異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第七十八話

 

 

そう【涼宮ハルヒの分裂】だ。

言うまでもなく"分裂"したのは一つだけではない。

"世界"が分裂していた。

そして何より俺が、俺の精神が、能力さえ分裂していたのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんは"ドッペルゲンガ―"という現象あるいは存在についてご存じだろうか。

いや、誰しも多かれ少なかれ耳にしたことがあるはずだ。

知らない人のために説明するとすれば、もうひとりの自分がそこに居る……。

"あり得ない"と普通の人なら思っちゃうさ。

平行世界に移動出来ちゃう某大統領の能力じゃあるまいし。

だけどSOS団相手に"普通"を持ち出すのは今更だろ?

とっくの昔に手遅れなんだよ――。

 

 

「……」

 

「――そして、やれやれ……間に合ったよ」

 

これ以上遅れちまうわけにはいかないさ。

金曜日。

時間は午後の三時台。

間違いなく放課後になったばかりの時間帯。

ついさっきヤスミンの話を聞いていたのは指定通りの午後六時だったさ。

俺が今立っているここは因縁の場所でもあった。

去年の十二月に朝倉さんの偽者と戦ったあの公園。

何かと俺がご用達の駅前公園であった。

俺の十数メートル先に居る馬鹿野郎に向かって俺は語りかける。

 

 

「だいたい話は聞かせてもらったよ。オレには何の覚えもないけどね。……だけど、彼女は無関係な筈だ」

 

「……」

 

「オレが、相手だ」

 

そいつはこちらに向き直ると、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

おいおい、まさか無手でやり合うつもりか。

彼がさっきまで使っていたであろうナイフは現在、地面に横たわる彼女に突き刺さっていた。

……出血もしているはずだ。

時間はあまりかけていられない。

それに、あいつの方にだって向かう必要がある。

 

 

「出しなよ、てめーの、"ブレイド"を」

 

「……」

 

――瞬間。

そいつの左手には"刀剣"が具現化された。

刀身は棟が垂直なファルシオンのそれに近い。

しかし本当に刀かどうかは怪しかった。

柄の部分から刃の部分まで、全てが漆黒。

俺が具現化するのは相変わらずの棒切れじみた青き直剣。

まだどうかは判らないがあちらの刃は物が切れるに違いない。

俺の方には無い鋭利さが見受けられる。

 

 

「死んでも恨まないでくれよ」

 

「……」

 

さて、ドッペルゲンガ―の話の続きだ。

そいつはそっくりさんではなく、どう見ても自分自身だ。

そいつは生き写した本人と関係する場所に現れる。

そいつは基本的に会話をしない。

最大の特徴は何と言ってもこれだ。

自分のドッペルゲンガ―を見たものは、死ぬ。

死を意味する。

 

 

「……」

 

一歩ずつ向かってくるそいつに対して、俺は右腕を水平に向けた。

そして、親指を弾く。

 

 

――キン

 

久々に放った指弾だったが刀に弾かれてしまった。

わざわざ弾を取り出さず"応用編"で放ったというのに、このザマか。

いくら万全でなかったとはいえ。

 

 

「朝倉さんを、倒しただけの事はあるな」

 

「……」

 

「それじゃあこちらから行かせてもらうよ」

 

エネルギーによる脚部強化で、一気に接近。

相手の射程距離に入ったその瞬間、剣戟が俺に降り注いだ。

自分のブレイドで捌いていくがパワーが段違いだった。

武道的な要素の一切を排除した"暴力"。

剣道でも何でもなかった。

 

 

「朝倉さんが、負けたのは」

 

「……」

 

「お前が、相手だったから、だ」

 

俺が彼女の立場でもそうなっていただろう。

お前だって苦労していたんだろうさ。

こっちは暫く前まで彼女といちゃつくぐらいには呑気していた。

だが、だからって。

 

 

「裏切ってるんじゃあねえぞ! "明智"」

 

例え俺が"思念化"をしようとそれは無駄な消耗になってしまう。

あっちだって俺と同じ次元にまで付いて来られるのだ。

三次元上の戦闘が別次元での戦いと化すだけ。だから無駄な消耗。

何れにせよこのままでは朝倉さんだけではなく俺までやられてしまう。

まったく、とんでもない場所へ飛ばしてくれたもんだな。

ヤスミンよ。

 

 

「……」

 

「待ってろよ、今、黙らせてやる」

 

覚悟はとっくに出来ている。

既に決断を済ませ、後はそれに賭けてやる。

一手、こちらの防御を遅らせた。

 

 

「左腕は、くれてやるよ」

 

「……」

 

その隙を見逃さず、俺の左腕を狙って一撃が放たれた。

当然に一撃は命中する。

瞬く間に肘から10センチ先が切断されるだろう。

しかしそれは、逆にあちらに決定的な隙を生じさせる。

エッジが左腕に食い込んだと同時に俺は残っている右腕を伸ばす。

等価交換だ。

だからお前の分も持って行ってやるさ。

 

 

「"路を閉ざす者(スクリーム)"――」

 

展開と同時に俺の左腕は切り飛ばされた。

相手の右手による追撃。

その重い一撃が俺の顔面を捉えるよりも先に。

 

 

「――"閉じろ"ぉぉおっ!」

 

もう一人の俺、あちらの左腕も俺によって切断された。

そして、まるで地震でも起きたかのような衝撃が俺を襲う。

ブレイドが消えた時点で俺のオーラ的エネルギー行使範囲は限定されている。

左腕の止血と、残る右手だけ。

頭部の防御などままなるはずがない。

このまま俺は倒れてもおかしくなかった。

相手の後方で倒れている、朝倉さんと同じように。

 

――だが、今日ではない。

俺が護るはずの彼女を殺そうとしているのは俺なのだ。

だったら倒れてやるかよ。

 

 

「……」

 

「ザ・ハンド。じゃあないぜ」

 

もう一発だ。

そしてその一発は、お前が黙るまで続けてやる。

一発、また一発。

 

 

「閉じろ、閉じろ、閉じろ」

 

最早"切断"と言うより、"削り取る"。

あるいは"抉る"ように何度でも俺は右手を振りかざした。

相手の拳も、俺の身体中へ飛んで来た。

本来であれば両手が必要なこの技を俺が片手で行使出来るのも、ちょっとした応用編だ。

そして理性のないお前には俺のような芸当が出来なければ、立ち続ける意地もない。

やがて、相手の身体中が血まみれになると攻撃は止んだ。

スプーンで掬われ続けたアイスクリームのようになっていたもう一人の俺。

彼はそのまま前のめりに倒れた。

気付けば俺の右手も返り血まみれとなっていたさ。

 

 

「ぐっ、馬鹿、野郎が……」

 

お前だって俺のくせに、裏切りやがって。

ついにこいつは一言も喋らなかった。

思わず恐ろしさを覚えてしまう。

俺は彼のようにはなりたくなかった。

 

 

「……」

 

「ちくしょう。状況はこのままだと、最悪だ」

 

平衡感覚さえ怪しい中、必死に身体を朝倉さんの方まで運んでいく。

彼女のお腹には"ベンズナイフ"が深々と突き刺さっていた。

出血量もそうだが、毒だってある。

俺の技術ではどうやったって彼女を助けられない。

 

 

「おい!」

 

そう叫ぼうと、誰からも返事があるはずもなかった。

しかし俺は姿も見せない誰かに向かって叫び続けていく。

まるで懇願でもするかのように。

 

 

「オレには朝倉さんを救う事が出来ない! だから、力を貸しやがれ!」

 

確かに俺の能力では彼女の救助など到底不可能だ。

左腕の切断や、全身に強烈な打撲を受けた自分の治療さえままならないだろう。

でも宇宙人の"技術"ならば話は別である。

 

 

「居るんだろ! なら」

 

選手交代だ。

そう叫んだのを最後に、俺の意識は暗転した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――やれやれ。

ん? それともこの場合はどうもこうもない、なのか?

どっちでもいい。

僕の口癖でも何でもない。

それにしても。

 

 

「随分と無茶をしてくれた」

 

最初から僕をアテにしていたみたいだから当然だけど。

それでも間違っても死なれる訳にはいかない。

朝倉涼子が死んでも彼らは悲しむ。絶望する。彼女の後を追う。

僕だってまだ死ぬわけにはいかない。

そのために僕が出て来たんだからしょうがない。

とりあえず、横たわっている明智黎を回収。

暫くすると彼の身体は消滅した。

ま、僕の方の身体と一体化したって事さ。

 

 

「明智くんの言った通りだ。朝倉涼子は明智黎に本気を出せなかったのさ」

 

ナイフを彼女のお腹から抜く。

直ぐに傷は癒えていった。

 

 

「クレイジー・ダイヤモンド。……なんてね」

 

もしそうであれば僕は僕自身の左腕を再生出来ないさ。

宇宙人のちょっとした技術だよ。

情報操作の許可申請なんて不要だ。それをする相手が居ない。

とっくに左腕の再構成は済ませているし、罅が入っていた身体中の骨も治しておいた。

自分の身体とはいえ、僕のおかげなんだから自覚したら感謝してほしいね。

じゃあ、眠れる美女を起こしてあげよう。

 

 

「朝倉涼子、君に昼寝の習慣はなかったはずだ。起きてくれ」

 

そう語りかけながら彼女の身体を揺さぶる。

地震でも起こすかのように強く揺らし続ける。

やがて、目をぱちくりさせながら。

 

 

「う、ううん……」

 

「お目覚めのようだ」

 

「……えっ。嘘、どういう事。そんな」

 

「その様子だと君の記憶は混在しているようだ。つくづく駄目駄目だな、ヤスミンは。まだいっちゃん達は融合させてないのに、彼女だけ先んじてあげたのか」

 

もっとも彼女……いいや、ハルにゃんのおかげで僕はこうして自由の身となっているわけだ。

手違いであれ、浅野さんや明智くんの為になっているんだから許してあげるさ。

僕は寛容なんだ。

暫くした後、彼女は驚いた表情で。

 

 

「同じ日に、別々の事をしていた記憶があるわ。さっきまで私は家に居たはず。だけどそうじゃない」

 

「色々と事情があるのさ。誰のせいかと言われたら誰のせいでもない」

 

敢えて言うならばこんな運命に仕立て上げた人物。

無能な神に他ならないね。

流石は朝倉涼子と言うべきか、彼女は直ぐに何かを察した。

そして。

 

 

「……普段の明智君とも、さっきまでの明智君ともあなたは違う」

 

「そうかな? 気のせいじゃあないの」

 

「惚けなくてもいいわ。私にはわかるのよ」

 

なるほど。

彼らが朝倉涼子と外見が同じあの端末を偽物と見分けたように、か。

 

 

 

「明智黎は愛されているね」

 

「あなたは何者かしら?」

 

そいつは難しい質問だ。

僕自身について語るにはとても時間がかかる。

しかし、α世界とβ世界の記憶が統合された彼女であれば、僕については知っている。

二人が彼女に教えてあげたからだ。

 

 

「ボクは緊急用プログラムさ」

 

「……何ですって?」

 

「OSで言う所のさしずめセーフモードかな。ボクについて君が知らないのも無理はないさ。だって、今まで出て来なかったんだから」

 

決して僕が出て来られなかったわけではない。

単純にその必要がなかっただけなんだよ。

もっとも、彼らの能力使用には多少の制限をかけていたけど。

 

 

「知っての通り浅野さんは今、精神崩壊一歩手前だから」

 

「その結果があれだって言いたいの? というかあなたがさっさと出てくれば私だって刺されずに済んだのよ」

 

無茶言うなよ。

明智黎は分裂出来たけど僕はオンリーワンだ。

単一な存在なのさ。

 

 

「説明は追々していくよ。とにかく暫く彼は出て来れそうにない。でも緊急事態だから、"異世界人"を止める必要がある」

 

「わかっていると思うけど、佐藤と佐乃の仕業ね。どういう攻撃を明智君にしたかはわからないけど彼は突然正気を失った」

 

やけに腹立たしさを感じさせながら朝倉涼子はそう言った。

制服についた土埃を払い、屈伸運動を始めている。

やれた仕返しをしたがる気持ちはわかるさ。

君は彼が言ったように、人間なんだから。

 

 

「君にやる気があるのは嬉しいね。あいつらは今日、決着をつけるつもりだ。笑っちゃうね」

 

「笑えないわよ。正直言うとまだ混乱してる」

 

「浅野さんもここぞと言う時に戻って来てくれるさ。明智くんも協力してるから大丈夫だ」

 

「……何がどうなっているの? 敵についてじゃないわ。明智君についてよ」

 

焦りたくはないんだけど、時間は有限なんだ。

有機生命体の概念に引きずられたのは君だけではない。

僕の方もなんだ。

 

 

「あなたは明智君じゃない。プログラムさんとでも呼べばいいのかしら」

 

「自己紹介、か。ボクに名前と呼べるようなパーソナルネームはないんだよね」

 

誰も名づけてくれなかったから。

仕方ないと言えば仕方ない。

彼らが居なければ僕は今頃情報統合思念体の下らない何かの任務を果たそうとしているはずだ。

とくに浅野さんなんか、自分について謎が多くて困ってたみたいだ。

申し訳ないと思うよ。

 

 

「敢えて名乗るなら、ボクは"アナザーワン"。しがないただのプログラムさ」

 

治ったばかりの左腕だけど、悪手してくれないかな。

僕からすれば君は姉さんみたいなものだよ。

 

 

「まさか、本当に明智君とロストナンバーが関係していたなんてね」

 

「ある種の事故でね。ここまで面倒で複雑になったのはボクのせいでもハルにゃんのせいでもないけど」

 

「"ハルにゃん"って、あなた……」

 

「とにかく――」

 

僕は浅野さんでもないけど、この身体の持ち主は明智黎だろ?

ご期待通りに君をβ世界の明智黎が裏切ろうとしたわけだけだ。

ならば"明智"の名に恥じぬ活躍をしなければならない。

僕はそれまでの場を繋げるのが仕事なのさ。

情報統合思念体よりはこっちの方が面白そうじゃないか。

それに、僕も朝倉涼子を好きになっているに違いない。

利だけで動いてくれた方が楽なのに。

 

 

「――敵は、北高にあり。だ」

 

移動しながら君に説明してあげよう。

何でもとはいかないけど。

僕が知っている限りの話ならいくらでもしてみせよう。

まずは、彼が知らなかった話からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤスミンが二人に、いや、彼を含めて三人に語った内容はとてもシンプルなものだった。

間違いなく異世界人は明智黎だ。

浅野さんの人格が分裂したのは僕も関係している。

彼の意識は情報の波として呼ばれた……。

それはある種の情報生命体のようだった。

 

 

「オレの意識が、情報生命体だって?」

 

彼はヤスミンに驚いて訊き返した。

厳密には異なるけど実体を持たない思念体といった意味では、確かに近い。

原作でのカマドウマに擬態した原始的なそれやルソーに取りついた情報生命素子。

当然だけど今となっては完全な個人だ。

 

 

「こんな言い方をしたらあれですけど、先輩たちは異端者ではありますがストレートじゃありませんよね」

 

「ストレートって何だ、ポーカーの話か」

 

「キョン、直球って意味じゃあないの」

 

「明智先輩の言った通り、逆に言えばみんな変化球。本来の役割にそのまんま近いのは朝比奈先輩ぐらいですよ」

 

言われなくても彼はそんなことをとっくに理解していた。

だからこそ彼は疑問に思ったんだ。

 

 

「オレが涼宮さんに呼ばれたのなら、オレがそれを自覚していない理由は何かあるのかな」

 

ともすれば自分が異世界人だとして行動さえ可能か怪しかった。

彼がここを【涼宮ハルヒの憂鬱』の世界だと理解できたのは偶然に過ぎない。

結果として、それは悪魔じみた偶然であった。

 

 

「はい。しかしそれを知ると、明智先輩が忘れていた事実も同時に思い出す事になります」

 

最悪の場合ですけど、とヤスミンはそこに付け加えた。

だけど、最悪の場合になったからこそβ世界の明智黎は狂ってしまった。

敵は間違いなく佐藤。

でも、独善者の彼が相手にするのも独善者。

正義の反対は正義であり、人間程度が必要悪になんてなれはしない。

僕はアナザーワン。

アルファでもオメガでもない、ただの記号さ――。

 

――こんな人間ではない僕だからこそ。

 

 

「約束しよう。ボクは君を裏切らない」

 

「私は明智君に"裏切られた"だなんて思ってないわよ」

 

「確か二人での共闘は初めてだったはずだ」

 

「あら。何か勘違いしてないかしら」

 

どうもこうもないってやつさ。

僕の場合は自惚れでもなく、単なる事実確認だった。

朝倉涼子はつまらなさそうに。

 

 

「今回、あなたとは共闘しないわよ」

 

「なるほど……初回は彼に残しておくといいさ」

 

ヒーローは遅れてやって来る。

そして何より、主人公は僕ではない。

"77"だ、なんて縁起のいい数字は相応しくなかった。

 

 


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