのさ。

俺は既に"読んで"いた。

何かの前触れも何もあるか。

現在進行形だったんだからね。

あるいは、完了形か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の部活解散前の改装により、ほんの少しだけSOS団は人数を迎え入れる余裕が出来た。

気持ちの話ではない。改装の二文字の通りに文芸部室のスペースの話だ。

学校の備品を不法に拝借――これも平和、正義に必要な犠牲――し机と椅子を新たに確保。

いつも座っている長机の横、団長席とは向かいになる形で学生机が二脚置かれた。

それに伴い既に置かれていた座席に関してやや窓際に交代せざるを得なかったが、まだ大丈夫だ。

人数的には間違いなく窮屈だろう。

しかしながら女子、それも二人追加ときた。

SOS団の、もっといえば男子の風当たりは更に強くなる。

北高全体の話で言えば俺が一番ダメージを受ける。

但しイケメンに限るみたいな風潮はどうなんだ?

俺はこの生まれついた眼つきの悪さをゴルゴダの丘へ自ら磔刑にされるにも関わらず十字架を運ぶ救世主の如く背負い続けるのか。

一生そうなんだろう。

昼食を終えて、中庭の一角でそんな事を俺はぐちぐち言う。

俺の様子を見て溜息をついた朝倉さんは。

 

 

「明智君のコンプレックスなの? それ」

 

「そこまで大げさには思ってないけどさ、『クレオパトラの鼻が後もう少し低かったら世界史も変わっていた』みたいなのあるでしょ。オレはあれの逆なの、逆よ」

 

俺のルックスなんか良くて中の上だ。

謙虚に振る舞おうだとか思ってはいない。

しかし朝倉さんは。

 

 

「自覚が無い方がいいのかしら……」

 

とか色々と呟いている。

何の話かはわからないけど格差社会がどうにかなる事はない。

物事の片面だけで話をしてはいけない。

繁栄の裏には必ず犠牲が存在する。

どちらが大きいかなんて話さえ結果論でしかないし、その差を考える必要は無い。

俺が四次元世界を観測出来ないのと同じような事なのだ。

いいさ。

 

 

「こんなに凡庸なオレでも呑気出来るぐらいの日常が待っている。これ以上は望まないよ」

 

「あなたが凡庸だったら他のみんなはどうなるのよ」

 

「知らないね、知りたくないさ。オレより凄い奴なんかいくらでも居る。少なくともオレは頂点じゃあない」

 

だけど。

 

 

「それでもオレが朝倉さんと一緒に居ていいなら、それでいいのさ」

 

後輩二人の裏事情は何かが起きてから考えればいい。

俺はここを、生きる世界として認めたんだ。

 

――物語の先がわからない?

当たり前だろ、そんなもん。死ぬまでそうだ。

いや、死んでもわからないさ。

俺が生きていた世界から居なくなって、時間経過の概念があるのかはわからない。

事実としてはこの世界の方が相対的に"過去"と定義出来る。

だが今の俺にとっては"現在"だ。

もしかすると【涼宮ハルヒの憂鬱】は完結しているかも知れない。

まさか延期されている"驚愕"で打ち止めだ、とないかないだろうさ。

ただ、間違いなく大団円を迎えるのは読まなくてもわかる。

物語が、本が、涼宮ハルヒシリーズが好きなら心で理解できる。

……だってそうだろ?

【眠れる森の美女】だって、ハッピーエンドなのさ。

俺はもう自分のお姫様を助けたんだ、って。

 

 

「本当に惚けつつあるよ、オレ。何なら模擬戦でもした方がいいかも知れない。気分の切り替えには」

 

「そうね。私にそんな概念はないはずだけど、鈍っちゃうかも」

 

宇宙人は基本的にどこでもマックスパフォーマンスが出来るのか。

当たり前と言えば当たり前か。

雪山の周防のように寒暖さえも無視出来るし。

朝倉さんは俺たち人類に合わせてファッションを

 

 

「夏が来たら……やっぱり海だよ」

 

「去年は確かに泳ぎ足りなかったわね」

 

「違うね。オレは朝倉さんの水着を拝み足りなかった」

 

「あら」

 

最近はやけに素直なのね、と言われた。

これでも俺はいつでも自分に正直に生きているつもりなんだけど。

斜に構えていたのは昔の話さ。

 

 

「本当に明智君が前から素直だったなら、もっと早くオチてほしかったけど」

 

「その設定でいくと最悪俺は今頃とっくに死んでいるんじゃあないの」

 

「昔の私があなたを殺すとは限らない……わよ」

 

自信を持って断言されなかっただけ朝倉さんの方が正直だ。

はは、俺は嬉しくて血の涙まで流れそうだよ。

用済みになった俺は最終的にあの世で待つハムスター二匹の元へ送られるのだ。

もしかすると祖父さんもそこに居るかもしれない。

俺が天国なんかに縁があればの話、だが。

 

 

「これだけは自信を持って言えるね」

 

きっと俺に強くてニューゲームみたいな概念は無い。

コンティニューさえ存在しないさ。

今、この瞬間に本当に最初からやり直したって、この結果まで辿り着いてみせる。

その先には信頼があり、未来がある。

もしもだなんて考えは結局の所選ばれなかった、切り捨てられた数値にしか他ならない。

俺が朝倉さんを選んだだけさ。

同時に彼女も俺を選んでくれたんだ。

他に謎はあってもそれと向き合うかどうかなんてわからない。

誰に頼まれてする事でもないんだから。

 

 

「オレが決める」

 

「だったらさっさと倒しちゃってもいいんじゃない?」

 

察しはつくけど訊いておこうか。

 

 

「誰をですか……?」

 

「天蓋領域の欠陥ターミナルよ。ついでに超能力者の女も消せば一石二鳥。古泉君だって手間が省けるわ」

 

「ガムテープぐるぐる巻きで勘弁しようよ、そこは」

 

それに古泉だって橘を始末するつもりならとっくにそうしているはずだ。

何か意味があって存在しているんだろうよ。多分ね。

でも彼女が必要悪だとしたら悪の器が足りな過ぎるな。

あの生徒会長が「私が黒幕だ。かかって来たまえ」だなんて言い出したら俺は疑わないぞ。

そして何より俺一人なら勝てる気がしない。

絶対"覇気"持ってるって。新世界のルーキーどもを何人も葬ってるよあれは。

 

 

「私はちらっとしか見てないけど、普通の人よ?」

 

「気持ちの問題だ。オレがあの人に勝つにはまだまだ未熟らしい」

 

どうやら夏休みは海ではなく滝にうたれてしまう可能性が浮上した。

念能力の修行は精神の修行でもある。

強い身体には強い精神が宿る。それが真の猛者。

制約を設定しようと一朝一夕では辿り着けない境地。

俺に才能があるかは怪しいが、ゴンさんみたいにはなりたくない。

死の覚悟は後ろ向きではないのだ。

死線を生きて乗り越える事こそ、死の覚悟。

 

 

「SOS団は無敵艦隊だからね。負けようがない。先手必勝だなんて、つまらない。涼宮さんは楽しんで勝ちたいのさ」

 

「今思えば恐ろしい事をしようとしてたわね、私」

 

独断専行についてだろうか。

ワンチャンスぐらいはあったと思うけど。

 

 

「キョン君を殺せたとしてもその先は無かったわね。きっと最初から世界がやり直しになる」

 

「その理屈で行くと無限ループにならないの?」

 

「私は再生されない。はじき出されちゃうわよ」

 

「……この世界に来れて、本当に良かった」

 

違うな。

何言ってるんだよ。

別に今日が終わりでも何でもない。

そう思っている限り明日は来てしまうんだ。

だから"良かった"じゃなくて"良い"にしておくさ。

悪くないでしょ。

 

 

「そうね。でも、やっぱり戦う時はビシッと決めてほしいじゃない。男の子には」

 

「オレはフェミニストだ。だから朝倉さんにもオイシイ所は残しておく」

 

何より総合戦闘力で上回られている。

策を弄する余裕が俺にあるかさえわからないけど、いつも通りはったりさ。

相手が勝ち誇った時そいつは既に負けている、の精神で。

そろそろ教室に戻ろう、と提案して中庭から歩き出す。

 

 

「早速今日から二人来ると思うけど、可愛い後輩にデレデレしちゃ駄目よ?」

 

「オレは信頼されてないのかな」

 

「今回に関して言えば信用だけね」

 

「……手厳しい」

 

確かに綺麗な薔薇には棘がある。

トゲのある言葉だって、彼女なりの愛情の裏返しだとわかっているのさ。

多分だけど。

言っても公共の場、校舎内ではこれが限界でしょうよ。

その分は休みの日であったり、デートの折なんかにお返しが来るのだ。

こうなってしまえば俺の方も俺の方で彼女にべたべたしてしまう。

恋人関係で目に入れても痛くないとは、如何なものだろう。

機会があれば、その一部始終についてもお話しさせて頂きたい。

だが、今日は平日だ。

 

――さて。

これは事後報告というか何というか、後付だ。

その時気付かなくても振り返ってみたら「何て馬鹿なんだ俺は」と思うのが人間だ。

俺の場合のそれは後悔などではなくただの事実確認だから余計駄目なんだけど。

先月の末、俺の前に姿を見せた自称友人の佐藤。

何故か連日発生していた閉鎖空間の沈静化。

音信不通になったらしい周防九曜。

そして二人の新入団員。

何度でも俺が死ぬその日まで言ってやろう。

運命、因果、宿命、因縁、そんなものはありません。

否定します、俺が無いと言えば無いのです。

……それでも。

仕方なしに、"偶然"程度なら信じてやるのさ。

あいつもきっと、そう思ってたんだ。

 

 


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