やれやれ、ってヤツかな。
こうも気持ちがいいものなんだね。
合理的な試算など一切行っていない。
未来は未知数。
だけど。
『負ける気がしない』
ってのは、人間だけがそう思うんだろうね。
僕は機械として成り損ないだった。
さくっと文芸部室のドアを開ける。
原作通りなら渡橋ヤスミは既に居ないはずだ。
目に飛び込んでくる部室内の光景もその通りであった。
「どジャアアあああ~~~ン」
僕がそう言うと同時に部室内の全員がこちらを見た。
キョン、周防九曜、藤原、橘京子。
ともすれば僕の後ろの人員も入り込んでくる。
朝倉涼子と古泉一樹。
朝比奈みくる(大)はまだ入って来なかった。
古泉はわざとらしく。
「やあ、みなさんお揃い……ではないようですね」
その通り。
ここにはジェイと浅野さんの片割れが居ない。
二人は何処に居るのやら。
こちらの登場に最初にリアクション出来たのはキョンで。
「明智に朝倉、それに古泉まで!?」
「おや。まるであなたは僕以外のお二人について、その登場を予想していたかのように仰られる」
「明智黎が……ボクが約束したからさ」
「ふーん。だからキョン君の驚きは微妙なのね。つまらないわ」
朝倉涼子はそれに加えて異世界人ペアの不在が不満らしい。
さっさと消してしまいたいのだろう。
彼女らの目的が予想通りであれば、やや暫くすれば出て来るさ。
涼宮ハルヒか、それとも狙いは明智黎の方か。
同じこと。
「みんなまとめてボクたちが倒しちゃうからね。寿限無寿限無……」
「また……何言ってるのよ……」
「――水行末雲来末風来末―」
「ノリがいいね、くーちゃんは」
「――」
朝倉涼子は呆れる以外の行動を放棄してくれたらしい。
僕と周防九曜のやり取りに意味は無い。
しかし、この場こそが真のアルファである。
水と雲と風の行先が無限大であるのと同じく未来も過去もまだ存在していない。
既に分岐点に立たされている。
出来レースだけどね。
こちらの登場に納得していないのは橘京子だけだった。
「う、嘘よ! まさか、この空間にあたし達以外が入り込むなんて無理……」
「悪いけどボクの"次元干渉"に、その常識は通用しないね」
「本来であれば僕も佐々木さんの方の閉鎖空間へは立ち入る事が出来なかったでしょう」
今は例外だ、とでも言わんばかりの発言。
しかし今の彼は決して余裕ではない。
余裕さを演出しているだけに過ぎない。
混乱している相手にはスゴく効果的ではあるよ。
例外こそが楽しさなんだから。
簡単なのさ。
「明智さんがどのようなトリックを使ったのかは存じませんが、僕の方は簡単な事ですよ。外をご覧下さい。今日この場に限っては佐々木さんだけの世界ではありません」
「なるほどね。だからいっちゃんは入って来れたのか」
「もっとも、この状況がよろしいかどうかに関しましては別問題ですが」
部室棟の外の世界。
閉鎖空間の規模としては北高の敷地内全域だろうか。
とにかくその世界は荒れていた、混在していた。
白と黒が溶け合った灰色に更に黒褐色がぶつかっていくのだ。
完全な個人として浅野さんが居たら絶望するか、あるいは歓喜するか。
どちらにせよ彼は発狂するだろう。
……いいや、もっと前から狂っていたさ。
精神分裂してようやく正気に戻れたんだから。
閉鎖空間の異変については言われなくても橘京子は気づいていた。
「でも、だって、ここに涼宮さんは……いや……そんな……そうなんですか………?」
彼女の問いに答えられる人物はこの場に何人も居た。
その誰しもが彼女には答えない、答えてやらない、答える義務がなかった。
無知故に解法も答も無いのは主人公の彼ぐらいだろう。
この状況で絶叫しないだけ彼の精神力は普通の人間のそれとは思えない。
SOS団慣れだとか、そういった次元ではない。
さながら子供たちのごっこ遊びを優しい目で見守る親そのもの。
夢見る少女が欲したのは、そんな存在だったのだ。
だからこそ浅野さんも"大人"として呼ばれるはずだった。
何と言う皮肉、何と言う奇妙な運命。
"皇帝"浅野はあの世界で一番の"子供"だったのだから。
「こんにちは」
そう言ってやっと入って来たのは朝比奈みくる。
彼女の登場により再び部室は騒然となった。
キョンはまさか彼女まで来るとは思っていなかったらしい。
だけど除け者にするわけにはいかないだろうよ。
彼女だってSOS団の団員なのだから。
「……朝比奈さんまで………!?」
「古泉くんのおかげよ。明智くんと朝倉さんは別ルートみたいだけど」
「ボクにとってこれぐらいはわけないさ。オスの三毛猫を捕まえてくる方がよっぽど難しいね」
彼や周防九曜がそう思うように僕も猫を気に入っている。
原作の長門有希も、もしかするとそう思っていたのかもしれない。
朝比奈みくるは淡々と。
「わたしたちの技術による時空間移動ではここに侵入できなかったの。古泉くんが味方で良かった」
「それはそれはありがたいお言葉ですね。しかしながらこれから先に我々の関係がどうなるかまでは判断しかねますよ」
古泉一樹には『機関』を造り上げた人として立場がある。
責任がある、使命がある。
彼は涼宮ハルヒを裏切る事を余儀なくされようものなら潔く自決するだろう。
死ぬ気で戦う人間がどれだけ恐ろしいか。
覚悟とは人間にしか解らない事だ。
機械にはそれがない。機械は命令を受け入れる以外の選択肢がない。
選択できない。
「明智さんの別人格を含め長話といきたいところですが」
「特にボクから話す事は無いんだけどね」
「……明智の別人格だと? 何を言っているんだ」
「説明は後回しさ」
キョンに対して僕はそう言う。
話ししたがっているのは未来人と超能力者さ。
宇宙人と異世界人は黙っていよう。
周防九曜はこちらをじーっと見つめ。
「――」
「何だよ、何見てるんだよ」
「――あなたが―現出―――とは」
「ボクは最初から居たさ。当然最後まで居るよ」
「―特異点は――あなた――」
「違うね。オブジェクトを数値化しよう、だなんてのがふざけた話だよ」
「――ならば目的―――何故――あなたは――」
「ボクはいいでしょ。くーちゃんなら大丈夫だと思うけど、αのあいつはくーちゃんが居なくてガッカリしてたんだぜ」
驚いたのは僕の方さ。
周防九曜は、名も無き端末である偽の朝倉涼子が求めた進化の感覚が見えている。
やはりどんな怪物よりも人間の方が恐ろしい。
人間の可能性は凶器でしかない。
ただの一般人の谷口でさえ、何かが出来るかもしれないのさ。
朝倉涼子もそれを理解している。
「余計なお世話かもしれないけどね、あなたみたいな根暗女に興味を持ってくれるのは彼ぐらいよ?」
「――」
「何も急ぐ必要はないわ。私なんて明智君に半年以上待たされたんだもの」
「言わせてもらうけどボクのせいじゃあないからね」
「知ってるわよ」
何やら周防九曜に対して酷い言い方ではある。
僕に美的指数なる概念は存在しないけど、明智黎も谷口も認めるくらいだ。
原作ではキョンだって周防九曜の笑顔にやられそうになっていた。
他の宇宙人の誰とも異なる美しさ、あるいは妖艶さを彼女は持っている。
言うまでもなく僕には通用しないが。
「――ふざけるなぁっ!」
何やら未来人と超能力者の議論はヒートアップしているらしい。
今の怒声は藤原によるものだ。
ちらっと彼の顔色を窺ったけど激昂どころではない。
"怒髪、天を衝く"とはまさに今の彼のような状態なのだろう。
僕には関係ないさ。
どうせ古泉が煽っていたに決まっている。
「くくっ、僕たちを甘く見てもらっては困りますね」とか「あなたも所詮駒に過ぎなかったのですよ」とか聞えてきたし。
こっちからすればどうでもいいね。
宇宙人同士仲良くする方が大切だよ。
「あなたは宇宙人とは違うじゃない」
「でも、君を助けたのはその技術さ。明智黎には使いこなせない」
「具体的に何をどこまで出来るのよ。空間への情報操作に特化した仕様だ、って聞いたわよ?」
「企業秘密って事で」
「私と同じ会社に所属してたはずだけど」
情報統合思念体の事か?
あれはブラック企業どころかブラックホールみたいなもんだよ。
「人間社会の会社ってのは退社した瞬間から部外者なのさ。ビジネス以外の要素はもう持ち込めなくなってしまう」
「知らないわよ」
君からも何とか言ってやってよ周防九曜。
好奇心とか探究心だとかで言えば君だって朝倉涼子に負けていないはずだ。
人間の事を知りたかった、だなんて台詞を原作では吐いていた。
それが"鍵"である必要はないのさ。
「――わたしの任務は既に遂行された」
「くーちゃん、初耳なんだけど」
「元々こちらはあの行為に意義を見出すつもりはなかった……。必要だからそうしたまで……」
明智黎は覚えてないだろうけど僕は知っていた。
情報統合思念体が焦っているのに対して天蓋領域は余裕なんだ。
だからこそようやっと重い腰を上げて、一年生も終盤のあのタイミングで彼女は登場した。
ジェイとの協力とて全ては"任務"に過ぎない。
自律進化の可能性を獲得したいのはどこの勢力どこの世界も一緒だね。
――下らない。
幸せの"青い"鳥ってのは近くに居るのさ。
「ボクも明智黎と同感だ。君がしているのはいい時計だ」
「……あら、腕時計? しかもやけにファンシーじゃない。あなたの見た目とは裏腹に女子力を感じさせてくれるのね」
僕が、というより明智黎が付けている腕時計なんてビジネス用でも何でもない。
ともすれば男子中学生レベルのデザイン。
デジタルとアナログのハイブリッドなんて、彼の曖昧さの象徴のようだ。
買い換えればいいものを、もうこの世界に来てからずっとこれを使っている。
電池交換だって二回したさ。
何故なら。
「"愛"があるね。間違いなくその時計には、愛がある」
「ほら、あなたもこれに懲りたら馬鹿な真似は止めるのよ。上の指示なんて従うだけストレスなんだから」
「――そうかしら」
「そうよ。それでもし文句を言われたならストライキしちゃいなさい」
ストライキどころかテロ寸前の暴挙を犯そうとした張本人とは思えない発言だ。
言うまでもなく、感情が無ければ心の運動も無い。
ストレスと負荷は別物さ。
そんな感情をどうしようにも、朝倉涼子だからこそ感じている。
間違いなく彼女は憧れを抱く存在から自らが憧られる存在に進化した。
絶対は存在しない。
朝倉涼子こそがその証明だった。
「それも……いいわね……」
彼女の正義が決まる日も、そう遠くない先さ。
ここで今一種の決着がつこうとしているにも関わらず、諦めの悪い奴は確かにそこに居た。
さっきからぎゃあぎゃあ喚いている藤原だ。
浅野さんの友人、佐藤のせいで負け戦にされた哀れな男。
敗色濃厚……だのに彼はこれから悪あがきをしようとしている。
申し訳ないけど、あれを救うのは僕の役目じゃあないぜ。
「あなたは自分を神とでも呼ばせたいのか! 世界を分裂させてまで、僕の邪魔をしたいのか! ……なら、僕に協力してみせろ! あなたがそうしないからこんな手段に僕は出たんだ!」
「これは規定事項。と言っても、わたしだってついさっきに知らされたばかりの最大級の秘匿事項だったの。驚いたわ」
「全て、この結果さえも決まっていると……?」
「はい。既に決まっていました。わたしたちが未来を変えてはいけません、変えることはできないのです」
「……いいや、してみせる。変えてみせるさ」
冷たく言い放った朝比奈みくるに対し、藤原は反論した。
ともすれば彼には熱意があった。
その熱意がいい傾向なのか?
少なくとも、本人にとっては他にすがるものがない。
「確かに僕にもあなたにも、異世界人の女でさえそれは不可能だ。……だけどあの力なら、涼宮ハルヒの力ならそれが出来る」
「そんな……!」
「既に実証済みだ! 四年前の時空振動、それにともなって生じた断裂。これらが未来を決定したんだ」
その後も藤原は語り続ける。
挙句の果てには朝比奈みくるを「姉さん」と呼んだ。
僕には未来人二人の関係などわからない。
だが、彼にも守りたい助けたい気持ちがあるのは確かだ。
――やれやれ。
どうもこうもないな。
「――あのさ!」
僕は大声を出した。
すると、全員がこちらを見た。
朝倉涼子さえ何事かといった様子である。
「各々事情はあるだろうさ。でも、そろそろボクがここに来た理由も話しておかないといけないからね」
「明智さんがこの場に来た理由、ですか」
古泉一樹は直ぐに表情を切り替えた。
僕の発する一言一句も聞き漏らさないつもりらしい。
嬉しいね。
「みんなも知りたいでしょ?」
「――」
「未来を変える、だなんて。素晴らしいじゃあないか!」
この場の全員の目的は同一ではない。
しかし、注目するは涼宮ハルヒ。
僕ではない。
自律進化のもう一つの可能性、明智黎ではない。
「いいぜ、居るかわからない神様とやら。この世界があんたの創った軌跡通りの運命を辿るって言うなら」
これは僕だけの意思ではない。
明智黎としての決定。
「その幻想をぶち殺してやるよ。ボクが、未来を変える」
「……あ、明智さん!」
「だからみくるんも、いや、この場にいる全員に宣言しておこう――」
全てを救う、だろ。
善に反対するのは悪ではない。
しかし他の正義さえ支配する。
正義は自分ただ独り、独善者だけ。
彼女が浅野さんに「偉そう」と言うのも当然さ。
「――ボクの邪魔をするのなら、ボクは全力を出そう。持てる限りの全てを駆使して明智黎は敵対してみせる。佐々木側も涼宮ハルヒ側も関係ない。ボクが正義だ」
佐々木についた哀れな連中。
宇宙人、未来人、超能力者。
そして二人の異世界人。
君たちはここで終わる運命ではない。
「未来人。未来や運命を変えてでも助けたい人がいるんだろ? ボクにもいるのさ」
正確言えば浅野さんにも、だけど。