異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第八十二話

 

 

過去も、未来も、現在でさえもこの場には存在していない。

だからこそ朝比奈みくるはTPDDでこの空間へ侵入する事が出来なかった。

周防九曜とジェイが言うように時間とは不可逆なものではない。

因果応報、万物は流転する。

車輪のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だけど。

 

 

「"因果"は何処へも持って行く事が出来ない。だから"規定事項"なんだろ?」

 

未来人として与えられた任務をこなしているという一点において正しいのは朝比奈みくるだ。

超能力者は世界のバランスを保つ為に能力を与えられた。

その集団に、涼宮ハルヒも護るという意識を与えたのが古泉一樹。

『機関』の発起人。

未来人は涼宮ハルヒの能力よりも、時空の安定を何より望んでいる。

来るべき未来を固定させるためだけに時間平面に干渉し続ける。

その原因は四年前の時空振動により生じた時間断層。

これがあったからこそ、未来人は涼宮ハルヒに対する調査のためにこの時代にやって来た。

 

――ここまで言えば、もう判るだろ?

僕にとっての"敵"であり、明智黎にとっての"悪"が。

 

 

「吐き気を催す邪悪ってのは、何も知らぬ無知なるものを利用する事らしい」

 

異世界人は原作に登場しなかった。

だからこそのイレギュラー。

世界的にも歴史的にも不穏分子。

それが、僕だ。

 

 

「勝手に造って、勝手に命令する。善し悪しさえ判断出来ないままに行動する他ない。それが宇宙人だ」

 

決着はつける。

喜緑江美里でさえ知り得ていない情報。

アナザーワンが誕生しなかった本当の理由。

僕は生まれる前に、棄てられた。

 

 

「未来人、君が未来を変えたいのなら好きにするといい。ボクは協力しないけど邪魔だってしない」

 

「……何……だと…?」

 

「今回のボクの目的に涼宮ハルヒはそこまで関係しないんだ。運命に抗え、因果を否定しろ、未来は変えられる。君一人で出来ないなら、涼宮ハルヒでも何でも使えばいい」

 

佐藤にとってはどちらでも良かった。

明智黎と朝倉涼子が退場すれば涼宮ハルヒを利用する。

明智黎がこの場にやって来れば彼を頼る。

全部計算していたに過ぎない。

誤算は僕の存在だけ。

もっとも浅野さんの表人格である佐乃秋は、そのどちらも知らないだろう。

いつだって女に振り回されるのが男……らしいよ。

 

 

「ボクがここに来れただけで、半分以上はクリア出来たのさ」

 

もう半分は何かだって?

だから、救うのさ。

哀れなる魂。

異世界人の少年少女を。

 

 

「誰だ? って聞きたそうな表情してるから自己紹介させてもらおう。ボクは"アナザーワン"、名前などない。ただの自由主義者さ」

 

僕の自己紹介は涼宮ハルヒのそれに近かったのかもしれない。

独壇場。

誰もが考えている、困惑している、値踏みが出来ない。

僕と言う存在に恐怖している。

しかし、僕の発言を聞き捨ててくれないのは朝比奈みくるだ。

 

 

「あなたはわたしたちの敵ですか……?」

 

「だめだね、君はもう歳なのかな。明智黎から見て半年前に既にその質問には答えている。忘れたのならボクが代わりに言ってあげよう」

 

どうでもいい。

彼は自分の邪魔をするものだけが敵なんだ。

いや、気に入らない正義を掲げたものが敵になる。

 

 

「自分からボクの敵になるつもりかい? 朝比奈みくる」

 

「……そんな………」

 

「安心しなって、ボクが運命を変えるのは今日じゃあないさ」

 

あるいは既に変えていたのかもしれない。

彼が、朝倉涼子を助けたあの時に。

やっぱり僕はただの"補助輪"でしかないのさ。

こんな僕を棄てなかったのは浅野さんと明智くんの二人だった。

僕も救われたんだ。

"鍵"の少年と橘京子は放心している。

周防九曜と朝倉涼子は沈黙している。

藤原は僕の言葉の全てを疑っている。

朝比奈みくるは苦しい顔をしている。

質問したのは古泉一樹だ。

 

 

「つまりあなたの発言を要約すれば、『自分は中立だ』というわけですね」

 

「ボクの邪魔をしなければ敵にはならない。人類みな兄弟だよ。時には助け合おう」

 

「僕が確認したいのはこの一点だけです。あなたは涼宮さんに危害を加えるおつもりでしょうか――」

 

――もしそうであれば、こちらとて容赦しません。

普段の彼からは考えられないほどの気迫。

それだけで僕と対等に渡り合える覚悟がある。

鋭い、いい眼をしているじゃあないか。

 

 

「ボクの敵は彼女ではない。約束しよう、異世界人の事情に涼宮ハルヒは巻き込まない。あの二人は明智黎が相手する。だから君たちがどうするかは君たちに任せる」

 

「朝比奈さんはさておき、僕の方は一安心できましたよ」

 

「それほどでも……」

 

で、未来人の二人は話の途中だったよね。

僕の事なんか覚えてくれればそれでいいからさ。

 

 

「話の続きを再開しなよ」

 

さて、もうそろそろだ。

どうせそっちから来るのはわかってるんだ。

僕が呼ぶ必要があるのは、一人だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大体からして、朝比奈みくるは自分を正当化していた。

彼女の理念、行動は確かに正しい。

だが、藤原が間違っているかどうかは彼女をはじめとする他の未来人が決める事ではない。

結局の所は自分にとって都合のいい未来が来てほしいだけ。

その一点において朝比奈みくると藤原に差はなかった。

血は争えない。

まして、二人は姉弟である。

 

 

「――」

 

「うーん、いっちゃんに持ってかれた感があるなあ」

 

「――」

 

「くーちゃんは気づいているんだろ。ボクの、明智黎の本当の能力に」

 

「それも、結果」

 

「何かを変えるのは誰にでも出来る事さ。力不足なら力を借りればいいだけなんだから」

 

「――そう」

 

そして浅野さんの友人の片割れ、佐藤もそれに気づいていた。

あの様子では朝比奈みくるは知らないらしい。

もしくは、その記憶を封印されているのか。

僕にとってはどちらでも構わない。

古泉一樹は笑顔を浮かべず、冷酷に述べていく。

 

 

「強硬手段に出られるのだけは遠慮願います。現段階では涼宮さんに裏の事情について干渉されてほしくありませんので」

 

彼は藤原の方に身体と視線を向けている。

時が来れば、藤原を受け入れるかのような発言でもあった。

もはや弱々しい声で藤原は。

 

 

「……超能力者……随分と…偉そうな物の言い方をする………」

 

「お言葉を返すようですが、それをしているのはあなたたち未来人の方ではありませんか?」

 

まるで古泉一樹は藤原だけではなく朝比奈みくるにも言っているようだった。

彼は狂信者だ。

涼宮ハルヒも佐々木も言っていた。

恋愛感情とは精神病なのだと。

古泉一樹は精神を病んでいる。

明智黎と同じだ。

結果として彼の行いが善しとされているだけに過ぎない。

見事なまでの"善行"。

 

 

「僕たち過去に生きる人間をなめないでいただきたい。僕がこの時代に生きて涼宮さんと……SOS団の皆さんと巡り合えたのも何らかの運命だったのかもしれません」

 

そう。

規定事項であれば、こうはならない。

未来人がやっている事は全て矛盾でしかない。

地続きではない、未来は分岐する。

だからこそ藤原と朝比奈みくるは同時に存在している。

それぞれ、別の未来からやって来たと言うのに。

彼らこそ"異世界人"と呼べるのではないだろうか?

 

 

「未来を考える権利を、僕たち現代人から奪わないで下さい」

 

それに、と彼は付け加えて。

 

 

「未来人が"ここ"に拘る理由がようやく解りかけてきましたよ。涼宮さんの能力についてです」

 

「涼宮ハルヒの能力だと……? あれには"無限の可能性"がある……あれを使えば、規定事項も既定事項も否定できる……姉さん…僕は、僕は……」

 

「ええ、あなたの仰る通りだ。しかしながら彼女の持つ能力が"無限"かどうか。いつの日か、消えてしまうかもしれません」

 

古泉の発言に対して朝比奈みくるは一言だけ「さあ……?」と言った。

超能力者は信じたいのさ。

涼宮ハルヒにとって、その結末が幸せなものである事を。

"いい傾向"である事を信じたい。

自分の命を賭けてでも、いや、掛け値なしに彼は全てを捨ててでも最後まで涼宮ハルヒの味方でいつに違いない。

 

――涼宮ハルヒの願望を実現する能力。

それは間違いなく次元の壁を越えられるだろう。

結果として浅野さんと、偶然にも彼女の精神さえ彼に引きずられてこの世界に呼び出された。

だけどね、それは"無限"ではない。

僕の力の根源と同じで、終わりは存在する。

使えば減るわけではないけど恒久的な存在ではない。

永遠とは絶対と同義である。

この世には存在しない。

……そして、認める他ないさ。

古泉一樹の覚悟は涼宮ハルヒの能力なんかよりも恐ろしい。

 

 

「地球人をあまりなめないでいただきたい。僕たちは敷かれたレールの上をただ走っているつもりはありません。未来人や地球外知的生命体がどう判断しようと、僕たちは僕たちだ。僕たちにとって最良の未来を自由に選択して自ら行動する。涼宮さんにだってその権利があるはずですよ」

 

痺れるねえ。

こんな台詞、自然に吐けるわけがない。

イカれてるのさ、全員。

それはそうと。

 

 

「おいおい、二人とも生きてるかよ?」

 

主人公はこの場の出来事に対して全てを受け入れつつも判断を下せない。

橘京子はこの場から逃げ出そうと、精神だけでも逃げようと思考を放棄している。

それぞれが近くて遠い状態で固まっていた。

 

 

「異世界屋……さん……」

 

生気が抜けた顔で橘京子はこちらを見つけて来る。

彼女が泣き出していないのが不思議なほどだ。

精神恐慌(パニック)。

この状態を古泉にころりとやられたのか?

原作でメアド交換してたしね。

ともすれば主人公は。

 

 

「……俺は誰を……何を、信じればいい」

 

「君が決めなって」

 

「なら、お前は何を信じている……?」

 

「愚問だね。ボクも明智黎である事には変わりない」

 

人間の可能性と、朝倉涼子さ。

だからこそ僕と彼は彼女を本当に救う必要がある。

彼女の死の運命。

支配から自由にしてやらなければならない。

それが眠り姫を救う王子の役目。

……なのさ。

朝倉涼子はジト目でこちらを見ながら。

 

 

「ビッグマウスで終わらないで欲しいわね」

 

「浅野さんも明智くんも猫好きなんだよ。トムとジェリーで言えばトム派さ」

 

一つ言いたいがハムスターをネズミと一緒にしてやるな。

将来的に彼はこの世界で何かペットを飼育するのだろうか。

ならやはり猫がいいね。

 

 

「彼には猫耳属性はない。が、君がそんな恰好をして語尾に『にゃん』を付けた日にはとても喜ぶに違いないよ」

 

「……考えておくわ」

 

「そこはやるって言い切ってほしかったね」

 

「あなたに言っても仕方ないじゃないの」

 

仕方ないさ。

それでも、僕は僕だ。

コインの片面でしかない。

朝倉涼子をいくら影と称したところで彼女にとってはそれが全て。

個人として存在する事が出来る。

この場でそれが不可能なのはただ一人。

僕だけだった。

 

――未来人藤原は二者択一を迫られていた。

壊れるか、受け入れるか。

どちらに決断を下すにしても妥協では許されない。

彼が自分を許さないだろう。

 

 

「……ふん。いいだろう……そこの異世界屋と超能力者が言った事だ。その機会は、今回だけじゃないんだな?」

 

どうやら僕に訊いているらしい。

まあ、朝比奈みくるは未だに知らない事があるって事。

この先の現代に秘匿されているものは他にもあるかもしれないさ。

未来を保証も約束も出来ない。

だけど、信頼する事は出来るんだ。

 

 

「未来への切符はいつも白紙なのさ。いつかきっと、終わりが来る。君だけの決着が来る。それが今日とは限らないだけだよ」

 

「そこまで言うのなら僕も賭けてやる。お前の大言壮語、妄言、未来への可能性とやらに」

 

「話が早いね」

 

「器が佐々木である必要はない、やはり同じことだ。僕に必要なのは涼宮ハルヒのその能力。彼女さえ協力してくれるのなら全ては一瞬の内に終わる。このような遠回りさえ必要ない。全てをゼロに出来るんだ……」

 

それを快く思っていないのはこの場において朝比奈みくるただ一人だろう。

彼女が悪者ムードではあるが、それは物事の片面でしかない。

どちらの正義が正しいかよりも、どちらの正義が受け入れられるのか。

それだけで世界と社会は成立する。

自律進化とは現状の打開。

新時代の幕開け、って言いたいのか?

どうもこうもないね。

 

 

「……あなたは後悔する事になりますよ」

 

「じゃあ君は今まで自分の行動に一切の後悔が無かったのかな?」

 

今、僕の目の前に居る朝比奈みくると現代で戦う朝比奈みくるは別人かもしれない。

未来が地続きでないのならばその可能性とて否定する事が出来ない。

少なくとも、この朝比奈みくるはSOS団に所属していた時の彼女より……弱い。

迷わない事が強さではない。

更に言えば彼女は盲信しているのだろう。

来るべき未来とやらを。

 

 

「今まで食べたパンの枚数を覚えてろとは言わないけどさ、覚悟ってのは受け入れる事ではないはずだよ。後悔をして困る人なんて自分自身以外に居ないさ。君にとっての望ましい未来ってのは、本当にそれなのか? 君は正しい行動をしているのか? そんなの、死ぬまでわからないでしょ」

 

覚悟は幸福ではない。

そんな行為などしない方がいいに決まっている。

こんな世界など知らない方がいいに決まっている。

どうしようもないまでに二元論を押し付けてくる。

選択を迫ってくる。

 

 

「後悔をしない方がいい。そんな気持ちだけで何かが守れるのか? 彼はそう考えた結果、一番の理解者を失ったんだ。人間の精神である限り、後悔しないなんて事は無理なのさ」

 

「お前……」

 

「キョン。鍵として君が結論を出すその日は間違いなくこの高校二年生のいつかだ」

 

「――」

 

「わかっているだろう? 朝比奈みくるは今年卒業する。仮に、先延ばしになったとしても翌年にはボクたちの学年が卒業学年だ」

 

今日じゃない。

そしてそれは万人に等しく訪れる。

終焉。

 

 

「どんな物語にも終わりはやって来る。人間だってそうさ。涼宮ハルヒも、ね」

 

小説の一番最後のページ。

本来であればその一枚だけを目にしたところで何かを理解出来るはずもない。

しかし著者の魂は間違いなくその中に込められている。

最後の一ページを読むだけで全部わかるのさ。

その人の感情の全てが。

 

 

「……君も、そう思うだろ?」

 

僕が後ろに振り返ってそう言うと、彼女は既に登場していた。

彼女はどこで調達したんだろうかね。

それは、浅野さんと彼女が通っていた高校の制服。

青色のブレザーを彼女は着ていた。

 

 

「フフ、似合っているでしょう?」

 

「質問に質問で返すんじゃあないよ」

 

「女の子には例外なのよ、それ」

 

お待たせした割には余裕そうな態度だ。

その上、佐乃秋の姿は今は見受けられない。

世界ってのは理不尽なのか。

どうしても無理を無茶してでも、あるべき姿にしたいらしい。

せっかく僕が穏やかにこの場を収めつつあったのに。

だが、僕の意志は無駄にはならない。

明智黎が求めた真実ってのは、君すら自覚していないものだったんだ。

嘘じゃない。

 

 

「取引しましょう――」

 

彼女の髪は長かった。

彼女は三つ編みだった。

その過去を断ち切るかのように、佐藤は短髪だ。

 

 

「――私のカードは、涼宮ハルヒの命よ」

 

妥当な金額だ。

世界をひっくり返すにはお釣りがくるね。

 

 


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