異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第十四話

 

 

 

 

涼宮ハルヒの独断によってSOS団とその他"それ"による野球大会の参加が宣言された二日後。

朝八時にメンバーは市営グラウンドに集合した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やら大がかりな大会らしいのだが、どうせ俺たちは負けるので関係のないことである。

しかしこの空気――他の出場チームは各々ユニフォームを着込んでいる――の中で、俺たちは学校指定のジャージである。

先月の段階で色々あったので、羞恥心はとくにないのだが、場違いである事に変わりはない。

この日は長門さんも流石に制服ではなくジャージだ。

 

 

キョンが連れてきた助っ人の谷口と国木田は、何やらピクニック気分といった様子で。

とくに谷口の方は鼻の下が伸びているといった有様である。

まあ、男子高校生なんだから最低でも捕球ぐらいはキチンとやってほしい。

どう見てもこの二人には危機感が足りなかった。

 

 

朝比奈さんが連れてきた助っ人のお方は鶴屋さんとおっしゃるらしく、同級生らしい。

緑のロングで、八重歯がチャームポイントの天真爛漫な彼女は、小動物的なオーラを発してはいるものの、実際に今居る女子の中では朝倉さんと並んで身長が一番高い。

小動物は小動物でも鶴屋さんはプレーリードッグといったところか。

その鶴屋さんはキョンとあいさつをした後、次いで俺の方へ来た。

 

 

「やぁやぁ。キミがウワサの明智くんだね? 意外と大人しそーだねーっ」

 

「どこでどうオレの名を耳にしたかは知りませんが、確かに明智です。あと、大人しいのはあれですよ、口は災いのもとって奴です」

 

 

「なるほどー。キミ幸薄そうだもんねぇ。強く生きるんだぞ、少年っ!」

 

確かに鶴屋さんは偉大なお方だが、大きなお世話である。

鶴屋さんはその後、笑いながら「飲み物買ってくるっさー」と言いながらどこかへ消えてしまった。

こんな感じだが心なしか谷口よりかは頼もしい。

 

 

そして予想通りだが、キョンの妹もここへ来ていた。

選手としては出せない、応援だろう。

相手にするのも疲れそうなので俺は手を振るだけに止めておいたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キョンが顔を引き攣らせながら俺に説明したところによると。

SOS団の初戦の相手は三年連続の優勝記録がある、優勝候補筆頭らしい。

この場合"持ってる"のは涼宮さんか、それともキョンなのか。

いくら鶴屋さんに幸が薄いと言われた俺でも、俺が居なくても原作の相手は今と同じだった。

 

その優勝候補とやらの上ヶ原パイレーツさんは大学野球サークルらしい。

野球に対する意識からして俺たちと違うのだ。何やら大声を出して気合が入っている。

 

 

 

それに対しSOS団の涼宮監督の作戦は悲惨なものであった。

 

出塁、盗塁、選球眼。

 

どれも素人にはやれと言われようができない事だ。相手が優勝候補なら尚更だ。

インナーマッスルくらいなら俺も彼らに対抗できるだろうが、最悪の場合は土下座をしてでも古泉に本気を出してもらおう。

何ならあいつがまだ俺に招待されていない"臆病者の隠れ家"に入れてやってもいい。

物置部屋であるロッカールームに、だが。

 

 

そして長門によるインチキ打法ホーミングモードは本当の奥の手だ。

あれをするくらいなら相手チームの選手を闇討ちした方が精神的にマシだ。

……どうせ頼る事になるのだろうが。

 

 

 

そしてアミダくじにより俺たちSOS団のスタメンが抽選抜擢された。

その結果がこれだ。

 

 

一番、ピッチャー、涼宮ハルヒ。

二番、サード、俺。

三番、センター、朝倉涼子。

四番、セカンド、キョン。

五番、レフト、朝比奈みくる。

六番、キャッチャー、古泉一樹。

七番、ライト、長門有希。

八番、ファースト、国木田。

九番、ショート、谷口。

そして補欠として鶴屋さんだ。

 

 

まあ、鶴屋さんには朝比奈さんがダウンしたらお願いする事になるだろう。

こちらの応援はキョンの妹のみだ。マネージャーなぞ居るわけがない。

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして早速、試合が開始された。

プレイボールの宣言とともに相手ピッチャーが投球モーションに入る。

一回の表。SOS団の攻撃である。

涼宮さんが右バッターボックスで構える。

ピッチャーは振りかぶって投げる、が、全力でないのは相手の表情を見ただけでわかった。

 

 

コン。

 

と金属音が響いたかと思うと涼宮さんの打球は伸びていく。

センター頭上を抜けたが、惜しくもフェンスを越えることは出来なかった。

見事なまでのツーベースヒットであった。

 

 

「全然大した球じゃないわよっ! あたしに続きなさい!」

 

最近思うようになってきたのだが、何故この人は黙るということができないのだろうか。

ともあれ、これのおかげで相手も何やら手心を加えなくなってしまった。

つまり俺のハードルが上がってしまったのだ。しかも涼宮さんと違って俺は男だし。

 

 

気怠さ半分と、俺も何やら野球を舐めているかのような態度で打席に立つ。

バッターボックスの左側に立った俺を見て彼は準備に入る。

悪いな、今日の俺は主役じゃない。二番手もいいとこなんだ。

 

ピッチャーの初球。今度は手加減抜きだろう。

けん制するまでもないと言う余裕が感じられる。だが。

 

 

カン。

 

 

インコース高めのストレートだったはずだ。俺は涼宮さん同様に初球で振りに行った。

しかし、ミートが十全でなかったのは打球の方向を見なくてもわかる。

左打者特有の、センターから左側へ逸れてしまった。

 

野球はコンマ数秒の差が勝負を変える世界だ。

俺がやや振り遅れていたのは明らかだった。

まあ、ともあれ涼宮さんは三塁へ進み俺は一塁。

 

 

何とSOS団はトーシロ集団とは思えぬなかなかの滑り出しであった。

 

 

 

 

次はいよいよ朝倉さんである。

バッターボックス右に立つと、彼女はバットを構えた。中々様になっている。

 

いよいよマズいと思った上ヶ原パイレーツ先発投手の初球。

直球軌道から右下に落ちながら曲がった。キレのあるシンカーだ。

しかしこれは内角に鋭く入ってしまい、朝倉さんも初球は見逃していた。ワンボール。

次の豪速ストレート、ど真ん中も朝倉さんは見逃しワンストライク。

 

そして次の一球。今度は内角低めのストレート。

朝倉さんはバットを一閃。

 

効果音を付けるとすれば。カッキーン、といったところか。

朝倉さんはその身体のどこにあるのかまったく怪しい剛腕でストレートをねじ伏せ、打球をバックスクリーンまで吹き飛ばした。

この日第一号のホームランである。

 

 

SOS団の先制点。

3-0。

なんか、こう、あれだ。申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたがヒットを放つなんて意外でした。いや、実力についてじゃありませんよ。僕はあなたが目立つことが嫌いな人種だと思っていたものでして」

 

ベンチに戻った俺に労いなのかよくわからない言葉をかけたのは古泉だった。

確かにそうだけど、そんな事を言ったところで、北高内で独り歩きしている俺の名前はまだ消えてくれそうにない。

 

 

「明らかに運が良かっただけさ。涼宮さんと朝倉さんの活躍には及ばないよ」

 

「それだけでしょうか。いずれにしても謙虚なお方だ」

 

「まあ、このまま終わるほど甘い相手じゃない。キョンにも魅せ場は残ってるさ」

 

俺はキョンが見逃し三振でワンアウトになった様子を眺めながら言う。

 

 

「ええ。それが一番なのですが」

 

次のバッターは朝比奈さんだ。

その様子を見た古泉は「では」と言ってネクストバッターボックスへ向かっていった。

 

 

結局この回は朝倉さんのHR以降何もなく、三連続アウトで攻守交代。

SOS団が初回から3点ももぎ取る結果となったのだが、古泉は本気を出さなかった。

 

 

 

 

 

 

こちらの先発は言うまでもなく涼宮ハルヒで、オーバースローから放たれる速球は、相手チームのピッチャーに勝るとも劣らぬものであった。

しかしながら、捕球という面においてこちらのチームは圧倒的に不利である。

とくに左後方なぞ行こうものなら、レフトの朝比奈さんが捕れるはずもない。

また、ファースト、ショート間のヒューマンエラーもあって、もはや防御陣形の変更すら考えさせるレベルであった。

こんな破綻した守備ではあったものの、涼宮さんの奮闘もあってこの回の失点は2点に抑えられた。

 

3-2。接戦である。

 

 

 

二回の表については割愛させてもらおう。

何の成果も得られずに、スリーアウトチェンジだからだ。

古泉が言ってた俺たちに興味のある人物に来てもらった方が良かったのかもしれない。

 

 

 

 

息もつかずに二回裏が始まったものの、相手チームにこちらの外野の甘さを見抜かれ、本来ならアウトであろう打球さえセーフになってしまっている。

長門さんと朝倉さんは捕球こそするものの基本的に立ちんぼで、動くことを知らない。

朝比奈さんについては残念ながらお察しである。

 

5点も奪われ、3-7で交代。いよいよもって怪しくなってきた。

いくら一部が奮闘しようと結局のところは総合力でこちらが負けているのだ。

これを機に涼宮さんにはチームプレーを考えてくれると少しはありがたい。

 

まあ、とりあえずキョン、涙目の朝比奈さんを慰めてやれ。

 

 

 

 

 

三回表の攻撃。

一巡して涼宮さんの打席である。

相変わらずの高調子で、再びの二塁打を放った。

 

 

「ヘイヘイヘイ、ピッチャーどうしたー!?」

 

だからスポーツマンシップに反する行為はやめてくれ。

学習の無さにキョンも目頭を押さえている。

 

 

初回は叩き付けるようなミートバッティングを狙って失敗したので、せっかくだから俺は遊ぶことにした。

どうせ負けそうになったら長門さんに助けてもらえばいいのだ。

この時既に俺の思考回路はマヒしていた。

バッターボックスに立った俺は、化け物女二名ほどではないものの警戒されていた。

 

とりあえず構え、初球を見逃す。

左斜め下へ曲がる変化球。カーブである。

ギリギリにストライクゾーンをかすったらしく、なんとストライクだ。

はっきり言うと審判を舐めていた。草野球だぜ、際どい。

そして次の一球も見逃す、高めのストレート。

おいしい球ではあるのだが俺は手を出さなかった。ツーストライク。

そして3球目、仕留めに来たのだろう。

ストレートと同じモーションから放たれる緩やかな一球。本日初披露となるチェンジアップだった。

 

俺はそれを練習通りに右手一本ですくい上げた。

敵も味方も例外なく唖然としていた。

秘技、片手打ちである。

どこぞの黒人選手ほどではないものの、何とフェンス一歩手前まで伸びた打球によって、俊足の涼宮さんはホームイン。

 

4-7となった。

 

しかしながら、その後の朝倉さんはバットを振らずにアウト。

そして、キョン、朝比奈さんと続いてスリーアウトにこの回も終わる。

あまりの不甲斐なさに涼宮さんは「このアホー!」と怒鳴っていた。

 

俺はホームインせずに攻守交代となり、いよいよもって雲行きさえも怪しくなってきた。

最悪、涼宮さんは大雨でこの大会をぶち壊しかねない。

 

三回裏。

キョンのスーパーセーブによって被害は最小限に留めたものの、2点を奪われており、4-9。

こちらの敗色は濃厚であった。

 

 

 

 

ベンチに戻ると、朝倉さんが何やら退屈そうな表情を浮かべていた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「飽きたわ」

 

どうやら彼女は初回時のホームランで飽きたらしく、故にさっきの打席も手を出さなかったらしい。

さっきは俺も本気と言いつつ舐めたプレイングをしてしまったが。

どうせ野球に飽きるのであればそのついでに俺にも飽きてほしいものである。

 

 

「何やらキョン君と古泉一樹が騒いでいたわ。恐らく、涼宮ハルヒによる閉鎖空間の発生ね。それも大きな」

 

「……オレも手を抜きつつあったのは謝るから、どうにか戦ってくれないかな」

 

「長門さんがどうにかするわ。任せましょ」

 

あんなに変革どうのこうので暴れていた朝倉さんがどうしてこうなったのだろう。

急進派とはなんだったのか。

もしかしたらこれは夏バテなのかもしれない。

 

 

「そりゃあ。長門さんならバットだろうがボールだろうが弄ってしまえるだろうさ。でも、オレにやる気を出せって発破かけたんだから、もう一回ぐらい朝倉さんのホームランを見せてくれよ。実力で打ったヤツを」

 

朝倉さんは怠そうな表情のまま「わかったわ」と了承した。

彼女もホーミングモードの切り替えは可能なはずだ。

俺はガチで打ちに行こうと思う。

 

 

 

 

四回表の攻撃。

 

とうとう古泉は最低限度のやる気を出したらしく内野安打を放った。

最初からそうしてくれれば1点から2点ぐらいは変わったかもしれないというのに。

そして、長門さんがバットを拾うと、何やら口元が動いている。

するとその初球。長門さんがバットをブンと振りぬき。白球を吹き飛ばす。

本日二回目のSOS団によるホームランである。ツーランだ。

 

6-9。惨劇が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「やれやれ」

 

ホームランを放ち、ダイヤモンドを一周した4番のキョンは戻るなり頭を抱えた。

俺は朝倉さんに頼んで長門印のチートコードを一時解除。

地力だけで挑戦したのだが、トーシロ集団に押されつつあるのが原因なのか、そもそもの球威が明らかに落ちていた。

ちなみにキョンのホームインで11点の現在11-9。

俺と朝倉さんもソロを放っていた。

しかしながら、涼宮さんがバットを持った時だけ、ホーミングモードはてんで機能していなかったようで。

それどころか彼女はまさかの三振に終わっている。

逆ホーミングモードという配慮なのか。

 

キョンは疲労困憊の朝比奈さんに変わり代打として交代出場する鶴屋さんにバットを渡す前に、長門さんの所へ行った。

俺だってこんなことされたら怪しく思う。上ヶ原パイレーツの心中をお察しする。

 

 

 

 

 

鶴屋さんの身体能力もなかなかのもので、最早屍と化した上ヶ原パイレーツから安打をむしることはわけなかった。

とは言ったが、この結果に満足しているようで、古泉は見逃し三振。

続く長門さんも見逃しスリーアウトで今までの魔法のホームランが嘘のようにこの回は終わった。

それを証明してくれるのはスコアボードだけである。

 

 

そしてなんとまあご都合的な事に、この試合には制限時間があるらしく。

一回戦に限り九十分間と限定されている。

要は時間が押していて、本来五イニングの試合だったが、この四回裏を抑えれば、終わりなのだ。

事態を把握していないキョンの妹も、数字の優越については理解できるらしく、こちらに激を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後については敢えて語る必要がない。

 

原作よろしくリリーフ登板したキョンは、長門印のチートコード第二弾の魔球で次々にバッターを屠っていた。

最後は意地の振り逃げであわや失点の可能性があったが、長門さんのレーザービームによってそれも阻止された。

要するに今回も俺は大きな活躍をしていない。

長門さんかっけーだ。

 

草野球など何年振りかわからないが、もうこの面子でやるのだけは勘弁してほしい。

正確にはやるのは構わないが、負けても世界が滅ばないという条件付きでだ。

 

その思いを察したのか、キョンの涼宮さんへの必死の説得により、この場は棄権することとなった。

 

 

意気込んでた上にこんな得体の知れない集団にのされた上ヶ原パイレーツの監督は、その旨を伝えると中年ながらに涙してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

元ホーミングバットを売ってそれなりの収入があるキョンの奢りにより、昼間のファミレスで盛大な打ち上げが行われた。

総勢九名の大所帯である。

古泉は残念ながら閉鎖空間の後始末でここにはいない。まあ、仕事だからな。

 

 

しかし行き成り大人数で昼間のファミレスなど、そもそも入れる店なんてあるのか。

と思いきやこれまたご都合的に、たまたま入ったお店に団体用だろうか、長テーブルの席が空いていた。

 

 

 

 

「どうした明智。食欲がないな」

 

「そういう事は自分の皿を見てから言うんだ」

 

俺の席にはチキングリルのプレートとライスがあり、キョンの方はオムライスとサラダが置いてある。

しかしながらお互いドリンクバーにしか手がいっていない。

他のみんなは楽しそうに盛り上がっている、涼宮さんは棄権したというのに満面の笑みだ。

あんなに怠そうにしてた朝倉さんも笑顔で長門さんを含めて鶴屋さんと交流している。

 

さっきのは何だったんだろうな。

 

 

「俺にもよくわからん」

 

どうやら声に出てしまってたらしい。

 

 

「まあ。ハルヒが楽しそうならいいんじゃないのか」

 

「難儀なこった」

 

「お互い様だろ」

 

そういうとキョンはとりあえずとの意識からだろうか、サラダに手を付け始めて会話を中断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局のところ、俺はただのチキン野郎であり。

いくら事前に知識があったとしても、涼宮ハルヒという絶対の法則には逆らえない。

 

 

涼宮ハルヒに相対する。

もしそんな事が許されるとすれば"鍵"であり、この世界の主人公であるキョンだけだ――

 

 

 

 

 

――この時の俺は、まだ、そんな風にしか考えちゃいなかったのだ。

 

 

 

 

 


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