異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

12 / 182
異世界人こと俺氏の退屈潰し
第十二話


 

 

 

 

さて。

 

俺氏と題名にもあるように。

涼宮ハルヒというよりは俺が憂鬱な思いをした上に、世界崩壊の危機すら迎えて最早ただの鬱病に過ぎなかったのは。

思い起こせば春先のことである。

 

 

季節が季節なだけに、気温の上昇に伴って虫は湧いてくる。

俺の部屋は一軒家の二階にあり、地を這う類の虫はそうやってこないが、いかんせんコバエが目立つ時期になってきた。

 

何より雨なぞ降ろうものなら、湿気で夜に眠るのさえ苦痛になってくる。

かといって窓を開け寝るというのも防犯上かつ精神衛生上におっくうである。

なので、最近の俺は"臆病者の隠れ家"の一室にある、いわゆるプライベートルームに潜んで寝るようになりつつある。

 

"臆病者の隠れ家"は、密室ではあるのだが、何故か外界からの電波が届く上に、空気も普通にある。

どういう理屈かしらないが酸素欠乏症にはならない。

そのくせ、部屋の温度は常に常温なのだ。

 

とにかく、くだらない事に技術を使っている感はあるが、おかげで助かっている。

 

 

 

 

しかし、俺に一つ誤算があるとすれば、それは朝倉さんに他ならない。

 

ついうん週間も前の俺は

「どうせ特に面白みもない自称異世界人の観察など、一ヵ月やそこらで飽きてしまうのだろう」

と異文化男女交際を軽く考えていたのだが。未だに彼女からはその徴候がない。

 

確かに、朝倉さんは文字通りに"普通"の人間ではないので、いつ気が変わるともしれないが。

それでも、不満があれば俺にぶつけるというのが"普通"だろう。

 

ここで兄(けい)に勘違いしてほしくはないが、俺の方に朝倉さんへの不満があるわけではない。

いや、彼女相手に不満を持てるような身分の高いヤローなんざ、この世で一握りしかいない。

何だかんだ。

朝倉さんとの登下校は初めの方こそ気怠さを感じてはいたものの、徐々にだが、それも俺の日常の一部として受け入れつつあるのは確かで。

お弁当もリクエストに応じてくれる。

徐々におのぼりさんになってしまうのも無理はない。

 

 

 

まぁ、結局のところ、感情がない、プログラムされた演技だとわかっていたとしても。

彼女の屈託のない、俺に向けるにはやや眩しい笑顔を見ていると

 

 

――これも悪くないんじゃないか。って思えてくるのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな季節を迎えた六月のある日。

文芸部部室に寄生している我らがSOS団――というか俺と長門さんは、正確には文芸部部員で、寄生されている側なのだが――団長。

涼宮ハルヒ殿が、唐突に、高らかにこう宣言した。

 

 

 

 

「野球大会に出るわよ!」

 

散々、異世界人だの技術だのと思わせぶりな立ち振る舞いをしておいて。

結局は、俺が主人公に丸投げした日から約二週間後。放課後の部室でのことだ。

 

そういやそんなそれこそ茶番みたいなイベントの開始は今日だったのか。と思いつつ。

俺はこの部屋に居る俺以外のSOS団団員の様子を窺う。

 

 

最初に見たのは、俺の席から一番離れており、涼宮さんの近く。

窓辺の横でパイプ椅子に座していつも通りの読書に勤しんでいる、元文芸部部長、宇宙人こと長門有希だ。 

うん、反応ナシ。期待はしていなかったよ。

 

 

俺は次にいつもクールな長門さんとは精神的にも、身体的にも――ヤらしい意味ではないぞ――対照的な、二年の上級生。

未来人こと朝比奈みくるさんを見た。

 

朝比奈さんは涼宮さんの"せい"でメイド服に代表される様々なコスプレをさせられており。

この部室にいる時に彼女の制服姿を見たのは、それこそ朝比奈さんがSOS団に来たときぐらいで今は薄いピンクのナース服をお召しになられている。

その朝比奈さんは、野球がどうとらとかいう涼宮さんの謎の宣言に対し、まるで意味がわからないらしく

 

 

「え……?」

 

と困惑すら浮かべられない有様だ。

安心して下さい、俺も意味がわかりませんから。

 

 

未来のSOS団副団長、謎の転校生、超能力者、古泉一樹はいつものニタニタ顔ではなく。

どちらかと言えば苦笑雑じりに笑い、俺やキョンと目が合うと髪をファサッとさせて、肩をすくめた。

なんだか、これからお前の事を気にするのをやめようかとさえ思えてきたよ。

 

 

その次は雑用、普通の男子高校生、二週間ほど前に人知れず世界を救った"鍵"、俺の斜め向かいに座ってのんびりお茶をすすっている男、通称キョンが俺を見る。

俺は首を横に振り「何も言えない」と無言で彼に伝える。

それを察したらしい。

 

最近、キョンと俺はますます意気投合してきたのだ。

何せ、破天荒な女性に振り回されて苦労しているという点において俺は彼と同じだからだ。

 

 

 

 

 

「明智君。今、失礼なこと考えなかった?」

 

笑顔で俺にそう呼びかけるのは俺の隣に座る彼女、同じクラスの委員長、宇宙人その2、俺の胃を痛くさせているその元凶の朝倉涼子である。

 

 

「いいや。滅相もない」

 

「ふーん」

 

このやり取りでわかってもらえると思うが、SOS団内では一番新人ではあるものの、朝倉さんのヒエラルキーは既に俺を凌駕している。

随分と差がつきましたぁ。悔しいですねぇ。

 

 

青のロングヘアで、容姿端麗、おまけに人当たりもよく、男女問わず人気が高い朝倉さんは、なんと文字通り俺の彼女――男女交際をしているという点で――なのだ。

眉唾物の話である。

 

俺がアタックしたと言えば、まあ文字通りの攻撃にはなったのだが、その背景は割愛させていただく。

 

 

 

以上、このメンバーに異世界人の俺と神らしい団長の涼宮さんを含めた計7人がSOS団である。

 

 

 

 

とにかく、誰も涼宮さんに突っこまないと下校時までこの空気だろう。

漫才やってるんじゃないんだ、微妙な空間は朝倉さんの次に胃に痛い。

 

俺はキョンに「お前が訊いてやれ」とサインを送った。

 

 

「……何に出るって?」

 

「これよ」

 

涼宮さんがキョンへ一枚のチラシを満面の笑みで差し出す。

少なくともここに居る古泉以外の全員は涼宮ハルヒとチラシの組み合わせが、ロクなものじゃあないことを知っている。

だが今回、涼宮さんが見せたチラシの内容はSOS団とはまったく関係がないはずのものであった。

 

そのチラシには『第九回市内アマチュア野球大会参加募集のお知らせ』と書いてあり。

まあ、要するに町内で行われるらしい草野球大会だ。

 

一通りチラシに目を通したキョンは顔色を変えず。

 

 

「ふーん。で、誰が出ると言うんだ、その野球大会とやらに」

 

「あたしたちに決まってるじゃない!」

 

「その『たち』というのは、まさかここに居る全員を指しているのか?」

 

「あたりまえよ」

 

「俺たちの意思はどうなんだ」

 

キョンがそう言うが当の本人には聴こえていないらしい。

しかし、ここに集められた時点で意思もへったくれもないと思うのは俺だけかね。

 

 

 

  

俺は体育会系ではないものの。野球自体はそれなりに好きだ。

実際のスタジアムへ観戦しに行った記憶なぞ両手の指で数えられるほどだが、草野球レベルの経験なら俺にもあるさ。

最後にバットを握ったのがいつだったか、それはもう忘れているが。

 

 

つまり、俺が何を言いたいかと言えば、野球をするのは一向に構わないんだよ。

問題とは涼宮ハルヒ氏サイドにありまして。

俺の記憶違いじゃなければ、この野球大会でも世界がヤバくなったようなはずだ。

 

勘弁してくれ、草野球なんぞの成果次第で崩壊するようでいいのか世界よ。

俺は総理大臣や大統領が気の毒で仕方ない。涼宮ハルヒは世界平和に興味がないのだ。

あるとしたら戦国大名よろしく天下取りぐらいだろう。

 

この調子じゃ神はサイコロを投げないかもしれないが、ルーレットぐらいはやりそうだぞ。

 

本当に――

 

 

 

 

 

「どうもこうもないさ」

 

勘を取り戻すところから始めたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後涼宮さんは練習のため、野球部に野球道具をもらいに行く(そんな事が許されるのか)と言って部室を勢いよく飛び出していった。

 

苦笑をいつもの笑みに戻した古泉はいつも通りに涼宮ハルヒの肩をもつような事を述懐した。

 

 

「宇宙人捕獲作戦やUMA探索合宿旅行とかじゃなくてよかったじゃないですか。野球でしたら我々の恐れている非現実的な超常現象とは無関係でしょう」

 

「まあな」

 

「涼宮さんなら、ホームランボールでUFOを叩き落とせ。だなんて言うかも」

 

「そうならない事を祈るしかあるまい」

 

UFO云々は俺の発言だ。

本当にそう言い出しかねないのが涼宮ハルヒの恐ろしさである。

 

 

 

 

そして野球部と涼宮ハルヒとでどういう交渉が行われたのかは皆目見当がつかない。

だが、ものの十分程度でSOS団団長は段ボールに詰められた野球道具一式を抱えて帰還した。

彼女の身体能力の異常さが垣間見える瞬間である。

 

 

「……待て。この大会は軟式野球の試合だぞ。このボールは硬式じゃないか」

 

そういえばそんなに酷い設定だったか。

しかし無いものねだりは出来ない。

 

俺の"臆病者の隠れ家"には物専用のロッカールームがあるが、まさか軟式ボールの用意なぞしている訳がない。

今こそお前が所属する変態集団こと『機関』とやら、力の見せ場だぞ。

と言わんばかりに古泉を俺は見たが、またまた肩を竦めてしまった。

 

つくづく使えない連中な気がするのは気のせいだろうか。

 

 

「硬式でも同じことよ。バットで叩いたら飛ぶわよ。知らないの?」

 

「俺だって野球なんか小学校の頃に校庭で遊んだ時以来だが、それでもわかる。硬式球は当たったら痛い」

 

「当たらなければいいじゃない」

 

どこの金髪グラサンエースパイロットだお前は。

少なくとも捕球は身体の正面でとらえる必要があるというのに。

隣の朝倉さんも何やら笑いをこらえているぞ。

 

そもそも涼宮さんの当たらなければ痛くない理論は実践に移せるのか。

悪いが俺は公道最速理論よりゼロ理論派なんだ。

あっちの方が理にかなってる。

 

 

「……で、その試合とやらはいつなんだ」

 

「今度の日曜よ」

 

「おい、今日は金曜日だぞ。明後日じゃねえか!」

 

いくらなんでも急すぎである。

俺は昨日の朝倉さんの弁当は相変わらず美味しかったな、と現実逃避を始める。

ハンバーグはニンジンを入れる派で、手作りのケチャップソースがかかっていれば最高だ。

 

 

「でも。もう申し込んじゃったし。安心して、チーム名はSOS団にしてあるわ」

 

「……他のメンツはどこからかき集めるつもりだ? お前にアテがあるのか。それに、まさか補欠もなしでやろうってか。そして、今ここに居るのは7人だぞ。野球に必要な人数は9人だ」

 

「そこらを歩いている暇そうな奴を捕まえればいいじゃない」

 

涼宮ハルヒにとって人脈とは何なんだろう。

人を誘うのはそこらでとまっているトンボを捕まえるのと同じ感覚らしい。

彼女にとっての学校とは部活のためだけにあるんじゃなかろうか。

入学したてで色々な部に押しかけてたみたいだし、あながち間違いではない気がする。

 

  

「そうかい。解ったからお前はじっとしてろ。選手集めは俺がするよ。そうだな…………谷口と国木田はどうだ?」

 

「それでいいわ。いないよりマシでしょ」

 

涼宮さんの中でのクラスメートとは。

"それ"であり、英語で言えばIT。

なんとスティーヴン・キングのホラー小説に出てくる殺人ピエロと同じ呼ばれ方だ。

俺は心の中でアホ面の谷口と飄々とした国木田に合掌した。

こいつら二人の巻き添えが決定した瞬間である。南無。

 

 

その後補欠として朝比奈さんの友人が呼ばれるらしく、恐らくあの人だろうな。

古泉が不気味に「僕の知り合いも呼びますよ」と言っていたが、俺とキョンに却下された。

 

……というか仮にも古泉は『機関』の人間で超能力者なんだから、

本気を出せばそれなりの、身体能力を誇るんじゃないのか? 

まさか野球もロクにできない人材で構成されているのか。

 

 

そして、原作みたいに幼女を選手にするわけにはいかない。

とはいえ多分キョンの妹は応援に来るだろう。

俺は子供がそこまで好きじゃあないけれども、お利口さんなら話は別だ。

そこでいつも呆れてる兄貴よりよっぽど立派な大人に成長しそうだね。

 

 

「メンバーの都合が付いたようね。じゃあ、まずは特訓よ特訓」

 

「まあ、話の流れ上はそうなるだろうな。いつやるんだ?」

 

「今から」

 

「どこでだ」

 

「グラウンドで!」

 

 

 

 

 

とまあ。

こんないきさつで、涼宮ハルヒの退屈しのぎのためだけに、あの一件から二週間後に再び世界の危機が訪れることになってしまうのだ。

 

この世界にアベンジャーズが居たとしても二度目は助けてくれるかどうか怪しい。

 

野球を舐めきっている涼宮さんだが、やる気だけは負けてないだろうな。

まあ、俺も死ぬ気でやらないと死ぬと知っている以上は――

 

 

「善処するか」

 

「ふふ。野球なんて初めて。楽しみだわ」

 

 

 

 

 

 

朝倉さん。楽しそうで何よりです。でも

 

 

俺が全然楽しくなさそうのは、言わなくてもわかるだろ?

 

 

 

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。