異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第73話

 

 

だいたい人数だけで言えば七人の時点で多い方だった。

文芸部室の広さが維持出来ているのも長門さんのおかげだ。

彼女がいっつも窓辺に陣取っているのが大きい。

場所を取っていた原因である二つ並んでいた本棚。

うち一つを昨日撤去した。

棚そのものに利用価値はあるので漫研へ寄贈したが、かなりの力仕事だったね。

わかっていると思うけど男子の仕事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、確かに月曜日の時にやってきた一年生を含めた部室内の人数は酷かった。

それに比べたら九人はかなりマシな部類と言える。

空間的余裕はないけど、何も出来ない狭さではない。

最低限座って活動出来ればそれでいいんだ。走り回ったりしないんだし。

でも、九人とは本来の倍近い数字である。

原作SOS団の五人というのも部活動としては考え物だけど。

 

 

 

――そんな木曜日の放課後。

今日も勉強会をするのかと思いきや、HRが終わった途端に涼宮さんはキョンを連れて教室を出て行った。

違う、連れて行くといったようなゆっくりとした進行速度ではない。

ともすればキョンを引きずり回さんとする勢いだ。

涼宮さんも昨日は新入団員なんて入れる気がなかったと発言していた。

だけど今の様子から察するに、なんやかんやでテンションが上がっているのだろう。

俺と朝倉さんは割とゆっくり行く事にした。

慌てなくてもあの二人が逆ドッキリなんて仕掛けない限りはどうせ部室に来る。

むしろ逆ドッキリを仕掛けるくらいの大物ルーキーの方が涼宮さんはウケるんじゃないか?

 

 

「私にもその光景が想像できちゃうわね」

 

「佐倉さんの方はわからないけど渡橋さんはどうだろう」

 

あの子からはどこか涼宮さんに近いものを感じられた。

きっと涼宮さんに無邪気さだけがあればあんな感じになる気がする。

流石に自己紹介で宇宙人未来人以下略の呪文は唱えないと思うけど。

そんな話をしながら文芸部室までやってきた俺はノックをし、反応が無いので扉を開けた。

涼宮さんが先行していた事もあってか、既に部室には新入りを含む全員が揃っていた。

 

――何度も言うが、総勢九人だよ?

ついこの前まで七人が二人も増えるなんて。

と、そこまで感じてから俺は前世の放送局時代を思い出した。

俺が入局した時はまさにSOS団状態の五人スタートだった。

二年生の先輩三人と、俺と……誰かは思い出せないが、確か同じクラスの奴だったはずだ。

そんな状況だったけど最終的に俺が引退する前には二十人近くまで増えていた。

語る機会は無いと思うけど、本当に色々あったからね。

俺とそのもう一人の同期で再建したと言っても過言ではないだろう。

聞けば俺が入局する前は局の存続さえ怪しい状況だったそうだ。

詳しくは知らない。

懐かしい思い出に浸っていると、新入り二人が席から起立して。

 

 

「お待ちしていました、先輩!」

 

「お勤めご苦労様ですっ!」

 

渡橋さんと佐倉さんがそれぞれ大きな声で出迎えてくれた。

うん。春らしく新しい風を感じるね。

古泉の邪悪な笑みとは程遠い、純度120%の笑顔なのは渡橋さん。

彼女の左に並ぶのは佐倉さんだけど、意味もなく表情が硬かった。

隣の様子を気にせず渡橋さんは入口付近で立っている俺と朝倉さんに近づいてきて。

 

 

「ようやく噂に名高いお二人のツーショットを見れました!」

 

二人と申したか。

それはこの状況だと多分俺と朝倉さんの二人なんだろう。

ただ、噂に名高いとはどういう事なんだ。

 

 

「SOS団自体が有名ですから! 団員についても噂になるのは当然の事です」

 

「キョン」

 

俺の呼びかけに対してあいつは古泉のように肩を竦めてみせた。

ならあいつの噂とやらを聞かせてほしいね。

しかし、一ヶ月と経過せずに俺の事は一年生に知れ渡っているのだろうか。

これが本当なら誰が広めたんだよ。

腹立たしいので『機関』のせいにしておく。

渡橋さんが言うには。

 

 

「北高美人四天王の一角でもある朝倉涼子先輩」

 

残る三人の内一人は朝比奈さんだと言う。

後二人は誰なんだろ。地味ながら喜緑さんも手堅い。

ルックスだけで言えば涼宮さんも間違いなく入るけど、そこは日ごろの行いらしかった。

 

 

「その朝倉先輩を射止めたのが、北高のドンこと明智先輩ですよね!?」

 

え、えええっ。

本当にこの場で当たり障りなく彼女の誤解を解いてくれる人は居ないのか。

魔王とかよりはいいけど、シンプルすぎてドンは怖い。

北高の首領はSOS団団長こと涼宮ハルヒその人だって。

その涼宮さんは恋愛に興味が無いとか公言しているくせにどこか得意げな表情だ。

まるで部下が敬われるからには自分はもっと敬われる必要があるといった感じでご満悦。

長門さんは読書で、古泉とキョンはいつも通りボードゲーム――穴掘りモグラ――をプレイ中。

唯一他に頼れそうな朝比奈さんは笑顔で佇んでいるだけ。

そんな人を疑う事さえ知らない感じの渡橋さんに要らぬことを言うのは。

 

 

「ふふっ。実は私の方から明智君に告白したのよ?」

 

「ええー! そうなんですか!」

 

去年もこんな感じの展開があったな。

クラス中が大騒ぎになったっけ。

俺が今味わっているこの感動はきっと懐かしさに由来しているんだよ。

決して俺の精神が追い詰められているわけじゃあないんだよ。

迷ったら撃つな、だ。

だが、現在この場から逃げようかどうかで迷っています。

 

 

「流石ドン……」

 

渡橋さんにキラキラした目で見られる異世界屋ないし異世界人の俺。

何でもアリなのは間違いなく君の方だ。

すると今までだんまりだった佐倉さんが。

 

 

「明智先輩はっ、文芸部員としても活動しているんですよねっ?」

 

「……一応ね」

 

俺と長門さんが本来所属する文芸部は部室をSOS団に寄生されている形である。

もしくは俺と長門さんはSOS団に出向しているという訳だ。

佐倉さんも風当たりを気にするなら遅くは無い。

後でこっそり文芸部の入部届を書いて職員室へ行くことをお勧めしよう。

その方が絶対いい。

 

 

「わたしは話を考えるのが苦手なんです……こう、うまく、まとまらないって感じでっ」

 

真面目なアドバイスをしようにもそろそろ俺は座りたいんだよね。

気が付けば朝倉さんは既に俺の横から消えているではないか。

早速鞄からまたあの胡散臭い500円ラインナップを出している。

今日は【本当にいた!世界の不思議生物紹介】という本だ。

そのタイトルだけで一二分は笑えてしまう。

だってさ、本当にいるんだぜ、UMA。

……っと、いかんいかん。

一言だけしっかり答えてあげるさ。

 

 

「うん。なら君は作品を作るのに向いていないよ」

 

少しきつい言い方かも知れない。

だけど、その程度の事は俺自身がよく知っていた。

佐倉さんだってそうだろう。真剣な表情だ。

何故か他のみんなも俺の発言に注目している。

俺の事を気にしてもどうもこうもないんだけどね。

 

――他人と自分を比べる事に意味は無い。

適材適所は、ある一定のラインを越えてしまえば努力ではどうにもならない。

生まれついた"怪物"には勝てないのだ。

だからこそ彼女には勘違いしてほしくない。

昔の俺のように腐った人間にはなってほしくないからだ。

 

 

「君は物語が好きなら本や映画、テレビを見ていればそれで十分だ。出来ない事を無理にする必要はない。ただのストレスにしかならない。作り手と受け手の"好き"には絶対的な差があるんだ」

 

「"差"……ですか?」

 

「意識の差だよ。そしてそれは温度差にもなる。作り手が熱意を込めたものだって評価されるとは限らないし、意外なものが受け手にとっては自らの熱狂を巻き起こすトリガーとなる」

 

俺は何故、ある日を境に前世で創作活動をしなくなったのかがわからない。

それでもこれだけはわかる。

前世から引き継いだ、俺の流儀に基づく考えだ。

人間一度に複数の事はやれない。

それが出来る人間をセンスがあるとか天才だとか言うに違いない。

天才肌と天才ってのは似ているけど別物だ。

 

 

「"ファンサービス"と言えば聴こえがいいけど、実際はただの暴力なのさ」

 

「……」

 

お互いが盛り上がるのは難しい。

何故なら絶対数が違う。

受け手なんてのはそれこそ無数に存在するのだから。

佐倉さんはこんな俺の話を真剣に受け止めてくれたらしい。

 

 

「なるほど……勉強になりましたっ」

 

「ただ、それでも君が何か書きたいのならそれも選択だ。趣味の世界は自分だけの世界さ」

 

幸いなことにSOS団にはスペシャルアドバイザーの長門有希が居る。

彼女がいつから読書をしているかは知らないが、こと小説に関しては俺より手広く読んでいるはずだ。

成り行き上長門さん一人だったんだろうけど、伊達に文芸部部長は名乗れないという事である。

ふと見ると、佐倉さんはメモを取っていた。

新入社員さながらさ。

言いたいことを言った俺はようやくパイプ椅子に腰かける。

キョンは俺に対し。

 

 

「早くも先輩の威光を示したかったのか」

 

「そんなんじゃあないよ」

 

穴掘りモグラを二人でプレイして何が楽しいのか俺には謎だ。

順当にやれば負け続けるはずはない――運の要素だってある――のに古泉は連敗しているらしい。

古泉のモグラ軍団がゴールデンシャベルを拝む日は来るのだろうか。

それにしても。

 

 

「やっぱり涼宮さんは楽しそうだ」

 

「何事も無ければいいがな」

 

古泉が言うには渡橋さんに関しては大丈夫なんだろ?

今思いついたぞ。

渡橋泰水、彼女の愛称は"ヤスミン"だ。

花の名前みたいで可愛らしいじゃないか。

俺もそろそろ朝倉さんを下の名前で呼ぶべきなのかもしれない。

慣れそうな感じがしないな。

彼女に名前で呼ばれたら俺は恥ずかしくなりそうだよ。

勝手に俺が命名したヤスミンだが、何やら朝比奈さんにぺこぺこしてお茶の淹れ方を習っているらしい。

小間使い候補と、三人目の文芸部員候補というわけだ。

女子の多さに圧倒されているのは俺だけなのかね。

 

――三人寄れば姦しい。

六人なら、どうなっちまうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うとやはりどうもこうもなかった。

基本女子は涼宮さんを除いて静かだ。

部室では俺と朝倉さんのやり取りなんてそこまで多くないし。

主戦力は涼宮さんとヤスミンのペアだと言う事は陽が暮れる前には既に理解していた。

体力馬鹿のシンパシーなのだろう。

佐倉さんも小動物のように可愛がられていた。

朝比奈さんの後継者は、それぞれ役割が分かれたというわけだ。

 

 

「……あら、どうしたの?」

 

涼宮さんがパソコンを弄っているとその後ろをヤスミンが覗き込んでいた。

何やらパソコンに興味がおありらしい。

今までそんな事をした試しがないのに、涼宮さんは彼女に席を明け渡す。

団長席のあそこに団長以外が座るケースなど珍しい。

全員居る中で交代、だなんてのは初めてではなかろうか。

 

 

「わわっ。これ、誰が作ったんですか?」

 

どうやら俺が作ったSOS団サイトを見て驚いたようだ。

出来栄えではない。

適当に拾ってきたUMAやら何やらの画像もサイトには貼り付けている。

 

 

「あたしは平気ですけど、見る人が見たら引いちゃうなあ……」

 

「ウケ狙いでね。希望とあらばまともなサイトにするけど」

 

「いえ、ここはあたしに任せて下さい。萌えの要素が欲しいんですよ」

 

涼宮さんはよくわかってるわねと言わんばかりの頷き具合。

どうせならファンシーなサイトにすればいいのに、そうも単純ではないらしい。

そして何よりヤスミンはホームページビルディングの心得があるのだという。

任せて、と言うからにはお手並み拝見といこうか。

俺はJAVAの開発は得意だがHTMLに関してはあくまで知っている程度。

本職の人には敵わないのさ。

 

 

 

――この日について何か他に語る事があるか、だって?

ヤスミンの淹れたお茶が美味しかったり、彼女もキョンの隠しフォルダのロック解除に成功した。

佐倉さんについては野郎三人が外へキャッチボールしに行った――キョンの提案で――折にチャイナ服に着替えさせられていた。

三つ編みチャイナというわけで……福眼である。

野郎三人キャッチボールについてだけど、その最中に古泉は。

 

 

「彼女らは二人とも一筋縄とはいきませんね。出てくる尻尾が可愛いものであれば構いませんが」

 

「昨日警戒していた佐倉の他にヤスミもか」

 

「警戒というほどではありませんよ。二人とも背後に組織の影は見受けられませんでした」

 

佐倉さんを普通の少女と言ったのは古泉、お前さんだろ。

かく言う俺も何かがあるとは思う。

ヤスミンもそうだけど、佐倉さんを見ていると本当に不思議な感覚になる。

夢の内容を覚えていない俺が、夢でも見ているような気分になるのだ。

古泉の発言に対して緩い送球を俺にしながらキョンは。

 

 

「明智。異世界間で連絡をとる方法はないのか? 異世界人なら組織も関係なく動けるだろ」

 

「あったとしてもオレは知らないよ」

 

古泉は球種に富んでいるらしい。

カット、ナックル、スライダー、ストレート。

去年の草野球大会だけど、こいつがピッチャーをやればよかった気がする。

ストレートなんてかなりの速度だった。

上ヶ原パイレーツの方々が見たら間違いなくスカウトしていたはずだ。

 

 

「あくまでスポーツとして楽しんでいるだけですよ」

 

勝負で勝つとかはどうでもいいのかね。

 

 

「そちらは涼宮さんに任せています。僕の仕事場はやはり裏方が中心ですので」

 

「にしては最近の古泉は舞台に近い気がするぜ」

 

キョンの言う通りだ。

いつからだろうか。

彼との信頼関係がそれだけ構築出来たと言えるかもしれない。

 

 

「……でしたらそれも必要とされているのかもしれません」

 

「ハルヒにか? ならあの二人は何なんだ。俺には本当にハルヒが驚いているように見えた。そもそもあいつは本気で新人を募集しちゃいなかったんだからな」

 

やがて古泉は投球モーションを中断し、空を見上げた。

後十数分もすれば夕方だ。

そして彼は。

 

 

「彼女たちは二人とも間違いなく"個人"ですよ。だからこそ困っているのです」

 

最後にジャイロボールの真似事を披露してこの場はお開きとなった。

俺たちの評価はさておき、少なくとも涼宮さんと朝比奈さんは新入り二人を気に入ったらしい。

出来れば俺だって彼女たちを信頼してやりたい。

ただ、その方法がわからなかった。

 

 

 

――だからこそ俺は魂消たね。

朝倉さんの送迎を完了した帰宅中に、あちらからお出でなすったんだ。

彼女は宇宙人未来人超能力者ではなかった。

だったら異世界人か?

その説明にあたっては佐藤の言葉を借りさせてもらおう。

 

 

「定義にもよりますっ」

 

……らしいよ。

 

 


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