――と、いった具合であった。
ようは俺にとって平和的かどうかは些末な問題でしかない。
事実として鶴屋さん主催のヤエザクラお花見大会は平和的に幕を閉じたのだ。
少なくとも鶴屋家の人々にとってはそうだろう。
俺たちにとってもお呼ばれした立場にしては充分上出来な部類であったと言えよう。
まさに温かく迎えられたと言う表現がふさわしかった。
俺たちに気を使ってくれたのか大人の方々も飲酒は控えてくれたのだ。
涼宮さんなり古泉なり宇宙人なりは絡み酒なぞどうという事もないだろうし、前世の社会経験がある俺としても対応は出来る。
しかしながら朝比奈さんやキョンはそうはいかないはずだ。
朝比奈さんは「ひ、ひゃいっ」しか言えなくなってしまうだろうし、キョンはだれてしまうに違いない。
上流階級の方々は"お・も・て・な・し"の精神も一流なのが窺える一コマだった。
「新川さんの料理も中々だったけど、鶴屋家もあなどれないわね」
涼宮さんの言葉通りであった。
ぶっちゃけ俺はそこそこの値段する幕の内弁当でも配布されればそれをつつきながら大人しく一日を消化出来ただろう。
そんな事させるかと言わんばかりに次々と燃料が投下されていくのだ。
最初に俺たちを驚かせたのは重箱という重箱。
その中にこれまたよくわからない高級感漂う日本料理的な食べ物が敷き詰められている。
たいそういい食材を、一流の料理人が仕上げないと作れるものではない。
気にせず食べている連中が大半だったが、普通にカネ取れるって。
いいんですか、鶴屋先輩。
「はっは! 気にするでない。あたしなりに日頃の感謝をキミたちに表現したつもりだよっ! どうかな、満足できたにょろ?」
これで不満なんか言おうものなら俺が直々にとっちめてやりますよ。
誰一人としてそういう反応を示す奴は居ないんですから。
社交辞令としてではなく、真底から盛り上がれるのが俺たちの美点かもしれない。
流されるのも事こういった場に限れば利点となる。
――どうもこうもあるか。
俺はその場から兄貴が陣取る一角へ出向いていく。
奥さんは身内付き合いをしているらしく、兄貴は現在ぼっちである。
そんなんで社会人として通用するのか。
やる気を見せろよ。
「……さっきオレに元気してたかと訊いてきたが、あんたの方こそ元気してたのかよ。あり得ないとは思ってたが、死んでるのかとも思えたぜ」
「俺が死ぬにはやり残した事が多すぎるな。しかし、案外不本意な形でやって来るもんだ。肝には銘じている」
「そろそろ孫の顔でも拝ませに来いよ。一向にその兆候が見受けられないんだけど」
「家はほぼほぼ相方に任せっきりだからな。だが、息子の顔はお前も見ただろ?」
「もう二年も昔の話だ馬鹿兄貴。今は二歳児だろ。一番いい時期を母さんと親父に見せてやれよ」
「わかったよ。お盆には行けるよう調整しておく」
兄貴の結婚や家庭に関する事情はとてもじゃないが語り尽くせないので割愛させてもらう。
とにかく、カタギの人間だとは思えないって事だけが確かなのだ。
人相だけで成り上がった気がしないでもない。
これで奥さんに良くしてなかったらただの屑野郎だ。
夫婦円満の秘訣を教えてもらいたいもんだね。
「ン? 黎はその歳でもう先の事を考えているのか」
「あんたが先の事を考えていないだけなんじゃあないのか。どっちが亀でどっちが兎なのかは相対的にしか価値観が成立しない」
「大した弟だ、と言っておこう」
その内日本ぐらいなら征服してしまいかねない男にそう言われるとは、俺も偉くなったもんだ。
そういえば昔は"皇帝"だとか呼ばれてたな、俺は。
あんなの言ってしまえば【ラスト・アクション・ヒーロー】みたいなもんだ。
話の中での俺は尾ひれはひれが付いてしまいヤバすぎる人間みたいに言われてたが、その実ただの跳ねっ返りなだけだ。
現実世界や社会に出てみろ。
詩織が消えた精神的大打撃も多分に含まれていたが、右に倣えで落ち着いた日々を送っていた。
妥協続きの毎日だったんだよ。情けない。
浅野よ、本当にあいつを頼むぜ。
朝倉涼子にも負けないぐらいにいい女性なんだから。
やがて兄貴は静かに口を開いた。
「……お前なら大丈夫なんじゃないか」
「何がだよ」
「結婚もそうだが、お前はどこか未来の事を達観視しがちなきらいがある」
「オレは世捨て人スレスレなあんたにそれを言われるのか」
「最後に黎を見た時と、今のお前の表情。写真を見比べなくてもわかるさ。かなりいい眼光になった」
ついこの間ぐらいからよく言われるけど何なんだろう。
思い返せば去年の十二月辺りからそんな感じである。
古泉といいあんたらはジョジョの世界からやって来てる人種なのか。
だったら頭の回転速度や人間離れしたパフォーマンスも納得なんだが。
「昔の黎はただの死にたがりみたいだったが、今は違うな。その逆だ。それでいい」
「何の話をしているんだ。昔も今もオレは健康第一がモットーなんだよ」
「そうか? どこぞで自爆テロを起こした犯人の顔写真一覧に、黎が入っててもおかしくなかったが」
それが実の弟に対する接し方なのだろうか。
全国の弟諸君にヒアリング調査してくるからな。
こんな態度で『お兄ちゃんと呼べ』ってのは最初から否定以外の選択肢が俺には残されていない。
俺が本当か嘘かもわからないような事を平気で言えるの兄貴の影響なのだろうか。
腹を立てたような態度をした俺を見て。
「勘違いするな。それだけ目的意識が高かったって事が言いたいんだ。高すぎて自分の限界を考えちゃいなかったのさ」
「テロリストってのはただの死にたがりだ。……これはあんたの言葉だろ」
「同じだろ? お前もそうだったが、良くなったって事だ」
「目的意識が低いってのはどうなんだよ。向上心と同義だ。妥協で、逃げじゃあないのか」
「そうじゃないってのは黎が一番理解しているだろ。それが意識にせよ大志にせよ、設定値がゼロやマイナスじゃなきゃいい。適材適所で世の中は廻るんだ。自分の代わりは他に居るかもしれないが、そいつに後を押し付けるのはカワイソーだろ」
ふっ。ならあんたの後を継ぐかもしれない息子が可愛そうだな。
子どもは親を選べないんだから、しっかりとした教育の光で救わなければならないんだ。
兄貴が駄目でも奥さんの方なら大丈夫だとは思うがね。
お留守番させずに連れてくれば良かっただろうに。
あんたの所はベビーシッターにいつも依頼しているのか?
「こういう時だけだ。基本的に家には誰か居るからな」
「そうかい」
「結婚式の日程が決まったら早目に教えてくれ。俺にとって祝日は関係ない」
「来るかもわからない日の話をしないでほしいね」
頭のネジが捻じ切れているような人種だ。
いくら家族だとしてもこの人に場をぶち壊されるのだけは勘弁してほしいね。
涼宮さんがどれだけ可愛い部類なのかがよくわかる。
方向性は同じでも、こいつの方が何手先も上をいっているのだ。
独善者として。
その後は野外ステージまで用意されるというとてつもないプレッシャーの中、SOS団による余興が行われてた。
仕方がないのでどうにか俺は瓦を十五枚に増やした。
バンテージを左に巻き付け、手刀を振り下ろし切ると見事に最後まできっちり割る事が出来た。
言うまでもなくこれ以上の枚数も割れるだろうが、限度がある。
これでなかなかの拍手を頂けるのはありがたい事だ。これでいいんだよ。
瓦三十枚だとかもしくはブロック割りだとかを一介の高校生がやってみろ。
どん引きされるだけだ。
キョンはあまりにもする事が無かったのか、のど自慢を披露した。
……成果はお察ししてやってくれ。鶴屋家の人々は本当に対応が一流なのだから。
日が暮れ始めた頃に解散となり、入口である大きな門までついて来てくれた鶴屋さんは。
「それじゃ、あたしは後片づけもあるからここまでだよ。自分のとこの始末は自分でしないとねっ!」
大事件なども特になく、平和の内に終わったお花見。
一発芸大会の詳細を語りたいところではあるが、本当に何事もなく終わったので安心してほしい。
原作映画でお馴染みの戦うウェイトレス姿に着替えた朝比奈さんが挑戦した"ディアボロ"というジャグリングが一番凄かったと思う。
見事なまでのコマ捌きだったのだが、彼女は最後に自分の頭にコマをぶつけてしまい痛そうであった。
朝比奈さんがいつドジっ娘を払拭出来るのだろうか。
今年一年でそれを見せてほしいところであった。
――お花見については以上だ。
兄貴とも特に別れの言葉など言い合ってない。
そんな兄弟関係なのさ。
とにかくSOS団的にはイベントと呼べるような出来事ではあったものの、事件性は皆無。
別に俺は決して事件を求めているわけではないのだが、嫌な思い出ばかり強くイメージされてしまうのが人間だ。
ゴールデンウィークなる休みが完全なる黄金形を見せてくれるかと言えば、大体においてそうではない。
週に二日程度、休みに穴が空く形で平日での活動を余儀なくされるのが普通だ。
この年の黄金週間もそうであった。五月に入ってから火曜水曜だけ登校をするハメになっている。
言うまでもなく登校日がしっかりまとまっているだけありがたい。
もっとも一番ありがたいのは休みが断絶しない事の一点に尽きるが、別に構わんさ。
学校での昼休みは貴重な青春なのだ。
朝倉さんと、俺との。
「はい、あーん」
「……」
「どう?」
「おいしいよ。ありがとう」
「ふふっ」
"マタケ"と呼ばれる細長いタケノコの煮物を箸で差し出されたので、俺はそれを口に頬張るとガジガジ噛んでいく。
きっと去年お弁当を作る事を提案してくれた時の彼女は俺の胃袋から落としにかかっていたのだろう。
今となっては絶賛無条件降伏となっているので確かに成果は出ている。
昔はただ単に美味しいだけだっただろう。
しかし、現在の朝倉さんは間違いなく心を込めて料理を作ってくれている。
俺は美食家などではないが俺も心でそれをわかってしまうものだ。
「みんな料理が上手過ぎるんだよ……」
SOS団女子は美人で料理が出来る事が入団条件なのか、そう思ってしまうほどだ。
個人的にはやはり朝倉さんがダントツだとは思うがそんなものは個人の物差しでしかない。
いずれにせよ俺が彼女らに勝てそうな料理品目は炒飯ぐらいだ。
「朝倉さんは炒飯もそんじょそこらのお店より美味しかった。だけど残念ながら日本じゃあ良くて二番目だ」
「あら。一番おいしいのは何処のなの?」
「前に言ったはずさ、炒飯なら絶対に負けない。つまりオレが作ったものだ。オレはラーメンと炒飯には煩い。ラーメンに関してはとりあえずの結論が出せたけど、炒飯は駄目だね」
前世で俺は"最高の炒飯"を求めて食べ歩きをしていた。
が、お店で出される炒飯では一向に満足出来そうにないので自分で作るようになった。
そこにあるものでは駄目だったのだ。
「そんな事も言ってたわね。そこまで自信があるなら今度作ってほしいわね」
「その時はご期待に添えられるように善処するよ」
いつも通りに世間話をしていると、お弁当もぺろっと平らげてしまった。
ご馳走様でしたという言葉がここまで相応しいのは彼女ぐらいだと思うよ。
俺にとってはそうだからいいじゃないか。
「去年のオレがこの光景を見たら多分卒倒するね。心臓麻痺で」
「そんなに驚くの?」
無理ないと思うさ。
朝倉さんを隣にはべらせて、喜びながら俺は彼女の髪を触っているのだ。
俺も髪質はサラサラだが朝倉さんほどではない。
長い彼女のお姫様ヘアはしっかり手入れされている。
何より俺が不思議でならないのは、女の子は何故かいい匂いがするという事である。
香水とかそういった類のものではない。
ごく自然に発せられている気がしてならないのだ。
俗に言うフェロモンとやらなのか?
俺の精神が彼女に屈服しないわけがなかった。
「自惚れなら別だけど、朝倉さんもオレに好意を抱いてくれているんだ。何よりあの頃のオレは朝倉さんを助ければハイ終わりだと考えていた」
「無責任なんだから」
「まさにその通りだったんだよ。さらっとオレについて自分語りをして、朝倉さんに殺されていても何ら不思議じゃあなかったんだ。偶然の綱渡りさ」
「時期が時期よ。クリスマスムードに私はやられちゃったのね。一人で舞い上がって、一人で落ち込んでた。あなたは私の事を何とも思ってないんじゃないか、って」
古泉は奇跡だとか何とか言ってたぐらいだしね。
どうでもいいさ。
奇跡でも運命でも偶然でも、どうでもいい。
どれにしても結果は同じ事なんだから。
兄貴の言った通りだ。
昔の俺はさておき、今の俺は死にたいだなんて思わないね。
「あんまり死ぬのを怖がると、死にたくなっちゃうのさ。だから未来の事を考えるのはほんの少し先だけでいいんだ」
この高校生活を乗り切るだけで一苦労じゃ済まないんだ。
悪いけどそういう話はもう少しだけ待っててくれ。
朝倉さんは待ってくれているんだ。
俺だって少なくとも約一名の帰りを待っているんだからな。
ともすれば、明日になるかもしれない。
だが、今じゃあないんだ。
これが無限に続かない事ぐらいはわかってる。
ジョニィ・ジョースターだってあんな能力持ってても死んじゃうんだ。
遅かれ、早かれ。
「朝倉さんはさ」
「うん?」
「これから何がしたい、とかってないのかな」
俺は残念ながらないいんだよね。
生き急ぐつもりもないけど前世と同じようには生きたくない。
同じ職業をするにせよ、劇的な変化が欲しい。
朝倉さんの大好きな変革ってヤツだ。
「そうね……敢えて言うなら、旅をしてみたいわね」
「旅。どこを」
「世界中よ。明智君と、二人で」
「これまた大きく出たね。世界旅行だって?」
「だって、一度だけでも全部見ておけば充分じゃない。そうすればあなたは知らない場所へ行こうなんて思わないはずよ」
なるほど。
行きたい場所がなくなればいいって訳か。
後に残るのは帰る場所だけ。
実に素晴らしい提案だ。
「なら現地民との通訳は任せるよ。でもって危険地帯では頼らせてもらうから」
「情けないわね。せめて私を守るとか言いなさいよ」
「もう一度ならず二度三度ぐらい言ってる。"言葉"ってのは朝倉さんも知っての通りロクに使えないツールでね。脆弱性、不完全性の高さときたら」
最終的には意味さえ信じられなくなってしまう。
仕方ないさ。
そいつが悪いんじゃなくて、そんなものしか作ってこなかった人類全体が悪いんだ。
お互いに全てを知り合う事なんて不可能に限りなく近い。
だけどゼロでもマイナスでもない。
ミリ単位? いやマイクロ単位なのか?
それでも立つ位置はプラスなんだよ。
「だからオレは約束したんだ」
「……うん」
「むしろオレからお願いしたいぐらいだよ。どうかこの情けない男を見捨てないで下さいって」
「それはあなたの努力しだいかも」
「それは、善処しよう……」
「本当かしら? 理解ってのは大変なのよ。目に映るものをしっかり把握して、それでも理解の助けにしかならないの。明智君はちゃんと理解できてるかしら」
言葉でなく心で理解しろってヤツか。
知ってはいても、これも中々楽ではない。
どうしても人間は逃げ道を作ってしまうものだ。
偉そうに言ってる俺だってそうさ。
結局、朝倉さんを裏切ってしまった事実は結果として俺の中に残り続けるだろう。
いくら俺が謝ろうと、彼女が受け入れそれに甘えようと、消えやしないんだ。
だからこそ俺は向き合わなくてはならない。
謎なんて明かす必要は無いんだ。
真実なんて俺に必要は無いんだ。
彼女さえ不本意な形で失わなければいい。
余裕が出来た時、他のみんなも含めて俺は守る。
――最初から全部守る方向で行く奴があるか。
俺はライトノベルの熱血主人公じゃねえんだよ。
悪運だけでここまで生きてきてるんだ。
幸運補正とかあるわけないでしょ……常識的に考えて……。
「オレは目に見えないものまで探そうとはしないさ。知った事か。あっちから姿を見せるべきなんだぜ」
え? お前はどうなんだ?
破綻したデータベース、情報統合思念体よ。
「運が悪い事に、オレは知識としてならデータベースにも対応出来る。いくらでも脆弱性はあるんだよ」
「……どれだけ困難かしっかり理解して。この地球上にヒューマノイド・インターフェースが何対存在するのか、考えた事はあるのかしら?」
「考えるだけ無駄だね。頭を潰せば終わりなんだから」
「あなたはそれを本気で言ってしまうから私は困るのよ。そして、本当にやりかねない」
「悪く思わないでくれよ。オレはそういう風にしか生きられないんだ」
「……信じてるわ」
その一言だけで俺は無敵になれるさ。
野郎ってのはそんなもんだ。
単純、馬鹿、頑固。
これを男らしいって言うんだから有機生命体の美学は崩壊してるよな。
やれやれって感じになるよ。
「さ、そろそろ教室に戻りましょ。授業前、早めに座っておくのが大事なんだから」
「アイアイサー」
こうして結構呑気して昼休みを終えた俺と朝倉さん。
だが、いつも通りに、放課後にそれは急変してしまうのさ。
一年経ってもそこは変わらないんだよ……。
涼宮さんはね。