異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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異世界人と俺氏の憂鬱
予告 真説:異世界人こと俺氏の憂鬱


 

 

――"物語"には"敵"が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんてふざけた事を言い出したのはどこのどいつだ?

もし俺がそんな事を言い出した奴に会えるのなら殴ってやりたいね。

今更勝負だとか善悪だとか、敵か味方かなんて話を論じるつもりはない。

そうさ、考えるだけ無駄なのだ。

敵を殺したり、殺されたりなんて物騒な話は望んではいない。

全てのページの内容がギャグで織り成されている面白いライトノベルがあったとしよう。

キャラも魅力的――女性キャラは萌え系――で、引き込まれる独自の世界観。

主にこの作品は若者を中心にヒットするわけだ。

やがてTVアニメ化やゲーム化をはじめとするメディアミックスも行われるだろうな。

だが、原作はライトノベルである。つまり文学作品。

その作品がヒットした理由。日常に潜む非日常が売りなのだ。

非日常の世界から帰って来られないみたいなバッドエンドは求められちゃあいない。

最後のページだけ突然ホラーになってしまうなんて納得できない。

誰だってそうだろ?

 

 

「だからオレも」

 

行かなくっちゃあな。

ま、直ぐに帰って来るよ。

心配するなって。

 

 

「じゃあ、また後で」

 

すっと右手を彼の方へと差し出す。

何も言えないといった表情で彼はそれに応じてくれた。

野郎の手を握りながらってのは、中々酷だ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺の高校生活。

何も掘り下げて考える必要はない。

紛れもなく涼宮ハルヒを中心とする騒動に巻き込まれた青春時代。

自分から飛び込んでいったような気がしないでもない。

気にするなよ。俺は気にしないんだから。

一年生の時は本当に色々あった。

分岐点は間違いなく高校一年生時であり、主に朝倉さんに関してだ。

今でこそ綺麗な形に落ち着いている――何より朝倉さんが綺麗なんだから――が当時の俺の心中をお察し願いたい。

それこそ影では苦しんでいたのかもしれない。

俺が思うに当時の自分は素直になっていなかっただけなのだ。

ふっ。これじゃあキョンの事を俺はどうこう言えそうにない。

鈍感系を気付かぬうちに演じていた、あるいは演じさせられていたのだ。

朝倉さんと俺は体のいいモデルケースに過ぎなかった。

 

 

『――私と一緒に死んでくれる?』

 

うん、いいよ。

俺は彼女に魔法をかけられたのさ。

いつかどこかで言ったはずだ。

まじないは、呪いだと。

……と格好をつけて言うのはここまでにしておこう。

正直、その瞬間の彼女を思い出すだけで俺は白米と水の二点を晩御飯として頂く事を許せてしまう。

やっぱりあの時に俺はキスをするべきだったんじゃあないのか?

何を紳士ぶっているんだよ。ヘタレ、チキン、甲斐性なし。

朝倉さん側だって普通に受け入れてくれそうだった。

後には。

 

 

『あの時なら、私きっとキスされても受け入れてたわよ』

 

などといったマジで天使いや女神のような発言さえしてくれた。

悔やんでも悔やみきれないとはまさにこの事。

俺は万死に値する。

涼宮さんが言う所の『死刑だから』ではないか。

けど俺の不甲斐なさ故にファーストキスはもっといい雰囲気の中で――キョンと長門さんに演出された感はあるが――する事が出来た。

差し引きゼロにしといてやるさ。

 

 

『――悪いことは言わん、やめとけ』

 

うるさいよ。

お前さんの正体だとかその辺の話はどうでもいい。

結果として周防と仲良く過ごしているんだろ。

前に自分の手で勝ち取れとか何とか言っていたな。

俺が保証する。お前さんは勝ち組だよ。

 

 

『一度しかない高校生活だ。どうせなら楽しく過ごしたいからよ』

 

そうかい。

確かに楽しかったな。

谷口。

 

 

 

――そう、分岐点は一年生の時であった。

では高校二年生はどうだったのか?

いつも通り。

 

 

「どうもこうもないさ」

 

嘘だ。

分岐だとか選択だとかで済む話ではない。

この二年の時の事件に比べれば、高校一年など"振動"でしかない。

まさに"激動"の一年間。

それが高校二年生の日々だった。

大体からしてスタートがおかしい。

佐々木さんが出て来たかと思えばズラズラと。

 

 

『――』

 

『あたしたちは、涼宮さんが現在所持している能力ですが……それは本来佐々木さんに宿るはずのものだったと確信しています』

 

『ふん。名前などただの識別信号だ』

 

宇宙人、超能力者、未来人に。

 

 

『ふっ。私にも居たさ……命をかけれる相手。そう、浅野君が……』

 

未だにその行動原理の全てを理解できない相手。

異世界人として登場した俺の親友。

そして一年前のように世界崩壊一歩手前。

信じられるか? 信じられないよな?

 

 

『この物語はフィクションです』

 

全部本当の出来事なんだよ。涼宮さん。

それを彼女が知るのはもう少しだけ後の話だ。

二年生の、本当に終わりの時の話になる。

思い出しているとだんだんムカっ腹が立ってきたぞ……。

主人公のくせに俺より"決着"をつけるのが遅かった。

そうだキョン、お前だお前。

他に誰が居るよ。

大学に入ってからでも彼女といちゃいちゃするのは遅くないってか。

これだから日本の大学生の知能指数は小学生のそれと大差ない、だなんて言われちまうんだ。

プラトニックな恋愛をしたがるような野郎でも何でもないのに。

 

 

『やれやれ』

 

……そう。

まずは続きから。

いや、その前段階となる話からしよう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――後の俺の中で"魔の一週間"と呼ばれる事になる一週間。

そう、涼宮さんと佐々木さんを選ぶとか何とか。

ともすれば元の世界の俺が死んだ好きな人を救いたいとか何とか。

その死んだ本人も幽霊的存在として登場しているのだから無茶苦茶だった。

何より無茶苦茶な状態のまま世界が滅んでもおかしくはなかった。

普通に生きて普通に死ぬのなら涼宮さんだって本望だろう。

しかしながら、あの時の彼女は我を忘れるままに死にたくなる衝動を叩きつけられた。

ご丁寧に『誰にも迷惑をかけず』といった様子で俺たちに確かな手間はかけさせたのだ。

恨んじゃいないさ。

 

 

「……」

 

「お昼前には話が終るのかしら?」

 

さあ。

それはこれからキョンが話す内容次第だよ。

全てが終わった金曜日から二日後。

日曜日の会議の続き。

妹さんに連れてかれた宇宙人二人がようやくキョンの部屋に帰還。

今、妹さんは十時のおやつを済ませてシャミとお昼寝しているらしいのだが……まるで幼稚園児のような生活サイクル。

あの見た目で小学六年生。

数年後の彼女はどこまで爆発的な成長を遂げるのだろうか。

気になる。

キョンは「さあな」と前置きして。

 

 

「本当なら朝比奈さんにも話しておきたかったが……後でいいか」

 

「それではお聞かせ願えますか。あなたが体験した金曜日の出来事について」

 

古泉が言う、キョンの体験した金曜日の出来事。

それは彼が閉鎖空間から消え、自宅に戻るまでの間に起こった出来事らしい。

しかも、なるべく俺たち全員が聴いた方がいい部類の話。

 

 

「俺に何があったのか。結論から、言うとだな……」

 

苦い物を吐き出すかのように。

あるいはどこか恥じらいを見せながら、キョンは。

 

 

「……日付がようやく変わるかという時間帯に、俺は部屋に居た」

 

「部屋ですか。しかしながら、あなたがご自宅に戻られたのは午後八時のはずでは? 日付が変わると考えるにはいくら何でも早すぎるかと思われますが」

 

「違う。俺が居たのはハルヒの部屋の……それも、あいつが寝ている最中のベッドの上に、だ」

 

お、お前……。

いつの間にそこまで話が進んでいるんだ。

凍り付く俺、元々反応が希薄な長門さんと気持ち悪い笑みを浮かべる古泉。

そしてジト目でキョンを見る朝倉さん。

何だ何だよ何ですか大先生。

昼間に、尚且つ女子の前でその手の話題はいかがなものか。

俺は思い出したと言っても"驚愕"のラスト部分なんてまるで覚えちゃいないんだ。

ともすれば【涼宮ハルヒの憂鬱】は世の中の青少年たちが閲覧できないような話になっているのか。

確かに大先生は大人な話も書くお方だったが、年単位で新刊を待たせてその内容は。

 

 

「勘違いするな。確かに際どい体勢だったが不可抗力だ。俺は何もしていない」

 

「何かする予定があったのかしら?」

 

「……」

 

「あるわけないだろ」

 

ここから数分間にわたるキョンの歯切れの悪い長話が始まったので要約させていただく。

古泉が。

 

 

「つまり、あなたは約一ヶ月後の未来に飛ばされ、そこがたまたま涼宮さんの自宅の部屋の中で、その日はたまたま――」

 

「ああ。SOS団結成一周年記念日だった……お前や朝倉は知らないだろうがな」

 

「私は知ってたわよ」

 

「仮にも監視対象でしたので。僕もその日を存じ上げておりますよ」

 

二人ともこっち側の人間だ。それはそれで構わないさ。

だけど朝倉さんはさておき古泉よ、盗聴といい『機関』はどうなってるんだ。

スパイ活動がしたいのなら俺の与り知らぬ所でやってくれないかな。

 

 

「現在はそのような活動からは手を引いておりますので、どうぞご安心下さい」

 

「お前さんからそのような台詞を聞くのは初めてじゃあないと思うんだけど」

 

「申し訳ありません。僕の語彙力不足が故の事態ですよ」

 

こいつの言い訳はキョンより性質が悪い気がしてならない。

ボキャブラリーと監視盗聴の因果関係はどこにあるのか。

気にするだけストレスだ。シャミも居ないし、朝倉さんを眺める事にする。

……言う事なしだ。

 

 

「で、一周年記念のサプライズとして俺がプレゼントを持って登場した……という設定でその場をどうにか凌いだわけだ。お前らに夜遅くなのにも関わらず手伝ってもらってな」

 

「サプライズですか。いかにも涼宮さんが喜びそうな話ですね。もっとも、あなたが涼宮さんに対して何か個人的に行動を起こすのであれば、大抵の事を彼女は受け入れてくれるでしょう」

 

「はあ。そんなもんかね」

 

「……」

 

「朝倉さん。キョンは本気でああ言ってるみたいだよ」

 

「口先だけは達者なのよ。いざという時の決断力は評価してあげられるけど」

 

基本的に朝倉さんは他人に対して辛口評価だった。

その後、古泉による平行世界やら時間遡航やらに関するこれまた長ったらしい講釈が始まった。

こいつは何かの教授にでも憧れているのか。

年齢不相応な知識を無駄に持ち合わせている。

 

 

「もしかすると、朝比奈さんたち未来人は自らの住む時間軸の未来のために来ているのかもしれません。可能性の数だけ未来は分裂していきます。まるで木の枝のように。余分に生えたものは切り取ってしまえ、といった次第ですよ」

 

古泉の推理はさておき、一ヶ月後に飛ばされたはずのキョンがこの場に居る。

つまり彼はこの時代に送り返されたのだ。

恐らく朝比奈さんの協力を得て。

 

 

「プレゼントは俺一人で用意しなければならないらしい。中身さえ俺には知らされなかった」

 

「当然でしょう。あなたが一人で悩み抜いてからこそ結論を出すべきだ」

 

「期待しないでくれよ」

 

俺は少しぐらい疑問に思うべきだった。

喜緑さんの登場もそうだ。

そもそも、情報統合思念体が世界の分裂なんて一大事を知らなかったのか?

……な、訳がなかったんだ。

ご丁寧に朝倉さんや長門さんに余計な情報を与えない徹底すらしていた。

世界の外側に存在出来る存在。

だけど朝倉さんは、俺の方に来てくれたんだ。

俺はそのお返しをする必要がある。

同時に、"決着"をつける。

 

 

「大丈夫ですよ。心がこもっていれば、それで」

 

お前さんにその心はあるのか?

古泉一樹の裏事情を知るのもまだ後の話となる。

宇宙人未来人だけじゃない。

地球人にもしがらみはあるのさ。

 

 

「……」

 

「すっかりいい時間じゃない」

 

「どこか飯にでも行こうよ。キョンの奢りでさ」

 

「遅刻も何も、集まってさえいない俺が何故お前らに奢らねばならん」

 

無礼講さ。

……重ねて言うが、俺は疑問に思うべきであった。

ホイホイ時間移動なんかして、何も問題はないのか。

ないわけないだろ。

長門さんだって、原作の藤原だってPTDDには苦言を呈していた。

聞けばキョンがこの時代にそのまま時間移動で戻るのは既定事項だったらしい。

だとすれば。

他の手段よりもそれが優先された、という事になる。

ドタドタと、廊下からこちらに近づく足音がしたかと思うと。

 

 

「どっか行くのー?」

 

キョンの妹さんがこちらの様子を窺いに来た。

やけにいいタイミングで、タダ飯にありつこうと言うのが見て取れた。

時刻は既に十二時を回っていた。

キョンの母は二人の料理くらい用意するだろうに、申し訳ない。

 

 

「馬鹿言え。ワリカンだからな」

 

「妹さんの分でしたら僕が持ちましょう」

 

「そうしてくれるとありがたいな」

 

イケメンは懐の広さもイケメンだと言いたいのか。

俺はそこまでケチではないが、貰えるものは貰いたい主義だ。

奉仕の精神とは程遠い。

妹さんを呆れた眼で見たキョンは。

 

 

「お前は先に玄関へ行ってろ」

 

「はーい」

 

彼の言葉に従い、再びドタドタと足音を立てて去って行った。

この日俺は特に何かを話さなかったがその必要はなかったからね。

次にシャミセンと遊べるのはいつになるのだろうか。

そんな事を考えながら、床から立ち上がりキョンの部屋を後にしていく。

結局、適当なファミレスに行き昼食を終えるとこの日は解散となった。

ミックスグリルのプレートは王道だよ。

 

 

「明日からはようやく待ち望んでいた日常さ」

 

一時的なものだけどね。

そんな良いのか悪いのかわからないような話を朝倉さんと二人で歩きながらしていく。

このままマンションへ向かわずに寄り道もいいと思うんだけど。

 

 

「行きたい場所は特ににないんだよね」

 

「じゃあ折角だから商店街まで行きましょ」

 

「……電車移動すか」

 

問題ないけど。

ああ、悪かった。

そう言えば説明してなかったね。

この日曜日も最終的にはデートと化してしまった。

心は晴れ晴れしているのかと言われるとやはり俺はどこかで金曜日の事を引きずっている。

古泉ではないがせめてものお詫びとして懐の広さを見せてあげなければ。

 

 

「べつにいいわよ」

 

「オレがよくないんだ」

 

「それじゃ、甘えちゃおうかしら」

 

俺のβ世界での情けない記憶がフラッシュバックしていく。

幾らなんでも夜中に彼女の家に上がりこんで抱きつくなど変態でしかない。

俺も大概だ。独り立ちせんとな。

 

 

「好きなだけ甘えてほしいね。オレは好きだから」

 

「うん。そうする」

 

すっかり腕さえ組んでしまっている。

最近では左側に朝倉さんが居ない方が落ち着かなくなってきている。

完全な末期症状。

いつもそうだと感じているが、今回こそはマジもんだ。

仕方ないだろ。

元々精神病の素養はあったんだ。

消失世界に飛ばされた時の俺を思い出してみる。

某俳優の方の藤原さんみたいに阿鼻叫喚だ。

"あ"に濁点を付けられるのはあのお方ぐらいなもんだろうよ。

俺に至ってはキョンのように心を保つ事も出来ず、ただ投げやりになっていた。

だからこそ、俺は今の日常が一時的なまやかしだとしても噛みしめたかった。

 

 

「もうオレの語彙じゃあ朝倉さんへの愛を語れそうにないよ」

 

「そんな言葉、私たちに必要あるのかしら?」

 

「ふっ。それもそうか」

 

散々遠回りしたんだ。

これからはどんな道のりでも苦労しないさ。

 

 

 

――順を追って話して行こう。

高校二年生であり、激動の一年間であった。

進学校気取りらしく二年生時に行われた修学旅行。

そういや、去年の朝比奈さんはしっかりお土産を用意してくれていた。

休みとなっているはずの平日まで部室に顔を出していたから彼女が何処かへ行っていた実感があまり湧かないが。

そんな修学旅行がチャチに思える夏合宿はいよいよSOS団は海外進出をしてしまった。

何よりその合宿は修学旅行前にやったんだ。高低差ありすぎだ。

本当に色々あったんだけど、四月の次はやっぱり五月だ。

よって俺は五月についてから話す事にした。

これも俺が個人的にそう呼んでいるだけの事件名。

"デッドマンズカーブ"。

更には俺もよくわからない自称――。

 

 

「――うむ。私は今世紀最大の魔術師と呼ばれることになる予定の男だ」

 

などと言っていた異世界人との遭遇。

とにかく激動で……一周して俺は"憂鬱"になった。

 


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