異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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異世界人こと俺氏劇場
予告 異世界人と俺氏の憂鬱


 

……忘れてやるなって。

まあ、その、俺もその人については忘れてたんだけどね。

それもそのはずで俺はその後の事なんて何一つ知らないままだ。

ではお前は誰なのかと訊かれると、いつも通りの異世界人だよとしか答えられない。

とにかく何が言いたいのかと言うとだね。

 

 

「オレは悪くないよ」

 

間違いなく俺のせいではあった。

だけど、ここは彼に任せたい。

死闘を繰り広げた相手だと言うのに薄情な奴だよ俺は。

彼が話すのはこの世界から居なくなった彼女の事さ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――サンタクロースをいつまで信じていたか?

そんな事を訊かれたら俺は決まってこう返すことにしている。

 

 

「最初から信じていなかったけど」

 

当り前だ。

神を信じている奴だってそうだ。

会ったことがあるのか? 

俺はないね。だから俺の中ではサンタも神も信じられない。

信じてやる必要が何処にもないんだから。

 

 

「……ふっ」

 

下らない事を考えている内に、一日がまた消費されてしまった。

構わないさ。

俺はこの世界のどこかに価値を見出そうとしていないんだから。

放課後に何をするでもなく帰宅するのさ。

六月もそろそろのこの季節に冷房なんて設備と無縁の北高に長居する必要はない。

文句の一つを考える事すら俺は放棄したんだ。

この世界に対して。

 

 

 

――最初から期待しちゃいなかった。

北高を選んだのは家からの距離の都合だけに過ぎない。

行こうと思えば隣町にでも行けばもう少し上のレベルの高校へ行けた。

この町は田舎同然だとしても当然電車は通っている。

駅前へと行くのに苦労をする方が逆に難しいくらいだ。

だからと言って、可もなく不可もなく。

 

 

「……普通だ」

 

要するに、だ。

俺はどうしようもなく呆れていたのだ。

この世界の普通さに。

ただ一人俺だけが孤独に感じられた。

けどそんな俺にも数少ない楽しみが。

……楽しみ程では無いが、暇潰しの一環として本屋に立ち寄り続けている。

何の為か?

決まっている。本を買うためだろう。

それ以外は冷やかしでしかない。

冷やかしなんて無駄な事はしないのさ。

 

 

「一点で、1575円になります」

 

「……」

 

「2000円からお預かり致します」

 

「……」

 

「425円のお返しになります。レシートは?」

 

「結構」

 

「失礼致しました」

 

読むジャンルは特にどれとは決めていない。

この日は店頭に置かれていた一冊である経済文学なんかをそのままレジへ直行させた。

直ぐに読んで、終わりさ。

棄てはしないけれど読み返す事もしない。

 

 

「ありがとうございましたー」

 

下らない。

一日を消費するだけだった。

この日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の暇潰しの一環は本を読み終えてようやく一巻の終わりとなる。

駅前の書店で買う以上、落ち着いて読めるような場所は喫茶店か公園ぐらいなものだ。

家で読むのはかえって落ち着かないんだ。

図書館は家から逆方向になっちゃうし、二択だったのさ。

そしてこの日は駅前公園を選択した。

時刻は午後四時とちょっとで、読み終える頃にはいい時間になっているだろう。

無駄な行為だと自覚はしているが、こうでもしないと生きていけない。

 

 

「何かが変わる……」

 

なんて、最初から期待しちゃいなかったさ。

高校に進学した程度でそんなに人生に変化がある訳がない。

ともすれば同じクラスの女子――涼宮ハルヒ。校内ではちょっとした有名人だ――はイカレている。

変化を求める以前に自分が変人では本末転倒なのではないか。

入学式。

自己紹介の折にそいつはただの人間には興味ありませんとか言っていた。

悪かったな。興味がなくて結構さ。

彼女は俺と同類かとも思えたが、結局は違った。

最近ではこれまた同じクラスの男子を引き連れて何かしているらしい。

 

 

「笑っちゃうよ」

 

お前だって普通に青春している、ただの人間じゃないか。

こんな世界を受け入れられる心の広いお方だったようだな。

実に素晴らしい。

実に馬鹿らしい。

そうさ、現実ってのは意外と厳しい。

なんてことを頭の片隅でぼんやりと考えながら、俺はたいした感慨もなく公園のベンチへと向かった。

偉そうにふんぞり返るのも日課なのさ。

だけどそれは叶わなかった。

 

 

「………」

 

やたらと長いくせに、お姫様の如くややこしくセットされた青い髪。

ベンチで横になるその顔は、この上なく整った目と鼻をしている。

女子にしては少し自己主張が感じられる太めの部類な眉毛。

絹のように白く、しなやかで強く美しい肌

 

――えらい美人がそこにいた。

何より俺は驚愕した。

そこにいた彼女が公園のベンチに制服姿で眠っている事なんかよりも。

 

 

「……朝倉、涼子………?」

 

もっとシンプルな話だった。

それもそのはずで話が違うからだ。

彼女はまさに今日の朝、転校したと担任から聞かされた。

その先が隣町だとか、県外とかなら――それにしては北高の制服を着ているのは変だ――まだわかる。

しかし彼女の転校先はカナダらしい。

俺が知っているカナダについての知識などタンタリオ州オタワとケベック州ケベックシティーぐらいだ。

だが、彼女は急な転校だったそうではないか。

別れの挨拶もせずに家庭の事情とやらで転校していったはずの女子。

そんな彼女が。

 

 

「何故」

 

「……」

 

死んだように眠っているとしか言いようがなかった。

寝息はあるようで、身体が少しだけ揺れ動くが穏やかな寝顔ではない。

何があったのか。

やっぱり転校が嫌になって飛び出したのか。

"気になる"。

 

 

「朝倉、さん…」

 

「……う、……んんっ……」

 

こちらに向いている彼女の左肩をとんとん叩いて声をかける。

やはり死んでいた訳ではないらしい。

吸い込まれそうなまでに透き通った青い瞳をぱちりと開けると彼女は。

 

 

「……え……?」

 

上体を起こしてようやく普通にベンチに腰掛ける形となった。

彼女の表情は不思議そうと言うよりはどこか唖然としている感じだった。

不思議なのはこっちなんだけどね。

かと思えばぶつぶつと何かを呟き始めた。

 

 

「……ここは……それに………この身体……」

 

俺が辛うじて聞き取れたのはこの程度であった。

とにかくこっちに気付いてもらいたいね。

 

 

「あのー」

 

直ぐに彼女はこちらを向いた。

すると今度は驚いた表情で。

 

 

「明智……黎……!?」

 

いかにも俺はその通りですよ。

それが何か、と言うよりも俺が何事かと訊きたかった。

だから教えてもらおう。

有無を言わさず先手必勝さ。

 

 

「眩しい朝に、倉、涼しいで、子どもの子……」

 

一瞬の内に取り出した手帳にボールペンで名前を書いていく。

単純な名前でありがたいね。

俺なんか下の名前を書くのが最初は面倒だったんだからさ。

書き上げたと同時に俺は彼女の方を向き。

 

 

「朝倉涼子さん。オレの質問に答えてくれないか」

 

一丁上がりだ。

しかし俺を無表情で見つめている彼女の反応は。

 

 

「何のつもり……?」

 

おいおい。

効果ナシかよ。

……"偽名"だとでも言うのか?

結構ヤバめな事情でもあるんじゃないのか。

突然の転校だったり。

とにかく、能力が通用しない以上は誤魔化していくしかない。

俺の方が誤魔化すのも可笑しな話だが。

 

 

「つもりも何も。今日、いきなり、転校したはずの朝倉さんがそこでお昼寝していたからね。イリオモテヤマネコなら見逃していたかもしれないけど、元クラスメートの姿を見て声をかけたくなったオレの心中をお察し願いたいね」

 

「……だいたい理解したわ。ここがどういう世界で。私がどういう存在なのか」

 

何を言っているんだ。

こっちはさっぱり何だけど。

俺のちっぽけなこの能力が通用しないなんて。

本当にちっぽけなのさ。俺も。

やがて、朝倉さんは笑顔でその場から立ち上がると。

 

 

「そう……これも全て、あなたのせいなのよ」

 

意味が分からないしこっちは笑えない。

何だ何だよ何ですか。

 

 

「君に何があったのか余計な詮索はしないけど、これだけは教えてくれよ。"朝倉涼子"ってのは偽名なのか?」

 

「さあ。……あら、そう言えばあなたは知らなかったわね」

 

こうして俺たちは出会っちまったのさ。

しみじみと思う。

偶然だと信じたい、と。

 

 

「こう見えても私。宇宙人なのよ?」

 

死んだはずの一人の精神と、異世界へ送られたもう一人の精神。

未だによくわからないが二人の宇宙人の精神が一つになっているらしい。

これってギャグなのか?

結論から言うと、それはギャグなんかではなかった。

後に嫌と言いたくなるほどに身をもってその事を思い知らされた俺が言うんだから違いないね。

 

 

「私の話を聞いてくれるかしら。質問はその後よ」

 

異世界人、朝倉涼子と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よしわかった。

一言だけ俺に言わせてくれないか。

 

 

「オレにどうやってそれを信じろって?」

 

「信じようが信じまいが、確かな事実なのよ」

 

彼女の話が終った頃にはすっかり日が暮れて、もはや数分後には夜だ。

本を読む時間なんてあるわけがなかった。

いや、それどころかもっと厄介なお話を聞かせられたんだからな。

 

 

「こことは違う何処か別の世界に住むオレに飛ばされた? そのおかげで死んだはずの朝倉さんが復活できたって?」

 

神、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。

君の眉毛ほどじゃあないけど。

 

 

「眉唾物だな」

 

「……喧嘩でも売っているのかしら?」

 

「こっちの台詞なんだけど。本当だって言い張るなら証拠を見せてほしいね」

 

「ふーん」

 

とだけ言うと、次の瞬間には俺の身体が硬直した。

時が止まったようだったが止まったのは俺の身体だけらしい。

事実として彼女は動いていた。

 

 

「どう? これでもちょっとした手品だ、と思うかしら」

 

思った所で返事が出来ない。

しかしながら彼女は満足した様子で。

 

 

「わかってくれたみたいね」

 

俺の身体に自由が戻った。

信じられるか? 催眠術の類でもなかったんだぜ。

事後催眠ならば身体の支配とて容易いが俺は彼女に一発目をもらった覚えなどない。

彼女とまともに話した事なんて今までに一度もない。

突然クラスから消えたと思えば、狙ったかのように俺の前に現れた。

そして俺はこの有様だ。

 

 

「ざまあないぜ」

 

「とにかく、そういう事だから」

 

はいはい。

続きはまた明日にでも聞きますよ。

俺は仕方なしにこの本を家で読むとするさ。

ドヴォルザークの家路を脳内BGMにしながら公園の外へ出た。

そうこうしている内に、三十分ぐらいで家に着いた。

 

――で。

 

 

「朝倉さんの家ってさ、この辺なの?」

 

「違うわよ」

 

さっきからずっと無言だったけど、彼女は俺の横についてきた。

家の方向が同じなのかとも思ったけど因縁の相手らしい俺にそれはどうなのか。

俺が見送りをするのならわかるけど彼女がそうする必要性がわからない。

すると。

 

 

「私は今、この世界に存在してはいけない端末なのよ。処分されちゃったから」

 

「だけど君はここに居るじゃあないか。オレの目の前に。君の家がどこかは知らないけど、送迎くらいならしてあげるよ」

 

「その必要はないの。私の存在が情報統合思念体や他の端末にバレたら面倒な事になっちゃう」

 

今になったからこそ言える。

俺の一ヶ月と少しの平穏な高校時代は、五月半ばのこの日に終焉をとげた。

嵐の前の静けさ、という言葉の意味がよくわかるのさ。

文句を言うつもりがなかった日々から文句を言う余裕がなくなった日々に変化した。

最初から期待していたのか?

俺は心のどこかで、つまらない日常から脱却したかった。

諦めていた。

だけどこの時に俺の心は決まってしまった。

運命や宿命を信じるかは人それぞれだ。

俺は信じていたけど、アテにはしていなかったんだよ。

 

 

「だから私はあなたの家に住むことにしたわ」

 

「……何だって?」

 

「明智黎なら誰も注目していないもの。キョン君よりはよっぽど確実ね――」

 

もう一度言わせてくれないか。

こうして俺たちは、出会ってしまったと。

 

 

「――さあ。私を殺しかけた責任、とってくれる?」

 

「もしオレが、君に迷惑をかけた異世界人のオレに会えるなら一言だけそいつに言いたいね」

 

地獄に落ちてくれ、って。

俺が抵抗したところで彼女に敵わないらしいのは理解出来た。

とりあえず彼女にそれが無理だという事を知らしめなければならない。

合鍵でドアをカチャリと開ける。

黙って二階の俺の部屋まで行ってもよかったが、彼女には即刻退去願いたかった。

 

 

「ただいま……」

 

今にも死にそうな顔で俺はそう言った。

晩御飯の用意は既に出来ているらしい母は俺を見て。

 

 

「おかえ……」

 

「お邪魔します」

 

俺の隣にしたり顔で立つ自称宇宙人を見て放心した。

安心してくれ、俺だってそうなる。誰だってそうなる。

残念なことに"母は強し"なる言葉が精神的なそれを指すことは俺も理解している。

直ぐに立ち直った母は。

 

 

「嘘。あんた、いつの間に彼女なんて作ってたの!?」

 

どう説明しようか。

こいつは俺の家を隠れ家にせんとしているんだ。

言わばインベーダーな訳だ。

恐怖による支配は遠慮願いたいんだよ。

 

 

「朝倉さん」

 

「なあに?」

 

「素直に話すのが、一番だと思う」

 

長話になることは俺が実証済みであった。

平日の帰りに親父がほぼほぼ晩飯時を家族として共に出来ない事など昔からそうだ。

今となっては馬鹿な兄貴も居ない。

母子二人だけの晩餐に、年頃の女の子がプラスされる。

昨日までならとてもじゃないけどあり得ない光景だった。

 

 

「……黎」

 

かいつまんだ説明を聞いた母は俺の名を呼んだ。

神妙な面持ちで、何でございましょうか。

 

 

「明(あきら)もそうだったよ。厄介事に好かれてるのか、あんたの方が好きなのか」

 

「兄貴の話はいい……」

 

「こっちにとっては二人とも大切な息子なんだから、気にしないわけにはいかないんだよ」

 

「今は関係ないだろ」

 

それにしても信じる気になったのか?

荒唐無稽な話もいいとこだ。

俺があなたの立場なら精神科を奨めるよ。

母は呆れた顔で。

 

 

「嘘をついているようには見えない。人を見る目はある。これでもあんたの倍以上は生きてる」

 

「知ってますとも」

 

「朝倉さん、で良かったかい?」

 

「はい」

 

「二階に空き部屋が一つある。今日だけは敷布団で我慢してくれないかい? ベッドは明日用意するから」

 

空き部屋ね。

もしかしなくても兄貴の居た部屋だ。

俺の書斎と化してはいたが、それでも広々としている。

 

 

「うちでよければ好きなだけ居てくれていい。でも、出来れば黎と仲良くしてやってね。友達が居ないから」

 

余計なお世話だ。

それと、と釘を刺すように母は。

 

 

「くれぐれも、朝倉さんに変な事はしちゃだめよ? 黎!」

 

「アイアイサー」

 

俺の名前は明智黎、15歳。

髪の色と瞳の色、日本人らしい真っ黒色。

職業、高校一年生。

特技、特定条件下における"EMP能力"の行使。

 

――分類、精神感応能力者。

もっともこれは、俺しか知らない事だけど。

 

 


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