異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第75話

 

 

一週間は終わる。

もう、金曜日になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐ろしく早く感じる。

それだけ楽しい時間だったのか?

いやいや、懸案事項は来週以降に引き継ぎだけど……。

 

 

「……平和だった割に、あっという間に過ぎた気がするよ」

 

現在、朝倉さんと手を繋いで登校しているがこれも春の陽気のせいだ。

でなければ昨日の佐倉さんの謎話で俺の思考回路が処理落ちしているに違いない。

そこかしこで言われている事ではあるが、"慣れ"というものは恐ろしい。

俺がゆるい気持ちになるのも日常に慣れようとしているからなのさ。

 

 

「いいことじゃない」

 

「そうさ、いいことなんだ」

 

「それにしてはやけに微妙な表情をするのね」

 

「ううん……」

 

未来への不安なんかではない。

漠然としているが、釈然としないのだ。

はたして俺はこれでいいのだろうか、と。

荒みつつある俺のメンタル。

ゆくゆくは砂漠と化してしまいかねない。

 

 

「朝倉さんがオレにとっての癒しだよ」

 

お前はいつもそんな事を言っているな、と思われるかもしれない。

悪いか? ……俺は悪くないと思っているんだよ。

彼女が笑顔でいてくれればそれでいい。

あの時みたいな顔は二度と見たくないんだ。

俺まで悲しくなってしまう。

朝倉さんはぼんやりとした感じで。

 

 

「……高校を卒業したらどうなるのかしら」

 

「朝倉さんがそんな事を気にするなんて珍しい」

 

そういうのは俺の方ばかりが考えていると思っていた。

昔の彼女ならさておき、今の彼女はここまで変わってくれたんだ。

俺だって少しはマシになったはずさ。

 

 

「オレが思うにみんな疎遠になるって事はないはずだけど……」

 

「けど?」

 

「……いや、何でもない」

 

決して口には出せるはずもない。

朝倉さん(大)のおかげで卒業だとかよりもっと後の事をどうにも意識してしまう。

"給料三ヶ月分"が単なるキャンペーンフレーズなのは理解しているさ。

だけども男の意地がある。エンゲージリング。

20万円ラインでも喜んでくれるとは思うけど……ねえ?

そしてこの世界で俺が働くとして、またIT企業なのだろうか。

去年古泉の閉鎖空間ツアーに連れてかれた時の隣町ぐらいまで行けばそういう会社もあるに違いない。

でも同じ職業ってのも夢が無い気がするな。

 

 

「そう言う朝倉さんは卒業したらどうするんだ?」

 

「このまま行けば現状維持の延長線上でしょうね」

 

「……つまり?」

 

「明智君が行くところについていくわよ」

 

涼宮ハルヒではないらしい。

それでいいのか、情報統合思念体。

朝倉さんだって俺について特に報告していないみたいだ。

なので任務も何もあったものではない。

 

――違うな。

きっと情報統合思念体にとっては朝倉さんの有無など関係ない。

彼女の独断専行が失敗した時点で利用価値は長門さんのバックアップ以下に成り下がった。

だからこそ驚いたに違いないね。

朝倉さんが単なるアンドロイドとしての枠に止まらなかったという事実に。

ジェイとして佐藤が言っていた事の信憑性はどうでもいいさ。

"自律進化"だとか"超人"だとか、どうでもいい。

居なくなりかけてから自覚出来たんだよ。朝倉さんの大切さを。

もし俺があの世界で生き続ける他に選択肢が無かったなら……。

なんて、そんな話はあり得ないね。

 

 

「オレと一緒に居てくれるのか?」

 

「あなたの方から言わなかったかしら」

 

「……んん?」

 

違いますよね。

十二月以降は俺だってそんな話もしたかもしれないけど先に吹っかけて来たのは絶対そっちだ。

私と一緒に死んでくれる……あの時の事は絶対に忘れないね。

逆に忘れたい出来事と言えばやっぱりクラス中学年中に俺と朝倉さんが付き合っていると言う話が広がったあの日だ。

ヤスミンが言うからには今でも、しかも新入生の間で引きずられているじゃないか。

 

 

「あら、そうだった?」

 

「半年以上君を待たせたオレが悪いのはわかってるけどね……」

 

「私なんかそろそろ痺れを切らしそうだったのよ」

 

「朝倉さんに殺される覚悟なら出来てたさ」

 

「馬鹿。違うわ」

 

じゃあ何だろう。

特別優れてもいない記憶回路を働かせる。

俺の一日は朝五時前から始まった。

俺の朝は一杯のコーヒーから始まる。

俺の午後はアフタヌーンコーヒーにて始まる。

そして夜は、パソコン弄りに決まっておろう。

 

 

「いつの話をしてるのよ」

 

「ヴァカめ。これだから田舎者は――」

 

――痛っ。

絡められた指の隙間から俺の手の甲へ彼女の爪が突き刺さる。

痛いのは周りの生徒の視線もだけど、そっちには慣れっこなんだ。

ふ、ふざけてすいませんでした朝倉様。

しかし俺にはあなたが切らすような痺れとやらについて他に心当たりがないんですよ。

実際に言ってたでしょうよ。いずれ俺を始末する予定だった、と。

朝倉さんはそっぽを向いてしまい。

 

 

「あなたがわからないなら構わなくて結構です」

 

との事だ。

しかしながら彼女は他人行儀な言い方なのに手を放すつもりがないらしい。

許してほしいね。

すまないけど昔も今も俺はわからないことだらけさ。

それにしてもやっぱりこの一週間は久々の濃さだった。

朝倉さん(大)来訪者――彼女に触れる事は死を意味しかねない――や文芸部機関誌発行の時よりもだ。

 

――むしろ不思議じゃあないか?

佐々木さん達はあれだけ思わせぶりな登場をした。

彼女から名前が出てきた佐藤だってそうだ。

まるで彼女の存在気配が感じられないではないか。

俺の方から電話をすれば別だがわざわざそれをする必要だってないさ。

いや、ひょっとすると既に戦いは陰で始まっているのかもしれない。

朝比奈さんはないと思うが古泉がクライムファイターを務めていても不思議ではない。

超能力持ちヒーローなんてアメコミではド定番だよ。

 

 

「ねえ、朝倉さん」

 

俺一人で苦しむ必要は無い。

だからこそ二人の方がいいんだけど。

坂道の頂に近づいている事を感じながら俺は。

 

 

「ここに今、自分ではどう判断すればいいのかわからない問題があるとしよう」

 

「何の話?」

 

「いつも通りに中身のない哲学以下の話さ。そして、それは材料も資料もあるような問題じゃあない」

 

「ふーん。明智君は"答え"じゃなくて"解法"を求めているのね」

 

流石朝倉さんだよ。

優等生なだけあるさ。

こうもあっさり見抜かれちゃうとは。

そうだ、俺は万能鍵が欲しいんだ。

どんな問題でもたった一つで解けるような"鍵"が。

すると彼女は朝一番の笑顔で。

 

 

「ふふっ。馬鹿というより間抜けよ。あなたは既に解き方をわかっているじゃない」

 

「オレが得意なのは"説き方"の方なんだけどね……」

 

――それでいいのか?

それは否定の呪文と呼べるほど立派なもんじゃないさ。

ともすれば諦めの言葉、弱音でもある。

 

 

「『どうもこうもない』か」

 

「もしそれでも答えが出ない時は」

 

「出題者を尋問する、でしょ」

 

「拷問よ」

 

質問ですらなかった。

彼女らしい。

結局俺が選んだのは後にも先にも朝倉涼子ただ一人だった。

選ばれなかった人の事なんて知らないのだから苦しもうにも苦しめない。

わからない問題だったのは確かだ。

でも、半分は答えを掴んでいた。

……もう半分を持っていたのも他ならない俺だったけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやっと全体像の輪郭が見え隠れし始めたのは昼休みからの話になる。

野郎四人のこの昼飯時は三年も続くのだろうか……。

それはそうと。

 

 

「谷口……その、彼女さんの件はどうなったんだ?」

 

周防の動向がわかるのならそれに越した事はない。

完全に姿を消していたら本当に何かの前触れだと思っていただろう。

谷口はペットボトルのお茶を飲みながら。

 

 

「なにも。俺は直接見ちゃいないが普通に学校通っているみたいだとよ」

 

「さいですか」

 

キョンと国木田も昨日の段階で谷口の悲報は聞きつけていた。

流石に今回ばかりは煽れはしない。

俺が煽るとしたらそれは間違いなく周防相手さ。

イントルーダーさんは何を考えているんだか。

 

 

「あいつが猫について語っていたのが懐かしいぜ」

 

「へえ、猫好きなの」

 

そう言ったのは国木田だ。

どうでもいいけど彼の弁当にはいつも魚が入っている気がする。

米には鮭のフレークが降りかかっており、カツオの照り焼きと一緒にそれを食べていた。

しかし周防が猫について語る? 想像出来ないな。

橋の下にやって来るような野良猫だろうか。

しみじみと回想しながら谷口は。

 

 

「無口は無口だったが、たまにスイッチが入ったみたいに話し出したのさ。その中の一つが猫話だ」

 

女を引きずる野郎というのはここまで物悲しい存在なのだろうか。

あっちの世界へ飛ばされた俺は谷口よりも酷い状態だったね。

今ではすっかり朝倉さんと正真正銘のお付き合いをさせてもらっているが。

佐藤の意図は未だに不明だ。

 

 

「曰く、猫は人類より優れているそうだぜ」

 

「確かに俺の所のシャミセンは凄い猫だ。オスの三毛猫だからな」

 

喋ったりするからね。

俺もシャミと話したかったよ。

更に言うと猫好きなら周防もいい奴なはずなんだけどな。

 

 

「知っての通りオレは猫好きだ。猫は凄いぞ、あいつが本気になったら人間は勝てないからな」

 

「どういう勝負だ」

 

わかってないな、キョンよ。

空手の父、Hand of Godこと大山倍達氏もこう述べている。

 

 

「もし、猫と人間が檻の中で戦えばその差は絶望的。刀を持ってようやく猫と人間は互角なんだ」

 

「猫は一日の殆どを睡眠時間に充てている割にすばしっこいからね」

 

国木田が言う通りだ。

通算にして一日の猫の起床時間は三分の一あるかどうか。

猫を侮るでない、反射神経は普通の人間の比ではない。

彼らの爪や牙だって充分な武器と化す。

 

 

「運動神経とスピード。この二つで猫は圧倒的に人間を上回っているのさ」

 

「けっ、あいつも人類に対する猫の有効性がどうとか言ってたっけ……」

 

「谷口よ。これは非常に申し訳ない事だが、俺はお前にかけてやれる言葉がない」

 

「同情なんていらねえよ」

 

飯を不味くしているのは谷口の方だろうに。

状況からすれば間違いなくフられている。

平行世界に飛ばされなかっただけありがたいと思うべきだ。

ネジのまき直しだ。

 

 

「ちょっとトイレに行ってくる」

 

用を足そうと思ったのは気分転換のついでだった。

すると。

 

 

「……俺も」

 

キョンが便乗してきた。

俺は連れションを誘う人種ではない。

トイレだって隣り合ってするのは嫌だ。

誰が相手であろうと間隔を空けてほしいね。

そんな訳で廊下へ出て男子トイレを目指す。

するとキョンがいきなり。

 

 

「お前に渡しておく物がある」

 

「何だよ?」

 

「これは朝、何故か俺の下駄箱に入っていたものだ」

 

と言いながら俺に封筒を手渡す。

熊のようなキャラクターがプリントされた封筒。

やけにカラフルで、女物なのは一目見ただけれわかった。

キョンには似ても似つかぬ代物だ。

 

 

「これが、オレ宛てだって……?」

 

「安心しろ、俺の方にも来た」

 

裏にはやけに達筆で"渡橋泰水"と書かれている。

これが偽物じゃない限り差出人はヤスミンという事だろう。

昨日の今日で、佐倉さんのお次は彼女と来た。

 

 

「去年と同じだね」

 

「佐倉の次はあいつか。……やっぱりハルヒの仕業じゃないのか」

 

「さあ。ヤスミンから聞いてみない事には何とも」

 

どうせ呼び出しだろうさ。

仮にも関係者には見られたくない。

男子トイレに到着するな否や俺は個室に立てこもった。

文字通りに大きな"用は無い"が便座に腰をかけて開封。

 

 

『午後六時、部室でお話ししたい事があります。キョン先輩と二人で来てくださいね』

 

だ、そうだ。

トランプをモチーフにしたような紙だった。

封筒と同じテーマのものではないらしい。

佐倉さんといい、彼女からもどこかアンバランスさを俺は感じていた。

個室で小を済ませて流し終わると手紙を纏めてポケットに突っ込む。

手洗い場でキョンは立ち尽くしていた。

 

 

「お前の方も同じ内容か」

 

「オレはキョンのを見てないけどね」

 

既にキョンというあだ名がヤスミンの中で定着しているのが驚きだ。

彼女がスパイだったらあらかじめ知っていても不思議ではないけど。

それにしても。

 

 

「"二人"で……ねえ」

 

「ヤスミも異世界人なのか?」

 

「だったらお前が呼ばれる必要は何だよ。オレたち二人である必要性が謎だよ」

 

「明智にわからない事が俺にわかるかって」

 

手を洗うと再び廊下へ出て歩き出す。

昼休みはまだ時間があるように、母上の弁当もまだ残っている。

教室へ戻ってさっさと平らげてしまわなくては。

 

 

「オレの必要性がわからないね。キョンを襲うならオレが居る必要はないでしょ。間違いなく邪魔に思うはずだ」

 

「もしかしたらお前が要るのかもな」

 

ふっ。わかるかって、なんて言っておいて何か心当たりがあるのかよ。

もしかすると主人公の勘だろうか。

……そんなものが本当にあるのなら羨ましいね。

俺は"鍵"でも何でもない。

つまり主人公ではないので勘もない。

SOS団員特有、野性の感覚ならあるけど。

 

 

「午後六時……部活終わりの流れだね。オレは朝倉さんを家に送ってから北高へとんぼ返りだ」

 

「毎日毎日ご苦労さんだな」

 

「楽しいからいいのさ」

 

「……明智も変わったな」

 

やけに落ち着いた表情でそう語り出した。

そりゃあ、何の成長も無かったら駄目だよ。

俺の一年は俺なりに苦労続きだったんだから。

特に夏休み終了にかけてまでは一つの山場。

そこから安定期かと思えば十二月の大事件から連鎖的に事件行事トラブル。

大忙しだ。

 

 

「確かにそうだが、前の明智はどこか諦めた顔をしていたように見えたな」

 

「きっとそれは妥協さ」

 

そして何より俺は"臆病者"だった。

能力だけではない、精神的に隠れ家を作っていた。

外の世界が、この世界が怖かった。

覚悟がなかった。

俺にチャンスをくれたのはジェイではない、この世界に俺を呼んだ誰かでもない。

朝倉さんだ。

 

 

「そうか」

 

やっと、わかった。

たった今思い出したと言うべきか。

朝、彼女が言っていた痺れを切らす云々についてだ。

 

 

「……オレは鈍感系主人公を馬鹿にしているんだ」

 

「系って何だ。主人公のキャラさえジャンルになっているのか」

 

「昨今のラノベ業界ではよくある話さ」

 

お前に関して言えば鈍感を装っているみたいな節はあるけど。

俺だって朝倉さんに対して特別信頼関係を築こうとしていなかったから同罪さ。

他人の好意があればそれを感じられると自負していた。

 

 

『明智君! 私――』

 

『……また明日』

 

『そうね……やっぱり、こういうのは男の子からじゃなきゃ。焦らなくて、よかったわ』

 

大馬鹿野郎さ。

朝倉さんにあんな顔をさせたのは俺だったんだから。

どっちが先に好きになったのかなんてどうでもいいさ。

愛があれば、それでいい。

 

 

 

――あたしにも解りません。でも、もうすぐ解るはずです。

 

 


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