いつか、どこかで言ったと思うが俺はゲーマーではない。
と言っても流石に"りゅうおう"だとか魔王は"バラモス"じゃあなくて"ゾーマ"だって事ぐらいはわかる。
もしくは調和を司る神"コスモス"と混沌を司る"カオス"の二柱の神が。
「おまえは いった…い な…にもの…… ウボァー」
と飽きもせず戦いばかり繰り広げているんだって事も、まあ、知識としては知っている。
……正直言うと、流石の俺もRPGぐらいはやった事あるって。
ドラゴン探求とか最終幻想とか、中古で安いんだから大した出費でもなかったさ。
――で、今回の俺が何を言いたいかと言えばだな。
「RPGのパーティって四人だろ……常識的に考えて……」
「どうかしたの?」
「いいや。朝倉さんはやっぱり可愛いなあって」
「えへへ」
俺と朝倉さんは一列に並んだパーティの左端でこの調子だ。
豪華なのか壮大なのかとにかく無駄としか思えない造りの宮殿で王様らしき人物の前。
関係あるか。話しているのは勇者の涼宮さんなのだ。
彼女の横に並ぶ全員はサポートキャラでしかない。
だってそうだろ。勇者は基本的にパーティから外せないからな。
そしてザ・キングと言わんばかりにでっぷりとして頭に冠まで乗せた玉座に座すじいさん。
少しばかり間隔を空けて俺たち七人に向かい座る彼はようやく重い口を開いてくれた。
「おお、おぬしらが勇敢な若人……。そして……勇者よ。勇者ハルヒコよ!」
一応言っておくが安心してほしい。
女勇者だから。
「世界を救えるのは勇者として生まれるべく生まれたおぬしだけなのだ。あの大勇者ヤスミの血を引くおぬしだけが……。どうか、どうか魔王を倒しこの世に光と平和をもたらしてはくれぬだろうか。老い先短い余の……最後の望みがおぬしらなのだ」
「ふーん」
ヤスミンだか何だか怪しい大勇者やらの末裔、それが勇者ハルヒコ。
当の本人はどこ吹く風で適当に聞いているようにしか思えなかった。
彼女の勇者装備、紅いマントが何のためにあるのか。
魔物の返り血を浴びても平気だからだとしか俺には思えないね。
そして大様による一通りの話が終ると彼女が。
「でね。あたしは別に名誉が欲しくて勇者やってんじゃないのよ。わかる?」
これではどっちが偉いのかがわからない。
王様の少し横に視点をズラせばよくわかる。
宰相らしきおっさんが「こんな奴らに頼りたくない」と言わんばかりの微妙な表情なのだ。
同情してやる。だけど俺も涼宮さんに同感だ。
「血税を誰が搾取しよーが誰が偉そーにしようが構わないけどね」
びしっと右手の人差し指を王様に突きつけ、高らかに。
「あたしがこの世で一番偉いのよ! 魔王だか何だか知らないけど、そいつは自分こそがこの世界の支配者に相応しいって勘違いしてるんでしょ? あたしたちはそれをとっちめに行くだけ。あたしより自分が偉いって勘違いしてるわけだからね」
「……」
「だから、いい? しっかり報酬が支払われないようなら魔王の次はあんたよ? こんなしょぼい国のへぼ軍隊なんて一時間あれば殲滅出来るんだから」
圧力外交ここに極まれり。
交渉の基本とはいかに自分を上に立たせるか。
しかし、下の相手に付け入る隙の一切を与えてはいけない。
涼宮ハルヒに死角などなかった。
「たっぷり寄こしなさいよ! まずは一番いい装備にするためのお金からちょうだい!」
「なんと……」
本当に気の毒だ。
こんな連中にしか頼れないこの国が。
あるいはこの世界が気の毒だ。
お前さんはどうなんだよ、プータローみたいな恰好の古泉。
「いいんじゃないでしょうか。相手は人外、魑魅魍魎の類なのでしょう。でしたら容赦する必要はありませんよ」
「涼宮さんはそのうち反乱起こしそうな勢いなんだけど?」
「人間誰しも勢い余ってということもあり得ますから、その時はその時です。不可抗力ですよ」
こいつもこいつでクズみたいな発言を平気でしやがった。
少し身体を前に傾けて横のみんなの様子を見てみる。
戦士キョンは目を閉じてひたすらこの光景から逃れようとしている。
長門さんは盗賊どころか暗殺者のように気配を殺して無言で佇む。
魔法使いの朝比奈さんはやっぱりあたふたしているという訳だ。
「吟遊詩人なんだろ。オレを晴れやかな気持ちにさせてくれないかな」
「流石にこの場で歌うわけにはいきませんよ」
「だったら収拾つけてよ」
「その必要はありません。もう話はついていますから」
それを認めたくないんだよ俺もキョンも。
パーティの一番端である俺の左を占領するトレジャーハンター朝倉さん。
服装はさながらジン=フリークス。
俺より念能力者っぽいのはどういう事なんだ?
そして世界観ブチ壊しなのが俺の恰好。
Vネックの白Tシャツ、肩口にはボアが施された黒いレザージャケット、パンツ。
皮のブーツ。ベルトは十字になるようにややこしく組み合わせている。
職業は傭兵。
「"スコール"かよ……」
某RPGの8作品目の主人公だ。
服装に足りない物はチェーンネックレスぐらいだった。
俺だけ現代の服装だよ。いいのかそれで。
「いい恰好してるじゃない」
「褒めてくれてありがとう。けどもっと他にも職業の選択肢はあるはずだろ。武闘家の方が念能力者らしいんだよ」
「そんな人種より間違いなくこっちの方がかっこいいわよ」
確かに俺は朝倉さんのようにどんな服装でも許されるような人種ではない。
それでもこの集団の中で俺は目立つだろう。
俺が町民なら二度見するね。
「出来ればベンズナイフを持ち込みたかったんだが」
「あら。私今持ってるわよ? どうやら私の装備はこれみたいね」
スッと彼女の懐から取り出されたのは間違いなく俺が所持しているはずのそれであった。
……いや、朝倉さんにあげたような気もする。
具体的にそれがいつかまでは記憶がハッキリしない。
思い出せるのは俺たち七人がSOS団で、異端者集団だということ。
朝倉さんと本物の恋人になれたとかも大事なんだけど、ベンズナイフについては大事ではないらしい。
俺にベンズナイフをくれた兄貴には申し訳ないがそんなもんである。
思い出せないけど暫くは顔を合わせてもいないはずだし。
生きているのか死んでいるのか。
「魔王が戦いやすい野郎である事を祈っておくよ」
「女だったら戦いたくないって?」
「美人は罪だよ。だけど朝倉さんは例外だし何より死罪ってほどじゃあないからね」
「つまり私が始末すればいいのね」
「時と場合によりけりで」
涼宮さんは王様と金銭交渉を続けている。
むしれるだけむしるつもりらしい。
宰相は今にも泣きだしそうな顔であった。
王様が気絶していないのが幸いだね。
「えげつねェな……」
ここがグリードアイランドではない、比較的良心的なRPG的世界の中だという事は把握した。
どうしてこうなったかって?
決まってるでしょ。涼宮さん以外に犯人は居る訳ない。
何のつもりなのやら。
「ふんふふーんふーん」
それが何なのかさえよくわからない鼻歌をしながら先頭を意気揚揚と歩いていく涼宮さん。
宮殿を後にする俺たち七人が後に"七英雄"と讃えられるまでの名誉は多分手に入りそうにない。
確かに俺も傭兵らしいからな。スコールだって給料を貰っていた。
いつの時代もどこの世界も結局は資本主義なのか。
「はぁ、はぁ、ちくしょう。何で俺がこんな目に」
「お前の分は運ばないからな?」
「余裕そうだな、手伝えよ」
「聞いてたのかよオレの話」
荷物運び係には慣れているはずのキョンと言えど、金貨が盛り沢山の宝箱を背負うのは一苦労らしい。
言うまでもなく力仕事など男子の仕事。
女子はこんな世界においても楽をしていく生き物なのか。
普通こういう時代背景では女は家に居るだけみたいな旧日本的扱いなのではなかろうか。
かかあ天下ではないが、野郎の立場が低いのは俺たちぐらいなものだろう。
勇者どころか食物連鎖の頂点だと自分を勘違いしているんだぞ?
涼宮さんは。
「キョンは戦士なんだから根性見せろって」
「俺がっ……はぁ…誰に根性を、見せなければならん。説明しろ」
「そりゃあ勇者様だろうよ」
「ちいっ」
俺だって同じような立場さ。
それを良かれと思ってするかどうかが俺とお前の差だ。
早い所こっちのステージまで来いよ。
女嫌いでも何でもないんだろ?
「お前は、まったく、羨ましくも何とも思わんがな」
「思ってくれても困るからね。オレは朝倉さんが好きなわけだし」
「知るか。どいつもこいつも……押し付けがましい……」
勇者一行がする話にしては緊張感に欠けている。
あるいは危機感か。
とは言え、魔物とか魔王だとかに負けるようなヤワな連中ではない。
俺なんか伝説の傭兵と呼ばれている男と同じ格好だぞ?
その称号だけで言えばスネークと同じになってしまう。
段ボールでエンカウント率をゼロにしてやってもいいぞ。
持ってないけど。
そうなると"RPG"もロールプレイングゲームの略ではなくなってしまうな。
俗には"ロケットランチャー"とされているが正確には違ってだな……。
「まっ、最初はこの程度のお金よね。まずまずよ」
涼宮さんからこれまた物騒な話が聴こえてきた。
本当に魔王討伐を達成した日にはいったいどうなってしまうのか。
この国の未来が勇者ではなく魔王にかかっている事だけは確かだった。
これでいいのか。
うん、いいよな。
「誰が正義とか誰が悪とか……オレたちが楽しけりゃ、それでいいのさ」
「それでいいわけ、あるか」
「わかってないな戦士キョンよ。なんとかならないものをなんとかしようとするのは欺瞞であるばかりではなく偽善でしかない。オレながら良い格言だろ? メモしておいてどこかで使いなよ」
こんな世界にボールペンもメモ帳もあるわけなかったがな。
城下町の文明レベルはそれなりといった感じで、14世紀中ごろのヨーロッパはきっとこんな感じだろう。
【ゼロの使い魔】の世界の方が文明的に発達しているのかもしれない。
行ったことがないので検証のしようはないんだけども。
「腹が減っては戦なんて出来ないんだから。武士は食わねど高楊枝とも言うわね」
涼宮さんはそう言って早速必要経費よりも多くお金を使いそうな雰囲気を出してくれた。
王国の財政基盤を崩壊させにかかった張本人が、その王国から得た資金でだ。
一番いい装備を頼むのではなかったのだろうか?
いや、そんな必要がない事は俺だって充分承知しているとも。
"武士は食わねど高楊枝"の意味を涼宮さんが正しく理解しているかはさておいて。
――で、居酒屋らしき木造建築物のお店に勇者一行はやって来たわけだ。
思い立ったが吉日と言った所で準備は必要だし、英気を養う必要だってあるだろう。
どうせ俺たちが必ず勝つにせよさくっと終わらせてくれるほど涼宮ハルヒは優しくない。
「今日は奢りよ奢りー! 支払いは国王負担だからじゃんじゃん飲み食いしなさい!」
店の中は彼女のその一言ですっかり宴会ムードに。
俺たち以外の連中の分まで奢らせるつもりの大盤振る舞いらしい。
そして勘違いしてもらってほしくないのは宝箱に敷き詰められた金貨を彼女が使うわけではないという事だ。
店の主人は後程お城へ出向き、王様にツケを請求するわけとなる。
どうせこの世界は現実じゃないだろうから俺にはこの国の未来など関係ない。
事実として店のど真ん中に大きなテーブルを用意して俺たち七人が暴飲暴食を延々とし続けている。
どうだ? 平和にしてやったぜ?
そんな俺の適当発言に対し戦士キョンは。
「これのどこが世界を救う勇者様ご一行なんだ?」
「何か疑問でもありますか?」
「謎だらけだ」
俺はとっくに考えるのを止めたけどな。
気が付いたら七人揃ってお城の前に並んでいたんだ。
衛兵たちがお辞儀する中、宰相さんに連れて来られて冒頭に至るという訳だよ。
涼宮さんと朝比奈さんは現状を普通に受け入れてしまっている。
前者に関して言えば今のこの状態こそが自然なのだと言わんばかり。
「オレがここに飛ばされるまで何をしていたのか? どうにもその部分だけが思い出せない」
「このロープレ世界にいるのもハルヒの仕業だろ」
「さあ、断言は出来ませんね。全て憶測でしかものを語れませんよ。僕も明智さんと同様に、それ以前の記憶があいまいでして」
「異世界人も超能力者もアテに出来ない事がよくわかったぜ」
今の俺たちは職業は学生じゃあないし、役割も勇者パーティのそれだ。
実績がまるでないんだからアテにされても困る。
涼宮さんは『酒! 飲まずにはいられないッ!』といった様子で発泡酒をガンガン飲み干している。
未成年飲酒を咎めるルールさえないのだ。何より勇者のする事か。
『飲んどる場合かーッ!』とはまさに今の俺たちの状況であったのだ。
「……」
「このドレッシングは中々いいわね。後でシェフに話を聞きたいわ」
長門さんは出される料理という料理を平らげていく。
宇宙人の胃袋は宇宙なのだろうか。
言っておくが俺は小宇宙(コスモ)を感じた事はないぞ。
朝倉さんは何を気にしているのかサラダ中心の食事をしている。
こんな所で好き勝手食わないのはどうなのか。
様々な種類の謎の肉は美味しかったが、信頼出来そうな食材かどうかまでも謎であった。
「あたしの魔法、見たいですか?」
ほろ酔い気分の魔法使い朝比奈さんはそんな事を突然言い始めた。
店を爆発とかシャレになりませんよ。
すると右手を右耳に近づけ、一瞬覆う。
「耳が……ちっちゃくなっちゃいましたあ!」
その手を遠ざけた瞬間、彼女の右耳が消えていた。
嘘だろ。と思ったのは本当に一瞬で何て事はなかった。
耳の穴に耳を丸めて隠していたのだが……どっかのギャングスターの一発芸だ。
魔法というか隠し芸でしかない。
「やれやれ……明智は何か出来ないのか」
程よい満腹感の中、キョンはふと思い出したかのようにそう言った。
お前は俺に何を期待しているんだよ。
「お前だけどう見ても変じゃないか。ただのチャラ男だ。傭兵になんて見えないんだが」
「文句はオレに言わないでくれ」
「傭兵って言うからには武器でもあるんだろ」
確かにそうだ。
RPGな以上最低限の装備はある。
防具としての性能はさておき、各々職業的恰好はしている。
長門さんは盗賊らしいが素手だけで問題ない。
朝比奈さんは木の棒きれみたいなものを持っていた。杖らしい。
古泉など武器ですらない。堅琴。
それでどうやって戦うんだ?
「僕の歌声で世界が平和になるのであれば、いくらでも歌いますよ」
よしてくれ。
誰も聞きたがらないから。
「では、演奏だけで」
古泉は頼みもしないのにポロンポロンと片手で弾きはじめた。
上手いとも思えないがしっかりと弾けるだけで充分だろうよ。
多芸だな。
「それで。明智は何か持ってないのか」
うるせえよ。
昔の朝倉さんなら許せたけど野郎相手にせがまれて何が楽しいんだ?
そんなに見たいのかよ。
「どうもこうもないな……」
そう言いながら席から少し離れて、左手を水平にする。
出ろ、と念じるとそれは一瞬の内に出てきた。
「何だそりゃ」
「……知らないだろうね」
柄は銃グリップのような形状をしている。
しかしながら銃の発射口など存在せず、銃身は途中から刃に変化している。
スコール・レオンハートの代名詞――。
「――"ガンブレード"さ」
それが出ること自体は問題なかった。
問題は装備の質であった。
刀身は青白く発光しているし、鍔の部分には獅子に羽根が生えたような動物の装飾が施されている。
ああ、負けるわけがない。
スコールが主人公を務めるFF8における彼の最強装備。
"ライオンハート"。
「レベル10でも一発2000ぐらいの威力は出るよ」
「意味がわからん」
「変態が使うような武器だ。キョンには扱えそうにないから安心していいよ」
俺が扱えるかどうかは疑問だけと。
とにかく、ライオンハートは確かに手間さえかければ序盤でも手に入る最強武器(笑)だ。
だからと言って最強は最強で、これがあれば他のガンブレードを装備させる理由はグラフィックの変化を楽む以外には存在しない。
魔王だか何だか知らないがそいつが勝てる要素はないのさ。
――馬鹿馬鹿しいよな。
油断はしてなくても物事を甘く考えちゃ意味ないのに。