異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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Anothoer Chapter 4

 

 

「ウーノ、ドゥーエ、トレ」

 

介入する。

実行――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年8月16日のこの日。

内側から見てみるとここが最後の一本だったのだろう。

涼宮ハルヒがかつて中学校の校庭に描いた地上絵、その白線。

領域の一番外側に俺は立っていた。

まだそこに入らない手段が残されていたのだ。

だが、俺は入ってしまったのさ。

知らず知らずの内に。

何よりそうあるべきだと判断されたらしい。

 

 

「――それで、あんた誰です?」

 

駅前にある喫茶店。

謎の人物の対面に座した俺は、オーダーであるアイスコーヒーが置かれるや否やそう切り出した。

デートでもないのに、同じ注文を頼まれた時は少し妙な気分になった。

それだけだ。

俺に関わらなければいいのに。

消されるとすれば俺の方ではないのだ。

 

 

「というか間違いなしに女性ですよね? いや、別に、証明してもらう必要はないんですけど、そっちから説明してもらわない限りは何を話そうにもオレの耳から通り抜けるだけですよ」

 

入口からそこまで離れていない、窓側の席。

ありきたりだが警戒は怠りたくないんだ。

最低限外の異変はいち早く察知出来る状態でなければならない。

まったく、これだからペンと手帳を持ち歩くのは止められないんだ。

俺のピリピリした空気に対し、どこ吹く風なその人は。

 

 

「わたしは正真正銘、見ての通りに普通の女性ですけど……信用してない?」

 

「いきなり現れて『話を聞け』と、こられた。初対面の人間を相手に信用も信頼も出来ますかね。オレは出来ないんですが、そちらはどうなんでしょう」

 

「それもそうね。ごめんなさい。でも、わたしは迂闊な事をあなたに話せないの」

 

「意味が分かりません。まず、あんたから名前を名乗るのが礼儀だ……違いますか?」

 

礼儀も何もあったもんじゃない能力を持つ俺が言える言葉ではない。

しかし、最低限この女の本名か立場。そのどちらかだけでも知っておく必要がある。

兄貴の差し金なら、能力の行使に本名が必要なくなっても可笑しくない。

俺の精神状態としてはどちらでも構わないというわけだ。

冷静さではない。俺はいつ突沸するかもわからない、フラスコ内の液体でしかないのだ。

少なくとも、あの兄貴相手に関してはそうだ。

 

 

「わたしは名乗る程の者ではありませんよ。明智黎さん」

 

「オレだけ一方的に語られるのは困るんですよ。オレは基本的にオレより喋る相手が嫌いでしてね」

 

「何を言ったところで信じてもらえないのは仕方ありません。今回はわたしがあなたに伝えることに意味があるの」

 

「それをオレに理解しろと? ならとっとと本題に入ってくださいよ。オレはあんたにどう接すればいいか、判断しなくちゃあならないんですよ」

 

その女の態度は露骨だった。

あり得ない事だとは思うが彼女は俺の能力の制限を知っている可能性があった。

名前を明かさないとはそういう事だ。

俺は精神感応能力を使用するためには二つの手順を踏まなければならない。

相手の本名を把握して、それを何かに書き込む。

ここまでしてようやく準備が完了、後は声で呼びかけるだけ。

普通制限がきつい能力ってのはリターンが大きいもんだと思うだろう。

だが、度々言うように俺の能力は相手の精神と言うよりは気分を操る程度でしかない。

"学園"の中に行くといい。

俺の何倍何十倍何百倍も強力な精神感応能力を持つ人は少なくない。

むしろここまで弱い俺の方が珍しいくらいだ。

 

 

「そうですね。では早速……」

 

と言い、ようやく女は話を始めた。

 

 

「最初に、わたしはこの時代の人間ではありません。もっと未来から来ました」

 

「……へぇ」

 

「流石に理解が早いみたいですね。大体の察しがついてるみたい」

 

「何でもお見通し、なんでしょう?」

 

「いいえ。そうじゃないからわたしは来た」

 

「知りませんよ、知りたくもない」

 

なるほど。

この女はどうやら自称未来人。

そんな輩が俺に接触してくる理由。

朝倉涼子、あるいは。

 

 

「うちのクラスの涼宮ハルヒ……彼女によんどころない事情があるのは把握してますがね、それだけだ。オレは一介の男子高校生。話がしたいのなら他を当たるべきだ」

 

「そうもいきません。わたしがあなたにしたい話とは、ズバリお願いなの」

 

「だったら"一生に一度"の免罪符を行使せざるを得ない事になるでしょうね。そしてそれほどの価値はオレにありません。どうしても面白おかしい話がしたいのなら、社会人ではありますがオレの兄貴にしてやって下さい。奥さんの許可が出ればあんたと仲良くする事だって喜んでしますよ、あの野郎は」

 

「これはあなたにとって重要なお話。お兄さんとは関係ありません」

 

なら一安心だ。

俺はこの女を強制排除する可能性が一段階低下した。

他人のために能力を使う必要がなくなるんだから。

俺の様子を気にせず未来人の女は。

 

 

「安心してください、あなたの家庭の事情はわたししか知りません。……彼女の話よ」

 

「想定内の脅し文句だ。つまりオレ相手には役に立ちませんね」

 

「事実を話しておいただけ。狙いはありません。だから、お互いを認めるところから始めるべきだとわたしは思うな」

 

「未来での認証技術は現在から見て何段階も脆弱性が高いらしい。オレはこの時代に生まれついて幸せですよ」

 

俺を認めたいのなら名前ぐらいは明かすべきだ。

それからなら判断するさ。

この女だけに集中せず、周囲にも意識をやりながらアイスコーヒーに口を付ける。

期待しちゃいなかったが、ロクに飲めたもんじゃなかった。

初めて来た店だが缶コーヒーの方がマシだな。

 

 

「……知っているならこっちだって話は早い。居候さんはオレにお使いを頼んでましてね。一刻を争う所をあんたが邪魔したわけだ」

 

「失礼しました。わたしのお願いは一つだけ」

 

「もし二つも言われた日には、あんたのわがままのためこの店が閉店するハメになりますかよ」

 

「涼宮さんについてです」

 

涼宮ハルヒを注目しているらしい未来人がわざわざ俺なんかに依頼するんだ。

早い話が、無茶であり、無駄なのはわかりきっていた。

 

 

「どうか、明智さんがわたしたちと敵対するような行動はしないでください」

 

「こっちの台詞ですが」

 

「違うの。これ以上はわたしでも引っかかる禁則だから口に出せないけど、とにかくあなたはSOS団に入団しているはずだった」

 

「……何?」

 

何故俺が涼宮ハルヒ率いる変人集団に参加しなければならないのか。

異世界人なら別だ。

と言うか、現在その枠は空いているんだろ。

帰ってきた朝倉涼子を迎え入れるには充分な空席だと思うがね。

今度、その方向で提案してみようか。

俺が問い詰めるよりも早く未来人の女は席から立ち上がる。

言いたい事はそれだけだと言わんばかりに。

 

 

「夏休みが終わってからで構いません。部室に足を運んでみて下さい。文芸部室の所がSOS団の活動拠点です」

 

「考えておきますよ」

 

「お代、どうもありがとうございます」

 

今度お返ししますから、と言い残して彼女は退店していった。

彼女の分のアイスコーヒーは空になっていたが、俺の方は残す事にした。

一人頭で計算すると朝倉涼子に買ってあげるアイスクリームの方が金額が上だ。

未来人の話といい、何だか釈然としなかっつた。

朝倉涼子にはこの話を伝えるべきなのだろうか?

しかし、彼女に話した所で相談や会議になるわけがない。

俺にとってはその世界など、まだまだ遠くに存在していた。

 

 

「ざまあないよ」

 

右の椅子に置いてあった、今日購入した本が入ってあるビニール袋を持つ。

こんな場所に長居しようとさえ思えないね。

外に出て再確認できた。

間違いなく夏の暑さにあてられた連中だ。

涼宮ハルヒだとか、SOS団だとかは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、8月17日。

思い返せば昨日は朝から嫌な気分になっていた。

どうせ何もしないんだから今日ぐらいは切り替えよう。

と、なけなしの向上心を発揮せんとしていた朝の事になる。

朝食はこれからだという時に、俺の部屋がノックされた。

 

 

「私よ」

 

ドア越しに聞こえた声の主は朝倉涼子だった。

何だろうか、と思い俺はドアを開ける。

水色に花柄が描かれたチュニックと黒いレギンスパンツ。

無難な夏服である。

すると、朝倉涼子は微妙な表情をしており。

 

 

「飽きた」

 

と一言だけ口にした。

何だ、我が家の生活に飽きたのであればいつでも出ていけばいい。

俺は間違っても追わないからな。

 

 

「それはどうでもいいのよ。あなたは知らないでしょうけどね、ループしてるのよ」

 

「ループ? 何の話だ。プログラミングについて語りたいならオレよりもっといい話し相手を知っているけど」

 

「確かに仕組まれた出来事と言えばそうなのよ。もっとも、世界規模のプログラミングだわ」

 

昨日から立て続けに意味の分からない話しかされていない。

しっかりアイスクリームは買ってきてあげたんだ。

もう少し俺に対して協力的になってくれてもいいんじゃないのか。

事実として我が家の一角を提供しているという一点において俺は君に協力しているんだから。

出世払いは君の問題が解決してくれる事そのものだ。

 

 

「もうそろそろ朝ごはんの時間だから、詳しい話は後でしてあげる。一言で言えば……そう、エンドレス。この夏休み、終わらないのよ」

 

「……はあ?」

 

「そういう事だから」

 

どういう事なのかを訊く前に彼女は引っ込んでしまった。

恐らくそのまま一階に降りたのだろう。俺だったらそうする。

いくら宇宙人認定されているとは言っても、俺の両親はEMP能力についてまでは知らない。

聞くだけでも面倒な話を俺は両親の前でしたくはない。

彼女の言葉通りに、後で詳しい話を訊く事にしよう。

場合によっては俺はまたあの人に電話する必要があるのか。

今度こそは的確なアドバイスを頂きたいものなんだが。

 

 

 

――そしてあっと言う間に朝食を終えた。

思うに涼宮ハルヒの関係者は本人を含めて電波でも受信しているのだろうか。

イカレた発言しかしていない気がする。

宮野先輩といい勝負だと言えば、やがては自分自身をも侮辱する事になるのでよしておく。

EMPは不干渉なんだよ。

昨日の自称未来人だって疑わしい。

来なくてもいい宗教勧誘マンが家にやって来るあの感覚そのものだ。

俺に何をどうさせたいんだ。

もしかすると俺にSOS団に入れと言いたいのか?

俺は自分を捻くれ者だと自覚しているが、最低限のラインは守って行動している。

いくらまともな人間でもいざという時にそれが出来なければ犯罪者になってしまう。

俺は違う。

兄貴とは違う。

そんな人間の屑が住んでいた部屋で朝倉涼子による説明が行われた。

 

 

「――と、いうわけなのよ」

 

「……要約すると、今日から31日までの夏休み期間がループしていると?」

 

「そうよ」

 

ご丁寧に休みの一番最後でカット。

涼宮ハルヒの仕業だそうだ。

昨日の今日で、マジなめるなよあいつら。

朝倉良子は、ふぅ、と大きく息を吐いて。

 

 

「何回も黙って過ごしていた所で、私に進展があるわけじゃない。無駄なの」

 

「それをオレに言われてもね……」

 

今回が何TAKE目なのか正確な数字など知りたくもないが、やり直された分だけのダイジェストで映像作品が出来てしまうぐらいには繰り返されているのだろう。

神なんだろ。

次元の壁を超える事が出来るんだろ、その女の能力は。

確かに歪んだ願望だとは思うがそれまでだ。

 

 

「と言うか、異世界人の方の君は未来の記憶も持ち合わせているんだろ。十二月がどうろか言ってた気がするんだけど、それはループをブレイクしたって事になるんじゃあないのか? 永久回路じゃあないのか」

 

「私にも色々と複雑な事情があるの。今の私が仮に脱出方法を知っているなら試しているわ」

 

「つまり、どうやって終わったのかもわからないって?」

 

「どんな魔法を使ったのかしらね」

 

投げやりだ。

そのスタンスが本来の朝倉涼子によるものなのか、それとも別人である異世界宇宙人によるものなのか。

ジリ貧なのが嫌で行動を起こしたはずの人間にしては荒廃的ではなかろうか。

 

 

「だって、私が涼宮ハルヒに接触した所で何が解決するわけもないじゃない。この世界から今度こそ弾かれておしまいだわ、わかりきっている事にチャレンジするのも、ねえ」

 

「神が全てを決められるんなら、オレがループ現象について知ったところで無意味にこの回も終わるだろ。既に決定されているんだからね」

 

「私が頼れるのはあなただけなのよ」

 

「妙な期待はしないでくれ……」

 

そういうのは本当にいいんだ。

俺が平穏を選択したのは期待されたくなかったからだ。

俺は俺を期待する事すら嫌なのさ。

朝倉涼子はつまらなさそうに。

 

 

「あっちの私を意識して、あなたに誘惑を試みた事もあったわ」

 

「……何言ってるんだ」

 

「楽しかったわね」

 

嘘だろ。

俺はそこまでするっと流されてしまう奴なのか。

まあ、なってしまっても可笑しくはないんだけども。

俺の動揺を察知した彼女は。

 

 

「冗談よ。……あなたが信じるかどうかは別だけど」

 

ここまでを含めて全てが俺を追い詰めるための策だと言うのなら素直に投了する他ない。

どちらにしても、俺が出来る事は限られているんだ。

そして今回は明確なリミットが存在しているらしいじゃないか。

5月の時よりは何倍も猶予があるからありがたい。

しかし、涼宮ハルヒがやっている事は結局同じだった。

いっそ兄貴の存在を俺の記憶ごと消してくれれば良かったのに。

夏休み馬鹿が、そのまま馬鹿になるだけだ。

終わらない夏休みなど、ゲームの世界ではあるまいし。

 

 

「……で、オレに頼るってのは具体的に何をすればいい話なんだ」

 

「異世界人の明智黎はこの問題を直ぐにクリアした。あなたにもそれが出来るはず、と思ったの」

 

「無茶だって」

 

俺に動けと言いたいのか。

"鍵"とやらはどうなっているんだ。

涼宮ハルヒを制御するための存在じゃないのか。

とにかく、俺が一つ確認したい事は。

 

 

「オレが君からこの話を聞いたのは何回目なんだ?」

 

「今回が初回。今まで黙っていたけど、流石に現状に一石を投じたくなったのよ」

 

「……もし、この状態に変化がない時は?」

 

「最後の最後なら私が動いてもいいわ」

 

このざまか。

いいだろうよ。

やってやりますとも。

涼宮ハルヒをその気にさせればいいんだろ?

難しいな、学校に行かせるってのは。

 

 

「下手なヒキコモリより性質が悪い」

 

「それ、私の事かしら」

 

「……さあね」

 

何故俺の前に朝倉涼子が登場したのか。

異世界人の俺が全て計算してやったのだとしたら、俺は完全敗北だ。

……認めるさ。

でも、偶然で片づける方が一番楽だ。

俺は『楽してズルしていただきかしら』が人生哲学なんだ。

だから。

 

 

「行かなくっちゃあな……ほんの少し、外に出ればいいだけなんだろ? そうしてやるさ。ちくしょう」

 

兄貴はこんな事まで見通してたのが、だとしたら恐怖だ。

実際にそんな事はないと思うが、俺の本質を射抜かんとはしていた。

唯一的外れだったのは、俺は優しい人間などではなく甘い人間だったという事だ。

俺が朝倉涼子を朝倉さんとして認めるのも、俺が優しさを理解するのも今日の事ではない。

だが、それが本当に訪れるとも限らないんだ。

俺と彼女を無理矢理引き合わせて、無理矢理あるべき道筋に戻そうとしている。

そんな事を考え、介入している奴がいる。

 

――やってみろ。

今世紀最大の魔術師、その弟子の俺をなめるなよ。

何より人間をなめるな。

 

 

「オレは頃合いを見て涼宮ハルヒに接触するが、君も一緒に来るかい?」

 

「……やっぱり、あなたには何か裏があるみたいね」

 

「お互い様でしょ。オレは裏表がないなんて一言も言ってないんだからな」

 

「いいわ……。思い立ったが吉日だもの、今日行動しましょう」

 

「あいよ」

 

とにかく、こうして出逢っちまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、クワットロ」

 

数字の四であり、死でもある。

つまりお終いという事だな。

……無駄だ。

私をなめるな。

何度でも立ち上がろう。

しかし、キミに抵抗するのもいいが。

 

 

「また来る事としよう。そう、今日ではないのだからな」

 

 

 

――To Be Continued…

 

 

 

 


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