異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第九十六話

 

 

信じたくない事に、俺が飛ばされていたのはあろう事か山道であった。

山に対する思うところは後程俺の中で散々文句を言う事にして現状分析が大事だ。

これが富士の樹海ならばここが現実世界であれ詰んでいた。素人には無理。

道なりに進んでいって見慣れたけものみちに出れたのは不幸中の幸いか。

何を隠そう市民マラソンのルートを更に進むとぶち当たる場所だったからだ。

そうこうしている内に俺は舗装された道路にまで戻る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界だと信じたい光景ではあるが、峠道を下っているのにも関わらず一向に人に遭遇する気配がない。

いくら何でもおかしい。市民マラソンのルートにまで復帰して来たんだぞ。

折り返し地点と思われる所には何も置かれていないし、誰も立っていない。

考えられるパターンとしては違う時間軸に飛ばされた、あるいはやはり外界から隔離された空間か。

前者の場合はよほど未来に飛ばされていない限りどうにかなるだろう。

四年前より昔には時空断層の影響で不可逆な状態になっている。

よって宇宙人は少なくとも過去には存在するのだ。

未来であっても多少今より先ぐらいならば誰かしらアテに出来るだろうさ。

 

――問題は後者。

外界から隔離された異空間の場合である。

少なくともこの山一帯はテリトリーだった。

行動可能な範囲がどこまでなのかは要検証ではあるものの、宇宙人の能力にしては凄すぎる。

これで街まで行って変化が何も無かったらと思うと恐ろしい。

情報制御下とやらにしても一人でここまでの情報操作が可能とは考えられない。

犯人が存在するとして、単独ではなさそうだ。

 

 

「"印"を付ければチャンスはある……」

 

俺の現在持つ能力でここから脱出するのは不可能だ。

空間を切った所で何も動かせないんだから。

だが空間の断裂そのものは確かに存在し続ける。

今、現実世界がどうなっているのかは不明だが朝倉さんぐらいは俺を助けようとしてくれるはずだ。

空間を切れば俺の位置を示すサインになる。

狼煙になってくれるのを期待しようというわけだ。

 

 

「とりあえず刃物をどうにかして調達しないと――」

 

何て物騒な事を考えている時であった。

峠も下りきるかと思われた道路の真ん中で、人が倒れている。

その人物には見覚えがある。

別に何を知っている訳ではないがマラソン大会の参加者の一人だ。

グレーのジャージを上下に着込んだじいさん。

首にはタオルと頭にはキャップ。

そんな人物がうつ伏せの状態で放置されていた。

 

 

「――大丈夫ですか!?」

 

直ぐに駆け寄る。

何だ。ここは現実世界だったのか?

あるいはこのじいさんも巻き込まれたのか?

いずれにせよ、無事を確かめなければ。

脈を測ろうと右腕を掴んだ時、俺は驚愕した。

黒く変色……明らかに皮膚が腐敗している。

恐る恐る直接手首に触れてみるが、人肌の温もりなど感じられない。

触れた場所はぼろっと崩れてしまう。

 

 

「……何だよ……ふざけやがって………」

 

地面にキスしている彼の顔を確かめる気にはなれなかった。

間違いない。死んでいる。

白骨化も時間の問題だろうよ。

 

 

「……ちくしょう」

 

誰が彼を殺したんだ。

俺の視覚が正確ならば彼と地面の様子から出血は見受けられない。

身体中を探ってはいないから不明だが、外傷も見受けられない。

いくら普段人通りが少ない場所とは言えど車ぐらいは通る。

だのに数日間も道路のど真ん中に死体が放置されるのか。

ここは日本だ。そんなわけあるか。

彼は何らかの手段で殺されてしまったんだ。

ある意味では俺のせいなのか。

それとも、俺はキョンの代わりにこの状況を味わっているのか。

"スペアキー"として。あいつの不幸をおっ被っているのか。

急速に自分の身体が冷えていくのを自覚した。

俺はこの感覚を知っている。体験している。

 

――無駄な感情の一切が排除されていく。

彼を埋葬してやる時間などない。

俺が正義だ。

俺が生還すれば他などどうでもいい。

必要なのは朝倉涼子だけだ。

仮に涼宮ハルヒが犯人なら、俺は彼女を殺すだろう。

わけない。

完全に機械と化す、その寸前。

 

 

「あ、あ、う」

 

「……何?」

 

直ぐに住宅街へ向かおうとした俺の後ろから、何か呻き声のような音が聞こえた。

そして次の瞬間に俺は後ろを振り向くよりも優先してその場から右サイドステップで緊急回避。

すれ違いざまに襲撃者が何者かを察知した。

 

 

「まさか」

 

「うぁ、う」

 

勢いあまってそいつは前のめりになって転倒する。

さっきと同じ、うつ伏せの状態で。

その襲撃者――死んでいたはずのじいさん――はゆっくりと再び立ち上がる。

いつ崩壊しても可笑しくないその身体で。

 

 

「死人が起き上がるなんて思いもしなかったよ」

 

「……あ、ぁ…」

 

じわりじわりと、肩に力など入れず手をぶら下げた状態でこちらに近づいて来る。

俺の認識が正しいかは別として俺はあれを"ゾンビ"と判断した。

本来のゾンビが持つ宗教上の意味合いはさておき、彼の顔を見れば俺の言いたい事もわかるさ。

顔面は既にボロボロ。開きっぱなしの目は角膜混濁によって白く染まっている。

死体が動けばそれはゾンビだろ。

何より俺に襲い掛かかってきたわけだ。

 

 

「……死人に口なし。悪く思わないでくれ」

 

やがてじいさんゾンビが俺に掴みかかろうと動きに勢いを付けたその一瞬。

次の瞬間には彼の頭がその身体から消えていた。

打撃面だけを身体強化した上段回し蹴り。

俺に蹴られた衝撃によって、そのままそいつは今度こそ崩れ落ちた。

 

 

「野郎……」

 

実行犯がノコノコ出て来る事は期待しちゃいない。

まずはこの不利なフィールドから出る。

それが先決だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう。

住宅街へ向かったのは下策だった。

ゾンビがそこかしこに居る。

俺は森林公園方面まで引き返すべきだったんだろう。

死者の誘いとはよくぞ言ったものだ。

俺は深みにはまっていくかのように住宅街を進んでいった。

気が付けば目の前のゾンビを回避しつつ、後ろに追ってくるゾンビから逃げる羽目に。

刃物を確保するどころではない。

地面にナイフなど都合よく落ちているわけないのだから。

 

 

「まずった……」

 

まさに時間の問題。

恐らく俺の後を追うゾンビは十体ではきかない。

一体二体を始末するのであれば、俺の罪悪感との戦いで済むが多勢に無勢。

全身強化が出来れば別だ。ゾンビ相手ぐらいは無双出来たかもしれない。

強いパンチや強いキックが放てたところで、数の暴力には負ける。

身体の一部しか強化出来なければ俺の運動性能がアップしないからだ。

コンマ秒単位で戦闘出来たあの頃が懐かしい。

現状でゾンビ集団の相手をすれば取り囲まれてお終いさ。

アテもなく逃げ続ける……やばいな、心が折れそうだ。

自分から折るつもりなどなくても折られてしまってはどうもこうもない。

 

 

 

――そんな状態で、十字路に差し掛かった時だった。

右方向から気配がする。

まだ諦めるわけにはいかないので迎撃しようと力を右手に集中させ、水平に右腕を振るおうと――。

いや、その攻撃は俺自身の手で中断させられる羽目となってしまった。

 

 

「待ちたまえ! 私は人間だぞ!」

 

「……何だって…?」

 

なんて事を抜かしながらこちらにやって来た野郎。

白髪でロクに手入れもしていないのかボサボサな頭。

白衣を纏っているが医者にはとても見えない。

しかも、どさくさに紛れて一緒に逃げるつもりらしい。

 

 

「ほれ。旅は道づれと言うではないか!」

 

この世界に情けがないって部分だけは同感だった。

以上、回想終わりである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして本日第二回目のマラソンに興じているわけだ。

しかし、こんな変質者と出逢ったところで何が変わると言うのか。

怪しさ満点のこいつが犯人なのか?

 

 

「違うぞ。私はキミを助けに来たのだからな」

 

「オレを、助けに……だって」

 

だったらあいつらを何とかしてくれないなな。

ここに来るぐらいなんだから只者ではないのだろう。

現在の俺よりは戦闘能力があるはずさ。

それなりに高い身長のそいつは。

 

 

「私とて奴らを殲滅したいところではあるが、生憎と、万全ではないのだよ」

 

一体全体何の話だ。

俺なんか万全どころか十全じゃないね。

とにかく助けに来たって言うからには助かるアテはあるんだろうな。

そろそろマジにきついんだけど。

 

 

「ここを抜けて暫く進むと、中学校があるのだろう?」

 

「……はぁっ、それが……?」

 

「キミは知らないようだから教えてあげようではないか。今日は全ての始まりの日なのだよ! 望まぬ形で、狂わされてしまったがね」

 

意味がわからない。

だが、こちらの方向を進み住宅街を抜けた先にある中学校とはあれだ。

涼宮さんの出身校……東中学校。

全ての始まりの日だって?

俺にとっては世界の終わりみたいな光景なんだが。

しかし、この男にすがるぐらいしか選択肢が無いのは事実。

空間を切ったところで朝倉さんがいつ救援に来てくれるか定かではない。

彼の作戦的な何かが駄目だった場合は奴らの餌になってもらうさ。

俺はならないからな。

 

 

 

――それから数分後、ようやく東中に辿り着いた。

肩で息をするとは今の俺の状態さながらだ。

ある程度はゾンビを引き離せたらしく、多少の有余はあるだろう。

校門にもたれかかり、俺よりは余力がありそうな男を見る。

 

 

「……で、あんた、何者だって?」

 

男はこの状況の何が楽しいのか笑みを浮かべている。

自称インチキ占い師とか何とか名乗ってたな。

落ち着く余裕があるなら真面目に答えてくれやしないか。

 

 

「私はいつも真剣そのものだが」

 

涼宮さんみたいな事を言うのに、古泉みたいな振る舞いだ。

人を不快にさせる要素を混ぜるとここまで危険になるのか。

女だから許されるみたいな風潮は実在するのさ。

 

 

「私は宮野秀策。第三EMP……と、言った所でキミには通用せんな。とりあえずキミの敵ではない。そう判断したまえ」

 

「敵ではない、ね。……だったらあんたは何しに来たんだ。オレを助けるだとか言われても、まずオレにはこの状況がさっぱりなんだよ」

 

「ここがキミの居た場所ではない事ぐらいは理解できるはずではないかね? 旅先だ。些細な逸脱は見逃されてしかるべきだろう」

 

「ゾンビを些細呼ばわりするかね……」

 

何より小休止をするためにこんな所に来たと言うのか。

プランがあるならとっとと教えてくれないか。

この状況の背景は後でたっぷり聞かせてもらうとするさ。

宮野秀策は首を振り。

 

 

「状況確認が出来るのは今ぐらいだぞ。私とキミは別々の世界の住人なのだ。事が済めば二度会う事など暫くはないだろう」

 

暫くだと?

まるでまた会う事がわかるみたいな言い草じゃないか。

別世界云々といい、未来人なのだろうか。

時間がもったいないからこの事件の黒幕だけを教えてほしいね。

後はこっちで対処するさ。

 

 

「ほう。随分と頼もしい発言だが、その必要はないぞ。何故ならばこの現象を引き起こした人物……"犯人"と呼ぶべき明確な個人は存在しないのだからな」

 

「……はあ? あんた何を言っているんだ。オレは確かにここへ飛ばされたんだよ」

 

「甘いぞ黎くん。それは単なる結果でしかない。重要な事項は『何故、起こってしまったのか』だけなのだよ」

 

何故俺の名前を知っている。

助けに来た、といいどうにも怪しい。

俺を殺すだけならばチャンスはあっただろうが、こいつに裏があるのも事実。

宮野秀策とて本名とは限らない。

 

 

「私がキミの名前を知っている理由か。実は、私の世界でのキミは私の二番弟子に当たるのだよ」

 

「何の師弟関係だ」

 

「魔術師としてに決まっておろう」

 

「手品師の間違いか? 一番弟子じゃあないだけありがたく思っておくかね……」

 

「キミも確かに大切だが、私の後を継ぐのは茉衣子くんの役目だからな」

 

誰だよそいつは。

お前さんは信用されるに相応しい態度ってのを勉強してほしいね。

 

――しかしながら状況を整理する事ぐらいは出来そうだ。

この空間あるいは世界が俺の住む場所と異なるのは彼の言う通りだろう。

ならば何故起こったんだ?

犯人の不在証明もそれに関連するのか。

全部嘘だって言ってほしい。

 

 

「もういいさ、結論は自分一人で出せるから。あんたはここから脱出する方法を知っているんだろ?」

 

「いかにも」

 

「教えてくれ」

 

「よかろう。……時に黎くん。キミは絵を描くのが得意かね?」

 

「……人並みには」

 

得意かどうかで訊かれると俺は自分の美的センスを信用していいのかが不明だ。

かと言って下手だとは思いたくないし言いたくないので無難な返答をする。

満足そうに頷きながら宮野秀策は。

 

 

「では、創作的図画工作の時間と行こう!」

 

これまた意味不明な事を叫んだかと思えば学校の敷地内へ入っていく。

何だかだんだんと嫌な予感がしてきたぞ。

俺程度の予想などあっさり外れると思うが、一応確認しておこう。

 

 

「まさかとは思うが、ラインカーでグラウンドに地上絵を描け……なんて言わないよな?」

 

「ご明察だ。遁走するには実に惜しいが私は自分の命の方がもっと惜しいのだからな」

 

「……あんたは今、何月何日かわかるか? ここ、ゴールデンウィークにしちゃ暑い気がして来たんだけど」

 

「2003年7月7日。私のスケジュール帳にはそう書かれている」

 

それがどんなスケジュールかはさておき、何となくわかってきた。

涼宮さんがこの件に無関係かどうかは知らないが、未来人は関係しているはずだ。

朝比奈さんか、(大)の方か、藤原か、もしくは新たな登場人物なのか。

何にせよ俺がやる事は日中にも関わらず無人の中学校でお絵かき。

こちらにゾンビ連中が押し寄せるのも時間の問題で、この敷地内にも既に潜んでいるだろう。

 

 

「もう一つ教えてくれないか」

 

「何かね」

 

「オレがここに来るのは決まっていた事なのか?」

 

「私にはそれを決める権利などない。同時にそれを知り得る術もない」

 

「なら何故あんたはオレを助けに来たんだ。というか来られたんだ」

 

「私に言えるのはお互い運に見放されておるに違いないという事だけだな」

 

俺にとっては今更だな。

そしてこれからもそうなのだろう。

今回ばかりは、神の悪戯と笑ってもいられないんだが。

……それとも他に居るのか?

涼宮さんと同格、もしくは上の存在が――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――明智君!」

 

本当に頼むからさ。

何なら一生のお願いでもいいんだぜ。

 

 

「ここにいて」

 

俺を引き留めないでくれ。

直ぐに帰って来るんだからさ。

 

 

「私がそう思うだけじゃ足りない!? あなたが存在する理由には不足かしら……?」

 

……まさか。

そんなに無茶な話でも何でもないんだよ。

いわゆる『勝利の方程式は全て揃った』ってヤツなんだ。

やっと、やっとなんだ。

ようやく俺は勝てるんだよ。完全勝利だ。

今まで敗北もせず、そのかわりに勝利も得てこなかった俺が。

この世界に来るまで自分を勝者とも敗北者とも結論づけなかった俺が。

ただ一人、君のために役目を終えるのさ。

とても晴れやかな気分だ。

嘘みたいに空は暗いけどやっぱり嘘だからね。

やがて晴れるさ。

 

 

「……馬鹿」

 

知ってる。

でも、それも今日で終わりさ。

知ってるかい?

俺の名前の意味を。

"黎"だけじゃ駄目なのさ。ただの闇だ。

"暁"になるには朝の光が無いと駄目なんだ。

そうさ、君がここにいる限り。

 

 

「オレは、ここにいる」

 

 


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