異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第九十四話

 

 

さて、"デッドマンズカーブ"について簡単に説明させてほしい。

事件の内容そのものについてではない。

何故俺がその事件をそう呼んでいるのかについてである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは映画の話になるが、アメリカの大学にはそんな名前の都市伝説が存在するらしい。

日本ではなかなか馴染みがないがあちらでは学生寮が充実している。

寮生活が共同生活だというのはご理解頂けると思うが、個室とは限らない。

所謂ルームメイトという訳だがトラブルもなく円満にキャンパスライフを終えられるとも限らない。

喧嘩だとか、一方的な責任が明確になっての離別なら問題ないだろう。

事件性があれば話は早い。

対応の早さがアメリカならではなのかは知らないけど。

事実、日本は先進国の基準としては刑事司法制度が遅れている。

俺がこの世界に来る時でさえ言われていたのだ。

2007年に進歩しているわけがなかった。

 

――"事故"ならどうだろうか。

それも、ルームメイトがどうする事も出来ない類の、突発的な現象。

およそ他人に責任が及ばない最高で最悪の離別。

お察しの通り、"自殺"である。

ケースバイケースではあるものの近しい友人が突然死んでしまう精神的ショックは計り知れない。

俺の場合なんかがそうだったからね。

今は悲しい気持ちなどないさ。託したんだ。

……それはさておき、本題に戻ろう。

デッドマンズカーブとは即ち残された学生への救済措置の一環である。

『ルームメイトが自殺した学生の、その学期の全ての成績にランクAを無条件で付ける』

日本の大学で言えば評定に全て"優"が付くということになる。

公的にそんな制度が存在していたのか? 

俺は事実など一切知らない。

あくまで映画で観た話を思い出しているだけだ。

都市伝説でケリがつく事などSOS団にとっては信用ならない。

 

――信用どころか信頼したところで裏切られるのが目に見えている。

去年の偽UMAの一件で俺は何があってもおかしくないという理不尽を体験した。

よって涼宮さんの思いつきそのものには抵抗などない。

問題はそれに付随する形で、高確率で何か事件事故に巻き込まれてしまうという事である。

危険な曲り道(デッドマンズカーブ)。

何より、死人という意味合いがそこには存在していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市民マラソンと言えば聞えは良かったが何て事はなかった。

町内会が開催するような、半ばお散歩イベントじみている催しだ。

開催日はこどもの日ではなく翌日であるゴールデンウィーク最終日の日曜。

総走行距離にして10㎞。

ルートは住宅街の端っこを通り森林公園の外側を通って山道へ行き、折り返して来るというもの。

これならば森林公園で中断してピクニックを始めた方がいいんじゃないのか。

山には近づきたくないというある種の警笛が既に俺の脳内でけたたましく鳴り響いていた。

以上、ホワイトボードにざっくりと書かれた説明と涼宮さんによる補足がプラスされた情報。

 

 

「……つまり、運動不足を解消したいって事でいいのか」

 

こういう場合は変に話を振られない限りは沈黙するのが安定策である。

世間話なら俺だってたまには涼宮さんとするさ。

会議なら別だ。事件は現場で起こっているのだから。

キョンに任せる。

 

 

「だったら市民体育館でも使ってバドミントン辺りでもやればいいだろ」

 

「あんた人の話をちゃんと聴いてた? マラソンやるって言ってるのにどうしてバドミントンが出てくるのよ」

 

「運動神経抜群のハルヒなんかは別かもしれんが、俺はマラソンなんざ出来ない。当たり前だ。まともな経験が無いんだからな」

 

「だったらこれを機に経験を積みなさい。距離は本来の四分の一以下なのよ、10キロなんて初心者向けなんだから。こんなゆるゆるな条件で根を上げてて社会で通用すると思ってんの?」

 

「お前は社会の何を知ってるのかね……ぜひともお聞かせ願いたいよ……」

 

決して口には出さないが同感だよ。

思えば一月に彼女と長門さんは校内マラソン大会で活躍していた。

そして先月のSOS団入団試験の最終項目がマラソンだったろ。

何だ、彼女の中でのマラソンブームが始まりつつあるのか。

10キロマラソンと言えば入門編としてのそれなのだが何の準備も無しに飛び込めるもんではない。

涼宮さんは余裕で一時間切りをするだろうし、五十分、四十分、そこらの壁も容易くクリアしそうだ。

だが入門編と言っても朝比奈さんは間違いなくお散歩だろうしキョンみたいに普通の奴なら一時間からが妥当なタイムだ。

何のために参加するつもりなのか。

優勝したところで町内会から粗品が出る程度だろうに。

 

 

「あたしはどうしてSOS団の知名度がイマイチ広がんないのか考えたワケよ」

 

「ほう、それで」

 

「もう北高校内は征服したと言っても過言ではないじゃない?」

 

「……かもな」

 

「だからよ。そろそろ外に向けて力を入れるべきだと思うのよね」

 

「その思考の末の結論が町内会のマラソン大会に参加だと?」

 

「うん」

 

流石の彼も文句は言えど否定はしないらしい。

そこだけは俺も評価しておこう。

しかしながら飛び入り参加出来るものなのだろうか。

いや、事前登録が必要だとしてもとっくのとうに済ませているに違いない。

それを訊く方が恐ろしいというものだ。

やはりと言うか我先に同意せんとしたのは古泉一樹で。

 

 

「なるほど。確かにこの時期はどうしても少々怠けがちになってしまうものです。僕を含めこの場におられる大半の方が高校二年生なわけですが、"中だるみの時期"と揶揄されるぐらいですからね。五月という出だしの時期だからこそネジを巻きなおす必要はありそうですね」

 

もっともらしい事をよくもぱっと思いつくもんだ。

『機関』の構成員はみんなそうなのか。

それとも古泉の超能力の一環なのか。

彼が涼宮さんの味方をしているという事実は今のところ揺らぎそうにない。

キョンはよほど走りたくないのか。

 

 

「朝比奈さんはどうですか? 俺は無茶だと思うんですが」

 

「あたしはどうせビリだと思いますけど……」

 

「そんな、無理に参加する必要はありませんよ」

 

「うぅん……いいえ、あたしもやるだけやってみます」

 

「よく言ったわみくるちゃん! どっかの誰かさんとは、やると言ったらやる"凄味"が違うのよ!」

 

何だそれは。

凄味があれば目隠しされた状態でも戦えるとかいう超理論なのか。

まあ、朝比奈さんの気持ちはわからなくもない。

彼女なりの意識改革のつもりなのだろう。

キョンもその辺は察したらしく、これ以上の抵抗はやめた。

 

 

「有希も涼子も校内マラソン大会ではかなりの底力を見せてくれたわね。そうは行っても、優勝は今回もあたしが頂くつもりだけど」

 

「……」

 

「私は明智君のやる気次第ね」

 

ここで俺に振ってきますか朝倉さん。

確かにこの流れでは最後が俺になるんだけど、何を言えと。

気付けば全員の視線が集中しているではないか。

ブライト艦長ならこんな視線慣れっこだろうが俺は小物もいいとこらしい。

何やってんの。

しかし、開催日は日曜日か……。日曜、日曜ねえ。

 

 

「オレは日曜の朝と言えばプリキュアだと思うんだけど、たまに駅伝で潰れたりすると『とっととおウチに帰りなさい』ってランナーの方々に言いたくなるんだよね」

 

「明智。一応俺が突っ込んでおくが、今の似てないからな」

 

「そうか。……で、プリキュアに文句があればオレが聴こう。論破してあげるから」

 

もっと言えば俺は自分から文句は言わない、聴くだけだというスタンスである。

ランナーに罪はあるのかどうか微妙だが放送局に罪はあると考えている。

何よりルールが破綻していないのなら競技に罪はない。

マラソン、いいじゃないか。

二時間も三時間もかかるようなイベントじゃないんだ。

適当にこなして打ち上げして解散。

いいじゃないか。

 

 

「ちょっと何言ってるかわかんなかったけど、反対意見じゃないのね。じゃあっ――」

 

涼宮さんが少しだけ俺のメンタルを削ったかと思えばバンとホワイトボードを力いっぱい右手で叩いた。

北高の備品なんだから壊さないであげてほしい。

この部に置いてあるものの殆どが文芸部に関係ない私物なのは今更だ。

その延長線上で学校にあるものイコール私物みたいな方程式が出来上がっているんだろうな。

俺も小学校の時は教材に使うであろう小道具を色々拝借していたが……もう時効だよな?

 

 

「――今の内に各自、しっかりコンディションを整えておきなさい! 最終的な目標は東京マラソン優勝よ!」

 

いくら何でもフルマラソンなら勘弁してほしい。

流石に古泉も苦笑しているように見受けられた。

 

――とにかく、こうして記念すべき新年度一発目の校外活動が実施される事となった。

なんやかんやの一年間にしてはへヴィな出来事だったが。

いや、悪いのは"操る"能力と一緒に消えてしまった"アナザーワン"だ。

もしかして俺はとあるラノベの登場人物なのか?

どうしてここぞと言う時に弱体化させられねばならんのだ。

なんて言ったところで答えは決まっている。

どうもこうもないのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、お前ら二人はあれでいいのか」

 

翌日、水曜日。

俺と朝倉さんのキャッキャウフフな登校に水を差したのはキョンだった。

最近こいつはすっかり朝早くの行動が板についてきたのではないか。

涼宮さんにそのやる気をアピールしなよ。

 

 

「俺がそうしてりゃ今回の事態は回避出来たってか」

 

「知るかよ」

 

「知らないわよ」

 

そんなにげんなりした表情をするなら俺たちに声をかけなければよかったのだ。

無視していないだけ慈悲深いと思ってくれよ。

何より言いたくはないが、お前にも責任の一端はあるんだぜ。

 

 

「何だよ。俺の何処に小市民マラソン強制参加の責任があるって言いたい」

 

「忘れたのかしら? あなた先月涼宮さんに妥協案を呑んでもらうかわりに『次に活かせばいい』って言ってたじゃない」

 

「……いくらなんでも早すぎやしないか。鶴屋さんのところのお花見はつい先週の話だ」

 

「去年の夏休みを思い出したらどうかしら」

 

残念だが朝倉さんの仰るとおりである。

週だけで換算すればマラソン参加が来週なので二週間分空いているぞ、良かったな。

キョンは普段から勉強を面倒にしているんだから運動ぐらいは力を割くべきだね。

エネルギーを行方の無い鳥にでもして飛ばしていると言うのか?

それを力が有り余っていると言うのだろう。

 

 

「誰に迷惑をかけるわけでもないんだ。古泉の言う通りに、いい傾向じゃあないか」

 

「少なくとも約一名ここに不満を持つ人間が居る事は忘れないでほしいね」

 

「どうしても嫌ならお前が腹案を出せばいい。真剣に考えてくれると思うけど」

 

「何もしないという選択肢がどうして出て来ないんだ?」

 

現在進行形の坂道登校で体力もそうだが根性もつくはずだろうに、往生際の悪い奴だ。

不登校や学校をフけないだけ偉いとでも思っているのだろうか。

そこまで性根が腐った奴だとは思いたくないからな、俺は。信頼してやるよ。

朝倉さんは恒例の馬鹿を見る目で。

 

 

「終ってから文句を言いなさい」

 

「朝倉、それはハルヒと全く同じ思想だ。悪い事は言わんから考えを改めた方が良いぞ」

 

「余計なお世話だね。オレも朝倉さんも、たかが日曜一日潰れたぐらいで困らないのさ」

 

「だとしても、だ。これに何の意味があるのかが俺にはわからん。走りたいなら走ればいいだろうに」

 

「……あなた馬鹿なの? うん、今更だったわね」

 

今の発言は俺も擁護しようがなかった。

本当はわかっていないはずがないのだろうに、他人から言われるまで認めないのだ。

『普通だ』を免罪符にする主人公にしてはやはり変人だ。

俺みたいな常識的な観念しか持たない人間は主人公になんてなれないらしい。

……いいさ、それで。

だが、当の主人公は心外だといった表情である、

お前は"遺憾の意"しか述べない政治家なのか。

そんな連中にそっくりだ。

 

 

「何が言いたいんだ? 朝倉はこいつと違って、ハッキリ言ってくれると思っていたが」

 

「そのままの意味ね。でも、敢えて言うなら涼宮さんは私たち全員で走る事に意義を見出そうとしているのよ」

 

「本気なのか」

 

「あなたが誰よりも理解しているはずでしょ」

 

男なら潔く投了するべきだ。

球磨川先輩よろしくグッドルーザーだよ。

もっとも俺は、精神が豆腐な割に諦めは悪いけどね。

さながらおでんの具だ。

朝倉さんもおでんは好きだから別にいいよね。

とにかく、これが嫌なら今すぐにでも佐々木さんに乗り換えるべきだ。

まだ間に合うと思うぞ。何せゴールデンウィークが半分残っているんだ。

いくらでもチャンスはあるじゃあないか。

その結果お前が他の連中から敵対する事になっても。

 

 

「オレはお前の味方でいよう」

 

この世界では一人目の親友だから。

何も、誰も、死ぬ事はないのさ。

今日明日にそれを語れるほど俺たちは強くないし、時期尚早だ。

そうだろ……?

 

 

『久しぶりね、"浅野君"』

 

俺の、本当の一人目の親友さんよ。

君は間違いなく正しい人だったさ。

肯定しておく。俺のために。

そしてキョンだって今更そんな話を持ち出す必要はない。

 

 

「明智の気持ちはありがたいが、その必要はねえよ」

 

「誰に強制される必要がないのはお前もなんだけどね」

 

「承知の上だ。余計なお世話だ」

 

だったらもう少しマシな話題で世間話をするように心がけてくれよ。

俺だってつい最近わかったんだからな。

それでも過去の自分を引きずってしまうのさ。

どうしようもなく、俺は人間なんだ。

 

 

「変わりたいだとか変えたいだとか、オレにとっては必要ないと思うんだよね。二人はどうかな?」

 

「たかだか高校一年の出来事にしては荷が重すぎだぜ」

 

「ふふっ。いいじゃない」

 

「悪いとは言わんさ」

 

中学校時代の涼宮さんは、確かに現実がつまらないものだと考えたんだろう。

だからこそ非日常の世界を介在させるようにした。

俺や朝倉さん、そして宇宙人未来人超能力者。

情報操作はさておき普段の生活では特別役に立たないようなスキルを持つ連中ばかりだ。

そう言った点で"異次元マンション"はある意味破格の性能だが、今は封印中。

振り返ると役に立たない方が多かった。これからもきっとそうだろう。

 

 

「これはある人が言ってたんだけど、面白いマンガを描くにはリアリティが必要らしい」

 

リアリティ。

それってつまり現実だろ?

なら現実が面白いっていう意味なんだ。

日常はつまらないけもしれないけどね、現実は面白い。

涼宮さんはそれを理解してくれたんだ。

心で、目に見えない形で。

 

 

「オレにはさっぱりさ。でも、SOS団の集まりが解散したとしても音信不通にはなりたくないね」

 

「……そうだな」

 

「私は明智君と一緒だから、そこまで関係はないけどね……?」

 

「あん。お前らの視線が期待の眼差しに見えるのは俺の気のせいなのか」

 

グリム版の【眠れる森の美女】じゃないんだから。

100年も涼宮さんを待たせてやるなよ。

せっかちかもしれないが、期待してるのさ。

 

 

 

――そうさ。

結論から言うと今回の事件だってどうにかこうにか事なきを得た。

人間はそこにあるもので満足しなければならないんだろ。

ようは気持ちの問題だ。

答えなんて多分ない。

でも、弱い俺でも強いと勘違いできる。

それでいいのさ。

 

 


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